<PCクエストノベル(2人)>


ヤーカラの隠れ里 〜龍の血を欲するもの 後編〜

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【冒険者一覧】
【1070/虎王丸/男性/16歳(実年齢16歳)/火炎剣士】
【2303/蒼柳・凪/男性/15歳(実年齢15歳)/舞術師】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
【族長】
【ツォール】
【フィアーナ】
【ラファル】
【ナーザイン】

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 ヤーカラの隠れ里に戻ってきた虎王丸たちは、族長の家に集まっていた。
 凪は戦った者たちの傷を癒そうと「天恩霊陣」を舞うが、本人も大きく傷ついている状態では本来の効果を発揮することが出来なかった。

ツォール:「お爺様。私、お守りを落としてしまいました……」
族長:「奴らに奪われたのか?」
ツォール:「いいえ。森で捕らわれたとき、まずいと思って自らちぎり捨てました」
族長:「そうか……。では、一連の騒ぎが収まったら新しくこさえてやろう」
ツォール:「ありがとう、お爺様」

 ツォールが族長に抱きつく。
 ナーザインの部下にさらわれてから、それは心細かったのだろう。血を採取され、『鍵』とは何だと拷問され、冷たい鉄の檻に入れられた。
 こんな華奢な少女がその行為に耐えられただけでも、驚愕すべきことだ。

族長:「これで最大の憂慮は消えたが、我々に危機が迫っていることには変わりがない。……凪、虎王丸。報酬を大幅に上乗せするといったら、まだしばらく付き合ってくれるか?」
凪:「言われずとも、ですよ。俺たちでお役に立てるのなら喜んで」
族長:「頼りにさせてもらおう」

 丸めてあった大きな地図を机の上に広げ、口を開きかける。
 だが別の考えが浮かんだようで、部屋の端から大きな木箱を持ってくる。
 それの蓋を開き、地図の上にどんと置く。中には何も入っていない。

族長:「さぁ、この中に御守りを入れろ」

 集った龍人たちは不安そうにざわめいたが、族長の命令は理にかなっていると知っているのだろう。おずおずとお守りを取り出し、箱に入れていく。

 彼らがお守りと呼ぶのは、勾玉や人型、様々な形をした白い装飾品だった。
 純粋は白ではなく、少し黄ばんでいるようなもの。まるで骨のような――。

虎王丸:「それ、何か重要なモンなのか?」
族長:「……知りたいか?」

 族長の目が細くなったのを見て、凪は慌てて頭を振る。

凪:「俺たちは知らないほうがいいのでしょう? すみません、変なことをお聞きして」
虎王丸:「凪、お前なぁ。ここまで巻き込んでおきながら肝心なことは蚊帳の外、なんて態度許せるのか? 許せねぇよな?」
凪:「許す許さないの問題じゃなくて――」

 種族によっては、知られたくない能力や体質がある。それが周囲に知れてしまえば、自分たちの命が脅かされる危険性があるからだ。
 そう考える凪自身も、他人には知られたくない能力がある。相棒であり親友でもある虎王丸にさえ教えていない、貴種の力……『非時の花』だ。
 現在こうやって冒険者をしていられるのも、この力を周囲に知られていないからとも言えるのだ。

族長:「遠慮しなくてもいい。どちらにしろ、お前たちには教えるつもりだった。そして、『これ』を守るために協力してもらうつもりだったからな」

 お守りが収められた箱に鍵を掛け、膝の上に置く。
 それはずっしりと重かった。物理的な重さだけではなく、別の要因からも重く感ぜられるのだろう。
 箱をしっかりと抱え込むと、寝室で眠るツォールと、窓の外でうずくまるフィアーナを見つめる。その視線は優しいというよりも、苦いものを多分に含んでいるように見える。

族長:「――これは、ツォールとフィアーナの物語だ」




 ヤーカラの隠れ里。
 隠れ里とは言っても、これまで完全に多種族を拒んできたわけではない。
 数少ないながらも、訪れることを認められた行商人や医者がいた。彼らの生業は龍人たちにも大きな助けになったし、外界と完全に隔絶しては余計に危険でもあったからだ。
 その中に、医者として各地を行脚する父子があった。

