<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『シシュウ草を探して〜魔女の罠/刃の先〜(前編)』
「重い……。よーしこうなったら、薬を飲んで魔法で〜!」
「おい、馬鹿」
荷物を下ろして薬ビンを取り出したダラン・ローデスの手から、虎王丸は小瓶を取り上げた。
「んなことくらいで薬飲んでたら、飲み過ぎて頭おかしくなっちまうんじゃねえの?」
「用量守ってればヘーきだろっ!」
「用量って、どんくらいだよ」
「…………し、知らない」
ふて腐れたように言うダランの頭を、虎王丸はべしべしと叩いた。
「そうかそうか、飲み過ぎなくてもおまえはオツムが足りなかったっけなー」
「なにをー!」
荷物を振り回して虎王丸に飛びかかるダラン。
虎王丸はあっさりとかわした。
「これ、おまえが預かってろよー」
薬ビンをぽんと後ろに投げる。
放られたビンをキャッチしたのは、蒼柳・凪だ。
事あるごとに、ダランは薬に頼ろうとする。虎王丸が言う通り、凪が預かっていた方がよさそうだ。
3人が初めての探索場所に選んだのは『郊外の地下道』であった。
ファムル・ディートの説明によると、この通路を抜けた先のくぼ地に、目的の草が生えているらしい。
この地下道は、過去様々な用途に使われていたことがあり、幾重にも道が分かれ、入り組んでいる。
現在では怪物の住処となっている場所があることや、仕掛けられた罠の場所と種類を、正確に把握している者が存在しないため、不用意に近づけない場所と化している。
「おい、通路が3つに分かれてるぞ?」
先頭を歩く虎王丸が、白焔を宿した刀で先を指す。
ぼんやりと見える分かれ道には、それぞれ特徴があった。
右は、岩肌の見える洞窟。
真中は、整備された地下道。
左は、下り階段になっているようだ。
「ここって、どういう地下道なんだよ? お宝とかもあんのか?」
「ええっと……」
ダランは散らばった荷物の中から、ファムルが書いた地図を引っ張り出す。
「右は魔女の通路。中央くぼ地へ続く道。左は、元盗賊のアジトとして使われていた場所だってさ。……あれ?」
「どうした?」
凪は銃型神機につけたライトで、ダランが持つ地図を照らす。
「地図によると、もう1本道があるみたいだけれど……ま、いっか」
更にもう一本『試練の道』という道が地図には記されているが、見回しても見当たらなかった。埋めてしまったのかもしれないと、今回は気にしないことにした。
「魔女の通路と元盗賊のアジトには罠が仕掛けられてて、冒険者の格好の腕試しの場となってるとか。奥の方には魔女が作ったマジックアイテムや、試薬が大量に残ってるらしいぜ〜。元盗賊のアジトには財宝が残ってるかもな!」
「財宝探しもいいが……今回は目的が違うだろ。くぼ地に抜けるには真中の通路でいいんだな?」
「んー、そうだけどさ、他の通路の先にも、目的の物は存在するらしいぜ〜。魔女の通路では、魔女が試薬を作るために栽培していたものが繁殖してるらしいし、盗賊の通路には薬そのものがあるだろうってさ」
安全面から考えると、真中の道が一番安全に見える。怪物に遭遇する可能性の他に罠の可能性まであるのなら、凪としてはやはり真中の通路を推したかった。
「やっぱ、右の通路だよな!」
「だな!」
しかし、凪以外の二人、ダランと虎王丸の意見は一致していた。
「大魔術師を目指す俺としては、勉強の為にも魔女の道を選ぶべきだと思うんだー!!」
「そうだそうだ!」
虎王丸がダランの意見に珍しく素直に賛同する。
ダランが事前にファムルに聞いた話だと、ファムルはシシュウ草採取を専ら魔女の通路で行なっているというのだ。魔女の通路には所々に魔物避けの石がはめ込まれており、魔物の類と遭遇する可能性は極めて少ないらしい。
また、魔女の仕掛けた罠も、ファムルには一切効かないとのことだ。
(ファムルに効かないってんなら、俺にだってきくもんか!)
