<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


新薬実験!アルバイト募集中

「ドウモドウモ」

茶のジャケットを着込み、同色の帽子を被った大きな鳥が
帽子を取って白山羊亭の皆々様へ軽くご挨拶。
尾羽を振り振り、カウンターへと歩んでいけば
何枚かの紙の束をマスターへと差し出した。

「デハ、お願いしますネ」

もう一度、大きな青い鳥は帽子を取って目をしょぼしょぼと細めた。
マスターはええ、と頷いて紙の束を軽く振って鳥をお見送り。



じっと其のやり取りを見ていたルディア。
何だろう、何だろう、わくわくと好奇心に目を輝かせながら
雇い主であるマスターのほうへと駆け寄った。

「さっきの大きな鳥さん、一体何をくれたんです?」
「ん?ああ、あの人は薬剤師さんでね…これだよ」

マスターはもらった紙の束を広げ、ルディアに見せるように紙を傾けた。
紙面には、大きな文字で「大募集!」と書かれており、続きはといえば…


【 新薬実験体大募集!何のことはないただのお薬、副作用はないので安心してください。
  ただ少し頭に植物が生えたり、目が別の色になったり、尻尾が生えたり…
  なんてなんて、ちょっと楽しい効力が出るだけです。
  よし、試してやろうじゃないか、と、言う方、お友達を引き連れての参加もお待ちしております。
  参加は下記の住所へとお願いします☆ 】
【 ○○ー○○市  エルヴィン=ベルナー 蒼い羽研究所 まで 】


・・・・・・・・うさんくさっ。

思わずルディアは声に出して呟いてしまったのだった。






白山羊亭へと、のらりくらりとやってくる人影は少なくない。

「…あ?何、これ」

早速、新薬実験の張り紙に興味を示した人影の一人、ユーアは張り紙を見ながら、近くのテーブルを片付けているルディアへと声を投げかけた。
ルディアはテーブルを拭いた布巾を折りたたんでいる。

「アルバイト募集してるらしいですよ、実験体ですけど」

「実験体はなー…、でも、プロの薬剤師、か…」

「行くんですか?」

ユーアの悩める様子に、ルディアは顔を上げてユーアへと視線を投げた。ユーアは、貼紙の前で固まったように悩んだままだったが、すぐに何度か頷いて、白山羊亭のドアを潜り抜けて行く。

「…行っちゃうんだ…」

去り行くユーアの背を見ながら、ルディアは祈るように胸の前で腕を組んで、一言呟いた。





所変わって、此方【蒼い羽研究所】。忙しなく走る弟子達に混じり、大きな青い鳥もまた忙しなく動いていた。無数の抽斗がある薬箪笥を眺めては、抽斗を開け、また閉め…それを何度も繰り返す。小さな綿毛が何本か大きな鳥から抜けて、床に落ちて行く。ようやっと、目当てのものが見つかったか、開けた抽斗から、紅茶の葉のような物が入った瓶を取り出す…この大きな鳥こそが、【蒼い羽研究所】の所長、エルヴィン=ベルナーだった。

「ンー、アルバイト君、此れだけしか集まらなかったノ?」

目の前に居るのは、二人の歳の若い男性、三匹の野鼠、あと、二頭の牛である。ベルナーは唸り声を上げ、羽毛で覆われた腕を組んだが、すぐに気分は取り直したようで、持っていた瓶を机の上へと置いた。

「ま、良いヤ。何かあってもボクが保障するカラ、安心してネ」

『………』

二人の男は、顔を見合わせ、野鼠達は鼻をひくひくと薬の匂いをかいで何物かを知ろうとし、二頭の牛だけはそ知らぬ顔で、与えられた干草をゆっくりと食んでいる。そんなそれぞれの様子も意に介した風はなく、ベルナーは着々と支度を始めだした。白衣を着込み、今日の実験の要となる薬を調合しようと道具を掻き集め…ている所だった。
トントントン、軽いノックの音が響く。ドアの方を見れば、見た事の無い人の姿。既に研究室へと入っていたが、上げられた拳は開かれたドアをノックしている。その人物は、気付いたベルナーへとにやりとした笑みを投げ掛けた。

「クスリの実験募集って、見たんだけど?」

青の上着のポケットに、片手を突っ込んだまま話を進めるその人は、白山羊亭で張り紙を熱心に見ていたユーアだ。ゆっくりと、足を進めベルナーのほうへと向かう。突然の来訪者にきょとんとしているベルナーに、もう一度、にっこりとユーアは笑いかけた。
其の笑みで、我に返るように何度か瞬きを繰り返したベルナーは、ずれた眼鏡をかけなおしながら、鳥らしい仕草で小首を傾いだ。

