<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Memory BOX

「何しやがる!この酔っ払いがっ!!」
 今日も今日とて白山羊亭にイクスの怒声が響き渡る。
 ルディアの努力もあって、大分仕事をこなせるようになってきた彼女ではあるが、未だにセクハラへの制裁は容赦なかった。
「あーあー・・・ちょっとイクスさん!お客さん殴っちゃ駄目だって何度も言ってるでしょう?」
「う・・・いや・・・だって、こいつ・・・!」
「はいはい。言い分は奥で聞きますから、ちょっとこっち来て下さいね!」
 ルディアに引っ張られていくイクスを見送ってから、ルルフェは白山羊亭の外に出た。いつもだいたいこの時間に散歩に出かけるようにしている。適当にふらふらして戻ると丁度イクスの休憩の時間になるのだ。
 街中は相変わらず賑わっていて、見ているだけで飽きない。
 何かイクスに差し入れでも買っていこうか。
 そう思って出店に向かおうとした矢先に、その少年と出会ったのだった。


 休憩時間に入るとどっと疲れが出る。イクスは机に突っ伏したまま、ルディアへの恨み言をぶつぶつと並べていた。
「あれは絶対客の方が悪いってーのに、何で止めんだよルディアの奴。ああいう輩は一発殴るのが一番効果的で・・・」
「イクス〜っ」
「あ・・・?」
 間延びした声に顔を上げる。ルルフェが戻ってきたらしい。今日は一体どの程度無駄遣いしてきたのかと身構えていると・・・
「イクス!仕事の依頼だよ〜」
「何だって!?」
 思わず疲れも忘れて立ち上がっていた。彼が依頼を持ってきてくれるなんて珍しいこともあるものだ。
「えへへ。褒めて褒めて〜」
「あーうん。偉い偉い」
「えー。心が篭ってないなあ〜」
 膨れて見せるルルフェの腕には小さな箱が抱えられていた。それは何だと尋ねると、今回の依頼に関係あるものなのだという。
「街中でこの箱を持って途方に暮れてる男の子に会ったんだ〜」
 ルルフェに呼ばれて、一人の少年が部屋の中に入ってきた。年の頃は7、8歳くらいか。
「その子供が依頼主ってわけか・・・?」
「そーいうこと」
 イクスはあからさまに嫌な顔をした。子供からの依頼なんて報酬は高が知れている。一応依頼内容を訊いてみると、「何とかして箱を開けて欲しい」という何ともシンプルなものだった。
「何だよ。そんなの簡単じゃねーか」
「うーん。それがさあ・・・」
 ルルフェは何か言いたそうな顔をしていたが、構わず箱を奪い取る。蓋の中央にピンクの石が埋め込まれている立方体の宝石箱だった。鍵穴等は特に見当たらなかったので、そのまま普通に開けようとしてみる。
「あ・・・れ・・・?」
 かなり力を入れたつもりだったのだが、開く気配はゼロ。更に力を入れるがびくともしなかった。
「おいルルフェ!どうなってんだ、これ・・・っ」
「うん。だからさあ、開かないみたいなんだよね〜」
「ああ!?」
 開かないだと?
「それは不思議ですね」
「うおわっ!?」
 突然過ぎるルディアの登場に、イクスは箱を落としそうになった。
 一体いつの間に。
「この子さあ、一週間前に両親を事故で亡くしたんだって。その箱が唯一の形見らしいんだけど、開かないんじゃどうしようもないよねぇ・・・」
 少年はどうしても箱の中身を知りたいのだという。両親が遺したものなのだから当然だろう。当然なのだが・・・
「・・・で?報酬は?」
「箱の中に入ってる宝石を〜、好きなだけ持っていっていいってさ」
「宝石・・・ねえ」
 箱を耳元で振ってみた。確かに何かが入っているようではあるが、宝石とは限らない。
 イクスは溜息をつく。
「依頼は受けない。この箱、返すぞ」
「えーっ」
 ルルフェだけでなく、ルディアまでも抗議の声をあげた。
「イクスのいけずー」
「どうしてですか?」
「だって割に合わねえじゃん。俺だって生活費稼ぐのに手一杯なんだ。そんなガキの世話まで焼いてられっかよ」
 この件はもう終わりだと手をひらひらと振ってみせる。だが、二人の視線はいつまでも彼女に突き刺さったままだった。
「イクス〜。それちょっと酷いよぉ?この子、本当にいい子なんだよ〜?両親が死んで身寄りが全くいなくなったのに、一人で頑張ろうって自分を奮い立たせてさぁ。せめてそれくらいは手伝ってあげようって思わない?リディアは思うよね〜?」
「ルルフェさんの言う通りですよ、イクスさん!助けてあげることはできないんですか?」
「そうだよ、イクス〜。助けてあげようよ〜」
「イクスさん!」
「だーーーーーーっ!もう、うるせえっ!!」
 イクスの怒声に二人の動きがぴたりと止まる。
 ――・・・あー、もうまったく・・・!
 何故いつもこうなるのか。なんだかんだでルルフェのペースに乗せられてしまう自分に嫌気が差す。
 ――あれか?こいつは俺を操縦する機械でも握ってやがるのか?
 どんなに不服に思っても、結論は出てしまっていた。
「・・・受ければいいんだろ・・・・・・」
 少年の顔がぱっと輝く。何度も何度も礼を言ってくる少年から逃げるように、イクスは身を翻した。
「えー・・・なんだ。とりあえず開ける方法を探すぞ」
「あれえ?イクス照れてるー?」
「うるせえ!」

