<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


勇者様、ご来村〜!


 その村は呪われている。
 何1つ、自らの力で新しい物を生み出すことが出来ず、村周辺から外へ行くことも出来ない。
 そんな村バローンに、ある日。1人の娘がやってきた。
 これは、10日間限りの勇者様となった獣人の娘と、村人達の物語。

○1日目
「ゆうしゃ‥‥なに」
 村人達に囲まれ、『勇者様この村をお助けください。どうかお願ぇしますだ』と懇願された娘、ティナは、素直にそう尋ねた。
「ゆ、勇者様というのは‥‥。勇敢な心を持ち、人々を助けて下さる方の事で‥‥時にはモンスターと戦ったりなさいます」
 防寒着に身を包んだ人々の中で、真冬なのにきわどいコスチュームを着ているティナが来た時から、『ただものではない』と分かっていたはずなのだが、予想以上の『勇者』っぽく無いその反応に、彼らは急に互いの顔を見合わせ始めた。
「わしらは、何かを新しく始める事ができず、困っております。この冬をかろうじて越せるだけの食糧は何とかありますが、足りぬものも多く‥‥」
 ティナは、代表で話す村長をじっと見ている。
「その、つまり‥‥」
 見つめられている村長は、ティナの素敵露出度についつい目が行ってしまい、話が続かなくなってしまった。最も、他の村人達も男は似たり寄ったりである。
「つつ、つまりですね。この村に今ないものを増やしていただいたりとか、あああとは、や、やりたいことをやっていただければいいかと!」
「ばばばばかっ。何言ってるんだおまえはっ」
「だだだだってっ」
 あわあわになっている村人達を1人ずつじっと見た後、ティナは再び村長を見つめた。
「ま、まぁその‥‥。わしらとしましても、旅人さんがいらっしゃるのは嬉しいことです。特に、若い娘さんはあまりおらんので‥‥」
「おじいちゃんのバカああっ!」
 突然、村長の背後から何かが飛んできて、見事その背中にクリーンヒットした。そのまま声も無くどふと倒れた村長の後方で、まだ20歳そこそこの娘が涙を流して、「みんなのばかー」と叫びながら走り去ろうとしている。
「ああっ。待つんだ、ミィ!」
「ばかああっ! 知らないっ」
 ティナは倒れ伏したままの村長の背中にのっている銀の盆を、爪でかりかりしてみた。その盆に、自分の顔が僅かに映って見える。
「‥‥死んだふり」
 そして、倒れている村長にそう告げた。言われてその肩がぴくと動く。
「くまいない。だれもおまえ、食べない」
「‥‥」
 確かにその通りなのだが。
 仕方なく村長は身を起こして、四つん這いで彼を見ているティナに頷いて見せた。
「‥‥あまり食糧はありませんが、質素な食事でも良ければ、どうぞ村に滞在していってください」
 既に勇者として何かをして貰うことを諦めた彼の言葉に、村人達も頷く。
 自分達を助けてもらいたいのは山々なのだが、道芸のひとつもない娯楽の無い村である。彼女の存在が、一時の彼らの心の癒しとなるだろうと思い、村長はそう言ったのだが。
 吸い込まれそうな黒い瞳で村全体を見渡して。ティナは何かを思い巡らしていた。

○2日目
「あれ。ティナさん、どこかお出かけですか?」
 翌朝。村を山の方向へ向かって出ようとしたティナに、それを見かけた村人が声をかけた。
「山、行く」
「お散歩ですか?」
 のんびり声をかけられ、ティナは村人をじっと見つめる。慌てて村人は少し視線を外した。
「ややっ、山は雪が積もって歩きにくいと思いますよ。そそそれに、その格好じゃさささむいんじゃないかな」
「さむくない」
「そっ‥‥本当に寒くないんですか?」
 思わず上から下までティナを見つめて、村人が疑問を投げかけ。
「さむくない」
 もう一度、ティナはそう答えた。村人は、ははぁと感心したような声を上げる。
「すごいなぁ。獣人さんは寒さに強いんですね。俺達なんて、この冬これ一枚しか防寒着が無くて、洗うと大変なことになるからといろいろ文句も言ってるのに。いいなぁ」
 申し訳程度に狐の毛皮を着て、首に首輪をつけたままのティナだが、そんな風にさんざん感心された事はあっただろうか。
「じゃ、行ってらっしゃい。お気をつけて」
 村人に手を振られて見送られ、ティナは森とは逆の方向にある山へと向かった。

○3日目〜8日目
 山は、確かに雪に埋もれていた。
 だが、山奥で育った彼女には何の苦にもならない。四つん這いの姿で軽やかに雪の上を舞うように駆け、目的の物を探す。
 村人達が困っている事、村にない物を必要としている事。それを彼女はきちんと理解していた。そう、村には医者がいない。もしも誰かが病気になったり、怪我をした時に、どうにか出来る人がいないのだ。
 村中を駆け回ってみたが、薬草を干している家も、すり潰して粉にする為の道具も、見当たらなかった。そうでなくても夏と冬は病気になりやすい。先日も1人亡くなったと言っていた。最も年の所為もあったようだが。
 ティナは、冬でも葉の落ちない木を見ながら、目的の薬草を探した。雪に埋もれているが、彼女の嗅覚は確かだ。そして、山に暮らしていた時に得た知識も。
 どこか懐かしいような山だった。全く違う場所なのに、見知った感覚。
 野兎を捕らえて食べながら、彼女は山を駆けずり回った。
 薬草を見つけて貰ってきた革袋に入れ、仕留めた獲物の残りも入れる。革などは人間の役に立つ物だから。そうして彼女は探し続ける。

