<PCクエストノベル(5人)>
■水に灯す花〜アクアーネ村〜■
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【冒険者一覧:整理番号/名前/クラス】
【3010/清芳/異界職】
【1879/リラ・サファト/家事?】
【1882/倉梯・葵/元・軍人/化学者】
【1989/藤野 羽月/傀儡師】
【3009/馨/地術師】
【その他登場人物】
【NPC/船頭】
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ぎぃ、と櫂を扱って器用に水路を行く。
大きな水路、小さな水路、抜け道のような水路。
村というには規模の大きなアクアーネ村。そこに建つ家々を左右に見ながらそのゴンドラは、広場へ降りる石段近くへ寄せる。慣れた動きで杭を掴み縄を絡めると乗り手は昼前に一度下ろした客が戻るのを待つことにした。
乗客は五人。女二人に男が三人。
一日貸切のゴンドラで、さて昼から彼らをどこへ案内したものか。
** *** *
リラ:「わ、これ可愛いです清芳さん」
清芳:「大き過ぎなくはないか」
リラ:「そうですか?うーん……でも、確かにちょっと動きにくいかも」
清芳:「似合うだろうけど、邪魔になっては、な」
リラ:「……ですよね」
残念そうにリラ・サファトがその小さな飾り布を戻しかけたところで、ひょいと斜め上から腕が伸びてそれを取った。あ、と驚いたリラは相手が親しい相手だとすぐに気付いて笑う。倉梯葵は彼女に軽く頷いて
取り上げた飾り布を見た。
葵:「土産か」
リラ:「うん。折角だから待ってる仔達にって」
葵:「重そうだ」
清芳:「少しな」
あっさりした彼の感想に、清芳が頷く。リラも一緒に苦笑して葵から返されたそれを戻した。
リラ:「葵はもういいの?」
葵:「俺以外も、もういい――ほら」
清芳:「?」
熱心に小物を見ていて時間も過ぎたのか、いつの間にやらそれぞれが伴侶から同性で並んでしまっていた女性陣に目線を滑らせることで葵が示したもの。
葵:「旦那がお待ちだぞ」
清芳:「――だっ」
無論、気付けば別行動になっていたからそのまま見守っていた清芳とリラの良人方だ。
二人揃ってソーンには珍しい服装なので人目につく。であったからリラは素直に彼女の夫である藤野羽月のもとへと小走りに向かった。うっかり足がもつれた日には羽月が素早く支える、そんな想像も容易な程の睦まじさをしばしば見る葵は、無事(というような遠距離ではないのだが相応しくも思えるのは何故なのか)に羽月のところへ彼女が辿り着いたのを確かめてから意味ありげに隣の清芳を見た。
葵:「あんたは良いのか?」
清芳:「……何がだ」
葵:「待ってるじゃないか」
清芳:「待っ、いや、今行くとも」
葵:「じゃあ俺も」
頬をほんのり染めて清芳がリラに続く。
向かう先は少しずれて彼女の相手である馨。にこにこと、至極穏和に微笑んで清芳の戻るのを待つ彼を見ていると、清芳の歩幅が幾分大きい理由なんかにも気付いていそうだ。
清芳の後に馨。ずんずんと行く清芳の照れた様子に軽いからかいの成果を見て取って愉快げだということは、当人と清芳越しに立つ馨だけが気付いたと思われる。にっこりと、彼は微笑むだけだけれど。
馨:「では船頭さんも戻られたようですし、行きましょうか」
羽月:「ああ、あの人か……やはり大きな舟だな」
リラ:「前に乗ったゴンドラより、大変そう……」
船頭:「そこはそれ、これが生業ですからね」
清芳:「すまない、待たせただろう」
船頭:「いいえ。十分昼を食わせて頂いて、今戻ったところですよ」
馨:「良かった。お待たせしては申し訳ない」
近付いたリラの言葉を拾って立ち上がった船頭が、ゴンドラの端に乗り縄を取る。
代わりの支えに自分の足でぐいと踏ん張ったのを確かめてまず葵が殆ど揺らさず乗り移った。
手を伸ばしてリラへ、相手が掴んだのを確かめて移動を助けて次に羽月。すいと葵に劣らぬ身軽さで移った彼と目が合って葵は目線だけで伝えておく。久々だ譲れよ、という具合。
馨:「清芳さんもどうぞ」
清芳:「いや結構。気持ちだけでいいとも馨さん」
そんな小さな無音の遣り取りの間に今度は馨と清芳、であるのだが。
笑顔で馨が手を出してみたのを清芳はぷいと断ってみせた。アクアーネに来てからの、リラ達の動きをなぞるちょっとしたじゃれあい……というべきか、これで何度目であったか。一度目には瞬間声を詰めた清芳も繰り返しで慣れたものだ。