「実験体ダネ?丁度良かった、チョット人のアルバイト君が少ないと思ってテ――…」

「あ、俺、実験体希望じゃないから」

「エッ」

思わず間の抜けた声を出すベルナーに対して、ユーアは近くの椅子を引き寄せ、腰を据えた。机に置かれた瓶の中にある葉を眺めながら、何度か緩く手を振るう。

「ちょっと、その正しいクスリの作り方、教えてもらおうと思ってね」

「ア、君も薬剤師なんダネ?」

一応ね、ユーアは再度、シニカルな笑みを浮かべて短く簡潔に応えた。ベルナーは少し考えるように、小さな目を伏せたが、数秒の後、イイヨと、返事を出す。蒼い羽がユーアの目の前で揺れている、胸元の羽毛はとても柔らかそうだ。

「どうも、作る薬がことごとく俺の意思に反したものができるんでね。…ここらでちゃんと習っておこうかと。」

頬杖を突き、手に持っていた瓶を転がすように手放した。瓶は何度か円を描いて、然程ユーアから離れていない位置へとまた留まる。其の瓶を取るのは、蒼い羽に覆われた細い指。ベルナーは其の細い指で、瓶をふりふり、ユーアをせかすように動かした。

「ジャア、今から実験する薬作るからネ。一緒に作ルヨー」

『はーい』

「…?」

ベルナーの言葉に、ユーアは片手を上げて良い子な返事を…しかし、それはもう一つ、少年の声が重なっている。ユーアはゆっくりと後ろを振り返れば、不思議な肌をした少年が後ろに控えていた。不可解そうに眉根を寄せて、少年を見遣る。少年は、勝気そうな眼をしていた、少年はにこと、歳には不似合いな笑みを浮かべて返す。

「実験体の方ですか?」

「違うよ、俺は薬の調合の仕方を教えてもらいに来たんだ」

少年は、ユーアの言葉に何度も瞬きを繰り返した。意味が判っていないのか、問うような眼差しを向けるが、それはユーアにではなく、ベルナーへと注がれている。少年の視線を受け取ったベルナーは、手を振って少年を呼び寄せる。

「彼も、薬剤師なんダッテ。この子はシードルクン、ハイ、握手アクシュー…あ、君、おナマエは?」

「彼?…俺は女だ、ユーア、…まあ、適当に宜しく」

「女の人だったのか、見えねえ…。しかも適当かよ、あ!俺の方が先輩だからな!宜しく」

「……お前、俺が実験体じゃないと判ったら、そんな態度になんのか…?」

「エッ、女の子だったノ?!」

驚きの声を上げる青い鳥に、ユーアは無視を決め込んだ。そして、握手、と差し出されたユーアの手はシードルに握られる前にさっと、鱗で覆われたシードルの頬を捻り上げる。イタイイタイと、喚くシードルを宥めようとベルナーは肩を叩いているが、数回で諦めた。
こほんとベルナーは咳をして、初っ端からトラブルを排出した弟子とお客は放ったまま、実験体へと説明を始める為に長い竹で出来た指示棒を手に持ち、黒板を指した。

「エー、実験体のミンナには、まず別室へ行ってもらいマース」

ベルナーはシードルに指示をして、彼らを別室へと案内する。ざわざわと話をしながら被験者達が居なくなった後、ベルナーはユーアににこりと笑いかけた。

「今日どんな薬作りタイ?」

「……俺に聞く事なのか、それ…」

何だか適当なベルナーの言葉、ユーアは苦笑いを禁じえず、思わずにやりとした笑みを浮かべてしまう。当の本人のベルナーは全く気にせず、うんと、頷きどうやら返事を待っている様子。少しユーアは考えるように目を閉じ、口元に手をあてがった。そうだな、少し咳き込んで一言。

「頭に花なんて、華やかで良いんじゃないか」

「ソウダネ!じゃあ、植物を頭から生やしてみようカ〜」

ベルナーは楽しそうに準備を始める、提案をしたユーアはその場で少し固まって、普通の薬を言えばよかった、と、今更ながらに脳内を駆け巡る考えを打ち消すように一つ息を吐いた。

「…もうちょっと普通の薬作るのかと思ってたよ」

「ン?なら、ユーアクンは除草剤ツクッテ〜」

除草?思わずユーアは聞き返し、首を傾げば黒髪が首筋に掛かる。農薬を作る為に此処にきたわけではないのに、予想外の事ばかりを言われるが、まあこれも何らかの為になるだろう。ユーアは前向きな心持を持つ事にした。