ツォール:「お姉ちゃん、久し振り!」

 まだ十歳になったばかりのツォールは、父親と共に訪れた少女に飛びついた。
 エメラルドグリーンの髪をポニーテールにした、活発そうな少女――フィアーナだ。

フィアーナ:「私がいない間、いい子にしてた? また家出とかしてない?」
ツォール:「し、してないよ!」
フィアーナ:「えー、本当かなぁ?」

 視線をさまよわせるツォール。その様子が可愛くて、フィアーナは思わず吹き出してしまう。やがて、ツォールも一緒に笑い出した。

 フィアーナは一月に一度ほどしか隠れ里を訪れなかったが、二人は本当の姉妹のように仲がよかった。それは、見ている大人が驚くほどだった。

族長:「ほとんど会わないというのに、どうしてここまで仲良くなれるのだ?」
フィアーナ父:「まったく、不思議ですね。……僕がこうしてあなた方に受け入れてもらえるのも、不思議でなりません」

 族長の家を臨時の診療所として使っているフィアーナの父親が、族長を見ていたずらっぽく笑う。

族長:「ふふ、族長の目を甘く見てもらっては困るな。並の鑑識眼ではないと自負しているのだ」
フィアーナ父:「おっと、これは失礼致しました」

 そんなある日のこと。
 ツォールは両親と大喧嘩をして、家を飛び出してしまった。
 フィアーナと一緒に世界を旅したいと無邪気に話したら、両親に猛反対されたのだ。龍人であるお前がそんなことをすれば、たちどころに捕らえられ、血を抜かれて殺されてしまうと。

ツォール:「私の人生なんだから、どう生きるかなんて私が決めてもいいじゃない……」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら森の中を一人さまよう。
 自分が決めたことのせいで自分がどうなろうと、親が関与することではない。
 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかヤーカラの隠れ里から大分離れた沼まで来ていた。この辺りは盗賊がねぐらにしていると噂されているので、ほとんど来たことがなかった。
 さすがに危ないかとツォールが考え始めたとき。

盗賊A:「おいおい、こりゃあ龍人の女の子じゃねぇの?」
盗賊B:「へへッ! お嬢ちゃん、運が悪かったなァ!」

 背後から男の声が聞こえ、ツォールは恐る恐る振り返る。
 そこにいたのは、ショートソードを携えた人相の悪い男。薄気味悪い笑みを浮かべながらツォールににじり寄ってくる。

 大人たちの忠告は本当だったのだ。
 危険に直面して、ようやく自分の考えが甘すぎたと痛感する。
 腰に刺してあったナタを震える手で抜き、威嚇するように突き出した。

ツォール:「こ……こないでッ!」
盗賊A:「おーおー、怖いねぇ」
盗賊B:「大丈夫だよ〜、痛いのは一瞬だからねェ〜」

 あっという間にナタを叩き落され、組み敷かれる。
 首筋を冷たいものに浅く切られる感触に、ツォールは心臓が止まった気がした。全身から血の気が引き、力が入らない。

 ――ごめんなさい、お父さん、お母さん。もうワガママ言わないから助けて――!

 その願いが通じたのか、ツォールを組み敷いていた男が罵声を上げながら地面に倒れこんだ。その脇腹から血が滲んでいる。
 顔を上げると、木の陰に新緑のようなエメラルドグリーンが飛び込んでくる。
 思わず胸元にあるお守りを握りこんだ。

フィアーナ:「ツォール、今のうちに逃げて!」
ツォール:「で、でも……」
フィアーナ:「早く!」

 フィアーナは背中の矢筒から矢を引き抜き、素早く弓に番える。
 狙いは、起き上がろうとしている男の太腿。

ツォール:「いやーっ!」

 無傷の男がツォールの腕を掴み、刃を振り上げている――。
 フィアーナの矢は狙いをたがわず、男のショートソードを弾き落とした。

盗賊A:「――ッのアマ!」
フィアーナ:「!?」

 怪我した男が、フィアーナの背中に体当たりをいれたように見えた。
 だが、それはツォールの見間違いだった。
 フィアーナの腹部から、赤く濡れた銀の切先が突き出したのだ――。

フィアーナ:「あ……ぅ……」
ツォール:「――お姉ちゃんッ!」

 握られていた白いお守りが小刻みに震え始める。震えは段々と大きくなり、フィアーナが地面に倒れ伏すと最高潮に達した。

 光が、溢れる。

 薄らいでいく意識の中で、フィアーナは口の中に錆びた鉄のような味が広がるのを感じた。

 ――私はきちんとツォールを守れたの?

