<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


風の城
  ―終焉の剣士―

□Opening
 すでに、見なれた感の有る小屋。
 山本建一は、もう一度自分の装備を確認してから、ゆっくりと足を進めた。
「あ、こんにちは、お久しぶりです」
 小屋に入った建一に、その人物は笑顔を向けた。
 ウサギのような耳と尻尾を持つその人物、ラビ・ナ・トット。彼は、この小屋の管理人だ。建一も笑顔で挨拶を返し、ぐるりと部屋を見まわした。
 いつ来ても奇妙。この部屋には多数の扉が並んでいる。扉・扉・扉、それら一つ一つが全くの異次元へ通じていると言う。実際、何度か扉に出入りした経験もあり、それが事実であると言う事は理解している。
「ええ、はい、今度の扉は、風の城です」
 トットは、すぐに建一を案内するように立ちあがり手招きした。
 促されるように、足を進める。他の扉とはさして変りも無いその扉。トットは、いくつも同じ形をした扉の中から、それを選びドアノブに手をかけた。
「風の城ですか……、調査してみましょう。中に何かありそうですし」
 建一の言葉にトットは頷く。
 そして、勢い良くその扉を開けた。ごうごうと風の音が聞こえる。
「では、行ってきます」
「行ってらっしゃい、お気をつけて!」
 建一は、トットに見送られながら、扉の奥へと足を進めた。

□01
 なるほど、風の城とは良く言ったものだ。
 用意していたマスクを口にあてる。今回は、服装にも気を使い厚手のものを用意した。背後でぱたんとドアが閉まる。すると、ドアの有った部分の先にも通路が見えた。やはり、一番に気になるのは、激しい風だ。それも、一定の方向から吹いてくると言うわけでは無い。南から吹き上げてきたかと思えば、北と東から吹く風がぶつかる。また、その勢いは激しく優しく、どうにも決まった法則が見出せない。
 城の内部、と言うには少しばかり薄暗く、壁には植物が伸びたいままに伸び貼りついていた。しかし、通路はしっかりとしているようで足を少し進めてみたが崩れ落ちると言うような危険は無いような印象を受ける。
『レジストウインド』
 しかし、用心に越した事は無い。
 建一は、風属性のダメージを警戒して、レジストの魔法を用いた。
 口元に当てたマスク、厚めの服装、そして、レジスト。全ての準備が整った。まだ、モンスターの気配は感じない。
 周囲に気を配りながら、建一は西へと歩き出した。

□02
 ごうごうと風が吹く。
 通路の幅は広く、ゆったりと歩ける。ただし、その中を進んで行くのは、かなりの体力を必要とした。レジストしているとは言え、常に風圧に晒されている身体。加えてその風がどこから来るのかわからないのだ。正面から来ていたと思ったら、背後から吹き上げる。そのため、風向きが変わるたびに、踏み出す足の力の入れ具合を調整する必要があった。
 しかし、広い、いや遠い。
 風を避けながら、真っ直ぐ遠くヘ視線を投げる。建一の目には、ただ真っ直ぐな通路が写っていた。曲がる事も無い、真っ直ぐな道。まだ、これと言って特別なものは見ない。
 ただ、ごごうと、風の音だけが聞こえていた。
『きゅるるるるるるる〜』
 先を見るため、ふと足を止めた矢先。
 風の音とは異なるそれを聞いた。
『るる〜るるるる〜』
 段々と近づいてくる。何かの鳴き声だろうか? その声は、今は正面から吹いてくる風に乗って大きくなってきた。
 警戒して足を止める。
 頬に当たる風を腕で庇いながら正面を見据えた。
『るるるる〜』
 真っ直ぐな廊下。その先に、ようやくそれは姿を現した。目を細め、現れたそれを見る。吹く風は、更に勢いを増していた。風のスピードが増す。そして、それのスピードも加速した。次に息を呑んだとき、それは、建一の目前に迫っていた。
 あっという間の出来事。
『るるるる〜るる〜』
 丸い素体。全身をふさふさの体毛で覆われている。時々見える尻尾と耳。それが、くるくるとまわっている。どうも、風に乗っていると言うよりは、風にさらわれていると言った方がいいかもしれない。
 翼や羽根は見えない。
 思わず、建一は両手を差し出しそれを受けとめた。
 ふわりとした感触。
 耳と尻尾を頼りに、どちらが上でどちらが下かを確認しながら、風を避けるためしゃがむ。掴んだそれは、暴れる事も無く、健一の手の中でぱたぱたと耳を動かしていた。
 まるで悪意が感じられない。
 そっと地面に置いてやる。
『るるる、るるる〜』
 すると、それは、建一を一度ちらりと見上げぺたぺたと陽気に歩き出した。そして、ふいと壁に消える。壁は、所々ひび割れていたし、アレはきっとモンスターだったので消えたとしても不思議では無いか。
 さて、それの行方を見届け、建一は立ちあがった。
 びゅうと吹く風に、身体が浮いてしまいそう。始まりの場所に比べて、風が強くなっている。自分も、飛ばされ翻弄される事の無いように気をつけなければ。
 しっかりと足元を確認し、建一は再び歩き出した。