つまり、ダランとしては一番安全な道を選んだ……つもりだった。
虎王丸の内心はいたって単純で、『魔女』という単語に心惹かれてしまったのだから、致し方ない。
「じゃあ、そうするか」
凪もファムルがこのルートを通っていたことを聞いてはいたので、そう警戒もせず、二人の判断に従うことにしたのだった。
**********
予め凪が指示しておいた通り、ダランはあまり荷物を持ってこなかった。
しかし、先頭を歩く虎王丸は、常に剣を構えた状態の為、荷物の一部をダランに持たせていたのだ。
その少しの荷物でさえ、ダランには重いらしく、時々休憩を入れながらの探索となった。
魔女の通路に入って最初の分かれ道で、ダランは凪から借りている銃型神機の明りを地図に向けた。
「んー、どっちの道が正しいかは書いてないなー」
洞窟内の順路については細かく描かれてはいないのだが、その簡単な地図にはちょっとした注意事項が書かれていた。
「魔女の仕掛けた罠は、強い力を絡めとる……強い怪物とかを動けなくするってことか??」
だいぶ奥まできたと思われるが、ここに到着するまでの間、出会った怪物といえば巨大化した鼠やゴキブリ程度だ。
「ふ、二手に分かれるか?」
「ダラン、声震えてるぞ」
「そ、んなことないって! ファムルが1人で通ってる道だかんな! お、俺1人でも平気だぜ〜」
その大したことはない怪物にさえ、ダランは慌てていたのだ。虚勢を張っていることが一目瞭然だ。そんなダランの様子に、凪と虎王丸は目で笑いあった。
「お前の探索のサポートだからな。3人一緒じゃないと意味が無い」
「そっか、そうだよな!」
ダランがほっとした表情を浮かべる。
2人とダランは正式な契約を結んだわけではなかった。
ダランは依頼として依頼料を払うと言ったのだが、凪が断った。
凪はダランの申し出に対し、今度また家に行った際に、虎王丸に何か美味しいものでも食わせてやってくれとだけダランに言い、ダランはその言葉に嬉しそうに頷き、3人の間で今日の探索の約束が交わされたのだった。
「ダラン、どっちに進む?」
凪が問うと、ダランは幅の広い左側を指した。
「よし、左だな」
虎王丸は、戻る道を間違わないよう、剣で岩に傷をつける。
「こ、この先は俺が前衛やろうか。ほら、俺の探索だしよ〜」
「あー、いいって。お前が先頭じゃ、尻込みして全然すすまねーだろ」
虎王丸の言葉にむっとした後、ダランは後ろを振り返る。
「じゃ、凪と後衛変わろうか?」
「いや、ダランは真ん中のままで。ダランが後衛、出来ないからわけじゃなく、これが互いのベストポジションだから」
「そ、そうか……」
「お前にはお前の役目がある。荷物持ちとゆーな」
「うぐっ」
傷ついた表情を見せるダランの耳を、虎王丸はぐいっと引っ張った。
「荷物を持って、ナビゲートするのも立派な役目だが――。戦闘時、凪は舞っている間は無防備だ。近くにいるお前がちゃんと守れよ」
「う、うん。わかった」
虎王丸のその言葉に、神妙な顔でダランは頷いた。
その後も、別段強い怪物や罠に遭うこともなく、3人は順調に進む。
途中道幅が狭くなっている場所があった。
天井も低く、一番身長の高い虎王丸は屈んで潜るように通るしかなかった。
なんだか、嫌な思い出が頭をよぎる。
しかし、あの時と違い、先には広い空間があった。
「この先、広くなってるみたいだぜ! そろそろ魔女の部屋にでも着くんじゃねーか」
すぐに声をかけると、元気のいい声が返ってくる。
「うわー、あともう少しってカンジだよな!」
虎王丸の後から、ダランが。その後から、凪が広い空間に降り立つ。
異変は突如起きた。
「凪?」
凪が片足を踏み入れたまま、微動だにしなくなった。
僅かに顔をゆがめた後、凪が言葉を口に出す。
「虎王丸、ダラン、ここからで……」
そこまで言った凪の体が、ゆらりと揺れた。
「な、凪!?」
支えようとしたダランとともに、崩れ落ちる。
「ど、どうしたんだよ!? 凪!? 貧血か??」
壁に寄りかからせた凪の顔には、苦痛が浮かんでおり、小さなうめき声をあげる。
何か異質な存在と戦っている様が見て取れる。
「なんだ? 憑依とか、洗脳ってやつか?」
ダランは無論、虎王丸もこういった類の対処は苦手分野だ。
しかし、別の意思が凪に入り込んだというのなら、感知できそうなものだ。
虎王丸が今ここに感じている存在は、間違いなく凪とダランだけだ。
「凪なら、大丈夫だろ」
そう信じるしかなかった。
凪の魔力で対抗できないような力であるのなら、恐らく自分には抵抗手段がない。
ここから逃げるにしても、以前のようにはいかない。出口までは遠すぎる。
「う……ああっ」
凪が左腕を強く地に叩きつけた。
地震のように大地が揺れ、硬い岩で覆われた床が抉れる。凪の魔力がなした業だ。
まずい。
こんなところで凪の魔力が暴走したのなら、3人共生き埋めになりかねない。
「凪ー! しっかりしろよー!!」
