<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


三つ色のクリスマス

 ちらちらと雪の降るクリスマス――
「うわあ、今日はホワイトクリスマ――ス!?」
 喜ぼうとした子供がぎょっとした。
 白い白いはずの雪に、黄色や青が混じってきた。
 子供は目をこすって、自分の目がおかしくなってないかたしかめる。
『おかしくなってないよ』
 何も言ってないのに、声が聞こえた。
『僕たち、三人兄弟なんだ』
 声とともに、ぽぽぽんと三人の、掌ほどのサイズの誰かが現れる。
 白、黄色、青の羽を持った『妖精』――
『僕たちはね、毎年生まれ変わるんだけど』
 白い羽の妖精が微笑んだ。『今年は三つ子で生まれたんだよ。すごいでしょ?』
「きれいだね……」
 三色の雪がちらちらと降る。
 白い雪の精がくすくすと笑って、
『僕たちに触れるとね、特別な効果もあるんだよ』
「え?」
『僕たちと遊ぼうよ。きっと楽しいよ』
 くるくる黄色と青の精と戯れながら、雪の精は言った。

     ★☆★☆★

「雪……」
 空から降ってくる摩訶不思議な三色雪は、それでもやっぱり触れると感触もなく消えてしまった。
 千獣はつぶやく。
「雪……悲、しい、もの……?」
「いいや」
 彼女のそんな姿を斜め後ろから見つめながら、クルス・クロスエアが微笑んだ。
「降っても降っても、消えても消えてもまた続く……幸運の象徴と思ったほうが、ロマンチックだろう?」
「ろまん、ちっく?」
「――ああ、ええと、夢みたいで綺麗だろう?」
 彼は言い方を変えた。
 長く生きている千獣だが、まだまだ『言葉』を理解しきれていない部分がある。
 千獣とクルス。ふたりでやってきた町はずれの人気の無い場所。
 初めての――ふたりきりでのおでかけ。
 デート、という言葉は千獣には分からなかったようだが、クルスはそんな彼女に深く意味は教えなかった。
 今年のクリスマスは、ふたりにとって思い出深い日になりそうだ――

 赤い瞳が今日は美しい光景に輝き、呪符を織り込んだ包帯を体中に巻いた異様な雰囲気を持つ少女を、不審に思う存在は今ここにはいない。
 彼女の愛したひとりの青年だけが、少女の長い黒髪を飾る雪のかけらを見つめていた。

「しかし……三色だなんて、本当に夢のようだな、今年のクリスマスは」
 クルスは上空を見上げる。
「夢……」
 千獣は手袋をした手を差し出した。
 ちょうど白い雪が彼女の手に降り、そのまま溶けようと――したところで。
 ぽん
 と雪が掌サイズの何かに変わった。
「あ……人形」
『人形じゃないよっ。妖精だよっ』
 人形扱いされて、白い雪の精は千獣の掌でぷんすかと怒った。
「あ……怒った……」
 ねえ……と千獣は後ろにいたクルスのほうを振り返り、
「これも……精霊?」
 ――すべての存在は精霊だと言ったクルス。それを思い出しての千獣の問いだった。
 クルスは困ったように頬をかき、
「……自分で妖精と言ってるから、まあ精霊の一種なんじゃないかな」
「ようせい……」
『おかしいなー』
 白い妖精は、ぷうと頬を膨らませて千獣を見上げた。
『僕に触れたヒトは、いつもよりスナオになるのにー』
「???」
 きょとんとする千獣に、クルスが笑った。
「そりゃあ無理だ。千獣をそれ以上素直にさせるなんて」
『むうっ』
「人選を誤ったな妖精クン」
 くすくすとクルスが笑う。千獣には意味が分からない。
『おにーさんたち、カップル?』
 白い妖精はふたりを見比べた。
「かっぷる?」
 千獣はきょとんとする。
「さあて、どうかな」
 クルスは知らんふり。すると白い雪の精は千獣に向かって、
『ねえ、おねーさんはこのおにーさんが好き?』
 クルスがぎくっと千獣を見た。
 千獣はきょとんとしたまま、
「………? 好き、だよ……」
 あっさりとそう言った。
「千獣……」
 手袋をした片手で顔を覆い、はあとため息をついたクルスに、白い妖精はしてやったりとにんまりする。
 もっとも千獣の場合、白い妖精の力がなくとも素でそう答えるのだろうが。
 白い妖精が千獣の掌でくるくる踊る。それをぼんやり眺めていると、
『アニキー』
『何してるのーっ?』
 ぽんっ
 ぽぽんっ
「あ……青と……黄色……」
 千獣が空中にふわふわと浮いている、色違いで白い妖精とそっくりなふたりの妖精を見た。
『僕たち三つ子!』
 えっへんと白い妖精が胸を張る。
「そりゃすごいな……だから今年の冬はこんな、幻想的な」
 クルスが黄色や青い雪を手にからませて、そのまま溶けるさまを見つめる。
『おねーちゃん、弟と妹にも触ってみてよ』
 白い妖精がそんなことを千獣に言う。
 クルスが「危ないからやめなさい」と言う前に、
「??? うん……」
 素直すぎる千獣はあっさりと青と黄色の妖精に触れた。
 ――数秒の、間が、あった。
「せ……千獣?」
 クルスが不安そうに動きをとめた彼女に声をかけ、白い妖精に向かって、
「青と黄色にはどんな効果があるんだ!」
 と強い声で訊く。
『俺はさー、いつもよりよく笑うヒトにさせるぜ』
 青い妖精が言った。
『あたしは、いつもより元気にっ!』
 自身テンションの高そうな黄色の妖精がぴょんっと跳ねる。
「………」
 そんな効果がある妖精に触ってしまった。千獣はどうなってしまうんだろうとクルスはひどく心配した。
 やがて――
 千獣が、動いた。
 その表情が――頬が――みるみる赤くなって――
「わあ……今日、クルス、と、ふたり、きり……?」
「千獣?」
「な、なんか……恥ずか、しい……えっと、えっと、……でも、嬉しい!」
 言って、千獣はクルスに飛びついた。
「う、わっ!」
 クルスは危うく押し倒されそうになって、ぎりぎりで踏みとどまった。
「ね、クルス、も、嬉しい?」
 千獣が笑っている。普通の、明るい女の子のように。
「そりゃ……」
 見たことのない千獣の表情に押されながらも、クルスは返事をしようとする。
 しかし千獣はそれを許さなかった。
「クルス、クルス、クルス……!」
 楽しそうな声を出しながら、渾身の力で押し倒される。雪はたっぷりと積もっていて、その中にふたりは埋まった。
「千獣……! 落ち着け!」
 下でもがくクルスになおも抱きつきながら、千獣は花びらが空中を舞うように笑みをこぼし続けた。
「ねえ、クルス……今日は、きれい、な、夜、だね」
 千獣がクルスに抱きついたまま彼の横へと転がって移り、体勢を変えて空を見上げる。
「……ああ、きれいだよ」
 上から白い、青い、黄色い雪が、ちらちらと降ってくる。
 千獣はクルスの腕にぎゅっと抱きついたまま、彼の耳元に口を寄せた。