□03
 風は止む事が無い。
 あれから、何体かのモンスターに出会った。しかし、いずれも積極的に攻めて来るものではなかった。それならば、戦闘しなくても良い。建一は、風を纏い、あるいは風を食らうモンスター達を見ながら、進んだ。
 辺りは、更に薄暗くなってきたように感じる。
 風は、正面からよりも背後から吹いてくるほうが強くなった気がする。
 建一は、一度前後左右を確認し、適当な通路の壁を調べた。
「ふむ、この辺りでいいでしょう」
 一人ごちる。
 それに合わせる様に、足元から土の壁がせり上がってきた。言わずもがな。建一による土属性の魔法だ。元々有った通路の壁を背に、建一は立つ。その回りを、魔法で作り上げた壁が守った。吹き荒れる風を防ぎ、その風で倒れない事を確認すると、ゆっくりと座る。
 安全を確認して、ふとため息一つ。
 懐から、弁当を取り出した。
 びゅうびゅうと風の吹く音は止まないけれど、魔法の壁のおかげで弁当の中身が飛んでしまう事は無さそうだ。勿論、砂埃が舞う心配も無い。これで、綺麗な花でも有れば良かったのだけれど……。残念ながら、見渡す限り、長い廊下が続くだけだった。
 しかし、それもまた冒険の醍醐味としよう。
 建一は、一人静かに、食事をはじめた。

