<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


勇者様、ご来村〜!


 その村は呪われている。
 何1つ、自らの力で新しい物を生み出すことが出来ず、村周辺から外へ行くことも出来ない。
 そんな村バローンに、ある日。1人の娘がやってきた。
 これは、12日間限りの勇者様となった獣人の娘と、村人達の物語。

○1日目
「勇者様だ! 勇者様がいらっしゃったぞ!」
 村に向かって歩いてくる姿を誰かが目撃していたのだろう。ティナが村に入った時には、村人全員が集まっていた。
「ティナさん‥‥」
「こんなに早く、またお越しくださったのですね」
 感動の余り立ち尽くし、また泣き出す者もいる中で。ティナは辺りを見回していた。
「‥‥変わってない」
「はい?」
「村、変わってない」
「あ、はい。ティナさんが以前帰られてから、まだ他の勇者様はいらっしゃっておりませんので‥‥」
 村長が言うと、ティナはこくんと頷いた。その姿に他の村人達も一緒にうんうん頷いている。彼らの中ではティナは心の癒し的存在だ。そんな彼女がまたやって来たのだから、喜びもひとしおである。
「そろそろ冬蒔きの種を蒔こうと思っておりまして。ですが初めて蒔く種ですので、宜しければお手伝いしていただけませんでしょうか?」
「分かった」
 そうして、お疲れでしょうからと村人達はティナを村長の家に招いてのんびり休憩させようとした。しかしティナは。
「疲れてない」
「ですが、以前よりも冷え込んでおりますし‥‥」
「ティナ、寒くない。疲れてない。平気」
 その言葉に、皆は表情を崩した。相変わらずの露出度の高さに愛らしい姿。そして健気に見える言葉。全てが彼らのツボであるらしい。
「では、早速ですが‥‥」
 そして村長達は、彼女を雪に埋もれた畑へと案内した。

○2日目
 ティナは果たして畑で作物を育てた事があるのだろうか。
 だが村人達に教わって簡単に蒔くと、後は村人達が行った。1回だけでも良いので一通り手順を踏んで勇者様が行えば、後はいつでも村人達が自由に行う事が出来るらしい。
 そうして大歓迎された翌日。
 ティナは袋に薬草を詰めていた。
「今回もお出かけですか?」
 本当はずっと村に居てほしいし見ていたい村人の1人が声をかける。
「お前たち、服たりない、言ってた」
「はい? あ、冬用の服ですか?」
 こくんと頷く。以前訪れた時に、防寒着が1枚しか無いと村人が嘆いていたのを憶えていたのである。
「町、行く。ティナ、芸できる。お金で買う」
「え?! 服をですか? そんな、勇者様にそんな事はさせられませんよ!」
 芸をしてお金を稼ぎ、村人達の為に買い物をする。何となく村人にもそれが分かったらしい。
「へいき。ティナ、がんばる」
 人間達に捕まって様々な芸を仕込まれ、見世物にされていた事は忘れられないし、それによって、そしてその後も人間達に様々な悪しき感情をぶつけられて来た事は、彼女の中で深い傷になっている。だが、そんな自分を歓迎し、喜び慕ってくれる村人達の姿に。彼女は自分の傷と立ち向かおうと思ったのかもしれない。彼らの為に何かをしてあげたくて。こうして村に戻って来たのは、人を信じて生きて行きたいからかもしれない。
「ティナさん。それで、その薬草は?」
 以前、山で彼女が取ってきた薬草と葉が入っている袋を村人は指した。
「聞く。何いいか分かる。けが使える」
「あ、あぁ、そうですね。ラングルには確か薬師さんがいらっしゃいましたし、きっと知ってると思いますよ!」
 ティナは頷いて袋を肩から斜め下に向かって伸ばし、背中に回してひとつに結んだ。そうしないと4足で走れないのだ。
 そして彼女は村人達に見送られ、ラングルの町に向かって出発した。