 ――大、好き

「―――」
 はああ、とクルスは大きくため息をつき、片手の手袋をはずして前髪をかきあげた。
「あ……手、凍え、ちゃう」
 すかさず千獣が彼の手を取り、ふーふーと息を吹きかける。
「いや、そんなに寒く……なくはないか……」
 ぐったりしたクルスに、上空から見下ろしてくる三人の妖精がにこにことしていた。
「ね……あったかく、なった?」
 千獣がにっこりと微笑みながら、クルスの手を両手で優しく包んで訊いてくる。
「……ああ。あったかいよ」
 少女の顔がますます美しく輝く。
 雪にうずもれたまま、ふたりは寄り添っていた。体が冷えることなどどうでもよかった。
「キミが寒いだろ」
 クルスは千獣の手の中から自分の手を引っこ抜いて、その手で千獣の頭を撫でた。
 千獣がくすぐったそうに、嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
 そして千獣はもう一度、クルスに抱きついた。
「あったかい……」
 いつもはつっかえる言葉も、今日はなめらかに。
 クルスは抱き返して、ぽんぽんと千獣の背中を叩いてやった。

 上空からふたりを見下ろしていた妖精たちがふと――
 にやりと笑った。
『じゃ、俺とお前で行くか!』
 青い妖精が黄色い妖精と顔を見合わせうなずきあい、ぱっと飛び出した。
「!?」
 気がつくと目の前にいたふたりの妖精の姿に、クルスは目を白黒させる。
 ふたりの妖精はにししっと笑い――
 ぺたぺたぺたり
 と自分からクルスに引っ付いた。

