<PCクエストノベル(2人)>


護りたいものは ―クーガ湿地帯―
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【冒険者一覧】

【1552 / パフティ・リーフ / メカニック兼ボディガード】
【2936 / エイーシャ・トーブ / 異界職】
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 クーガ湿地帯。
 そこは五百年以上生きている大蜘蛛の住処。
 ――その大蜘蛛の巣の糸には呪術的効果があり、魔法などに組み込むと大変な力が出る。また、蜘蛛が凶暴なために大変入手が困難であり、希少価値も高い。

パフティ:「いいですね……この蜘蛛の糸を手に入れて売れば、船をよりよく改造できるかもしれません」

 パフティ・リーフは交易船を降りて足を向けた酒場でクーガ湿地帯の話を聞き、「うーん」と口元に手を当てて考えた。

パフティ:「どうしましょう……お金は他にも色々要りよう。けれど大蜘蛛は凶暴……」

 とりあえず交易船【ハウス】の船長に話を持っていってみようか。そう考え、パフティはその話を土産に船へと帰ることにした。

パフティ:「でも船長のことだから……。きっとお金なんてどうでもいいわね」

 ――パフティの乗る交易船の船長は、交易船の船長であるわりに商業にはまったく向いていない、のほほんとした女性である。
 実際、その船長――エイーシャ・トーブは、蜘蛛と『戦う』ことは考えなかったようだ。

エイーシャ:「大蜘蛛? まあ素敵! どんな蜘蛛かしら」
パフティ:「船長、蜘蛛自体ではなくて――」
エイーシャ:「ぜひお目にかかってみたいわね。ねえパフティ、その湿地帯へ行ってみない?」
パフティ:「……そういう理由でそう言うだろうとは、思ってました」

 パフティはがっくりとしながら、自分の予想が当たったことにしみじみと切なさを感じた。
 とは言え、自分も蜘蛛の糸に興味津々なのは嘘をつけない。
 パフティはエイーシャの言うとおりに、クーガ湿地帯へと船を向けることにした。

     ++ +++ ++

 クーガ湿地帯へは、エイーシャとパフティのふたりで乗り込むこととなった。
 湿地帯の近くへたどりつくと、降りる前にふたりで色々と相談する。
 パフティは噂に聞いた凶暴な蜘蛛との戦いに備え、万全の武器を装備――しようとした。が、

エイーシャ:「だめよパフティ。蜘蛛を殺しちゃだめ」
パフティ:「殺すとまでは言っていません。あくまで私は糸の回収を――」
エイーシャ:「巣も傷つけちゃだめよ? あまり強力な武器を用いないで」
パフティ:「船長!?」

 パフティは思わず大声をあげた。

パフティ:「分かってらっしゃるんですか!? 蜘蛛は凶暴なのですよ、蜘蛛自体を殺さずにというのも難しいかもしれないのに、強力な武器を使うななんて」
エイーシャ:「研究対象の被害を最小限におさえること。これが真の研究者なの、パフティ」
パフティ:「私たちは研究者じゃありません!」
エイーシャ:「だめ。だめよパフティ。……蜘蛛の巣を壊すのは、私たちだとしたらハウスが壊されることと同じことなのよ?」
パフティ:「………」

 年齢のわりにひどく幼く純真な緑の瞳に気おされて、パフティはしぶしぶ、持っていこうとしていた武器のほとんどをはずした。
 代わりに手にしたのは、蜘蛛の毒の解毒剤をセットした、ピストル型注射器……

パフティ:「これがあれば……最低限命はたもてるでしょう」
エイーシャ:「ん!」

 エイーシャは無邪気に笑い、「さあ行きましょう」とパフティの手を引っ張った。


 交易船は湿地帯から離れたところに停め、エイーシャとパフティは歩いて目的の蜘蛛の住処へと近づいた。

エイーシャ:「あった、あったわ……!」

 エイーシャが喜びの声をあげ、その進む足も速くなる。「船長!」と呼ぶパフティの声も聞こえていないようだ。

パフティ:「声をあげたりしたら蜘蛛が近づいてくるかもしれないのに……んもう」

 パフティは慌てて後をついていく。
 ――エイーシャは、蜘蛛の住処らしき洞窟の入り口にあった蜘蛛の巣に熱心に見入っていた。携帯顕微鏡を持ち出し、緑の瞳をきらきらさせて。