 少年を白山羊亭に残し、イクス達はアンティークショップに向かった。ルディアも是非協力したいとついてきている。店はいいのかと思ったが、今の時間帯は客が少ないので問題ないとのことだった。
 店の店主に箱を見せると、「これは珍しい」と唸られた。
「珍しいって・・・この箱がか?」
「いや・・・この蓋に埋め込まれている石がだよ。この石はキーストーンと言って、その名の通り鍵の役目を果たすんだ」
 石が鍵の役割をしていたのか。なるほど、道理で開かないはずだ。
「それで・・・どうやったら開くんだ?」
「愛の力で開く」
「は・・・?」
 一瞬、店主の言葉が理解できなかった。
「あ・・・何だって?」
「愛の力だ」
「・・・ルルフェ、この親父殺してもいいか・・・?」
「一応話くらい聞いてあげようよぉ」
 店主の話によると、キーストーンは人の感情を敏感に読み取ることができるらしい。そしてその色によって、反応を見せる感情が違うそうだ。
 青なら哀しみ、赤なら怒り、そしてピンクは・・・

「お互いを愛し合う気持ちが鍵になる・・・ロマンティックな話ですねっ」
 うっとりと手を合わせるルディアに対し、イクスの気分はどん底だった。
「一体俺達にどうしろと・・・?」
「そんなの簡単だよお」
 ルルフェがイクスの鼻に指をつき付け、歌うように言う。
「ボクと〜イクスでぇ〜愛し合えばいいんだよぉ」
「アホか」
 彼の額を指で弾いてやった。額を抑えながら「名案だと思ったのにぃ」と膨れるルルフェ。
「・・・確かにやってみる価値はあるかもしれませんよ」
「ルディア!?」
「でしょぉ?やってみようよ〜、イクス」
「・・・」
 まあ、これといって他に方法があるというわけでもない。その辺のカップルに協力を仰ぐというのも恥ずかしい話だ。
 仕方なくイクスは二人に従うことにした。
「具体的にどうするんだよ・・・?」
「うーん・・・。とりあえずデートかなあ」