 真白な世界で、ティナの黒髪が一際輝いた。
「‥‥なに」
 冬の陽光を浴びながら、ふと身を起こす。黒い双眸が一点を見つめ、彼女は唸り声を上げようとして止めた。
 昨夜寝た時には、確かにそこには何も無いはずだった。だが今、彼女の視界の先には。昨日まで無かったはずの木が一本、立っている。
「‥‥だれ」
 彼女の声が、きらきら輝く雪上で反射するかのように響いた。
「‥‥よう眠ったようじゃの。山の子よ」
 木が、その問いにそう答える。
 ティナは黙って木を見つめた。その木が何者なのかは分かっている。この山を守っている者のひとり。
「‥‥なにの、用」
「わしは元々、あの森におったんじゃよ」
 やや小ぶりの木は、彼女に向かってそう話した。丁度、彼が向いている方角からは、村の向こうに広がる森が見える。
「じゃが、もうおれんようになった。力も失って、この山でじっとしておるのじゃ」
「なぜ」
「あの森は、禍々しきものになってしまった。わし程度の力では、どうする事もできんのじゃ」
 言われて、ティナも森を見つめた。村を覆うようにして、どこまでも広がる深い森。
 彼女も通り抜けてきた森だ。
「‥‥なにもなかった」
 深い森だということは分かった。それに付き物の、危険な気配は感じ取っていた。だが、木が言うような『禍々しきもの』の気配は感じなかった。
「あれはどんどん大きくなろうとしておる。何とか出来ればいいんじゃがのぅ」
「ほうほうは、ないの」
 枝が揺れ、葉が擦り合う音が申し訳なさそうに聞こえてきた。
「わしに、もっと力があればのぅ‥‥」
 遠くを見つめる。ティナも一緒に森を眺めた。
 僅かに雪を被った森は、ここからはとても小さく見える。
「しんぱいない。なんとかなる」
 そっと、呟いた。そんな彼女に枝を下ろし、細い目を更に細めて木はさわさわ揺れる。
「山の子よ。では、この葉を持って行くが良い。お前さんは人と交わり、人になって行くのかもしれん。じゃが、いつでも山はお前さんを待っておるぞ。帰る場所はいつでもある。そして行く場所は無限にある。さぁ、行くが良い」
「ティナ」
 木を見上げ、彼女はそう告げた。
「そうか、ティナ」
 笑んで、木は幹を揺らして葉を落とす。それを拾ってティナは山を下りた。

○9日目
 散歩に出かけたはずの娘が帰ってきたのを見て、村人達は大騒ぎした。皆、彼女の事を心配しており、集まっておいおい泣き出す。
「くすり、もってきた」
 そんな彼らに革袋を渡す。慌てて村人の1人がそれを開いて。
「うわあっ」
 兎の残骸が出て来て飛びのいた。
「きも、くすりなる」
 平然と言う彼女に、村人達はそれを見下ろし。
「おや、この草や葉は?」
 無造作に一緒に入っていたそれらを発見して尋ねた。
「くすり。まちのひと、干してた。つぶしてた」
 彼女が山の中に居た時は、もちろんそのまま食べたりしていたのだが。
「あ、これは確か見たことがありますよ。以前いた薬師がたくさん干してたような」
「ありがとうございます。これを、取りに行ってくださったのですね」
「山。まもりがみいる。森。なにかいる、言ってた」
「はい?」
「森、なにかいる」
 彼女の言葉に、村人達は顔を見合わせる。ティナの言葉は拙くて分かりづらいが、何か大事な事を言われている気がして。
「分かりました。気をつけます」
 その深い意味までは察せなかった村人達だったが。
 その後、ティナは山で暮らしていた頃に得た知識を、簡潔すぎる言葉で村人達に教えて行った。

○10日目
 そして最後の日の朝がやって来た。
 ティナは、来た時と同じ寒すぎる格好に、簡素な荷物を携えて村の出口へと向かう。
「ありがとうございました。それと、木の実もありがとうございました」
 革袋の中には、喋る木がくれた木の実もたくさん入っていた。このような時期に、これだけの木の実を手に入れる事は難しい。食糧不足がもっとも心配される事だけに、彼らの感激もひとしおだったに違いない。
「本当は、もっと居ていただければ嬉しいのですが、残念でなりません‥‥」
 彼女の魅惑の姿の虜となった者達が落ち込む中、ティナは来た時と同じ軽やかな姿で、村を出て行った。
「村のマスコットとして居て欲しかったのぅ‥‥」
 ぼそりと村長が呟く。その後ろから鉄拳が飛んできて、村長は危うく地面にめりこみかけた。

 黒い髪の獣人の娘が、朝日の昇る方角へと帰って行く。
 そうして、1人の勇者が村を去った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2447/ ティナ(ティナ)/女/16歳/無職

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■         ライター通信          ■
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 ご来村ありがとうございます。又、遅くなりまして申し訳ありません。
 山で育ち、人に酷い目に遭わされたけれども強く生きようとするティナさん。
 野生の勘でいろんな事が分かってしまうティナさん。
 とても新鮮でした。書いていて楽しかったです。
 今回は、どうもありがとうございました。