エイーシャ:「不思議だわ。普通の蜘蛛と同じようで違う……どこが違うかって言われると答えられないけれど、たしかに違うの」
パフティ:「そうですか」

 パフティとしては、その糸を回収して売りに出したいのだが――エイーシャの目の輝きを見てしまうと「早く糸をちぎらせてください」とはとても言えなかった。仕方なくエイーシャの興味が他にそれるまで、あたりに気を配ってボディガードに徹することにする。
 しばらくの間、なにごともなく時間は進んだ。
 しかし、その『なにごともなく』が危険なのだ。
 ――なにごともなかったら、当然エイーシャが夢中になったまま、奥に奥に進んでしまうのだから……

パフティ:「船長! それ以上は危険です、戻ってください……!」

 洞窟の中では声が反響する。なるべく小さな声で、パフティは奥へ行ってしまおうとする船長を呼び止める。
 何回か呼び止めたところで、エイーシャは足を止めた。――辺りが暗くなって、糸の観察がしにくくなったことにようやく気づいたらしい。

エイーシャ:「あらいやだ……もう。何か大きな影があるわ」
パフティ:「!!!」

 パフティはエイーシャの元まで走った。そしてエイーシャの腕を引いて自分の後ろにやった。
 一瞬後には、エイーシャのいた場所に大量の糸が噴き出されてきた。
 パフティは、洞窟の奥から来る圧迫感に身震いした。
 かさかさ、かさかさ、とひどく気味の悪い音がする。

エイーシャ:「な、なに?」
パフティ:「静かに……後ろへさがりますよ。洞窟から出ます」

 エイーシャがパフティの肩越しに奥を見ようとするのを、パフティは押さえてじりじりと後退する。
 奥から――
 まがまがしい赤い目を光らせた大蜘蛛が――

 この距離ならうまく逃げ切れる。
 ――そう判断したパフティはエイーシャを引っ張りながら、思い切って背を向けて走ろうとした。
 が、

パフティ:「……うそっ!?」

 頭上から糸が大量に噴射されてきて、パフティの動きがとまった。危うくかぶるところだった。
 上を見ると、いつからそこにいたのか大蜘蛛が天井に――

 かさかさかさかさかさかさかさかさ

 背筋に何とも言いようのない不快感を覚える音が、右から左から正面から頭上からあちこちから集まってくる。
 一方で糸を噴き出そうと尻を向けているかと思えば、他方ではその凶暴な口を大きくこちらに向けて襲いかかろうとしている。

 くわっ!!!

パフティ:「……っ! 船長、気をつけて!」

 大口が迫ってきて、パフティはエイーシャに言いつけながら小型スタンガンで応戦した。

エイーシャ:「パフティ! 傷つけないで!」
パフティ:「そんなこと言ってる場合に見えるんですか!?」

 言いながらも、パフティは必死に蜘蛛自体を傷つけないよう、意識がそれるような場所へとスタンガンを撃ち込む。
 しかし蜘蛛が徐々にふたりを囲むように集まってきて、傷つけないように配慮するのが難しくなってきた。

パフティ:「船長! 緊急事態です、蜘蛛を撃っていいですか!?」
エイーシャ:「そんな、そんな……」

 エイーシャがおろおろとパフティにすがりつく。
 エイーシャの表情があまりにも悲痛で、パフティは一瞬蜘蛛に向けたスタンガンの先端をそらした。
 その瞬間――

パフティ:「っ!!!」
エイーシャ:「痛っ……!」

 ふたりはまわりを囲んでいた蜘蛛から、同時にかみつかれた。
 パフティは肩を。エイーシャは腕を。――血が流れ、毒が入ってきたショックで一瞬めまいが起きる。

パフティ:「こ……こんなときの、ため、に……」

 パフティはスタンガンを右手に、左手に解毒剤の入ったピストル型注射器を持った。麻痺する前に、麻痺する前に――
 まず自分に。そしてエイーシャに。
 毒が一瞬で消え、体が軽くなったパフティは、スタンガンで蜘蛛たちをけん制しながらエイーシャの腕の傷に携帯していた包帯を巻いた。

エイーシャ:「パフティ、あ、あなたも」
パフティ:「おとなしく治療されてください!」
エイーシャ:「パフ……」
パフティ:「さあ! もう分かったでしょう、蜘蛛を傷つけずに洞窟から逃れるすべはありませ――」

 言いかけた瞬間に。

 しゅるるるるる!