 そんなわけで
 大変よくわからない状況になってしまった。
「おい、ルルフェ」
「何〜?」
「これっていつもと何か違うのか・・・?」
 デートと銘打ってはいるものの、二人きりで街中を歩くことなど日常茶飯事ではないか。
「手でも繋いでみる〜?」
「は・・・」
 二の句が告げない。口をぱくぱくさせるイクスに、ルルフェは「あははっ」と明るい笑い声をあげた。
「変なのぉ。前にも繋いだことあるよお?ボク達」
 言われてみればそうだ。状況が状況なので少々過敏になっているらしい。
「そうだなあ・・・じゃあ、抱き締め合ってみるとか〜」
「俺とお前じゃサイズが違い過ぎるだろーが」
「じゃあさあ」
 ルルフェが急にこちらを振り返る。危うく、顔面にぶつかる所だった。
「キスならできるんじゃないかなぁ」
「・・・あの、さ」
 相変わらずニコニコしているルルフェの顔を軽く睨みつけてやる。
「お前、俺のことからかってないか?」
「からかってないよぉ。ボク、ちゃんとイクスのこと愛してるもん」
 からかっている。確実にからかわれている。
 何だか馬鹿らしくなってきた。
「あれえ?イクス、どこ行くのぉ?」
「他の方法を探すんだよっ」
「あははっ」
 ルルフェの笑い声が後を追いかけてきた。
 まったく、何がそんなに楽しいんだ。
「あのな・・・っいい加減に・・・!」
「本当だよ」
 急に真面目な口調になるルルフェにイクスは言葉を詰まらせる。彼は真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。
「本当にボクはイクスのこと、大好きなんだ」
「・・・」
 あまりに真っ直ぐな感情に戸惑う。
 好きだ好きだと割と頻繁に言われているような気がするが、冗談混じりなものがほとんどで。
 こういう場合はどう答えるべきなんだ・・・?
 イクスが本気で頭を悩ませていると・・・
「・・・んでもって〜」
 ルルフェの声のトーンがいつものものに戻った。
「イクスもボクのことがだ〜い好きなんだよねー?」
「は・・・?」
「うん!ボク達、相思相愛♪」
 歌うように言いながら飛びまわるルルフェ。イクスはそんな彼を眺めながら肩の力を抜く。
 まったく、本当にどこまで本気でどこからか冗談なのか。
「・・・確かに嫌いじゃねーんだけどな」
「え、イクス。何か言った〜?」
「べっつに」


「相思相愛?」
「黙れ」
 白山羊亭に戻ると、何故か箱の蓋が開いていた。少年は大喜びで、箱の中身だけ持って帰り、本体は報酬だとイクスに手渡した。
 箱の中に入っていたのは宝石などではなく、小さなカラクリ人形や安い石でできたブレスレット等のガラクタで。きっと少年の両親にとっては宝石よりも価値のあるものだったのだろう。
「にしても、何で開いたんだ・・・?」
「それはほら、やっぱりボク達が愛し合ってぇ」
「締めるぞ」
 愛だとか恋だとか、そんなものは違うはずだ。
 自分とルルフェの関係はもっとこう・・・
「だってさあ、ボクはイクスを信頼してるし、イクスもボクを信頼してくれてる。お互いがお互いを想ってるんだよ〜?そういうのもやっぱり、相思相愛って言うんじゃないかなあ」
「・・・」
 そう、愛だとか恋だとか、好きだとか嫌いだとか、そう簡単に言い表せる関係ではないのだ。
「・・・よく、わかんねーよ」
 それでも、側にいると安心できるのは確かで・・・


「イクスって実はかなりのお人好しだよねえ」
「な・・・っ。そんなことねーよっ」
「ま、そんなイクスだからボクも側にいたいと思うんだけどさ」
「・・・お前、少し黙れねーのか?」
「ところで、この箱、何入れる〜?」
「売る」
「えーーーーー!?それ反対!はんたーいっ」


 ガラクタでもいい。どんなにつまらないものでも構わない。
 この箱にルルフェとの想い出を沢山詰め込むのも、それはそれでいいかもしれないと思った。
 本人には口が裂けても言えないが。


fin


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こんにちは、ライターのひろちです。
この度は発注ありがとうございました!
またも納品が大幅に遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした・・・!

書かせて頂くのは三回目ということで、この二人にはかなり愛着が出てきました!
今回もかなりコメディ路線だったのですが、いかがでしたでしょうか?
やっぱりイクスよりもルルフェの方が上手のようですね(笑
楽しんで頂ければ幸いです。

今回も本当にありがとうございました!
私もこの二人に会いたいので、また機会がありましたら是非よろしくお願いしますっ