<バレンタイン・恋人達の物語2007>
+sweet day+
甘い香りに囲まれて──
大好きな人の傍に寄り添って──
あなたはどんなバレンタインを過ごしますか?
+++ +++
「──……今日?」
「そうっ。どうしても会いたいのっ」
朝突然訪問して来た沢・蘭花に詰め寄られ、クール・シャルトルーズは困惑気味に眉根を寄せた。
今日と言う日で良いのなら、今こうして会っている。
特に用も入っていない日なので、これから二人で出かけるのもいい。
このまま家に上がって貰うか、蘭花の家へ行って二人の時を過ごす事だって簡単だ。……ただし、家にはクールの兄であるネイプル・シャルトルーズが居るので二人っきりというわけにはいかないが。
何故わざわざ一度別れて待ち合わせなどしなくてはいけないのだろう。
「とーにーかーくっ。今日、クールと会いたいの。二人だけでっ」
「二人だけで?」
「そう」
普段は常にガーディアンである暁・影月が蘭花の側に寄り添っている。
時折蘭花は彼を取り残して一人で自由行動を取ることは、多々あるが。
その影月が、居ない時を故意に作り出そうという。
胸の前でぎゅっと拳を握り、頬を微かに紅潮させた蘭花はクールを上目遣いで窺っている。
ちらちら浮かぶ小さな不安の影が、金色の瞳の奥で見え隠れしている。
「……あぁ、いいぜ」
普段あまり見せない蘭花の所作にいじらしさを感じ、もう少し見て居たいと思うクールだったが、蘭花の頼みを快諾した。
始めから断る理由など無いのだ。
「ほんと? 嬉しいっ!」
ぱっと顔を輝かせ、蘭花は嬉しそうに笑った。
やはり彼女には笑顔が良く似合う。
それじゃあ、と待ち合わせ場所と時間を決め、蘭花は意気揚々と帰宅する。
「あら、蘭花ちゃん、帰ったの?」
蘭花が無事影月と合流したのを見届けたクールの背後から、ネイプル・シャルトルーズが顔を出した。
訪問者の出迎えに出たままいつまで経っても戻って来ない弟の様子を窺いに来たらしい。
が、一緒に居るはずの蘭花の姿が無いことに、きょとんと目を瞬かせている。
「あぁ、たった今」
今日の待ち合わせ時間と場所を決めていただけだ、とクールは素っ気無く返答する。
「ふうん、そう。──……今日?」
何か思い出したのか、ネイプルは楽しげに笑ったが、クールはただ首を傾げた。
◇◇◆
何故今日、わざわざ待ち合わせをするのか。
クールは出かける用意をしながらも未だ答えが見つからなかった。
同じように待ち合わせをしているはずのネイプルは現在、アフタヌーンティータイムだ。
「兄貴、今日は何かあるのか?」
「バレンタインデーよ。知らないの?」
恋人のイベントに疎い弟に、ネイプルはびっくりしたように目を丸くした。
そんなネイプルに、クールは素直に頷く。
「そのバレンタインデーってなんだ?」
蘭花はきっとクールにチョコを手渡すはずだ。そしてクールはそのチョコを受け取る。
だが、恐らくその意味を理解しないだろう。
「そうねえ……」
ネイプルは勿体ぶってにこりと笑って言った。
「花を贈る日よ」
「花を? そうか……」
蘭花は花を持っていなかった。
だからきっとその準備のために一旦帰ったのかもしれない。
ネイプルの悪戯っぽく笑う笑顔に気付かず、クールは素直に納得した。
ネイプルはついくすくすと笑うのに気付いたクールは、ネイプルを横目で睨んだ。
「待ち合わせ、遅れるぞ」
「まだ早いわよ」
湯気の立つティーカップを持ち上げ、優雅に香りを楽しむ。
「……クールこそ、蘭花ちゃんとデート?」
口中に広がる味に満足げに吐息を漏らした後、ネイプルはちらりとクールを伺う。
「別に……。会う約束をしたから、会いに行くだけだ」
「それがデートってものでしょう?」
気まずげに視線を逸らしたクールにネイプルはくすくす笑った。
「俺はもう行く」
「はいはい。いってらっしゃーい」
逃げるように出掛けるクールの背中に手を振り、ネイプルは楽しげに笑ってティーカップを傾けた。
蘭花との待ち合わせ場所へ向かう途中、クールは雑貨屋へ立ち寄った。
ネイプルの追求から逃れるように家を出てしまい、首に巻いた毛糸のマフラーは一周巻きの前流し結びをしただけだ。止め具として何か使えるものはあるか物色する。
「──……」
翡翠をあしらった花形ビーズのUピンが、クールの目に留まった。
手に取り、椿を模っていると知る。
クールはそれを止め具として使うため、購入を決めた。
「……そういえば花を贈るんだよな、確か」
そのために蘭花と待ち合わせしたのだ。
生花でなければいけないという決まりもないだろう。
クールは店内を見周り、ついさっき自分が購入したUピンのデザインと似た簪を見つけた。
翡翠で椿の花を模っているのも同じだ。ただ違うのは、簪の花が大振りの花弁だということだけ。
「これも包んでもらえるか? プレゼント用に」
◇◇◆
待ち合わせ場所の前にあるショーウィンドウの自分を眺めている蘭花を見つけた。
「待たせたか?」
何を見ているのだろうと、蘭花の背後に回る。