 ――……

「あ……クルス、にも、妖精、さん」
 千獣が楽しそうに笑う。
 クルスは――
 おもむろに起き上がり――
「……あはは、あはははははは!」
 突然笑い出した。
『おっしゃ、効果あり』
 青い妖精がぐっと拳を握る。
「クルス……?」
 起き上がった千獣はきょとんとクルスを見る。
 クルスは笑いながら千獣を見て、
「な、俺たち雪まみれだ。おっかしーよな。はははは!」
『あ、あたしの効果も出てるみたい。やったー!』
 黄色い妖精がぴょんと空中で飛び跳ねる。
「千獣!」
 クルスは千獣の手を引っ張って、自分が立つとともに彼女を立ち上がらせた。
「なあ、雪の中で踊ってみないか」
「え……?」
 きよとんとする千獣に、クルスは両手を千獣とつないで、
「このまま回るだけでもいいさ!」
「――うん、そうだ、ね!」
 ふたりは踊り出した。三色の雪の中で。
 ふたりとも踊りという踊りを知らない。ただふたりでリズムを合わせて体を動かすだけ――
「ははっ!」
 クルスが心底楽しそうに笑う。それを見た千獣が、ますます笑う。
「幸せ、だね、クルス……!」
「ああ……!」
 三色の雪は、楽しげにステップを踏むカップルを彩った。ふたりは雪を散らかし、ときに雪をお互いにかけあって、まるで子供の遊びのようにはしゃぎまわった。
 やがて数分経った頃――
「……あ?」
「………???」
 ふたりの動きが、唐突に止まった。
『あれ、もう効果切れちゃった』
 と白い妖精が『もったいないなあ、もう』とつぶやく。
 今まで自分がやっていたことを思い返して、クルスはぐったりと雪の中に座り込んだ。恥ずかしくて千獣の顔をまともに見られない。
「どう、した、の……? クルス……」
「いや……はしゃぎすぎた」
「そう……?」
 千獣は小首をかしげて、
「でも……楽し、かった……」
 素直な彼女は素直に感想を述べる。
「幸せ、だった、よ……?」
「………」
 クルスはとんとんとこめかみを叩き、上空でふらふらしている三人の妖精をにらみつける。
「勝手に人で遊ぶな」
『えー、いい気分だったでしょ?』
「あのなあ……!」
 とクルスがばしばしと辺りの雪を意味もなく叩いていたそのとき。
『最後に僕ね』
 ぴょんっと。
 クルスの目の前に、白い妖精が現れた。
「………っ!」
『ターッチ』
 気づいたときには遅かった。白い妖精はクルスの頬にぴとっと手をつけたあと、すぐさま逃げ出した。
「……くそ……」
 手袋をはずしたままのクルスは、その手で前髪をかきあげる。
「クルス……大丈、夫?」
 千獣が心配そうに訊いてきた。
 ――ここでいつもの彼ならば、「大丈夫」とそれだけを答えただろう。
 だが。
「――大丈夫。キミがいてくれるから」
 言ってから、クルスははっと口を押さえた。
 白い雪の妖精の効果は、『素直になること』――
 だめだ。しかし思っても体が言うことを聞かない。
 正しく言えば、理性が言うことを聞かない。
 クルスは千獣の顔をのぞきこみ、手袋のない手を差し出した。
「あ……寒そ、う……あっためる……」
 千獣がそう言って、クルスの手を抱きしめる。
「……あったかいんだ。キミに触れられると」
 クルスの口からこぼれたのは、そんな言葉だった。
 千獣がぽっと頬を染める。
 やがてクルスは千獣を抱きしめ、その耳元で囁いた。

 ――愛してるよ

「――……」
 千獣が泣きそうに顔をゆがめた。ぎゅっと、クルスに抱きついて。
 白い魔法にかかった青年の口はとまらない。
「このまま……キミを独占して……どこかへ行ければいいのに」
「クルス……クルスには……森が……」
「ああ、そうだな」
 クルスは千獣の顔を上向かせる。両手でその顔を包み込んで。
「……キミと一緒に、あの森の精霊たちを護りたい」
 ついてきてくれるかい――?
 囁く言葉に、拒否する理由などかけらもなく。
 うなずいた千獣に、クルスはためらいもなくキスをした。
「……んっ……」
 いつものように優しい口付けではなく。
 ――想いのたけをこめた、本物のキスを。
 千獣は逃げなかった。――怖いとは、思わなかった。
 ただ、受け止めたいと思っただけ。
 そして、熱い彼の脈動を感じて、
 ――それについてゆきたいと、思っただけ。

 上空ではふたりのラブシーンを、にししと笑いながら妖精たちが見ていた。
『クリスマスはやっぱり、こうじゃなきゃね!』

     ★☆★☆★

 数分後、我に返ったクルスはひどく落ち込んだ。
「どう、した、の……?」
 例によって千獣はクルスの顔をのぞきこみ、
「私……幸せ、だった、よ……?」
「千獣……」
 クルスはますます情けない声で恋人の名を呼んだ。
 きょとんとする、素直すぎる――美しき恋人。
 彼女の、純粋な赤い瞳を見ているうちに、クルスは――苦笑した。
「ま……よしとするか」
 千獣の唇にもう一度キスをしてから、空を仰ぐ。
 妖精たちは、すでにいなかった。
「ったく、逃げたな……」
「かわ、いい、妖精、さん、だった……」
 千獣もクルスに倣って空を仰ぐ。
 三色の雪はちらちらと降って、世界を不思議な色に染めていた。


 ―Fin―


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳(実年齢不明)/精霊の森守護者】

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■         ライター通信          ■
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千獣様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
このクリスマスノベルで本当のラストとなるでしょうか。長い間、ありがとうございました。
どうか気に入っていただけますよう……
よろしければまたお会いできますように。