 だが、その答えは分からない。
 目の前は真っ白で、自分がどんな状態なのかも分からないのだ。
 死ぬときは目の前が暗くなると聞いたが、どうやらそれは違ったらしい。それとも自分の状況がおかしいのか?

 ――ツォールを守りたい。どんな障害からも守れる力が欲しい。あの子はあまりにもか弱いんだもの……。

 熱望したのはツォールの無事。
 現在も、そしてこれからも。

 体が膨張する感覚と共に、熱と痺れを帯びていた全身に正常な感覚が蘇ってくる。
 白一面の世界は、だんだんと彩度を取り戻し……。

ツォール:「……お姉ちゃん……!」

 まず、泣きじゃくるツォールの顔が見えた。盗賊は突然の光に驚いて逃げたようで、姿が見当たらない。安心させようと手を伸ばし、違和感を覚えた。
 腕が緑色なのだ。まるで自分の髪の毛が融けたような鮮やかなエメラルドグリーン。

ツォール:「ごめんなさい……助けようとして血を使ったら……!」

 ――泣かないで、ツォール。

ツォール:「……えっ?」

 ――私、これからもツォールと一緒にいるわ。だから泣かないで?

ツォール:「お姉ちゃ……!」

 ツォールは言葉につまり、目の前に蹲るエメラルドグリーンの竜に抱きついた。
 竜は細い声で鳴くと、翼で優しく少女を包み込んだ。




 話し終え、族長がゆっくりと息を吐く。

凪:「じゃあ……フィアーナさんは普通の人間だったということですか?」
族長:「そうだ。御守りによって覚醒した龍人の血を飲み、本人の願いを投影した姿に変貌した」
虎王丸:「『鍵』ってのはその御守りだったんだな」

 御守りをしまってある木箱を睨み、低く唸る虎王丸。

虎王丸:「その御守りがなければ奴らは龍人の力を手に入れられねぇんだろ? なら、御守りを全部壊しちまえばいいんじゃねぇの?」
族長:「壊すという選択肢もあるが、御守りだけを壊してもさして意味がない」
虎王丸:「何でだよ?」
族長:「この御守りは、龍化したまま死んだ祖先の骨から出来ているからだ。徹底的にやるならば、祖先を奉ってある祠ごと壊さねばなるまい」

 族長の発言に、集まっていた龍人たちがざわめく。
 彼らにとって祖先の遺骨はただの死骸ではない。いまや自由に龍化することが出来なくなった彼らにとって、自分が龍人であるということを再確認するものでもあるのだ。
 現在ヤーカラの隠れ里に住む龍人のうち、産まれてこの方龍化したことがない者がほとんどである。
 龍化したまま死した祖先の亡骸を見ていなければ、己が龍人であり、龍に変化できるという事実さえ風化してしまいそうだった。

龍人:「族長、まさか祠を壊すなどという暴挙を……!?」
族長:「落ち着け。龍人である私がそれを良しとするはずがないだろう」
凪:「でも、ナーザインが雇った傭兵や冒険者と正面きって戦うのは危険すぎます。俺も虎王丸も本調子じゃありませんし……虎王丸?」

 凪は隣にいる虎王丸が何やら考え込んでいるのを見て、いぶかしげな声を上げる。

凪:「どうしたんだ?」
虎王丸:「い、いや……何でもない」

 慌てて頭を振る虎王丸。
 凪と族長が再び話し始めたのを遠い世界のように感じつつ、己の手を凝視する。

 凪を守るために戦うことはあっても、凪を傷つけるために力を振るうなどあってはならない。炎帝白虎の力がいかに強力かは自分でもよくわかっている。
 それなのに、凪に向かって力を発揮してしまったのだ。自分の意思ではなかったにせよ、結果が変わりはしない。
 視線を上げて凪を見つめる。
 今は平然と話しているように見えるが、鋭い爪に裂かれた胸は酷く痛むはずだ。現に、虎王丸とツォールをラファルたち魔術師から救ったときは、傷から再び血が溢れていたのだから。

 今まで、自分は強いという思いが虎王丸の根本にあった。何かあっても力押しで進める自信があった。
 だが、簡単に魔術師の術中に落ちてしまった自分がいた。
 そんな体たらくで、果たして強いと豪語できるのか?
 かけがえのない相棒を傷つけた挙句、自分を助け出すのにも大変な苦労をかけてしまった。自分を見捨てないでいてくれた凪に、今まで感じたことのない申し訳なさと感謝の念を覚える。

