<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


聖なる夜の物語 〜Mistletoe〜



 【Side S...】

『ヤドリギの伝説というのを知っておるか?
 何? そんな前時代的な言い伝えなど知らん、だと。
 はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
 ちっ、ちっ、ちっ。
 よいか。クリスマスの夜、乙女達はヤドリギの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。
 昔は皆、いかにターゲットの乙女をヤドリギの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ……。
 ほら、お前さんもどうじゃ。
 既に意中の相手はおらんのか?
 おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。』






 【Christmas Eve.Eve.】

 ピーンと張り詰めた空気に吐き出す息は白かった。
 誰もがコートの前を合わせ、足早に過ぎ行く冬の目抜き通りを、しかし彼女は足を止め、店の軒先に貼られた紙を食い入るようにして見つめていた。
 それは近くの小さな教会が主催するというクリスマスパーティーの案内だった。
 とはいえ僧兵である彼女に、他宗教が崇める神の誕生日など、大した興味があったわけではない。ただ、何かにかこつけて華やぐのは決して悪いことではない、と思うぐらいのものだ。だから自分もクリスマスは楽しむ。
 かといって、その貼り紙のクリスマスパーティーに参加したいのか、といえば、そういう事でもなかった。
 彼女が釘付けになっていたのは、その案内の片隅に書かれたコラム。
 それを暫く何度も読み返していた彼女は、やがて意を決したように一つ頷くと踵を返した。
 いつにも増して賑やかな街並みがそこにある。
 明日はクリスマス・イブなのだ。
 彼女はそうして流れる人の波に身を投じたのだった。



 ヤドリギ:自分の根を持たないヤドリギ科の寄生植物。



「どこへ行くんですか?」
 玄関先で、突然声をかけられ清芳は飛び上がりそうなくらい驚いた。少なくとも心臓は跳ね上がったに違いない。ドキドキと脈打つ鼓動がはっきりと自分でも聞き取れた。もしかしたら、彼にも聞こえているかもしれない。
 清芳は胸を押さえて小さく深呼吸しながら背後を振り返った。そこに、我が夫――馨の、怪訝そうな顔がある。
 清芳はちっとも落ち着きそうにない自分の心臓に、顔が赤らむのを感じて彼から視線をそらせながらそっぽを向いて答えた。
「ちょ……ちょっと買い物に……」
 それはまんざらウソでもない。
 探しものが見つからなければ、どこかでそれを買うことになるだろう。だからウソにはならない筈だ。
「なら、私も一緒に行きましょう」
 馨が笑顔で申し出る。清芳は大慌てで手を振った。
「い……いや、私一人で大丈夫だから」
 今はまだ、彼には内緒にしておきたい。
 自分で言うのもはばかられるが、まさか自分がこんな大胆な計画を立てているなんて、知られたらと思うと気が気ではないのだ。
「荷物持ちがいた方がいいんじゃないですか?」
 尋ねる馨に、清芳はぶんぶん首を横に振る。
 このままでは断りきれなくなりそうで、清芳は口早に言い捨てた。
「大したもんじゃないんだ。行って来る」
 問答無用で馨に背を向け玄関を飛び出す。止める暇も与えないで後ろ手に扉を閉めると逃げるように通りへ駆け出した。
 カーッと顔が熱くなってくるのを感じて、羞恥心にどうしても赤らむらしい頬をペチペチと叩いて冷ました。
 暫く、雑踏の合間を駆け抜けて、馨が追ってきていないのに足を緩める。
 安堵の息を吐き出して、清芳は拳を握って気合を入れた。
「よし!」
 今はヤドリギの事で頭がいっぱいで、だから馨が追ってこなかった事は、大して気にはならなかった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 ヤドリギは思った以上に見つけられなかった。そもそも実物を知らないのだ。見つけようがない。花屋を何件かまわってみたが、置いている店はなかった。
 半ば途方に暮れながら町中を歩いていたら、あの貼り紙を出していた小さな教会の前にたどり着いた。
 何の事はない。
 ヤドリギはその教会で配られていた。何だか気が抜ける。空はすっかり茜色だ。
 赤いリボンの付いた一束を貰って、清芳は次に設置場所を探した。
 町から少し離れた場所に小高い丘がある。そこに一本の大きな常緑樹のクスノキがあった。
 それに決めた。
 木登りなんてどれくらいぶりだろうか、枝を伝って登っていく。大きな枝に括りつけようとして、足を滑らせた。
 そんなこんなで擦り傷を作りながらヤドリギを取り付け終えた時にはもうすっかり陽が落ちていて、清芳は大急ぎで家に帰った。


