<東京怪談ノベル(シングル)>


あたたかな夜


 ろうそくの柔らかな灯りが目立つ季節になった。町の木々には華やかな飾りが付けられ、様々な店で「プレゼントにはコレを」というキャッチフレーズが謳われている。
 季節は、クリスマス。心を躍らし、ドキドキとした気持ちを抱かせる聖なる日だ。この季節になると、町全体がクリスマス一色に彩られるといっても過言ではない。
 それは、スラム街でも例外ではなかった。華やかな表通りとは対照的な位置にあるスラム街だが、だからと言ってクリスマスが来ないわけではない。
 シノン・ルースティンは「よし」と小声でいい、出来上がった星や靴下の飾りを見つめた。
「完璧」
 シノンはたくさんの飾りを目の前にし、にっと笑った。これをスラム街のいたるところに飾るのだ。確かに華やかさには欠けるかもしれないが、温かみはたっぷりつまっている。表通りの彩にも負けないくらいに。
 飾りを持って孤児院を出ると、既に孤児院の子ども達が道の両端にろうそくを置いていた。シノンを見つけ、駆け寄ってくる。
「凄いでしょう、シノン」
「綺麗でしょう」
 口々に自分達の功績をシノンに伝え、その功績の後を見せて誇らしそうに笑った。シノンはそれら一つ一つを見、素晴らしい出来だと伝えていく。
「皆、ばっちりじゃん!」
 全てを見終わった後にそう評価すると、子ども達はさらに誇らしげに笑った。シノンの作った飾りを更に飾りつけると、スラム街はクリスマスムード一色に染まる。
 飾り終えた街並みを皆で見てまわり、賞賛をする。単なるろうそくではつまらないと、一つ一つに装飾を施しているという、目に楽しい飾りである。
「それじゃ、料理に取り掛かりますか!」
 シノンの掛け声に、皆が「おー」と声を上げた。
 孤児院主催のクリスマスパーティは、毎年たくさんの人が訪れる。スラム街の住人は、この日を楽しみにしているのだ。
「シノン、今年もやっぱりチャイを作るの?」
 子どもの一人に聞かれ、シノンは「それはもちろんだけど」と言って笑う。
「今回は、更に料理を作ってみようかと思ってね」
「えー!」
 子ども達から一斉に声が上がる。シノンは破壊的な料理の腕の持ち主だ。チャイを除く全ての料理が哀しい結果になると言っても過言ではない。
 不安そうな子ども達に、シノンはにっと笑ってみせる。
「大丈夫。最近は、友達にいっぱい教えてもらってるから」
「本当?」
「本当本当! 目玉焼きなんて、その子にも上手くなったって言われたんだから」
 ぐっとシノンは拳を握り締める。子ども達は疑問半分、期待半分といった所だ。
(これは、しっかりと見せてやらないとね)
 シノンは密かに誓う。今回こそ、上手くなった料理の腕を見せる時なのだ。
 調理場には、既に何人かの料理上手な子達が料理やお菓子を作っていた。孤児院のボランティアをしている人たちも集っている。
 シノンは「よし」というと、調理に取り掛かった。子ども達の不安そうな顔を、驚きの顔に変えてやる為に。


