<バレンタイン・恋人達の物語2007>


+sweet day+


 甘い香りに囲まれて──

 大好きな人の傍に寄り添って──

 あなたはどんなバレンタインを過ごしますか?


+++ +++


 出掛けるという主─沢・蘭花─に付き従い、暁・影月は朝の町を歩く。
 今日は天気も良く、肌を擽る風も心地よい。
 普通なら自然鼻歌の一つも出てきそうな陽気だが、あいにく影月の固い相貌は無表情なままだった。

「ここで待ってて」
「はい、マスター」
 影月も良く知る知人宅まで後数メートルという距離で、影月は蘭花に待機を命じられた。
 命令に少しの疑念も持たぬまま、影月は歩き行く蘭花の背中を目で追う。
 この距離ならまだ許容範囲で、何かあってもすぐに蘭花の元へ駆けつけられる。
 しかし蘭花の傍に居るクール・シャルトルーズは信頼できる人物で、何があっても蘭花を優先的に護ってくれるであろうことは明確な事実だ。
 故に、影月は蘭花がクールから離れるまでただ見守るだけで良かった。



「お待たせ」
 戻ってきた蘭花はとても嬉しそうだ。
「さあ影月、帰ったらチョコレートケーキ作り開始よっ!」
「はい、マスター」
 材料その他は既に準備済み。
 影月の腕を取り、引きずるように蘭花は元来た道を進むのだった。


◇◇◆


 クールへのプレゼントのチョコレートケーキは、蘭花に代わって影月が作る。蘭花の命令は絶対だ。
 蘭花が影月に作るよう頼んだのは、フォンダン・ショコラ。
 柔らかいチョコレート生地の中から、とろりと蕩けるチョコレートが顔を出す逸品だ。
「それじゃあ、ラッピングまで頼んだわよ?」
「了解しました、マスター」
 早速フォンダン・ショコラ作りに取りかかる影月を尻目に、蘭花は思案を巡らせる。
 フォンダン・ショコラを作ってもらう代わりに、影月にも楽しいバレンタインを過ごしてもらうため、策を巡らす。
 その途中、思い出して蘭花は影月を振り返った。
「影月、レストランの予約も忘れちゃ駄目よ」
「はい」
 オーブンにカップを入れてセットし、影月は蘭花の言う通りレストランへディナーの予約をする。

 チンと出来上がりをオーブンが合図し、オーブンの扉を開くとチョコレートの香りがふわりと広がった。
 フォンダン・ショコラの完成である。
 
 程よく冷めたフォンダン・ショコラのカップに蓋をし、小さな籠に入れて透明フィルムで包む。
 銀とピンクのリボンンで結んで、ラッピングは完成した。
「マスター、仕上がりました」
「ありがと」
 綺麗にラッピングされたプレゼントを受け取り、蘭花は待ち合わせ場所までの地図を影月に渡す。
「はい、これ。師匠との待ち合わせ場所。時間は守るのよ? 花束も忘れちゃだめよ?」
「はい、マスター」
 いつもは二つに分けてお団子にしている蘭花だが、今日は黒く艶やかな髪を流れるままにしていた。
 どうしたのだろうと不思議に思っているかもしれないが、影月の顔も態度も変化はない。ただ二、三度瞬きをしただけだ。
「ちゃんと師匠のエスコートをするのよ」
 蘭花はクールの兄ネイプル・シャルトルーズを『師匠』と呼ぶ。
 なので影月は、本日ネイプルの相手役を務める役を仰せつかったのだと理解した。
「それじゃあ私は出かけるわね。あなたも約束の時間に遅れては駄目よ?」
「はい」
 クールとの待ち合わせ場所へ向かう蘭花を見送り、影月も用意された花束と地図を持って出かけた。
 蘭花が用意したのは白いバラの花束。
 その全てがまだ開ききらない柔らかな蕾である。


◇◇◆


 白いバラの花束を抱えて、影月はネイプルを待っていた。
 約束の時間になっても、その姿は見えない。
 多少遅れてしまうということもあるだろう。
 影月以外にも待ち合わせをしているらしい人影はちらほら見える。
 しかしその人影も待ち人とともに何処かへ歩き去って行く。
 ネイプルがやってくる様子は、全く無い。
「…………」
 待ち合わせ場所を間違えたのだろうか。影月は蘭花から渡された地図を取り出し、現在位置と照らし合わせる。
 目印となる建物も現在位置の待ち合わせ場所も、会っている。
 時間も今は少し過ぎてしまっているが、影月が着いたのは約束の時間の少し手前だった。