「清芳さん!? どうしたんですか!?」
 顔や手は擦り傷だらけで、服は泥だらけで帰ってきた清芳に、出迎えた馨は結局おかえりという言葉を忘れて目を丸くした。
 心配そうな彼の顔に、清芳は俯いて答える。
「転んだだけだ」
「どんなこけ方したんですか」
 苦笑を滲ませながら彼が自分の手を掴んだ。
 冬の寒さにかじかんだ手に、彼の手はとても温かくて、心地よくて、無意識に強く握り返す。
 彼が奥の部屋へ促すままに従った。救急箱を引っ張り出して、傷の手当を始めた馨に、自分は素直に手当てを受けるだけだ。
「遅かったですね。捜しものは見つかったんですか?」
 尋ねた彼の顔が、普段は殆ど感情を表に出す事はないのに、どこか不安そうに見えて、申し訳ない気分になる。
 だから安心させようと、笑顔で頷いた。
「うん」
「良かったですね」
 彼はそう言って一緒に笑ってくれた。
 本当に、嬉しそうに。
 その笑顔から、さっきまでうっすら見え隠れしていた不安が消えていているのは、きっと彼が自分を信じてくれているからなのだろう。
 何も聞かない馨に、少しだけ罪悪感のようなものを感じながら、清芳は自分が出来る精一杯の事を考えていた。






【Christmas Eve】

 カリカリと灰縞模様の子猫が、机の脚を引っかいているのに、清芳は何枚目かの書き損じを手の中で握りつぶして溜息を吐いた。
 やはり慣れない事はするものではないのか。
 わずかに肩を竦めて、くしゃくしゃに丸めた便箋をゴミ箱の中に放り込むと、子猫の百草を抱き上げる。それはもう馨が文字通り猫かわいがりしている子猫だった。
「百草。悪いな。もうちょっとだけ静かにしててくれ。そうしたら一緒に遊びに連れて行ってやるからな」
 目の前に抱き上げ百草の顔を覗き込むようにして、そう声をかけると、百草は可愛らしい鳴き声で右の前足を清芳に伸ばしてみせた。まるで、頑張れと応援しているみたいだ。
 清芳は目を細めて自分の拳を百草の伸ばされた前足にぶつけてみた。
 互いに拳をぶつけ交わすように。

 ―――ファイト。

 そうして百草を下ろすと、再びペンを取る。
 やがて一通の手紙を書き終えて清芳は立ち上がった。
 クローゼットの扉を開ける。何を着ようか。昨日と同じというのも味気ない気がして、深緑のコートを取り出すと、それに合わせた淡い色のワンピースに決めた。普段は動きやすい服という事で、男ものの服を着ている事の方が多いから、スカートはそれだけで勇気がいったのだけど。
 身支度を整え、コートの内側に百草を入れて準備完了。
 清芳は置手紙を残して、こっそりと家を出た。


『 馨さんへ

 今日はクリスマスなので外で待ち合わせ。ヤドリギの下まで来られたし。
 尚、来ない場合の人質として百草は預かった。
 馨さんが来ない場合、一匹と一人で楽しいクリスマスとやらを過ごしてくる。

 以上 』


 これで来なければ、まぁ、しょうがないという事で。待つ間は不安だが、何、百草がいるのだし寒くはないだろう。
 そう自分に言い聞かせながら、清芳は町のはずれにある、あの小高い丘へ向かったのだった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 陽は暮れて、やがて空は満天に彩られる。
 けれど、時間と共に月や星は雲に隠れては顔をだすようになった。上空の風の流れが早いのだろう。
 雪が降り出しそうな寒さを、百草で誤魔化しながら、清芳はぼんやり、街へと続く道を見つめていた。
 彼の姿はない。
 まだ手紙を見つけていないだけなのか、来る気がないのか。寒さは不安を煽って、寂しさを煽る。
 口の前に両手を広げて、ほーっと暖かい息を吹きかけた。


