<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


エルファリアのクッキーバトル☆

■エルファリア・アングリー・クッキー
 白山羊亭に突然やってきたエルファリアは怒ったように頬をふくらませていた。
「いらっし〜い、王女!」
 ルディアが言うが早いか、エルファリアは店内で食事をとっていたぺティのほうへ。
「王女?」
 ぺティが声をかけると、エルファリアはぎゅうとぺティを抱きしめた。
「もう、お父様なんてダイキライです!」
「こんなところにまたいらっしゃって……後で叱られてしまいますわよ」
「いいのです。だって、ひどいのはあちらなのですもの……」
 何だ何だとその場にいたお客も好奇心いっぱいの目で二人を見つめている。エルファリアが怒るのは珍しい。聖獣王にどうやら反抗期らしい(?)というのはもっぱらの噂ではあるけれど。
「はしたないですわよ、こんなところでお泣きになっては」
 困ったように笑って、ぺティはエルファリアの背中をポンポンと叩いてやる。
「ごめんなさい。でも、ひどいんです」
 エルファリアはぺティから離れてから、泣きそうな目をして言った。
「お父様ったら、私に言うんです。お前の作ったクッキーは……ちょっと美味しくないかもしれないって。だから、私、決めたんです。修行をしますわ! ぺティ、もしよろしければ教えてくださらない? 味見役でもよろしいのですけれど」
 ぺティはトン、と自分の胸を叩いた。
「わかりました!」

■レピアの夜
 エルファリアの別荘。彼女の部屋には、妖艶な美女の石像がひとつ置かれている。
 太陽はすっかり沈み、部屋の中には陰影が濃くモノトーンの世界が広がっている。カーテンの向こうには夜の帳が下りてきている。神罰<ギアス>の石化がとけて、レピア・浮桜は目を開いた。回りを見渡すと、エルファリアの姿が見えない。
「エルファリア?」
 レピアがエルファリアを探しに部屋を出ると、
 ―――ガシャン!
 盛大に何かが割れる音がした。
「ごめんなさい!」
「王女! お怪我はございませんか?」
 エルファリアとペティの声が響く。レピアは声のする方―――キッチンのほうへ急いだ。
「エルファリア!?」
 レピアの声に、二人が弾かれたようにレピアを見る。
「レピア、おはよう」
 エルファリアは微笑んだ。ペティがエルファリアの足元でかがんで、割れた皿のかけらを拾い集めている。
「ごめんなさい、レピア」
「お怪我がなければいいんですよ」
 ペティがほがらかに笑う。
「どうかしたの? エルファリア」
 レピアがエルファリアに尋ねる。エルファリアは目をうるませる。鬱金色の瞳が揺らぐ。ペティがうーんと唸り、指で頬をかく。
「実は、王がちょっと……王女の作ったクッキーを食べてあんまり美味しくないって言ったらしくて……」
「違います! 『ちょっと美味しくないかもしれない』って言ったんですぅ〜!」
 エルファリアがレピアに泣きつく。レピアはエルファリアを抱きしめると、よしよしと頭をなでてやった。
「だけど、実は私もクッキーは作ったことがないんです。レピアさん、もしかしたら作れるんじゃないかと思ったんです」
 レピアはこくりと頷いた。
「じゃあ、とびきり美味しいのを作りましょ?」
「レピア、作れるのですか?」
「作れるわよ。ジプシーだった時にちょっとね」

  ***

「レーズンを入れるといいのよ」
「はい!」
 エルファリアはレーズンの入った袋を破いた。
「レーズン、食べたい? エルファリア」
「今はいいです。ありがとうです」
 一生懸命に取り組んでいるエルファリアを見て、レピアはニヤリと笑う。エルファリアの手を取り、レピアの爪を見る。ほんのりと桜色をした爪。細い指。本当に美しい造作をしている。
「キレイな手ね」
「もう! レピア、邪魔をしないでくださいな。美味しいクッキーを作りたいのです!」
 レピアは優雅に意地悪く笑って見せた。
 エルファリアはぎこちない手つきで、ボールの中の材料をかき回している。その姿は、可憐で放っておけない。
 口を引き結んで手を動かす彼女を見ていると、聖獣王がうらやましいような気がした。
(結局、二人とも仲がいいんだものね)
 せめて、意地悪くらい許してほしいのだけれど。
 エルファリアの背中を抱きしめてみると、彼女は振り向いてレピアを見る。二人の視線が重なる。エルファリアの目は真剣だ。
「レピア」
 いつものおだやかな声色に混ざって、非難の色が見える。
 レピアは体を離してから、
「了解よ、エルファリア。次は、そのクッキーの種を皿に敷いていくの」
 彼女に嫌われてしまったら、泣いてしまうのは自分の方だ。
 レピアは苦笑しながら、レシピを彼女に伝えていく。

