<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『オウガストの絵本*−踊って、シンデレラ−』


< 1 >

「今、お茶を入れますね。砂糖は入れますか?」
 部屋の住人・詩人のオウガウトは一応尋ねた。ソファに座る少女は、この街でも有名な味覚オンチだ。砂糖の代りに胡椒を入れても、たぶん美味しいと微笑むのだろうけれど。
「おさとう、たくさん入れてね」
 たくさんと言われても。3杯くらいか?
「ううん、溶けるだけ、たくさん」
 しかも食いしん坊で、おっとりした雰囲気に反して口に入る物に関しては貪欲だった。
 陽に透ける銀の髪と、白い小鳩の翼に似た耳を持つ清廉な乙女だ。ドレスのドレープに見え隠れするのは尾羽らしい。そう、鳩は何でも食うのだ。そして目の前に食べ物があるとひたすら食うのだ。オウガストは、鳩の集う広場でポップコーンを零した時の恐ろしい出来事を思い出していた。
 
 オウガストは、出入りする酒場で、白い竪琴を抱えて歌うこの少女に何度か遭遇した。ただの吟遊詩人ではなく、魔力を込めた歌も歌った。少女はミルカと名乗った。
 ミルカは今日は魔法友達のダヌの家へ遊びに来たのだそうだ。ダヌは先刻出かけたばかりだ。隣のアパートメントに住むオウガウトが「部屋で待つといいですよ」と声をかけた。

 居間のテーブルには、包装を解かれたばかりの数冊の絵本が乱雑に置かれていた。手描き手作りの一冊ものの絵本だ。
「さる富豪の依頼で作った、物語に入り込める絵本です。でも、ダヌから貰ったインクで書いたら、それがどうもマジック・アイテムだったようでね。読む人によって話が変わってしまう。不良品だと、返品されてしまいました」
 異世界から持ち込またお伽噺たち。それらをオウガストなりに書き直したと言うテーブルの上の絵本は、表紙絵を見ているだけでも楽しかった。
「ふうん」
 ミルカはその中の一冊を手に取った。
「気に入った本があったら、どうぞお読みくださいな」
「わあい」と、ミルカは『シンデレラ』の表紙をめくった。


< 2 >
 
「ミルカ、もっとコルセットをしっかり締めて。このくびれと胸の谷間で男どもを悩殺するんだから」
 上の義姉エスメラルダに言われ、ミルカは汗だくで背中で絡む紐を引っ張った。
「ルディアのはもっと緩めて。これじゃ、せっかくの料理が食べられないもん」
 下の義姉の注文に、「はあい、少し待ってね」と応えつつ、『いいなあ。パーティーの御馳走かあ』と溜息をつくミルカだった。
 本来ならコルセットは侍女が二人係りで締めるのだろうが、何せうちは貧乏貴族。亡き両親の少ない遺産をケチケチ使いながら生活している。侍女などいるわけもない。
「フリードリンク・フリーフードだもん。食べ貯めしなきゃ」
「しかも男と踊り放題よ、うふふ」
 王室主催の舞踏会、おまけに今夜は王子の結婚相手を選ぶパーティーだと聞いているが。義姉達の目的は、もっと現実的である。
 今回のパーティーも、決してうちには招待状など来る筈もない。呼ばれたのは上級貴族や大臣の娘などだ。このチケットは、フリーマーケットで買ったのだ。ペアチケットが銀貨10枚。食べ放題のことを考えると、とてもオトクだ。
 ミルカの家は貧乏貴族支援サークルに登録しており、貧乏貴族救済フリーマーケットにも毎回参加している。調度品や絵画、上級貴族からの書簡等も高く売れる。お客は平民の富豪が多い。
 チケットは、隣のスペースの元上級貴族が売っていた。最近没落したので、まだこの手のチケットが届くのだそうだ。今夜のパーティーは平民不可のせいか売れ残っていたのを、エスメラルダが安く買い叩いた。
 年功序列で二人の義姉が行くことになる。そして、ミルカは、二人が一張羅のドレスに着替える為の裏方となった。この義姉のコルセットの紐を柱に縛りつけて自由を奪い、自分が行ってやろうかしら等という思いもちらと掠める。
「エスメラルダ姉さまが『ぶとうかい』へ行くと、かえって、断っても断ってもわらわら男性が寄って来て、大変じゃないかしら?」
「・・・おだてても、ミルカにチケットは譲らないわよ」
「ルディア姉さま。食べ過ぎるとお腹を壊すわ。あたし、姉さまの体が心配だわ」
「ううん、ルディアは丈夫が取り柄!」
 おだて戦法が失敗すると、ミルカは今度はしくしくと泣き出した。
「パーティーに行きたいわけじゃないの。一人で夜のおるすばんは寂しいわ。いつも三人で仲良く楽しく夕ごはんを食べているのに」
 もちろん嘘泣きだった。義姉達は慣れているので、「あ、そ。・・・ネックレスを持って来て」とスルーした。

 ミルカは二人の馬車を送り出して、やっと一息ついた。自分が行けないのはわかっていた。二度目の母がうちへ嫁ぐ時、義姉達は自分のドレスも持って来ていたのだ。産まれた時から貧乏貴族だったミルカには、王室の舞踏会へ着て行けるドレスは無い。
 偽りでは無い涙が、ぽつりと、手の甲に落ちた。