 ──それでは、何故。

 不安が徐々に募る。
 まさかネイプルに何かあったのだろうか。
 ここへ向かう途中で事故に遭ったのか。
 それとも何か事件に巻き込まれてしまったのだろうか。
 嫌な予感が次々と脳裏を過ぎり、影月は居ても立っても居られない。
 だが探しに行こうかとこの場を動くことを考えた端から、ただ遅れているだけならばすれ違いになってしまうと、冷静な思考が影月の行動を押し留める。
 二つの拮抗した思考により、影月は焦燥感に苛まれながらもその場から動けずにいた。
 一歩でも動いてしまうと、この先一生ネイプルに会えない気がする。






 ふらふらと待ち合わせ時間から大幅に遅れて登場したネイプルは、待ち合わせ場所に影月の姿を見つけて足を止めた。
 普段無口で表情の変化も乏しい彼だが、今日は何とはなしに焦っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「影月くん、お待たせー」
 名を口にしてにっこり笑い、手を振るネイプルを見つけ、影月は駆け寄る。
「……心配しました」
 表情は変わらず声も平坦なまま。
 しかし影月はネイプルを有無を言わさず抱き締めた。
 まるで大切なものを護るように強く、けれど苦しくない程度に軽くネイプルの背に手を回す。
 珍しいその行為にネイプルは驚くも、反射的にそのまま軽く抱き返した。
 それから向き合い、変化の無い影月の顔を悪戯っぽく笑いながら覗きこむ。
「心配したって、どう心配したのかしら?」
 問われ、影月は表情を変えることなく答えた。

「マスターの大切な方ですから」

 とびきり綺麗な笑顔を浮かべたまま、ネイプルは影月の足にヒールの先を思い切り振り落とした。



 笑顔だが何やら怒っているらしいネイプルをエスコートし、影月は予約していたレストランへ向かう。理由を聞いても「怒っていない」と言われてしまい、影月にはネイプルの胸の内が解らない。
 レストランはとっくに予約時間は過ぎていたにもかかわらず、席は確保しておいてくれたらしい。
 食事を必要としない影月だが、食べる真似は可能だ。
 ディナーコースを進めていくうちにネイプルの機嫌も良くなっていく。──始めから機嫌が悪かったということでもなかったらしいが、それはネイプルにしか解らない事実である。
 デザートを食べ終えた頃、影月は漸く持っていた花束をネイプルへ手渡した。
 もって来る時は蕾だった花束も、今では満開になっている。
 白くハート型の花弁が、可愛らしく咲いている花束だ。
「あたしに?」
「はい」
 マスターから命じられて、という余計な事は普段から無口なことが幸いして声になることはない。
 差し出された花束をネイプルは頬笑みを浮かべて受け取る。
「ありがとう」
 礼を口にして、ネイプルは影月くん、と呼びかける。
「はい」
 名を呼ばれ、影月はネイプルを見た。
 花束を抱えたまま影月に近付くネイプルの所作を、影月はただ見守る。
 影月の肩にそっと手を添え、ネイプルは影月の頬に軽く口付けを落とした。
「今日のお礼」
 ふわりと髪を靡かせて笑うネイプルを見つめる影月に、動揺の色はない。
 が、変わらぬその相貌の下でどのような感情が渦巻いているかは、影月本人にしか知りえないものである。
「いえ、……」
 だが何かを言いかけて止め、一瞬視線を下に落とす影月は戸惑っているらしいことが伝わりくる。
 普段見る事のない彼の戸惑いに、ネイプルはくすくすと笑う。
 その変化をもたらしたのが自分であるのが、嬉しかった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 3220 / 沢・蘭花 / 女性 / 12歳(実際年齢999歳)/ 傀儡師 】
【 3219 / 暁・影月 / 無性性 / 27歳(実際年齢4歳)/ ガーディアン 】
【 2468 / クール・シャルトルーズ / 男性 / 19歳(実際年齢175歳)/ 鏡面反射師 】
【 2475 / ネイプル・シャルトルーズ / 男性 / 23歳(実際年齢203歳)/ 大地の魔法師 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注ありがとうございました。初めまして、葵 藤瑠といいます。
普段は全く感情も表情も変わらない影月さんが、ネイプルさんに対してだけ僅かながらも変化を見せる様、楽しく書かせて頂きました♪(^^

発注枠の設定ミスでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。

最後に。
三連休のため、納品が遅れたことをお詫び申し上げます。
また何処かでご縁がありましたら、よろしくお願いします。