<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草


 それは、太陽が空の真ん中を少し過ぎた事。
 買い物籠を手にフラフラと商店街へやって来たミルカが、野菜を物色しているときだった。
「あいたっ」
 べしゃっ、という音と共に、小さな悲鳴が聞こえて来て、ミルカは後ろを振り向く。すると、そこにいたのは痛そうに膝を擦る、小さな子供がいた。
「だいじょうぶ?」
「あ、大丈夫です」
 手を差し伸べるミルカに、ぶかぶかな緑色のフード付きローブを着た子供が立ち上がる。傍には、子供が持つには大き過ぎる籠と、その中から零れ落ちたらしい様々な種類の薬草が散らばっていた。慌てて薬草を拾い始める子供に、ミルカも手伝ってやる。
「ああ、すみません。有難う御座います。お礼に何か‥‥ああ、そうだ。良かったら、うちの店に来ませんか?」
「お店?」
「はい。あ、申し送れました。ボク、薬草屋をやっております、フィツイ・ポポイと申します」
「まあ。薬草屋さん。小さいのにえらいのねえ」
 ほんわかと笑いながら、ミルカはてこてこと歩く子供、フィツイ・ポポイについて行く。
 やって来たのは、商店街の外れに位置する、一見小屋にも見える小さな店だった。そこから何とも香しい、甘い香りが漂って来る。
「いい匂ーい」
 店の中に入ると、外で嗅いだよりも強い匂いが充満していた。ふんふんと鼻を鳴らすミルカに、ポポイが眉を下げながら窓を開けて行く。
「昨日、ウェルシュフを大量に煎じたからなぁ。やっぱり窓開けて行けば良かったなぁ」
「うぇるしゅふってなあに?」
「あ、この香りの元となってる花の事です」
 言って、ポポイが取り出したのは可愛らしい、薄い橙色の小さな花だった。緑の茎にちょこんと乗ったその花を覗き込み、ミルカが目を輝かせる。
「かわいいー。あまーい匂いがするね」
「食べても甘くて美味しいですよー」
「そうなの?」
 ポポイの言葉に、ミルカが花弁に指先を触れた。しっとりとした感触に、ミルカの頬が緩む。
「それに、その花は煎じて振り掛ければ、どんなに不味いものも美味しく感じられるようになるという、珍しい薬草でして…」
 甘くて美味しいのかあ…お砂糖みたいな感じなのかな? それともミルク? 何だか喉にも良さそうだなあ。おとんにもおやつに買って行ったら喜ぶかな。
「…で、如何ですか?」
「え?」
 空想に沈んでいたところに話しかけられ、ミルカは小首を傾げた。それにポポイも同じように小首を傾げる。
「お一つ如何ですか? お礼に半額に致しますから」
 タダじゃないんだ、というツッコミを、ミルカがする筈もなく。
「有難う御座いましたー!」
 ポポイの声と共に店を出てきたミルカの買い物籠の中には、花の状態のウェルシュフが2つ揺れていた。


 それから暫くして、太陽に変わって月が空に現れ始めた頃。
 一仕事を終えたディークは、か細く鳴く腹を擦りつつ、家路へと向かっていた。
「ちょっと遅くなっちまったな…今日の夕飯は何にするか…ミルカが変に気を回してないといいんだが…」
 ぼそりと呟くディークの脳裏に、愛しい義娘の笑顔と、その両手で作られた美しい料理の数々が浮かぶ。しかし、そのある意味羨ましいとさえ言える光景に、ディークは何故かげんなりと溜息を吐いた。
「出来れば腹減ってるときには勘弁して欲しいものだが…ん?」
 か弱い鳴き声を出す腹を抑え、ディークはふわりと漂って来た甘い香りに鼻を動かす。お菓子などの類ではない、どちらかと言えば花の香りに近いその匂いに、ディークが興味を持って近づく。
「何だ? フィツイ薬草屋一号店…?」
 見つけたのは、一軒の薬草屋だった。掠れ気味に『珍シイ薬草売リマス』と書かれた紙を横目に見つつ、ディークがドアを開く。
「いらっしゃいませー」
「よう。ちょいと聞きたいんだが。この甘い香りも薬草なのか?」
「はい、そうですよー。…やっぱり、匂いに惹かれて来る人が多いなぁ。これはなかなかいいかもしれない…」
 ディークの問いににっこりと答えたのはポポイだった。ぽそぽそと何やら呟きながら、カウンターの下からウェルシュフを取り出す。
「ウェルシュフと言いまして、花自体も食べるととても甘くて美味しいんですが、何よりこれを煎じて振り掛ければ、どんなに不味いものでも美味しく感じられるようになるという、とっても珍しい薬草なんです」
「どんなに不味いものでも? …胡散臭い話だな…」
「胡散臭くないですよー。一応、うちの売り上げナンバーワンの品なんですからー」
 ぷくーっと頬を膨らませるポポイに気にせず、ディークはウェルシュフを覗き込んだ。確かに見たこともない花で、外で嗅いだのと同じ甘い香りがする。
「しかし、それが本当ならあやかりたいものだな…」
「どなたか大切な方が、料理でもお下手なんですか?」
「…何故判る」
「この花に興味を示す方の大半は、不味い料理に苦しめられている方々ですからー」
 特に男の方は、と笑うポポイに、ディークが渋い顔をする。
「俺自身は料理は得意な方だし、こういう品物に頼るなど、邪道以外の何者でもないとは思っているんだが…娘がな…」
 思い浮かぶのは、どこぞの高級料理店かと見紛う程の料理だった。しかし見た目にかなり反して、味は悶絶級の酷さで、常人にはとても食べられたものではないことは自身が経験済みなのである。お世辞にも『美味』などとはとてもじゃないが言えない。幸か不幸か、ディーク自身が元々感情を表に出さないタイプの為、愛しい義娘に悲しい顔をさせるような事はなかったが。
「一度でいいから、心の底から美味いと言ってやりたいんだ…」
「それなら尚更! 一度試してみませんか?」
 そう言ってずずいっと差し出された、薄い橙色の粉が入った小瓶を、ディークは藁にも縋る思いでガシッと受け取った。