 こちらに尻を向けていた蜘蛛が、糸を吐き出してパフティとエイーシャを引き剥がし、それぞれを繭のように包み込んでしまった。

パフティ:「………っ………っ」

 パフティは何とか糸の隙間をこじあけて、エイーシャが無事かどうかをたしかめようとする。
 ようやく見えた細い視界には、しかし大量の蜘蛛の足に囲まれたひとつの丸い繭があっただけだった。

パフティ:「こうなったら……」

 とにかくパフティは、おとなしくすることに決めた。
 蜘蛛が腹をすかしてパフティたちを襲ったなら、このまま自分たちは吸収されて――終わりだろう。
 しかし、ただ侵入者と判断して襲っただけなら。
 ……このまま静かにしていれば、みんな奥へ戻ってくれるかもしれない。

 それは一か八かの勝負だった。蜘蛛はパフティが見ただけで五匹はいた。全部が全部、腹をすかしていない状態とは限らない――
 待つ。
 どくん、どくんと鼓動が高鳴る。
 緊張しすぎて体が急激に冷えた。

 かさ……

 蜘蛛の動く音に、汗がぶわっと吹き出る。

 かさかさかさ……

 どくんどくんどくんと鼓動が高く鳴りすぎて、蜘蛛の足音さえ耳に届かなくなってきた。
 まさか蜘蛛ごときに、こんな恐怖を味わわされるとは思わなかった。
 ――エイーシャは無事だろうか?
 無事であってほしい。どうか、どうか――

 やがて――

 かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ

 集まってきたときと同じように、大量の蜘蛛の足音が聴覚を埋めた。遠ざかっていくように。

パフティ:「……! 今なら……!」

 パフティはビーム銃斧兼用機を斧状にし、自分の繭を切り払った。
 ぶちぶちと糸が切れていく。
 視界が晴れた。
 目の前に、卵型の繭があった。

パフティ:「船長! この中ですか! ご無事ですか!」
エイーシャ:「ぱ……パフティ……」

 繭の中から、か細い声が返ってくる。パフティは急いで、中にいるエイーシャを傷つけないように配慮しながら繭を切った。

エイーシャ:「はふ……」

 エイーシャが、疲れきった様子でパフティの腕の中に倒れこんでくる。

パフティ:「船長!」
エイーシャ:「大丈夫……大丈夫よ……」

 けほけほと少し咳をした後、エイーシャは体勢を整え、パフティの腕から離れた。

エイーシャ:「ありがとう、パフティ」
パフティ:「まったく……だから奥まで行くなって言ったのに……」

 パフティは再び洞窟の奥を警戒する。
 ――蜘蛛が戻ってくる様子はない。天井にも、壁にも。
 パフティは、そこら中にある蜘蛛の糸の回収を諦めた。いつまた蜘蛛が戻ってくるか分からない。

 ふたりは揃って洞窟を出た。

パフティ:「ああ……体中糸まみれです……」

 大きくため息をついたパフティの横で、

エイーシャ:「うふふ。持ち帰ったら思う存分観察できるわね」

 エイーシャが自分の体にからみついた糸を手に取りながら、嬉しそうに微笑んだ。
 パフティはどこまでも緊張感のないエイーシャに一言警告しようと船長に向き直って、

パフティ:「船長。いいですか、ああいう危険な場所に行くっていうのに――」
エイーシャ:「え? 何かしら?」

 エイーシャの緑の瞳は、変わらず純真な子供のようにきらきらしていた。
 パフティの、のどからでかかった言葉が勝手に消えてしまった。

 ――まったく、この船長には勝てない。

エイーシャ:「どうしたの? パフティ」
パフティ:「――何でもないです、船長」

 パフティはべとつく体を大きく伸ばした。
 ――自分はボディガード。自分が護りたいのはただの船長?
 いいえ、違う。
 あの、純真な緑の瞳――だ――

パフティ:「仕方ない、ですね……」

 るんるんとハウスに戻っていくエイーシャの後姿を追いながら、パフティは苦笑した。
 まあよしとしておこう。
 あの緑色の瞳、今回は護りきることができたから――


 ―FIN―

ライターより----------------
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはクエストノベルを書かせていただきまして、ありがとうございました!納品が大変遅くなったことをお詫びします。
キャラクターさんがふたりともかわいい女性というのは久しぶりで、新鮮でしたwイメージどおりになっているといいのですが。
よろしければまたお会いできますよう……