 強くならねばならない。
 物理的な力だけではなく、精神面でも。
 そうしなければ、再び今回のような事態に陥るだろう。

族長:「奴らは鍵が何たるかを知らない。よって、祠を壊すのは最終手段だ。祠に少数の警護を置き、他の者たちには里の警護をしてもらう」
凪:「俺たちはどうしましょう?」
族長:「本当のところ里の警護を手伝って欲しいが……奴らが攻めてきたとき、鍵の正体を聞きだそうと里を激しく攻めるだろう。里の人間ではなく、ましてや満身創痍の人間にそんなことは頼めない。だから、私と共に祠の警護をしてもらいたい」
凪:「分かりました」

 おおまかな作戦を練り終え、その日は体を休めることになった。
 虎王丸と凪は族長の家にある客間を一部屋与えられ、さっさと就寝するかと思われたが――。
 布団に潜り込もうとする凪に、虎王丸が声をかける。

虎王丸:「……凪」
凪:「んー?」
虎王丸:「ちょっと……胸の傷を見せてくれねぇか」

 凪は困惑顔で頭をかく。

凪:「責任とか、そういうのを感じてるのか?」
虎王丸:「……まぁな」
凪:「あのさ、俺だって冒険者なんだぞ? 傷の一つや二つ、大騒ぎすることじゃない」
虎王丸:「――その傷を付けたのは俺なんだ! 敵じゃなく……相棒の俺なんだぞ!」
凪:「それがどうしたって?」

 けろりとした凪の言葉に、思わず言葉に詰まる虎王丸。

凪:「虎王丸が魔術にかかりやすいなんてことは、最初から分かってた。こんなこともあるんじゃないかって予想はしてたよ。だから――」

 虎王丸の胸にどんと拳を突きつけ、いたずらっぽく笑う。

凪:「虎王丸のウリは馬鹿がつくほど猪突猛進で、呆れるぐらい前向きなところだろ? 終わったことをうじうじ考えてないで、これをバネに修行にでも励んでくれよ。物思いにふけってる虎王丸なんて、らしくない」

 明るくそう言う凪も、虎王丸の爪にかかってさぞショックだっただろう。それなのに努めて笑い、虎王丸を励ましてくれている。

 ――凪、やっぱりお前はいい奴だなァ。

 その思いは決して口には出さない。
 恥ずかしさのあまりどうなってしまうか分からなかったし、言わなくても気持ちが通じていると思った。
 虎王丸は今までの考えを打ち消すように自分の頬を叩く。

虎王丸:「ナーザインをどうにかしねぇと、この騒動はおさまらねぇんだろ?」
凪:「そうだな」
虎王丸:「なら、俺が奴を倒す。他の奴が勝手に力を手に入れないよう、奴自身がここに来るだろうしな。――それで、凱歌を歌いながらエルザードに帰るとしようぜ」
凪:「……それでこそ虎王丸だ」

 へへっと笑い合うと、来るべき決戦に向けて体を休めた。
 明日こそ、懐かしのエルザードに帰るのだ。そう決心を固めて。




 翌日の日が昇る前、族長が二人を起こしに来た。
 森の中に多数の人影を確認したと、見張りからの報告があったとのことだ。

族長:「里の者を配置につかせたので、我々は祠へ向かう。準備はいいか?」
虎王丸:「もちろんだぜ!」

 昨日から一転して元気を取り戻した虎王丸を見て、族長は満足そうに頷く。

族長:「では行くぞ」

 御守りを納めた木箱を抱え、朝霧立ち込める屋外に足を踏み出す。
 里は静かだったが、静けさの底に囁き声と重い緊張を感じ取ることが出来た。暗くてよく見えないが、そこかしこに武装した龍人が配置されているのだろう。
 族長と数名の部下、そして虎王丸と凪が向かうのは、祖先を奉る祠である。
 場所を知らない二人は族長の後をただついていくが、曲がりくねった道と暗闇のせいで、自分がどこを歩いているのか次第に分からなくなっていた。明かりをつければ敵に発見されること必至なので、頼れるのは龍人の目だけだ。
 風に揺れる草木の音が次第に遠のき、自分たちの足音が響くようになる。
 森の中に入り口があり、地下に潜ったようだった。