「あ、おかえりなさあい」
 くるんっと振り返ったミルカの動きに合わせてヒラリと翻るエプロンに、ディークは愛しさと切なさを覚えた。思わず溜息を吐きたい気分になったが、そこを何とか抑えつつ、食卓の椅子へと座る。
「ミルカが作ってくれたのか?」
「うん! おとん、お腹減らせて帰って来ると思って」
 えへ、と笑うミルカに、ディークがこっそりと喉を鳴らした。それは燦然と輝いているかのような豪華な食卓に期待してのものではなく、これから来る衝撃に対する心構えでもあった。
 しかし、今日は少し違う。
「そうだ、ミルカ。今日はもう仕事もないし、酒を持って来てくれないか。キッチンの奥の棚に入っている筈だから」
「はあい」
 ディークに言われて、ミルカがぱたぱたとキッチンに向かって行く。その背中に、すまないと謝りつつ、小瓶の蓋に手をかけたときだった。
「…ミルカ、この、皿に置いてある花は…」
「あ、それねえ、今日小さな薬草屋さんに会ってね。お安くしてもらったから、買って来たの。甘くて美味しいんだって」
「…そうか」
 凝視するディークの目線の先には、白い小皿に入れられた、ウェルシュフの花があった。これを薬草屋で買ったという事は、十中八九あの店だとは思うが、ミルカの様子からはこの花が『どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草』であるという事を知っているようには見えない。
 カタンと音がして、ミルカが棚から酒を取り出しているのが判った。ディークは慌てて小瓶の蓋を取る。
(あの薬草屋がミルカにどんな説明をしたかは知らんが、このチャンスを逃す手はない!)
 普段のポーカーフェイスからは考えられないほど、ディークは焦った様子で料理に粉を振り掛けた。それは偏にミルカに悲しい顔をさせたくないという親心からで、傍から見れば非常に甘い親である。
「はい、お酒だよう」
 スキップしそうなくらい上機嫌でミルカが酒を持って振り返るのと同時に、ディークは小瓶を素早く隠した。
「ああ、有難うミルカ。…さて、頂くか」
「いっぱい食べてね」
 椅子に座り、父親の反応をにこにこと見守る義娘の目の前で、ディークは何気ない風を装って一番手前にあった皿に手をつけた。美味しそうに輝くそれを一口、口に含む。
「……美味い」
「本当? 良かったあ。それね、あたしが考えたレシピなの」
 思わず口を突いて出た言葉に、ミルカが嬉しそうに微笑んだ。ディークも、それに頷いてまた口を動かす。噛むほどに深い旨みが口の中いっぱいに広がり、ディークはミルカの作った料理では今まで見たことのないくらい旺盛な食欲を見せた。
「美味しいねえ」
「そうだな」
 ぺろりと食事を食べ終え、食後のおやつにウェルシュフの花びらを摘む2人は、どこからどう見ても幸せな親子だった。










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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3457/ミルカ/女性/17歳/歌姫・吟遊詩人】
【3466/ディーク/男性/38歳/異界職】



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           ライター通信          
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 ライターの中畑みともと申します。
 今回は当店の薬草をご利用頂きまして、有難う御座いました。
 とても仲の良い親子な2人を表現出来ていたら幸いです。
 宜しければまたご利用下さいませ。