○3日目〜
 村から町まで大人の人間の徒歩速度では3日かかるが、ティナはその距離を2日で駆け抜けた。
 ラングルの町は辺境ながらに賑わっており、何か大きな祭りがあるらしくその準備で大忙しのようだ。この町は祭りばかりしている事で有名なので、町の外からやって来る人達も多い。
 ティナはとりあえず、それほど人の多くない狭い広場で芸を見せる事にした。人が多いと何をされるか分からないという警戒心もあって。だが、彼女が1人で行うには様々な問題があった。
 まず呼び込み役が居ない。そして、彼女の芸をサポートする者もいないのだ。そこで、1人でも出来そうな綱渡りをする事にして、準備を始めた。ロープを木の幹に巻き、もう片方を別の幹に巻く。そしてそれに飛び乗ってゆっくりとその上を進んだ。少々高さが低いので迫力はないが、慎重に進んでいく娘の姿に、忙しく走り回っている人々も目を留めた。
「何やってるんだい?」
 1人の町人が話しかける。
「芸」
 渡り終わった後、ティナは答えて持って来た袋の口を開けた。
「見たら金もらう。ティナ、芸した」
「芸人かい? でも一種類だけだろ?」
「ティナ、いろいろできる。火、くぐる。めかくし、ボールとる」
「えぇ?」
 怪訝そうな表情で一歩下がった町人だったが、後ろから他の町人がやってきた。
「サポート役がいないんだね。僕がやろうか」
 やんわりと話しかけ、ティナの頭に手を置こうとして避けられる。
「今、町は祭りの準備で忙しいからね。じっくり君の芸を見ている暇はみんな無いかもしれない。でも旅人達には祭り前の楽しみになるんじゃないかな」
 避けられても気にせず男は微笑んだ。
「で、何の芸をするの?」
「‥‥たくさん」
「分かった。じゃあ、準備しようか」
 何故男がそんなに協力的なのかティナには分からない。だが男は芸に使う物を探しに行こうと提案し、2人は火の輪に使う木や布や油、ボール、台などを借りたり拾ったり買ったりした。ティナは金を持っていなかったが、これも男が金を出す。そして道具を芸に使えるように工作し、とりあえず翌日から客を呼び込んで始めようと言う事になった。
「うちに泊まるかい?」
 そして男は食事を用意し、彼女にベッドを提供しようとしたが寝台は拒否された。代わりに馬小屋があるというので藁の中に潜り込む。乾いた藁の匂いに包まれて、ティナは眠りについた。

 翌日。
 男は少し広めの広場で準備を始めた。ティナは、いつもの格好に飾りをつけられた。手首や足首にも可愛い音が鳴る鈴を巻かれ、人間に捕らわれていたころの事を思い出したが黙っていた。
 男が連れて来た客は思うよりも多かったが、男が輪に火をつけて持つと、緊張よりも先に体が反射的に動く。
 歓声が上がった。ひらりと火の輪をくぐって降りたティナの足元からしゃらんと鈴の音が聞こえる。
「次はなんと、目隠しして投げたボールを取ってくる芸だ!」
 男が説明しながらボールを手に取った。ティナは両手を地面についたまま目隠しをされ、神経を研ぎ澄ませる。ボールが投げられた。素早くそちらへと走り、跳び上がって口で受け止める。
 今度は拍手も聞こえてきた。次に綱渡り。そして最後に、台の上でくるくる跳んだり回ったりしながら棒を投げて受け取る芸を披露した。
「いや〜、すごいね。あの火の輪くぐりがどきどきしたよ」
「目隠しした状態で投げたボールを取れることのほうが凄いわよ」
「なかなか面白かったよ。また明日もやるならうちの宿の客でも連れてこようか?」
 観客達は口々に感想を述べながら、ティナの袋にコインを入れて行く。
「あと3日、する」
「でも珍しいね。1人で旅芸人なんて。どこから来たんだい?」
「あっち」
 問われてバローン村の方角を指すが、町人達は首を傾げた。バローンに獣人の娘は居ないからだ。しかも、今は村との行き来も出来ない状態である。
 その後、ティナは男の補助を受けながら3日間芸を続けた。