族長:「火を」

 族長の声で、龍人の一人がランタンに火を灯す。
 闇に慣れかけていた目にはランタンの光さえ眩しかったが、やがて辺りの様子が分かってきた。

 そこは半地下の洞窟で、高い天井には大きな穴が開いていた。涼やかな風が入ってくるので、じめじめした感じは少ないようだった。
 洞窟の奥には小さな祠があり、その手前には長く大きな白い物体が鎮座している。
 異常に大きくなった蛇のようなそれは。

虎王丸:「龍の骨? ……でかいな」
族長:「巨大であるからこそ、我々はおいそれと龍化できないのだ」
虎王丸:「そうだよな……しっかし凄ぇな」

 そうこうしているうちに、遠くから鬨の声が響いてくる。いよいよナーザインの傭兵と龍人の衝突が始まったのか。

虎王丸:「敵の数はかなり多いみてぇだな。やっぱ、俺たちも行ったほうが……」
凪:「虎王丸はナーザインを討つんだろ? ならここにいるべきだ」
虎王丸:「つってもよ。ナーザインは里攻めの指揮をとってるんじゃねぇのか?」

 そのまましばらく経って虎王丸がイライラし始めたとき、祠に数人駆け込んでくる音が響く。祠の周りを囲んでいた一同は、それぞれの武器に手を添えた。
 駆け込んできたのは三人の男。ランタンの光で髪が鈍い緑に光っている。
 虎王丸は残念そうに刀の柄から手を離した。

龍人:「族長様ッ! 里を襲った奴らは粗方片付きました!」
族長:「そうか? 傭兵たちはずいぶん弱かったのだな」
龍人:「はい。あっさりしすぎて気持ち悪いぐらいでしたよ。……念のため、俺たちはここの警護に加わります」

 そう言って祠警護に加わろうとしたので、族長がにこやかに歩を進め――。
 その喉元を肉厚の曲刀で薙いだ。男は素早く飛び退り、族長を睨みつける。

龍人:「族長様、これは一体――」
族長:「もう茶番はよい。元の姿に戻ったらどうだ、ナーザインよ」
虎王丸:「何だって!?」

 族長に刃を突きつけられた龍人はあっという間に髪が黒くなり、若い領主の姿へと転じた。
 彼と共に駆け込んできた二人の龍人も、魔術師の姿へと転じる。

ナーザイン:「やはり族長殿の目をごまかすのは無理か」
族長:「たわけたことを。いくら老いぼれとはいえ、同胞の顔を忘れるほど呆けた覚えはない」
ナーザイン:「ふふっ。まぁ何でもいい。龍の骨、貰い受けるぞ」

 ナーザインと魔術師たちが詠唱を始めると同時に、族長と龍人たちが武器を手に間合いを詰める。
 刃がナーザインに届こうというところで、突然地面から炎が吹き上げる。炎は見る見るうちに巨大な壁となり、ナーザインたちを守る盾となった。
 龍人たちがその炎に巻き込まれ、ぞっとするような悲鳴があがった。

虎王丸:「俺が行くッ!」
凪:「虎王丸、炎帝白虎の力は……!」
虎王丸:「わーってる! 変化しなくともいけるところを見せてやるぜ!」

 凪が制止する間もなく、虎王丸は火之鬼の柄を握り締め飛び出していった。
 ここ数日、連日のように炎帝白虎の力を使ってきた。炎帝白虎の力はいうまでもなく強力だが、その分反動も大きい。
 体力を消耗している状態で戦うなど、危険極まりないことだ。

 虎王丸を援護するため、凪は蒼之比礼を舞う。手中に形成された気流の布で、ナーザインを守る炎を蹴散らすのだ。

虎王丸:「いっくぜぇぇ!」

 ゆっくりと姿を現す火之鬼の刀身が白く輝いている。
 いや、白焔をまとって白く燃え上がっているのか。
 凪が炎の壁を穿ち、その孔に虎王丸が飛び込んでいった。
 対するナーザインもレイピアとマンゴーシュを抜き、虎王丸が繰り出した薙ぎを受け流すが、白焔に刀身を溶かされ、思わず舌打ちする。

