<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
マリア・ランスロウ
【 真昼亭 お仕事あります 】
「やぁ、いらっしゃい。久し振りだね、マリア。家宝の手懸かり、見付かった?」
真昼亭の掲示板を見ていると、カウンター内に立ってる細身の男が人懐こい顔をしてマリア・ランスロウに笑いかけた。男 ―― この店の主である雷火(ライカ)は、マリアをカウンターに手招きし、冷たい水を差し出す。
真昼亭の掲示板には、この店を出入りする人々からの様々な相談事や依頼のメモが貼られている。新米騎士であるマリアは、修行を兼ね、ここへ寄せられた依頼をたびたび受けていた。そしてそれは、100年近く前に賊に盗まれた家宝の情報や手懸かりを得る為でもあった。
「残念ながら‥‥。相変わらず、家宝がどんなものなのかさえ分かっていないんです。最近、私を修行に出すための口実だったのではないかと思い始めました」
出されたコップに口を付け、マリアはふぅと溜息を付く。マリア本人も含め、周りも家宝が見付かるとは本気で思っていない。それはマリアが未熟だからというわけではなく、その家宝そのものが一体どんなものであるのか、誰も知らないからだ。
「そうかなぁ。賊が奪いたくなるほど凄いものだったんだろうねぇ、きっと。それに、一族が長く歴史を刻んでいるの、正直羨ましいよ。オレはほら、気が付いたらここにいたからね、よく分からないけど」
「ええ、勿論です。私も誇りに思っています」
全くといっていいほど見付からない手懸かりに、たまには泣き言を云ってみたいのだ。ブルーグレイの瞳を細め、マリアはにっこりと微笑んだ。ロイヤル・ミルクティーを差し出しながら、雷火もにっこり微笑む。
「さっき掲示板見てたけど。アレ、頼めるかな?」
「ええ、畑の危機は他人事ではありませんから。良かったら、詳しくお話しを聞かせてください」
むぅと可愛らしい相貌の眉間に皺を寄せ、マリアはこくりと頷いた。
* * *
「お待ちしておりました、マリア様。この村の村長をやっております、クリントンと申します」
「あ、あの‥‥『様』など身に余ります。どうぞマリアとお呼び下さい」
指定された村を訪れると、クリントンと名乗った村長がマリアを出迎える。年配の、優しげな笑みを浮かべる男性だ。彼から聞いた話しを要約すると、こうだ。
これから向かう宿の裏庭では、店に出す野菜類を栽培している。ところが最近、夜な夜なモンスターが出現して、その畑を荒らしていくのだという。新鮮な食材で作った料理を出すのが宿の売りで、冒険者にも定評のある宿だ。
「そのモンスターは、どんなものなのですか?」
軽く首を傾げて質問する。
「人型の‥‥ゴブリンはご存知で?」
「はい。確かこの辺りだと‥‥定住型のゴブリンでしょうか」
「ええ、そうです。事態は深刻なのです。助けて頂けませんか?」
宿は村が経営している。この小さな村の貴重な収入源になっている宿の危機に、マリアは快く依頼を請けることにした。
畑で作っていた作物の内容やモンスターの足跡、荒らされた箇所をまず詳しく確認したい。そして、宿屋や近隣の村人に聞き込みが必要そうだ。
片手を口元にやって、マリアは「うーん」と唸る。
この近辺に生息している種族は、ゴブリンには珍しく定住地を持ち、自分たちで農作物を賄う種類だった気がする。ゴブリンにもいろいろある。残酷な行為をはたらく種族も居れば、さして問題のない微笑ましい悪戯をする種族まで様々なものが存在する。そして近辺のゴブリンはどちらかと云えば後者で、人間とのあいだにいざこざを持つような種族ではない筈なのだが。
マリアはまず宿屋へ行き、今までの対策がどうだったのか聞くことにした。
「対策? 光りに弱いらしいって聞いて畑の周りで松明焚いたりしてみたが、あまり効かなかったな」
主人はそう云って酒樽を担ぎ上げた。ここは、宿を併設した酒場なのだ。
「松明ですか。光りは光りでも、ゴブリンが苦手なのは日の光りだと云いますし、対策としては万全とは云えないですね‥‥。ほかになにか気になったことなど、ありますか?」
その宿屋の裏庭。
マリアは荒らされた畑の畦(あぜ)に座り込んで、じっと様子を見ていた。
『荒らされた』と聞いているが「踏み荒らされた」というより「作物を根こそぎ持って行かれた」ように感じる。何か事情があるのか、彼らと対話することは可能だろうか。戦うかどうかを考えるのはそれからでも遅くないかもしれない。
これらを統合し考えた結果と近辺のゴブリンの特性などを、クリントンへ報告する。
「荒らしているのではなく、ひょっとしたら食糧を集めているのではないかと思うんです。村の方々から見れば、畑を荒らされていることに違いはないのですが‥‥」
実力行使ではなく話し合い等の交渉で穏便に済ませられないか、と持ち掛けた。
「そうですね‥‥。ここは争いごとの少ない、静かな村なのです。村人も、戦いには馴れていません。話し合いで済ませられるなら、それに越したことはない。しかし ―― 応じてもらえそうにない時は、お願いしても宜しいですか?」
マリアの提案を聞いてから手の指を組みそれをじっと見ていたクリントンが、小さく溜息を付く。組んでいた手の甲には血管とシミが浮き出ていて、彼の顔と比べると明らかに歳を取った老人のように見える。きっと、田畑で働いて太陽の光に晒されていたからなのだろう。故郷にいる、勤勉な使用人を思い起こさせた。
深夜。
辺りは、闇の帳(とばり)に包まれる。
大木の物陰から、マリアはじっと森の様子を伺っていた。
他の木や畑にある小屋にも、数人の村人が息を潜めている。退治こそできないが撃退することなら手伝えるだろうと、町議会が腕に覚えのある者を募ったのだ。腕に覚えがあるといっても働き盛りの男性を中心とした若い衆で、武器も鍬など農作業道具を携えた者が殆どだ。