「っ!」
びくりと身体を震わせ、蘭花は慌てたように振り返った。
靡く黒髪に、つい手を伸ばしたくなる。
あぁ今日は髪を下ろしているのか。
いつもと違う蘭花に戸惑いつつ、クールは笑みを浮かべる蘭花に願い出る。
「ちょっと後ろ向いてもらってもいいか?」
急な申し出に戸惑いながら、先程と同じように蘭花はショーウィンドウと向き合った。
どうしたのうだろう、何をするのだろうとショーウィンドウ越しに、蘭花はクールを見つめている。
背後からがさがさと紙が擦れる音がして、それからクールの手が蘭花の髪を持ち上げた。
クールの手が蘭花の髪を梳く。
その感触にどぎまぎしながら、蘭花は困惑げにクールの様子を見つめる。
思った以上に柔らかく指通りの良い蘭花の髪に、クールは内心驚いていた。
そういえばこうして髪を梳く行為をするのは、初めてかもしれない。
やや緊張しながら、蘭花の髪を真ん中より高めに結い上げる。と、先程買って来たばかりの簪を挿した。
蘭花の黒髪に、翡翠の花飾りが良く似合う。
満足げにそれを眺めるクールだったが、蘭花はそれを複雑な面持ちでショーウィンドウ越しに眺めていた。
「どうした?」
蘭花の浮かない表情に気付いて、顔を覗きこむ。
「今日は花を贈る日だろう?」
「それはそうだけど……」
確かに間違ってはいない。
いないのだが。
(折角チョコレートケーキ、用意してきたのに……)
先を越されてしまったようで、蘭花は複雑だ。
だがもう仕方がないと吐息し、今度こそクールと向き合う。
「これ、私からクールに」
はい、と手渡されたものは、花束ではなかった。
クールは訝しげに受け取ったプレゼントを眺める。
セラフィンでラッピングされた籠の中には、チョコレートケーキらしきカップが二つ。
「フォンダン・ショコラっていうの」
「……花を贈る日だろう?」
どう見ても花ではなくチョコレートだ。
「今日は好きな人にプレゼントをあげる日よ。私からクールには、チョコレートケーキを」
だから二人とも間違いではない。
そうにこりと笑う蘭花に、クールも釣られて微笑んだ。
「ありがとう」
「私が先にあげたかったのに……」
上目遣いでクールを睨み、蘭花は頬を膨らませる。
だが髪に挿された簪をショーウィンドウ越しに確かめ、嬉しそうに笑った。
「綺麗な簪ね、ありがとう。──あ、お揃い?」
クールのマフラーの留め金と同じデザインの簪だと気付いた蘭花は、目を瞬かせる。
「そう。同じデザインだったから」
丁度良いと購入を決めた。
似合っているし喜んでくれたので、クールは満足する。
それから蘭花の耳を飾る耳飾が、去年自分があげたものだと気付いて目を細めた。
「付けてくれてるんだな」
手を伸ばして耳朶に触れ、微笑むクールに蘭花は顔を真っ赤にする。
「当たり前でしょう?」
クールから貰った大切な物を身に付けるのは、当然のことだ。
「ありがとう」
当然だとむくれる蘭花に、クールは目元を緩める。
簪も耳飾も、彼女に似合うと思って購入したものだ。蘭花の可愛らしさを惹き立てるための役割を充分に果たしているそれらに、頷く。
「これからどうする?」
「そうねぇ……」
これから影月とネイプルのようにレストランでのディナー、というのもなんとなく違う気がする。
「クールの家に行く、ていうのは?」
くつろげる場所でおしゃべりをするのもいい。
「そうだな」
蘭花の案にクールも承諾した。
手にしたフォンダン・ショコラは二つ。
二人で仲良く食べるのもいい。
「行くか」
クールの差し出された手を、蘭花は握る。
嬉しそうに笑う蘭花をエスコートするように、クールはゆっくりと歩き出た。
手の内の小さな手を、大切そうに握り締めて。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 3220 / 沢・蘭花 / 女性 / 12歳(実際年齢999歳)/ 傀儡師 】
【 3219 / 暁・影月 / 無性性 / 27歳(実際年齢4歳)/ ガーディアン 】
【 2468 / クール・シャルトルーズ / 男性 / 19歳(実際年齢175歳)/ 鏡面反射師 】
【 2475 / ネイプル・シャルトルーズ / 男性 / 23歳(実際年齢203歳)/ 大地の魔法師 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注ありがとうございました。初めまして、葵 藤瑠といいます。
バレンタインを知らないクールさんの、けれど蘭花さんへのプレゼントに簪を選択されたセンスの良さに脱帽しました♪(^^
発注枠の設定ミスでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
最後に。
三連休のため、納品が遅れましたことをお詫び申し上げますまた何処かでご縁がありましたら、よろしくお願いします。
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