虎王丸:「どーしたおっさん! 受けてばっかじゃ剣がお釈迦になるぜ!?」
ナーザイン:「……ほざけ!」

 ナーザインの背後で魔術師たちが詠唱を始める。
 ……虎王丸にとって馴染みとなりつつある、あの呪文だ。

 ――踊れ踊れ、我の手の上で。

 体の動きが鈍くなるのを感じ、虎王丸は焦った。
 このままでは昨日までと同じことになる。
 このままではまた凪を……。

 動きが鈍くなった頭の中に、凪との会話が大きく響き渡る。

 ――凱歌を歌いながらエルザードに帰るとしようぜ。
 ――それでこそ虎王丸だ

 己を束縛する鎖のようなものが見えた。その鎖は油膜のように色を変え、虎王丸を魅了しようとする。
 だが、虎王丸はそれを魅力的だとは思わなかった。
 鎖。それは今も虎王丸を縛りつけ、力を押さえつけている忌々しい檻。

 ――俺にまた鎖をつけようってのか!! どいつもこいつも俺を獣みたいに扱いやがって……!

虎王丸:「ウザイんだよッ!」

 虎王丸は恐怖ではなく、激しい怒りを爆発させた。
 同時に鎖の幻は霧散し、体の動きも元に戻る。

ナーザイン:「ちっ! 魔術抵抗が低いのではなかったのか!?」

 剣術では負けるうえ魔術がきかぬでは不利だと悟ったのだろう。ナーザインたちは体勢を立て直そうと撤退を始めた。
 ……だが。

族長:「どこへ行こうというのだ? 宴はまだまだこれからだろう?」

 洞窟の入り口には族長がたたずんでいた。服を炎で焦がされているものの、体は無事のようだ。
 だが、武器を携えていない。
 本来武器を握っているはずの右手には、白い勾玉が――。

 族長の手中にある白い勾玉が震えながら眩い光を放ち、視界が一瞬にして色を失う。
 低い地響きの後、ようやく瞳を開くと。

 そこには、巨大な龍がいた。
 全長数十mもある蛇のような体は常葉緑の鱗に覆われ、背中には鬣、短い手足に鋭い鉤爪、ナマズのような髭と鹿の角をもつ神獣。

族長:「ナーザイン、お前は龍の髭を撫で虎の尾を踏んだのだ。それ相応の覚悟をするがいい」
ナーザイン:「……ひッ!」

 龍が大地に轟く低い咆哮をあげると、それに呼応するように天が雷鳴を轟かせる。
 天井の穴から稲妻が降り注ぎ、二人の魔術師を打ち倒す。
 龍が振るう天変地異のような力に恐れをなし、ナーザインは入り口から逃げることを諦めた。
 かくなるうえは……龍の血を龍の骨で覚醒させ、己も同じ力を得るのみ!

 祠の前にたたずむ虎王丸をぎらぎらする目で睨み、改めて武器を構えなおす。

ナーザイン:「どけッ!」
虎王丸:「どけと言われて素直にどくかってんだ!」

 ――ま、最後だしな。

 虎王丸は首の金鎖を引きちぎり、突っ込んでくるナーザインと正面から激突した。
 両手で構えたレイピアは虎王丸の胸を貫こうとするが、そんな馬鹿正直な突撃を食らう虎王丸ではない。
 燃え立つ鉤爪を振りかぶり、一息でレイピアを根元から粉砕した。
 もう片方の手を広げると、ナーザインを抱きかかえるような格好で背中に爪を食い込ませる。

 若き領主は、炎帝白虎と龍の怒りに飲まれて燃え尽きた。




 その後稲妻は里にも降り注いだという。
 稲妻自身が意思をもっているとでもいうように傭兵だけを選んで貫き、それに恐れ戦いた傭兵たちはあっという間に壊走したらしい。




 朝日が大地をあまねく照らす頃、ヤーカラの隠れ里には歓声が響き渡っていた。
 里を防衛していた龍人は『押されているフリをしながら森に逃げ込め』と族長に命令されていたので、さしたる損害は出ていなかった。

族長:「今回は本当に世話になった。言葉では言い表せないほど感謝している」

 族長の家に戻った虎王丸と凪は少し休んで体力を回復すると、いよいよエルザードへ戻ろうとしていた。
 ツォールにも「もっと休んでいかれてはどうですか?」と言われたが、彼らは長い間留守にしているエルザードが恋しかったのだ。
 虎王丸は族長から手渡された皮袋をじゃらじゃら言わせ、ご満悦の表情だ。