< 3 >

「ほほほ、わしの出番のようじゃね」
 聞き覚えのある皺枯声に、ミルカははっと顔を上げた。黒いローブをまとう老婆、魔法使いのダヌは友人だった。
「ねえ、もしかして、魔法でドレスを出して、舞踏会のチケットもくれるの?」
「世の中そんなに甘いわきゃない」
「・・・そうよねえ」と、ミルカは苦笑して肩を落とす。
「おまえさん、抱きかかえの小型の竪琴は達者じゃが。普通の竪琴は弾けるか?床に置いて座って弾く、大型のやつじゃ」
 もちろんだわと、胸を張って大きく頷いた。音楽に関すること、それこそがミルカが誇る能力だ。
「舞踏会の楽団のハープ奏者が急病だそうだよ。
 招待客のような自由は無いが、休憩時間には並んでる料理は摘んでいいそうだ」
「えー、ほんとに?」
 棚からフリーフード。しかもギャラまで出るという。
「ドレスもほれ。楽団用のものじゃがな」
 肩の出るシンプルなカクテルドレスは、ミルカに似合いそうな清楚なベビーピンクだった。
「さあ、急ごう。リハーサルの時間も無いが、おまえさんなら譜面も初見で大丈夫じゃろう?」

 初めて見るお城の大広間、楽団に与えられたのは隅の小さな一画だったが、綺羅星のシャンデリアや招待客の金糸銀糸の盛装は、ミルカをうっとりさせるには十分の美しさだった。踏みしめると踝まで埋まる絨毯、鏡のように輝く大理石の床。玉座には遠く王族の姿まで臨める。
 広間で客たちはシャンパングラスを手に取り、まだ堅い空気で様子を探り合っている。ダイヤを散りばめたドレスの婦人、プラチナ糸のレースタイの紳士。こんな世界があるのかと、ミルカは目をそらした。眩しすぎたのかもしれない。
 コンコンと、指揮棒が譜面立てを叩いた。
「これが譜面です。代役を引き受けてくれてありがとう。急ですが、頑張ってくださいね」
 宮廷のお抱え楽士達など、お高く止まっているとばかり思っていた。コンダクターの優しい口調に、ミルカもほっとして笑顔になった。
 演奏が始まると、客たちはそろそろと踊り出す。お互いの顔色を見つつ、恋のさや当てが始まる。
 ミルカ達が出す音に酔いながら、皆が踊る。優しい曲では、音に真似てドレスの裾も優しく揺らす。スローな曲では優雅なステップで。早い曲では小刻みに。百人を越える盛装の紳士淑女が、ミルカ達の思惑通りに踊る。
 竪琴の弦の波を、ミルカの細い指が気持ちよさそうに泳いでいく。妖精が羽を擦る繊細な響きも、夜空のオーロラが奏でる曲も、星の涙が大地に落ちる音も。ミルカの指は紡ぎ出した。
 貴族たちはダンスに夢中だが、楽団の者達は、顔を見合わせ、手の空く瞬間にハープ奏者を盗み見たりした。なんだか凄い代役が来たぞ。何者なんだ?
 仕事然としてただ音符をこなしていた楽士達も、ミルカの演奏に背中を押された。音を楽しむ楽士達の音のうねりは、さらなる高揚感を産んだ。後ろに座るミルカは、みんなの背しか見えないが、奏でる音が変っているのに気付いていた。

 王子が初めて席を立ち、どこかの可憐な姫の手を取った。会場はざわめいた。

 コンダクターが指を立てて皆に合図を送る。今夜のレパートリーの中でも最高にスィートな曲を。幸運な姫に贈る為に。
 ミルカの遠い席からは、その姫の顔も、ドレスの柄さえも判別はできないが。未来の王妃同様、ミルカも至福を感じていた。
 綺麗なドレスを着てダンスを踊るのは楽しいだろうと思う。エスメラルダ姉さんのようにハンサムな紳士と踊り尽くすのもステキに違いない。ルディア姉さんのようにテーブルに並ぶ料理を食べまくるのも、食いしん坊のミルカには羨ましい事だった。
 でも、ミルカは、『こうして音楽を奏でる時が一番だわ』と微笑んだ。

 休憩時間にはたらふく豪華料理を食べ、謝礼の金貨も戴いて深夜に帰宅すると、義姉達が半ベソで出迎えた。
「ミルカ〜、どこへ行ってたの!」
「舞踏会へ連れて行かなかったから、拗ねて家出しちゃったのかと思ったよぅ!」
 ミルカの心に温かい波がひたひたと滲みて来た。弦の柔らかい音色が耳に残り、じわりと胸にまで広がるような感じだ。ミルカはすぐに謝って事情を説明した。
「なんだあ。ルディアだけおいしいもの食べて、可哀相だと思って、こっそりと御馳走を箱に入れて持って来たのに。ミルカも食べたんだ?」
「一人ぼっちで夜の留守番は心細いだろうし、いいオトコの誘いを断って早く帰って来てやったのにねえ」
 ルディアは頬を膨らませて憤慨し、エスメラルダは腰に手を当てて上から睨み付けた。
「姉さんたち、そんなこと言っていいの? あたしは仕事してきたのよう?」
 ミルカがテーブルにコロンと金貨を転がすと、二人の態度は一変。
「きゃーーー、金貨じゃない!」
「こ、今月は肉が食べれるぅぅ!」

 その夜は、ミルカの屋敷でも、大饗宴(だいぶ質素だが)が行われた。ルディアが持ち帰った料理と、エスメラルダがくすねて来たシャンパンボトルと。
 ミルカは純白の竪琴を膝に乗せて抱え直す。
 竪琴は、涼やかな音を奏でる。気楽な木綿のドレスに着替えた、女だけの宴。窓から覗く月も、満面の笑顔で見守っていた。 


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3457/ミルカ/女性/17/歌姫・吟遊詩人

NPC 
オウガスト
エスメラルダ
ルディア

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
シンデレラの舞踏会に、楽士として参加したミルカさんの物語でした。
ミルカさんは、調理イベントなどで活躍しそうなPCさんですね。
今回は文字数のこともあり、料理を作っていただけなくて残念でした。