□04
 さて。
 食事も無事終了し、更に西へ進む。
 建一は、しかし、段々とその気配を感じていた。背後から吹き上げる風。その風が、回って正面から返って来る。ふわりふわりと舞う草が、それを教えてくれた。つまり、暗い廊下のその先に、終点が迫っていると言う事。
 そして、確実に、居る。
 今まですれ違ったモンスターには無い、つまり、敵対するものを威圧するような殺気が漂い始めていた。
 ぴたり、と。一度足を止める。
 レジストの効果を確かめ、スタッフを握った。
 まだ見えないモンスターの気配を感じ取る。それは、ちりちりと建一の神経を刺激した。様々な場所を冒険してきた建一には分かる。正面に居るモンスターは、その間合いに敵が侵入すれば、確実に大きな一撃を放つだろう。しかし、このまま背を向けて帰還すると言う選択肢は無かった。これほどのモンスターが留まる理由は何なのか。その先に待つものが、建一を動かした。
 ざり、と、今まで気にならなかった自分の足音さえも拾い上げる。
 闘いは、静かに始まった。
 一つ大きく息を吐き出し、ぐっと足に力を込める。その気配を、相手は感じるだろう。そのまま動作を止める事無く、駆け出す。
 背に当たる風は、建一の体を押した。
 正面からの風を、切り裂くように鋭く駆ける。
『おおおおおおおおおおお』
 瞬間、吹いていた風とは全く違う、風圧。低く唸るような叫び声と共に、それは建一に襲いかかった。加速していた建一の視界は狭く、襲ってきた本体を正確に捉える事はできない。しかし、必ず一撃が来るだろうと確信していた。その心構えが、建一の身体を深く沈めさせる。
 間一髪。
 頭上からはらりと、数本の髪の毛が舞い落ちた。
 次に、どぉんと言う重い響き。辺りがその振動で震える。
 そこで、ようやく建一は身を起こした。相手の一撃を、紙一重で避け、半歩引き下がった。次の攻撃は来ない。一撃目をかわされた事で、慎重になったのだろう。
 建一は、緊張を更に高め、相手を見据えた。
 ここに吹くどんな風にも負けない、それを思わせる巨体。片方の腕に、その身体と同じほどの大きさもある大剣。巨人の周りには、びゅんびゅんと、彼を守るように風が纏わりついている。
『終焉ノ像ハ、ワタサナイ』
 驚く事に、巨人は建一に語りかけた。いや、それは、一方的な通達であった。巨人が構える。彼に纏わりついていた風が、大剣に集まりはじめた。
「終焉の、像……ですか?」
 片手から両手持ちに構えを変える巨人を見ながら、健一はその言葉を反芻した。また、次の一撃も、大きな物が来るだろう。
『ワタサナイッ』
 ごうと唸りを上げる大剣。
 その大胆な攻撃を、建一はひらりとかわした。しかし、振り下ろされた剣はそれだけで終わる事は無い。その剣に集まった風が、建一を追いかけるように迫ってきたのだ。ただの一振りでは無い。回避のスキルを持ってしても、その無尽の風を避けきる事はできないと瞬時に判断。建一は、スタッフを振りかざし土の魔法で自身を覆った。
 その間も、立ち止まる事はできない。
 巨人との間合いを計りながら、建一は軽やかなステップで広い通路を行き来した。
『ワタサナイ』
 巨人の次の一振りが建一を襲う。
「待ってください、僕は、」
 それを奪いに来たのでは無い。
 思考を加速させる。巨人は、何かを守っているのかもしれない、と。そして、侵入者である建一から、何かを守ろうとしているのではないのか? と。
 それならば、自分にその意志は無い。
 それを伝えようとした。
 けれども、巨人の一撃はそれを許さなかった。吹き荒れる風と巨人の大剣は、建一の声を完全にかき消してしまうのだ。
 ぶんと、また一撃。そして、舞う風達。建一は、土属性の魔法で風を無効化しながら、少しずつ巨人へ近づいた。大剣の一撃を避ける事よりも、近づく程増す風が厄介だった。
『ワタサナイ、ワタセナイ』
 巨人の声が響く。
「静まってください、僕は、奪いに来たのでは有りませんっ」
 ようやく、建一の声が、響いた。
 巨人の足元に来て、自身との差を測る。見上げる巨体に、建一は、風の魔法を放った。防御目的の土属性の魔法では無い。風を纏い脅威と化すような火属性の魔法でもない。
 荒れ狂う風を切り裂くような一陣の風。
 その風は、ただ一筋。巨人の耳へと飛んだ。
『ワタサナイ』
「静まってください、僕は、奪いに来たのでは有りません」
 もう一度、言葉を重ねる。
 一瞬、無風になった一筋の道は、建一の言葉を確実に巨人の耳へと届けた。
『……、オマエハ、デハ、ナ、ゼ』
 ぶんと振り上げられる大剣。
 その剣が、振り下ろされる事は無かった。

□Ending
 暗い廊下に、小さな光が漂う。
 その光は、吹き荒れる風に揺らぐことも無い。ただ、静かに西へ西へと進んでいく。
 やがて、その光の球が建一の頭上を追い越した。
 光の行く先を目で追う。
 その先に、先ほどの巨人。
 巨人は、肩膝を地面に付け、うやうやしくそれを持ち上げた。光は、それを目指し漂う。巨人の抱く、それは、杯を掲げた女性の像だった。
 その杯に、光は迫る。そして、音も無く光は杯へと消えた。
 暗い通路に、ぼんやりと淡い輝きを放つ女性の像。
「これが、終焉の像?」
 ただ、光を飲み込む像?
 建一は、その不思議な光景を、不思議な気持ちで眺めていた。
『日ガ沈ム場所、終焉、コノ像』
 像が光を放ったのは、少しの間だった。ゆっくりと、音も無く光は消える。
 完全に光が消えてしまった像を、巨人は、またうやうやしく抱え、元の壁へ戻した。
 日が沈む場所。
 巨人の声は、建一の中で一つの結論をもたらした。
 つまり、自分は、日の沈む西へと向かってきた。そして、ここがその終着点だと言うのなら、まさに日が沈む場所と言う事ではないか。
 その終着点で、光を受けとめる、つまり沈む光の終着点……終焉、と言うわけか。
 ほのかに光る美しいその光景こそ、建一の宝として記憶に残るだろう。
 建一は、像とそれを守る剣士をその胸に刻み、冒険を終えた。

 ▼山本建一は終焉の像を発見した!
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          
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□山本建一様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 風の城での冒険お疲れ様でした。できるだけ戦わないと言うやさしい山本様の心が少しでも表現できればと思いながら描写させて頂きました。
 発見した物につきましては、後日Interstice of dimension内にも追加致しますので、ご確認下さい。
 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。