虎王丸:「報酬もたっぷりもらえたし、俺は言うことなしだぜ!」
凪:「虎王丸……お前はデリカシーなさ過ぎ」
虎王丸:「いいんだよ、そーゆーのは凪の担当だからな!」
凪:「担当って何だよ」
虎王丸:「さってと、金貨ちゃんとご対面だ〜」

 袋の紐をゆるめた虎王丸は、金貨の中に意外なものを発見した。
 白い勾玉が一つ。

虎王丸:「……間違って入れたのか?」
族長:「まさか。大切なものをうっかり入れるほど呆けてはいないつもりだ」
凪:「じゃあ、くれるんですか?」

 頷く族長。

族長:「我々のために戦ってくれた勇者への御守りだ。私の名を刻んでおいたから、エルザードで龍人に会うことがあればそれを見せるがいい。出来るだけ力を貸してくれることだろう」

 言われて勾玉を裏返すと、小さくこう刻んであった。
 ヤーカラ、と。

凪:「ヤーカラというのは族長さんの名前だったんですね」
族長:「あぁ。代々受け継がれる名だ」
虎王丸:「んじゃ、ありがたく貰ってくぜ」
族長:「……そうそう、お前たち」

 族長は咳払いをすると、二人に近寄ってきた。
 感情の読めない表情で口を開く。

族長:「お前たちが望むのであれば、龍の血を与えることもやぶさかではないが?」

 周りにいた龍人たちは目を丸くし、族長が乱心したのかと慌てふためいた。
 虎王丸は族長の金目をまっすぐ見返すと、一辺の迷いもなく言い放つ。

虎王丸:「いらねぇよ、『俺自身』が強くなれなきゃ意味ねぇし」
族長:「そうか」
虎王丸:「……俺たちを試すようなこと言うなよな、気分悪ぃ」
族長:「ふふ、これは失礼」

 二人はそのまま別れを言うと、ヤーカラの隠れ里から遠ざかっていった。
 森の斜面を下っていくとやがて屋根も見えなくなり、本当にエルザードへ帰るのだという実感が湧いてきた。

虎王丸:「さーて、エルザードに戻ったら修行だ、修行!」
凪:「虎王丸、いつの間にか成長したな」
虎王丸:「なーんーだー、その言い方は! 俺がガキだったみてぇじゃねぇか!」
凪:「そう言ってるんだけど。やっぱり虎王丸は鈍いなぁ」
虎王丸:「歳が変わらない奴にガキとか言われたくねぇっての!」

 いつものノリで凪の肩を押すと凪は小さく呻いて倒れそうになり、虎王丸は慌てて背中に手を回す。

虎王丸:「す、すまん……」
凪:「……うわ、虎王丸が素直で気持ち悪い」
虎王丸:「ほっとけ」

 やはりこの傷で長い道のりを歩くのは無理があった。今更里に戻るのも悔しいし、仕方がない、背負って帰るかと決心しかけたとき。

ツォール:「お二人さん!」

 二人の上に影が落ち、声が降ってきた。
 見上げると、そこにはフィアーナに乗ったツォールの姿があった。大きめの帽子を被って緑の髪を隠している。

ツォール:「エルザードの近くまで送りますよ!」
虎王丸:「おぉ、天の配剤だ」
凪:「虎王丸、そんな難しい言葉を知ってたのか!」
虎王丸:「やっぱ、殴っていいか?」

 散々悩んでも、虎王丸の根本は昔のままで。
 それが凪にとってこの上なく嬉しかった。

 二人はフィアーナの背に乗り、空高く舞い上がる。
 目指すはエルザード、冒険者たちが集う街。
 こうして、ヤーカラの隠れ里を龍の血を欲するから守る冒険譚に、幕が下りた。




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■ライター通信■
こんにちは、糀谷みそです。
この度はクエノベをご発注くださり、ありがとうございます。
このノベルは前中後編のうち、後編となります。
完結まで長い間お付き合いくださりありがとうございました(礼)。
最後まで大遅刻だったのが申し訳ないです……。

今回戦闘はひかえめで、虎王丸さんの葛藤ばかり書いていた……気がしたのですが、フィアーナとツォールの話も長いですね(^_^;)
私の中ではやはり、虎王丸さんが凪さんを守るという構図が出来上がっているようです。
前衛と後衛という構成を考えれば当然のような気もしますが、この二人の場合はもっと別の感情で動いていそうな感じが。
……話が変な方向へいかないようにするのが案外大変でした(゚▽゚)

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。