「先生、おいらは何をすれば良い?」

ようやっと戻ってきたシードルは、研究室のテーブルに手を突いてベルナーへ問いかける。ユーアはすでに除草剤のレシピを貰い、薬品棚を品定めしている最中だ。青い鬢と茶色の瓶を取り出しテーブルへと置くユーアを、ベルナーは掌で示す。

「ユーアクンを手伝ってアゲテ」

『ハア?!』

ベルナーの言葉に、不服を示したのは総勢二人。声を一番荒げたのはシードルだったが、ユーアの眉間の皺は深い。

「だって君タチ、見習いなんだから協力しなさいヨ」

最もなベルナーの言葉に二人は黙り込んで、お互いを見据える。…ユーアはそれほど拘りは無いようで、すぐに作業へと取り掛かる。シードルは、少し出遅れて動き出したが、レシピはユーアが持っているために次に何をすれば良いのか、自分だけではわからずユーアの回りを右往左往。

「…あの瓶を取れ」

「命令すんなっ!」

見かねたユーアは、シードルへと指示を出す。即答で悪態を疲れた事には、大して気にも留めては居なかった。何せ、シードルはちゃんと言う事を聞いて瓶を持ってきたのだから。それから、シードルはユーアの出す指示に悪態をつきながらもてきぱきと助手業をこなす。
ベルナーはその頃、少し頭を悩ますように首を傾いでいた。

「何の花が良いカナー」

目の前に在る、色取り取りのラベルが貼られた袋を見比べては、大きな息を吐いた。薬の調合よりも何の花を咲かすかが、どうやら問題らしい。




さて、彼是三時間ほど経過しているだろうか。被験者達は待ちくたびれてはいたが、侍女達の計らいもあって和気藹々と過ごしていた。暇つぶしにと置かれた本は山積みに、干草にお菓子も置いてあった。

「先生まだかしら、いい加減疲れたわぁ…」

侍女頭である女性が一つ呟き、額の汗を拭う真似をしている。その言葉に賛同する侍女は多いらしく、その場に居たほとんどの侍女たちが首を縦に振っていた。


ところ変わって研究室、ベルナーは被験者分の薬を既に作り終えていた。が、ユーアは初めての除草剤作りと言う事で、手間取っているようでレシピを見ながら再三ほど作り直し、今ようやっと仕上げに入った所だ。レシピと見つめあいながら、慎重に作り上げて行く。此れで成功したなら他の薬もきっと巧く行くようになるだろう、と踏んで。

「ちげぇよ、此れを先に入れんだよ」

「うっせーな、横で喚くな魚!」

魚?!裏返った高い声が研究室に響き廊下を歩いていた侍女も思わずたじろいだが、耳を塞いだのはベルナーのみ。ユーアは集中しているために、声などもう耳に入っていないのだろう。
其の様子に気付いたシードルは、何を言うのもやめて横でじっとユーアの作業を見る事に徹した。言いたい事でもあるように時々、うずりと身体を動かすがそれでも黙って見守り、そんなシードルには目もくれずに作業するユーアの姿を、ベルナーは微笑ましそうに見ていた。


「…先生まだ?」
「まだです」
「まだ…あ」

侍女たちの疲労も頂点に立つ頃、蒼色が研究室からのそりと顔を出したのを、侍女の一人が見つけて声を上げた。ようやっと出て来たかと、侍女達は両手を上げてベルナーたちが向かってくるのを待った。

「ゴメンネ、何の花にするか迷っチャッテ」

『…花?』

唯一言葉の操れる男性二人が、そろえて間の抜けた声を上げた。ベルナーに続いて、色とりどりの薬を持ったシードルと白濁色の薬を持ったユーアが入ってくる。

「さ、飲んでもらおうじゃねーか」

ユーアとしては渾身の作である除草剤を早い所試してもらいたい、その所為か口調も少々乱暴な物となっている。被験者達は恐々としながらも、与えられた薬を飲み干した。男性二人は、何の効果だろうかと少々不安な面持ちでいたが…何かが弾ける様な音がした。
はっと、振り向けば三匹の野鼠の頭にぞれぞれ小さなパンジーが咲いていた。鼠達は何が起こったのかわかっていないようで、ひたすら侍女たちが用意したナッツを食べ漁っている。其れを見た男性達は、素早い動作で自分の頭を弄ったが、まだ何も生えて来ていないのを確認すれば、安堵の息をそっと吐いた。
が、その気を抜いた瞬間だ。男二人の頭から何か弾ける様な音がした、男二人は慌てて頭を弄る。生えているのは…薔薇、百合、一輪づつ…何とも華やかな頭となった。わあわあ、叫ぶ男たちを尻目に、ユーア、シードル、ベルナーが見守るのは牛の頭。さて、今度はどんな花が生えるのか…。と、幾時間待てども、牛からは生えて来ない。