「寒いのは嫌だな」
 そう言って、自分はあの時も、かじかむ両手を暖めるように息を吹きかけていた。
 幼い頃から修行三昧。冷たい水で雑巾をしぼって堂内を拭き掃除する事もしばしばで、冷たい事はそれほど苦ではない。
 はずなのだが―――。
 そうしたら、彼は笑って言った。
「私は寒いのは好きですよ」
 そう言って自分の手を掴んだ彼の手はとても温かで。
「あなたのぬくもりを感じていられますからね」
「…………」
 呆気に取られて見返す自分に、彼は無造作にその手を掴んだままコートのポケットに中に仕舞いこんでしまった。
 ぬくもり、も何も自分の手はこんなにも冷たくて、そのぬくもりを感じているのは自分の方だった。

 ―――少しくらいは返せるかな。


 樹の根元に腰を下ろして、百草の前足を掴む。まるで一匹と一人でワルツでも踊るように揺らしながら、彼が来るのを待った。
 それは不安でもあった筈なのに、いつの間にか何だか楽しくなってきていた。不思議な気分に首を傾げてしまう。
 冷たい風が強く吹きつけた。
「付き合わせて悪いな、百草」
 そう言って笑いかけた時だった。
 ふわりと何かが首に巻きつけられた。
 驚いて目を見開く。
 それは温かで。
 振り返る。
 百草を抱き上げて立ち上がった。

  ―――来たか。

 そこには、示し合わせたわけでもないだろうのに、自分のコートと同じ深緑のネクタイを締め、スーツ姿の馨が立っていた。
 巻かれたマフラーが暖かくて、何だか少しだけ悔しい。
 清芳はわずかに視線を彷徨わせた。

  ―――いつもはあまり言わないから。

 ゆっくりと息を吐く。

  ―――耳を澄ましてよく聞いてくれると嬉しい。

 ゆっくり息を吸い込んで。

  ―――元々、口下手だから上手くは言えないが。

 馨の顔を、彼の緑色の綺麗な瞳をまっすぐに見上げて。


「ちゃんと、好きだからな」


  ―――誤解を受ける行動をしたとしても馨さんの事、好きだから。

 彼の驚いた目をまっすぐに見返した。

  ―――信じてくれたら、口付けてくれると嬉しい。……信じてくれるなら、な。

 気が付くと、抱きしめられていた。
 彼の腕の中にすっぽりと。
 あったかい。
 やっぱりぬくもりを貰うのは、いつも自分の方だった。
 耳元で囁く彼の言葉に目を見開く。

「勿論、信じてますよ」

 肩口を振り返ると、彼の顔が鼻と鼻がくっつきそうなくらい間近にあった。
 唇に柔らかな感触。
 思わずマジマジと見つめてしまったら、苦笑いを浮かべながら「こういう時は目を閉じるものですよ」と、言われてしまった。

 目を閉じる。

 額に。頬に。首筋に。
 ぬくもりは、あちこちに満ちた。
 それは彼が触れるその場所から入り込んで自分の中に広がった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 食事を一緒に、と誘われて、片手に百草を抱きながら、馨と共に丘を下る。
「そういえば、遅かったな」
 別に攻めるつもりも、怒っているわけでも、拗ねているわけでもなかった。そんな立場でもない。ただ、来てくれる、にしては随分待たされたような気がして、自分でも殆ど無意識の内に口にしてしまっていたらしい。
 そんなわかりにくいところに手紙を置いたとも思えない。
 そうしたら。
 自分の手をしっかり握ったまま、コートのポケットの中に入れていた馨が、明後日の方を向いて不貞腐れたようにボソリと言った。

「ヤドリギの下が、どこだかわからなかったんです」

「…………あ」



 そういえば、書いていなかった。






 ■A Happy Xmas!■






★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3009/馨/男/25/人間/地術師】
【3010/清芳/女/20/人間/異界職】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

 【Side K】は、25日の一斉公開までお待ち下さい。