<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
無表情+大はしゃぎ=大パニック!
無表情・無関心・無感情。そんな3点セットを絵に描いたような青年がひとり静かに酒場でジョッキを傾けていた。
テーブルには愛用の剣が茶色の鞘に収められている。彼は直立不動の姿勢で主人の帰りを今か今かと待ちわびているが、それに取り付けられた肩紐はだらりとその身を伸ばしてリラックス。どちらの仕草が彼に似ているかと言われれば、誰もが後者を指すだろう。ただ別にこの主人は気が抜けているわけでも、だらしがないわけでもない。ただ、そういうイメージを初対面の者に与えちゃう……それがケヴィン・フォレストの持つ独特のオーラなのだ。
店に入ってからというもの、彼の視線はずっとある人物に注がれていた。それは店が雇っているきれいなウエイトレスではなく、ましてや一緒に店に入った可憐な魔女のレナ・スウォンプでもない。ここから少し離れたテーブルに陣取り、ひとり食事を楽しんでいる無骨な顔をした豪胆な男である。こいつは先ごろ遠方の国で大胆にも単独で盗みを働き、現在はこの界隈で祝勝会よろしく盗んだ金で一杯やらかしている最中なのだ。奴はもちろん、賞金首として指名手配されている。ただいかんせん情報の伝達が遅く、まだこの辺にまでは伝わっていないらしい。賞金稼ぎを生業とするケヴィンは独自のネットワークを駆使していち早く情報を察知して悪者に接近、自分もレナも別のテーブルではあるが一緒になって酒を飲んでいた。
「あたしさぁ、あの手の顔ってホント苦手なのよね〜。あ、ケヴィンは似顔絵見てないでしょ。あたしはちゃんと水晶球でそういうのチェックしてるから。ケヴィンってさ、必要な情報だけ聞いてちゃちゃっと仕事しちゃうから、そーゆーとこにぜんぜん興味ないもんね〜」
「…………………………」
「また王国お抱えの絵師だかなんだかが想像だけで描いたもんだから、あれよりももっとアクの強そうな凶悪な顔しちゃってるのよ!」
「…………………………」
「あらあら、『あいつはそれほどでもない』ってな顔しちゃって。で、この店を出たらお仕事しちゃうんでしょ?」
いつもふたりはこんな調子。レナが喋り、ケヴィンが聞く。これだけでも不思議とふたりのコミニケーションは成立している。それを証拠に無言のケヴィンもまんざらでもない表情で酒を飲んでいるのだ。それを見抜くには少々の時間と慣れが必要なのだが……
賞金首が動けば、ケヴィンも動く。もちろんレナも一緒に動く。剣を手にするとテーブルの端に金貨を置いた。しかしテーブルに転がったのは、きっかり自分の飲み代だけ。おごるほどの金があるなら、今日は仕事なんてしない。『じっくり酒を味わいたい』というのが彼の本音だろうか。レナは「委細承知!」といわんばかりの表情でその横に金貨を足した。金額から想像するに、それほどふたりは酔っていない。当然だ。今から商売の時間なのだから。
いよいよ戦いの時。華やかな酒場の雰囲気に別れを告げ、夜の闇と静寂に包まれた路地裏へと誘われるふたり。前を歩く強面の男は酒に酔って耳まで真っ赤にしているが、不思議と足取りはしっかりとしている。しかも腰にぶら下げて持ち歩いている護身用とおぼしき何本ものダガーのあたりを手が行ったり来たりしているではないか。今、ケヴィンとレナに追われていることは知らないまでも、どこかの誰かに追われる立場であることは自覚しているようだ。
ケヴィンは鞘から剣を抜く動作とともに駆け出した。この調子ではいくら待っても相手から隙は生まれない。それどころか、こんな場所でかすかな音でも鳴ればネズミも気づくだろう。先手必勝とばかりに剣を振りかざすケヴィンだが、相手の獲物はダガー。刀身が短いので、すぐに戦闘態勢を整えられるのが強みだ。もちろんレナはただのお騒がせでくっついてきたわけではない。抜群のタイミングで呪文を詠唱し、即座に天を駆け巡る雷の魔法を繰り出した!
ガラガラ……ドガーーーーーン!!