「…牛クンには効かないのネ」

残念、とつけたしながら、ベルナーはユーアに除草剤を被験者達へと渡すように促した。ユーアは一つ頷いて、それぞれに合わせた摂取の使用を使って、白濁色の液体を被験者へと渡す。

「此れを飲めば頭の花は枯れて元通りになる、さっさと飲め」

乱暴な言葉使いに文句を言う暇も無く最初に飲んだのは男二人。しかし、最初の薬と同じく中々何も起こらない。兎に角、辛抱強く待ってみてくれと、ベルナーは被験者へと声を掛けた。そうして、野鼠達へは脱脂綿に含ませた白濁色の液体を三つ用意し、口周りに薬を塗ってやった。…やはり、何にも起こりはしない。

「牛は……良いか」

二頭の牛は何も知らないように干草を食んでいる。何も起こらない事に、ユーアは少し息を吐いた。副作用が起こる事ならばあるが、何も起こらないとは…なおの事薬の意味を果たしていないじゃないか、ユーアの口から重い息が零れる。…数分経てども、何も起こらない。ユーアも期待すら失ったのか、頬杖を突いてしまっていたが…

「…あ?なんか…力が抜け…」

男の一人が、体の弛緩を訴える。それに反応するように、頭の花も段々と萎れて行く。先ほどまでは立派に花弁を開いていたと言うのに、今ではその花弁は男の頭へと降り積もっていた。其の変化に思わずユーアは立ち上がって男の傍へと駆け寄った、其の間に既に花は枯れ、老いた姿をしている。ユーアは恐る恐る、花へと手を伸ばし

「ソレ引っこ抜いてもイーヨ」

「エッ」

「じゃあ、遠慮なく」

男の断末魔のような叫びが部屋中に響き渡ったが、見事花は頭から離れユーアの手中にあった。抜かれた男は、一瞬痛そうな顔を店はした物の、何とも無いらしい。不思議そうに己の頭を撫でている。

「…」

「お前もか、引っこ抜いてやるよ…」

少し身体を休め始めたもう一人の男、見れば頭の花が枯れかかっている。にやと、口端を上げたユーアは男の悲鳴をBGMにしながら、またも花を抜き去った。

「よし…!除草剤、極めた…って、除草剤じゃなあ…」

そういえば、これは何か自分の作りたかった物と違う気がして儘ならない。ベルナーは愉快そうに笑って、指を振った。

「コレ呪解薬だから、軽い呪いなら治せる薬ダヨ。キミの役に立つと思うけどナー」

「……ただの除草剤じゃ?」

「え?だって、ボクが作ったのは魔法薬ダカラ、呪いみたいなもんだモン」

ただの除草剤じゃ枯れないし被験者死んじゃうヨー、と暢気にベルナーは語る。慄く被験者の男二人を他所に、ユーアは自分の作った薬をじっと見て、喜びは口に出さないが結果として現れた事に満足そうな笑みを浮かべた。

「やるじゃねーか」

「…だろ」

シードルが労いの言葉を掛けてきたが、ユーアはにやりと笑って当たり前だろうと返事を返す。ちょっとは謙遜しろと、シードルはぼやくが巧く行った事には感心しているらしく、ヒステリックに叫ぶ事は無かった。
しかし、ぽん、ぽんぽんぽんぽん、と、立て続けに耳に届く音。思わず見回すが、何の変化も男二人の頭には現れていないし、牛二頭も相変わらずだったが…。

『・・・・・・・・・・・』

皆黙って見つめたのは野鼠たち、何故か…頭の花が増えている。
ユーアも思わず目を見張り、シードルは何も言わずに口を開けている。ベルナーは嘴を指先でかけば、研究室を指差し

「やり直しネ、ユーアクン」

「……」

その言葉には、ユーアは黙って頷いた。研究室の明かりは夜遅くまでつけられ、侍女達は夜食は何にするかと大層頭を悩ませたとか…。鳶が空を駆け、今宵は珍しく賑やかに、研究所の夜は更けて行く…。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2542 / ユーア / 女性 / 18歳(実年齢21歳) / 旅人】

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■         ライター通信          ■
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□ユーア 様
発注有難う御座います、ライターのひだりのです!
とても、遅くなり大変申し訳ございません…!

少しほどギャグ風味にしてみましたが、如何でしょうか?
薬と言う事で、効能や変化に一喜一憂する姿を入れました。
シードルとの掛け合いも楽しんでいただけると幸いです。
真剣み溢れるユーアさんを中盤で多く描かせていただきました。
飄々とした雰囲気以外にも、描けてとても楽しかったです!

これからも精進して行きますので、機会がありましたら是非宜しくお願いいたします。

ひだりの