○8日目
「これ、しってる‥‥?」
「あぁ、知ってるよ。森の守り神、喋る老木、樹人の葉だよね」
 金も充分に貯まり、ティナは薬草などの効果を聞くために薬師の元を訪れようとして‥‥男に見つかった。男はティナの持って来た袋にも金にも手をつけようとしなかったが、その袋に薬草が入っている事は分かっていたらしい。確かに知る者ならば匂いで分かるかもしれないが。
「へぇ、山に居たのか。森を追い出されて‥‥なるほど」
 ティナの説明を聞き、頷きながら男は薬草ではなく喋る木がくれた葉のほうを手に取った。
「これは、どんな病も怪我も一日で治すと言われる『神葉』だね。でもこれは小さい。追い出されてから体も縮んだのかな」
「しゃべる木、小さかった」
 彼女の故郷の山を守る者は、以前山で出会った喋る木よりも巨大だった。あの山に居た木は小さすぎた。
「ちょっと勿体無くて試してみる気にはなれないけど、多分『神葉』の効力は無いだろうね。それでも病や怪我を癒す効果はあると思う。それからそっちの薬草は‥‥」
 薬草の事は、ティナにも何となく分かっている。詳しくその効果を村人達に教えることが出来なかっただけで。
「作り方は簡単だ。皿に入れて、こう」
「村、おまえもいく」
「村?」
 問われてティナはバローン村の事をとても簡単に話した。
「なるほど。いいよ。じゃあ僕も行こうか」
 しかしあっさり男はそう答え、2人は稼いだ金で衣類の素材や食糧を買い込んだ。
 そして、ティナはラングル最後の夜をその日も馬小屋で過ごした。

○11日目
 その日の朝、勇者様と馬と1人の人間がやって来た事で、村中騒ぎになっていた。
「きょ、今日は11日目なのに戻ってこれたのですね!」
 村人達は何故か感動しているがその理由はティナには分からない。今までの勇者達は皆、11日以上この村に滞在する事は出来なかった。それが出来たのだから衝撃的だっただろう。
「これ、くすし」
 しかし感動する人々にティナは男を紹介した。男は、シュラギと名を名乗る。本職は薬師ではないらしい。
「ありがとうございます。これで我々も病気や怪我に悩まずに済みます。それに、こんなに革や糸や布を」
「小麦粉までありますよ! それにこの馬も!」
「その馬は僕の私物ですが」
「おぉ、これは失礼しました」
 買い込んだ物は全て男が連れて来た馬に乗せていた。祭り前ということで物価が高く、ティナの稼いだお金では山ほど買う事は出来なかったが、村人達は泣いて喜んでいる。最もそれは、ティナが帰って来てくれたという喜びも含んでいたが。
「勇者様。思い切ってこの村の村人になりませんか?!」
 そして遂に、1人の村人が意を決して話しかけた。
「ティナさんが居てくれれば、私達も希望がわいてくるというか、毎日楽しいというか」
「むり。ティナ、明日かえる」
「そうですよね‥‥」
 すっかり肩を落とした村人を他の者が慰める。ティナも一緒にその村人の背中を叩いた。
「たびびと、かえる。それがのろい」
「は?」
「むらびとなれない」
 それは彼女が人よりも自然に近い存在だからなのだろう。何となく彼女には分かるのだ。そうなってしまうのだろうという事が。
 彼女の言葉を不思議そうに聞いていた村人達は、ややしてから頷いた。

○12日目
 そして最後の日の朝がやってきた。
「ありがとうございました。来ていただいた事。それが何よりも嬉しい事でした」
 皆は笑顔でティナに感謝の気持ちを伝える。旅立つ者は笑顔で送る。それを彼らは昨日決めたらしい。ティナはこくりと頷いて、来た時と同じ足取りで村の外へと向かう。
「ティナさんの芸を見てみたいと思いましたが、そこまで望んだら罰が当たりますね」
 1人がそう言ったので、ティナはその場でくるりと1回転して見せた。村人達は一斉にどよめく。
「す、すごいですね!」
 それだけの事で皆が大盛り上がりしたので、ティナは少し驚いたように皆を見回した。
「すごくない。もっと、できる」
「あぁ、そんな勿体無い。今、いろいろ見せていただいたら、もしかしたら‥‥またいらっしゃるかも、という希望が薄れてしまいます」
 真剣な表情でそう言った村人に、ティナは首を傾げた。

 そうして、1人の勇者が村を去った。
 何かの予感を、そこに残して。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2447/ ティナ(ティナ)/女/16歳/無職

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■         ライター通信          ■
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 再びのご来村、ありがとうございました。
 今回はティナさんの中で傷になって残っているだろう芸の話でしたね。
 でも前向きに人を好きになっていこうとしているのかなと思いました。
 今回はどうもありがとうございました。
 また、ティナさんにお会い出来ることを祈って。