「…………………………んん、んがんんががんん?!」
絶好のタイミングで剣を振りかぶったのはケヴィンも同じ……なのになぜ、なのになぜこの魔女に足を引っ張られなければならないのか。電撃は金属を高く掲げている方に飛びつく。普通の剣とダガーでは振りかぶった際、長さに大きな差が出る。それ以前にダガーをそこまで高く振りかぶるバカはいない。要するにレナの電撃は見事なまでにケヴィンに当たっちゃったということだ。かなり衣類が焦げちゃった彼からは、じっとりと湿り気を帯びた視線が注がれる。レナは慌てて謝ったが、絶好の機会を逃したことには変わりはない。
「ゴ、ゴメン! って、ちょっと! そ、そんな顔しないでよ! ってまぁ、いつもそんな顔だけど……」
「…………………………」
「おお、兄ちゃん。くだらねぇ夫婦漫才ならさっきの酒場でやってくんねぇか?」
「あらら、やっぱりバレてる。賞金稼ぎさん、お仕事がんばりましょうね〜♪」
「な、なにぃ! も、もうここまで情報が来てるのか! ちくしょう、てっきり強盗か何かと思ってたぜ!」
「…………………………」
余計なことをいう魔女に、大ボケをかます賞金首。ケヴィンにしてみれば、どちらも『なぜ今まで生きてこられたのか』がわからない。
そんなくだらないことを考える間を作らず、目前の敵と何合か斬りあう。相手は攻撃を受け流しつつも、空いた手でダガーを投げようと腕を振りかぶった。ケヴィンはそれを察してパッと後ろへ飛び退くと、負けじと金属でできた水入れを渾身の力で投げる。しかし業物のダガーはそれを貫き、その穴からは水が流れ出して彼の足元をわずかに濡らした。カランカランと地面でふたつが転がる頃には、すでに賞金首は第二撃を準備。じりじりとケヴィンとの距離を詰める。ポーカーフェイスの戦士は、敵に合わせてゆっくりと後ろに下がるしかなかった。
「なかなかの腕前だな、兄ちゃん。だが間合いを保てば……こんなもんよ。おい、覚悟はできたか?」
「…………………………」
「ひゃっはっはっはっは! 怖くて言葉も出ねぇのか! こりゃ面白」
「地を這え、雷っ!」
「ろいっ……な、今、な、なぁ! あががががが、ぎぎぎぎぎ!!」
実は、ケヴィンは敵に合わせていたのではない。レナに合わせたのだ。過ちを繰り返さない彼女の性格を読み、次に何を仕掛けるかを考えた。最初に天から降り注ぐ雷の魔法を選択したのは、直線的な動きしかできない特性を生かしてのこと。敵の俊敏さや所業を見る限り、真正面から撃っても避けられるだけで何の効果もないことはレナにだってわかる。だから次に『足止めのために地面を使う』と考えた。しかしあからさまにそれをサポートしたのでは、相手に狙いがバレてしまう可能性がある。だからダガーの投擲を逆手に取り、電撃の留まりやすい環境を作り出したのだ。水溜りという罠を機転で作り出したのである。
レナの機転、ケヴィンのとっさの判断で賞金首は一発でノックアウト。感電したままの哀れなポーズでケヴィンに捕まり、しかるべき筋に身柄を引き渡されることとなった。そうしないと報酬を手にすることができない。終わりよければすべてよし……隣の魔女は笑顔で事件をまとめようと必死だ。
「結構さ、いい報酬になるんじゃない? あたしもがんばったわよねー! あ、ケヴィンががんばってるのは当たり前じゃな〜い。よかったよかった♪」
「…………………………」
「報酬は……山分けよね? あたし欲しい服があるんだー」
嬉しそうに話すレナに向かって、ケヴィンはあるものを指差しながら口を開いた。ただ、無気力なのは相変わらずだが。
「……………奇遇だな、俺も服が欲しい……………」
「う、ぐ。その、あの、わ、分け前は後ほど相談しましょ。そうしましょ……」
賞金首を突き出すまではまだ着てられるが、その後はみっともなくて外を歩けない今のケヴィンの服装。そして、その心境。さすがのレナも人差し指で頭を掻きながら困った顔で答えるしかなかった。ふたりはまた賑やかな街の中へと吸い込まれていく。
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