草むらから聞こえる虫の音に耳を傾けていると、その中に異音が混じった。草を踏み均しながら歩く音。マリアは静かに顔を上げた。
それは怯むことなく歩みを進める、どうやらこちらに気付いていなようだ。
音がする方角の死角になる大木を選び、マリアたちはモンスターにゆっくり近付いていく。
平べったい顔に瞳は赤っぽく、やや潰れた鼻、大きな口には鋭い牙が生えており、尖った耳が付いている。そして、全体的に黄土色掛かった肌の色をしている。彼らはゴブリンに間違いなかった。
埋まった農作物を抜く、ボコンと土を鳴らす音がする。あの辺りは人参かなにか、根菜が栽培されていた筈だ。さらにマリアが耳を澄ますと、作物を盗る指示らしき単語が聞こえてきた。やはり、ゴブリンたちは作物を盗んでいるらしい。
近くの村人と顔を見合わせ、マリアは手を出さず待機するよう伝えた。
「お話しがあります!」
大きな声でゴブリンたちの前に歩み出る。不意打ちではないと理解させるために、その場に居るゴブリン全員の目を自分に向けさせる。
「どうして、作物を荒らすのですか? 作物を持っていってしまう理由を聞かせてくれませんか」
何人かのゴブリンが、マリアの周りを取り囲んでいる。挑発しない程度に相手を見据え、マリアは続けた。
「協力できることがあれば、したいですし。お話しを聞きたいのです」
マリアは、一番最初に寄ってきたゴブリンの瞳を見る。大きな躯体 ―― あの大きな手で殴られれば、一溜りもないだろう。先頭を歩き指示していたこと、そして何より他の誰より大きな逞しい躯体 ―― 彼がこのゴブリン集団の中で高い地位にいる者なのではないかと考えた。
マリアは腰に手をやる。
ゴブリンが一瞬片目をピクリと動かしたが、やはり肝が据わっているらしい。彼は身動きせずマリアの行動を見守った。
腰の金具から鞘ごと剣を外し、マリアは大地にその片手剣を置いた。
「争う気はないのです。それでも、他人の農作物を根こそぎ持って行ってしまう行動は許すことができません。ひょっとして ―― 今年は凶作でしたか? この村の大地にも、元気がないのです」
困ったように肩を竦め、マリアはゆっくりとした口調で云う。この町へ来るときに気付いたのだが、この辺りは植物の育成状態が良くなかった。この村も不作の様子が顕著だ。近くに住む彼らの森の中でも、同様の事例が起きている可能性があるのではないかとマリアは考えたのだ。
「―― 育たナイ。ココ食べ物生えテル、だから持っテいく」
「生えているわけではありません、育てているのです。この村の方々にも生活があるのですから、持って行くのなら ―― そうですね、あなた方は手先の器用な種族と聞いています。なにか金銭の代わりに工芸品など持ち込んで、それを村に卸すなどはどうでしょう? 寄木細工が有名だそうですね。あ‥‥勿論、双方合意の上でなければなりませんけれど」
恐らく大丈夫だと思うが、云いながらマリアは近くに潜んでいる村人をちらりと振り返る。
「今まで争いごとなくやってこれたのですから、これからも、仲良くしていきませんか?」
おっとりとした喋り方だが、揺るぎない信念をもったブルーグレイが見据える。しばらくゴブリンと睨み合っていたが、彼は不意に辺りを見回し、あるゴブリンを手招きして呼び寄せているようだった。
呼び寄せたゴブリンからあるものを受け取り、彼はそれをマリアに見せた。
「今ハこれシカナイ」
それは美しい寄木細工の皮が貼られた、剣の鞘だった。外見で判断してはいけないと常々思うが、武骨そうな風貌からは想像できない緻密な紋様だ。
「充分です、素敵な細工ですね。今後のお話しは、村の人を交えて致しましょう」
すでに深夜だったため、ゴブリンは一度森に戻ることになった。明日改めて村を訪れる際に、彼らは寄木細工の工芸品を持ってくると約束して戻っていった。
鞘にさえ見事な装飾を施しているのだ。明日になればもっと素晴らしい工芸品が見られるのかと思うと、その様子を想像してマリアはため息が出た。
翌朝、宿の裏の畑を訪れると数人の村人が踏み荒らされた箇所の修復をしているようだった。
「お手伝いします。こう見えても私、土いじりが好きなのです」
金属鎧を外し、そう云ってマリアは畑の中に入っていく。
多少育成時期がずれているものが豊作になっても、風土に合った農作物だからと誰も不思議に思わないだろう。自分の持つ能力で手助けをし、実りを多くできればいいのだが。
耕した大地にそっと触れ、マリアはにっこりと微笑んだ。
【 了 】
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登 場 人 物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
【 3458 】 マリア・ランスロウ | 女性 | 21歳
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひ と こ と _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
能力や隠し能力が素敵です。雷火はマリアさんにこの依頼をお願いしたくて待っていたのかもしれません。
きっとこのあと数日、村に留まって復興活動をお手伝いしてくださるのだと思います。
気になる箇所等ございましたら、リテイク申請・FL、つっこみ・矢文などでお知らせください。今後の参考にさせていただきます。
マリアさんの、今後のご活躍をお祈り申し上げます。
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