 ***

 出来上がったクッキーは、とても美味しそうに見えた。
 焼き加減も上々。甘いバターの匂いが、キッチンに立ちこめている。
「美味しそうじゃないですか!」
 ペティが感激して声を上げる。
 エルファリアは小さくコクリと唾を呑んで、一枚クッキーを手に取る。半分に割ると、その片方を口にした。
 ペティとレピアはエルファリアの反応を伺う。
 エルファリアはもぐもぐと口を動かしたまま、何も言わない。
「エルファリア……?」
「王女……?」
 エルファリアはにっこりと笑った。
「とっても美味しいですわ!」
 持っていた残りのクッキーを、レピアに手渡す。
「私に?」
 可愛らしく小首をかしげて微笑むエルファリアに、レピアは微笑み返した。
 一口食べると、甘いレーズンの味がクッキーの甘さと重なり合って広がる。なつかしい味だった。昔、仲間と食べた味。
 ペティもクッキーを一口食べて、
「美味しいです!」
 満面の笑みで言った。
 エルファリアはどこか遠い目をして、ため息をついた。
「分量が違っていたのですね。私」
「分量?」
「いえ、私薄力粉の分量を2倍、しかもお塩を100ティエント(つまり100グラム。あり得ない数字)使っていたものですから。どうりで甘くないなとは思ったのですけれど」
 レピアとペティは固まった。
 それは、つまり。
 聖獣王はかなり、かなり―――無理をして食べてくれたことだろう。

■聖獣王、試食をする
 聖獣王は白い豊かな髭をなびかせながら、彼の愛娘―――エルファリアの部屋へと歩いていた。
 今日は別荘に来るようにとペティからエルファリアの伝言を聞き、いそいでやって来たのだった。昨夜エルファリアがせっかく作ってくれたクッキーを、おいしくないと言ってしまったのが悪かったのだ。怒ってしまったエルファリアは、その後口を聞いてくれなかった。何とか彼女をなだめてやらねば。今日こそは仲直りを、と考えていると、ふわりとバターの香り、そして甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
 エルファリアの部屋のドアをノックすると、中からはい、とエルファリアの声がした。
 中にはいると、エルファリアとレピアがいた。淹れ立ての紅茶とエルファリアの作ったクッキーが、美しい装飾がほどこされた皿の上にのっている。
 聖獣王はきょとんとして、娘の顔を見やる。
「お父様、どうぞお座りになってくださいませ」
 椅子に座るよう勧めると、聖獣王は腰をかけた。
「これを、食べてみてくださいな」
「作ってくれたのか?」
 エルファリアは頷く。
 聖獣王はじんとした。
 ひとつ、クッキーをつまんで口に運ぶ。口に広がっていくバターの濃厚な味。レーズンが効いている。本当に、美味しい。
「美味しいよ、エルファリア。ありがとう」
 エルファリアはその言葉を聞いて、思わずレピアに飛びついた。
 レピアはエルファリアの肩を抱く。
 エルファリアは、レピアの頬にキスをしようと―――

 そのとき、朝日のあたたかな白い光が差し込んできた。

 空が白む。
 魔法の時間がはじまる。

 レピアは石化してしまった。エルファリアはその端正な造りをした石像を、いとおしそうに見つめる。そうして、その頬にキスをした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1926 / レピア・浮桜 / 女性 / 23歳(実年齢歳) / 傾国の踊り子】

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■         ライター通信          ■
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