 クリスマスパーティは、シノンの掛け声と共に始まった。孤児院に訪れた人たちと共に、孤児院の子ども達も楽しそうにはしゃいでいる。
「どの料理が、シノンが作ったものなの?」
 子どもに聞かれ、シノンは誇らしげに料理の並んだテーブルの一角を指差す。そこには、美味しそうな色をしたオムレツが置いてある。
「本当にシノンが作ったの?」
「当然じゃん。ばっちりあたしが作ったよ」
 シノンはそう言い、子ども達の頭をがしがしと撫でる。子ども達はそっとオムレツを一切れ口に運ぶ。すると、一斉に顔がほころんだ。
「美味しい!」
「シノンが作ったのに?」
「失礼だな。あたしが本気を出せば、ざっとこんなもんだよ!」
 シノンはそう言って笑う。美味しいオムレツが出来るようになるまでには、多くの卵の犠牲だとか友人の献身的な指導だとかがあったのだが、そこはあえて黙っておいた。
「それにね、今日のあたし達はサンタクロースでしょう? 皆に笑顔をあげて当然なんだよ」
 シノンをはじめ、孤児院の者達は皆サンタクロースの格好をしていた。赤と白の布を使い、全てが手作りの服である。
 子ども達はにっこりと笑いながら頷き、訪れた人たちのところに向かっていった。飲み物の補充や、話し相手となる為に。
「これで、あたしの料理の腕は凄いって分かってもらったよね」
 今回の目標の一つは達成した事を呟き、シノンは大きな袋を取り出す。中にはほんの些細なものながら、手作りのプレゼントが入っている。
 シノンはそれら一つ一つを、訪れた人たちに配って回った。小さいながらも心のこもったプレゼントは、毎年好評だ。一年のうちで、この行事が一番楽しみなのだという人も少なくない。
「はい、メリークリスマス!」
 そう言ってプレゼントを渡すと、嬉しそうな顔が帰ってくる。
「シノンちゃん、今年もチャイを美味しく作れたわね」
「今年はなんと、オムレツも作ったんですよー」
 声をかけてきた人にそう言うと、皆が「おお」と声を上げた。シノンの料理が破壊的だという噂は、意外と広がっていたようだ。
「オムレツ食べたけど、美味しかったよ」
「そうでしょう。その内、シェフにもなっちゃうかも」
 シノンの言葉に、皆が笑う。凄いね、とか、応援してるよ、とか。そういう暖かな言葉と共に、笑みがこぼれている。
 時間が経つと共に、料理やお菓子も無くなり、プレゼントもなくなってきた。スラム街の人々も、笑顔のまま「おやすみなさい」という言葉と共に帰っていく。
 そうして最後の一人が帰り、孤児院の皆で「メリークリスマス!」の掛け声をかけた。
「今年も大成功だったね!」
 シノンがそう言うと、皆が大きく頷いた。疲れてはいるが、充実感の溢れる心地よい疲れだ。中にはあくびをもらす子どももいる。
「皆、お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」
 シノンの言葉に、皆が「はーい」と返事をする。そうしてそれぞれが片づけをし、ベッドへと向かっていった。
 皆、疲れの為にあっという間に眠ってしまった。シノンは皆が完全に眠ったのを確認し、そっと枕元にプレゼントを置いていく。
「皆、本当にお疲れ様」
 シノンはそう言いながら、一人ひとりの寝顔を見つめながらプレゼントを置いていく。中身は、こっそりと作ってもらっていた靴だ。いつも元気にスラムを駆け回っている子ども達の為に、新しい靴を用意していたのだ。
「これで、また元気に走り回ってね」
 起こさないようにそっと声をかけ、回っていく。皆、寝顔まで笑顔で溢れている。シノンはそれらに笑みを漏らし、布団をかけなおし、プレゼントを配り終えた。
 ぱたん、と扉を閉めると、シノンは大きく伸びをした。ついでにあくびまで出る。今年のクリスマスパーティも、無事に終えることができたという充実感でいっぱいだ。
 シノンはもう一度あくびをし、自らのベッドへと向かう。すると、ベッドの上に何かがちょこんと乗っていた。
「うわぁ」
 それは、たくさんの手紙と一本の太いろうそくだった。クリスマスツリーや花が細やかに彫られ、美しく着色されている。道の両端に置かれたろうそくよりも、明らかに手が込んでいて綺麗だ。
「これ、一体……」
 手紙の差し出し主は、スラム街の人々と子ども達だった。手紙一枚一枚にシノンへの感謝が書かれてある。
「皆……」
 シノンはぐっと言葉をつぐむ。喉の奥が熱くなってきたのだ。手紙を全て読み、ろうそくを抱きしめる。
 火をつけていないのだが、どこか温かい気がした。
「……最高の、クリスマスだ」
 実感として沸いてくるその気持ちに、シノンは笑顔をこぼす。幸せ、という言葉が頭の中にぱっと浮かぶ。
 シノンは窓辺にろうそくをそっと置き、火をつけた。
 柔らかな光は外の月光と重なり、美しい光となっている。シノンはそれを見て微笑み、ふっと火を消した。
 ゆらりと立ち上る白煙が、ゆらりゆらりと立ち昇っていった。


<幸せが湧き上がるが如く・了>