岩の破片があったのか、ダランの頬が切れている。
自分の怪我に気付くこともなく、ダランはすがるように凪の体を揺すった。
「ダラン、こっちに来い」
虎王丸は、白焔を宿した刀を構えて凪に向けた。
「何すんだよ。そ、そうかちょっと凪を傷つけて、痛みで目を覚まさせようとか?」
「馬鹿か、そんな状況じゃねぇだろ。凪は幻惑にかかっているわけじゃねぇ。けど、動きを封じなきゃなんねぇ。なら……斬るしかねーだろ!」
「な、何言ってんだ! 凪は仲間だろ? 友達だろ? 虎王丸は友達を殺すのか!?」
「ふざけるな!」
怒声が木霊した。
「殺すわけねぇだろ。けど、俺には魔力で援護することはできねぇ。だったら、凪の動きを止める為、体の腱を切るしか……っ」
「切っても手当てできないんだろ! どれだけ切るつもりだよ!! 手当てしなきゃ、死ぬじゃんかよー!」
「担いで洞窟から出て、専門家に診せる。んなことで、死ぬようなタマじゃねえ。死なせやしねぇよ!」
「だっ……めだ。ダメだダメだー!!」
激しく首を振って、いっそうダランは凪の体にすがりつく。
「虎王丸言ったじゃんか、無防備な凪を守れって! 今がそうだろ? 戦ってる凪を守るべき時なんだろ!!」
「ばっかやろう……っ」
ダランは凪から離れない。
凪の右手が自らの顔を強くつかんでいる。まるで、何かを引き出すかのように。
「あああっ!」
再び、凪の左手が地を叩いた。
地が揺れ、天井から小石が降り注ぐ。
「離れろ、ダラン!」
「いやだっ」
力ずくでダランを退かせるしかない。
虎王丸には、力で解決する他、手段が何も思いつかなかった。
「魔力が必要だっていうんなら、俺の魔力を凪に送れば!」
お前如きに何ができるというんだ!!
虎王丸は心底腹立たしかった。ダランに手をかけようとしたその時――。
凪が何かを引き離すかのように、右の手を顔から剥がした。
その右の手に力が集中していることが解る。
――凪の右腕を切り落とせば、事が済む――
2人が共に、感覚的にそれを理解をしていた。
虎王丸は剣を手にしていた。しかし、瞬間的に彼の体が動くことはなかった。
先に動いたのは、ダランの方だった。
「切ったらダメだ!」
振り上げられた凪の手にしがみつく。
「凪ー!」
ダランの体ごと、凪は右手を強く振り払った。
「うあっ」
ダランが壁に叩きつけられる! ……しかし、その衝撃は大したことはなく、壁が崩れることはなかった。
凪の強張った顔が平静に戻る。
ダランは蹲ったまま、動かない。
(凪の魔力を……ダランが吸収した?)
状況が把握できず、虎王丸は対処に迷った。
「お、おい、ダラン平気か?」
剣を構えたまま、ダランに近付く。
ダランの体が動いた……と思った瞬間! 虎王丸は剣を振っていた。
弾かれたナイフが宙を舞う。
ダランが突き出したナイフを虎王丸が咄嗟に払ったのだ。
「凪を殺そうとしたお前を許さない」
ダランの口から発せられた言葉に、耳を疑う。
「違うだろ、何言ってんだ……まさか、おまえ……」
「うっ……」
凪が小さな声を上げる。
立ち上がったダランが、一歩足を踏み出した。凪の元へと……。
「動くな!」
虎王丸はダランに剣を向け、立ちふさがった。
「虎、王丸? なにを!?」
意識を取り戻した凪の声が虎王丸に届いた。
体勢を変えず、凪の顔をちらりと見る。……大丈夫、普段の凪だ。
「近付くな!」
今度は凪に。ダランの傷に気付き、近付こうとする友に言い放つ。
「こいつは、操られている。斬るしかねぇ……」
虎王丸の言葉に、瞬時にダランは頭を振った。
「違う! 凪、違うんだ! 操られてるのは、虎王丸の方なんだ! 虎王丸にやられた……あぐっ」
虎王丸はダランの足を蹴り払う。
「ダラン!」
転倒したダランを気遣う凪の声が飛んだ。
「動くな、凪ッ! こいつは……っ」
そこまでしか、言葉に出来なかった。
強い――力が、虎王丸の声帯を締め付けていた。
ダランの鋭い目が、一瞬虎王丸を射抜く。
(何をしやがったっ)
強くダランを睨みつける。
途端にダランはおびえた表情を見せ、震え始めた。
(違う、凪……俺は……)
状況を把握しきれていない凪に、強い視線を送る。
悔しさのあまり、犬歯で唇を噛む。血の味が口の中に広がった。
「凪、助けて……虎王丸を、き……って」
後退りながら、おびえた目で、ダランが凪に助けを求める――手が――ダランの右手が、岩陰に転がる銃型神機に伸ばされる――。
声が出せねえ。
体は鉛のように重い。
だが、動く。
凪にどう伝えればいい。
状況なんてわからねぇ。
何がどうなっているってんだ。
ダランを黙らせるため、俺が行動に移せば――
おまえはどうする、凪。
――To be continued――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
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