リラ:「わぁ、息ぴったりですね」
葵:「流石だなお二人さん」
清芳:「――っ」
ただまあ純粋に感心するリラと含んで感心する葵が並んでコメントしてくれたらちょっと、不意打ちと先程の些細な葵の言い回しもあって清芳は結局言葉を詰めた。ぐ、と平静を保とうとしながらゴンドラに移る。目尻がなんとなし恥ずかしそうな気配を残して移動した清芳。
最後に馨が、こちらは笑顔に代わりなく動揺もなく地上と同じような調子で動いて乗船完了。
リラ:「打てば響くって言うんでしょうか。ね、羽月さん」
羽月:「……そう、だな。リラさん」
心理的にはひやかしにはじらう清芳の側こそ理解し易かった羽月の、妻に対する緩い返答を合図にゴンドラは水路へと滑り出した。ぎぃこ、と強い音。
船頭:「さ、ご希望はございますか」
羽月:「丸一日遺跡、も勿体無いか」
馨:「つまらない訳ではないですが、そうですね」
リラ:「あ、お花」
厚手の布だ小さなクッションだと積まれたゴンドラの中をくるりと見たリラがぽつり。
幾つか聞いたり調べたりしていた観光場所を上げて話す一同は、揃ってくるんと彼女を見てその先を見た。おやと小さな誰かの声。希望場所がどうの、という話ではないのでリラはぱたぱたと手を振って笑う。話題には関係ないですという意味で。
リラ:「……えっと、このお花、が可愛くて」
葵:「しまいに落ちるぞ」
リラ:「大丈夫だよ、あ」
葵:「そら。羽月見張っとけ」
羽月:「ほら、リラさん」
舳先の装飾部分に午前中はなかった小さな花束がくるんと揺れて下がっている。
リラはそれを示し、船頭を伺ってから腕を伸ばしたところで葵に制止された。
実際、細腕で身体を支えて何かの運動かという程伸ばして取ろうとするのは見ていて危なっかしい。首根っこを掴まれる仔猫さながらだと清芳と馨に連想させる光景を三人は繰り広げ、短い間に少女のちょっとしたやんちゃは終了。
清芳:「打てば響く」
馨:「少し違う気もしますが、そうですね」
ぽつりと零したら馨が拾い上げた。
聞いていたのは船頭だけで、ゴンドラがたいして揺れもしないまま彼はゆったり櫂を扱い滑らせている。朗らかな船頭へと振り返り、馨はリラが見た花を示した。
くるりくるりと紐で下げられて装飾品の向こうへこちらへ動く花束。
馨:「朝は下げていらっしゃらなかったように思うのですが、お作りに?」
船頭:「近所の子ですよ。メシ食いに戻ったらくれまして」
観光地であるだけあってアクアーネ村は実際には『村』という規模ではない。
しかし地元の人間の総数からすればやはり村であるのか、その小さな関わりも船頭は大事にするようだ。にこにこと花を見ながら櫂を押す彼に清芳も笑みを誘われる。
そこで思い立ったように船頭が呼びかけた。
船頭:「よろしければ、ちょっと変わった花の咲く水路に回りましょうか」
清芳:「変わった花?」
船頭:「ええ。ま、そういうのはわりとそこらに転がってるんですが」
リラ:「でも、変わってるんですか?」
船頭:「と思いますがね」
ほんのりと興味を抱いたと知れるリラの顔を見、羽月と葵は互いを見てから残る二人へ同時に剥いて問う。よりも先に馨と清芳もにこりと優しげな眸で頷いた。
清芳:「折角の案内だ。頼もう」
船頭:「はい。じゃあちょっと細い方へ回りますよ」
言うなりぐいと櫂を押し、どうした力加減か五人を乗せたゴンドラは水路の他の舟の間をするすると滑り追い越していく。鼻歌さえ零しそうな船頭の慣れた腕に感心し、それから前方を見るとゆれる装飾。
清芳:「ええと、錘でもあるんだったか」
馨:「ああ、あの舳先ですね。そうですよ」
確かめるように呟いた清芳の声を拾って馨が頷く。
そもそも訪問当初、宿へもゴンドラで向かったのだがその際に彼自身が清芳に説明したことであるのだ。周囲を見れば同じ形の舟にはどれも何某かが進行方向の先端に飾られている。
馨:「船頭さんとの釣り合いを取る為にもそれなりの重量になっているそうです」
清芳:「だけど貼り付けるだけでもいいだろうに、丁寧なものなんだな」
馨:「この席といい大事に扱っていらっしゃるんですね」
感心した様子の二人の会話に船頭は誇らしそうににこりと目元を緩ませた。
水路に時折ある目印の一つでぎぃこと櫂を動かして曲がる。
船頭:「すぐ抜けますからね」
羽月:「……これは、技量を試されそうな水路だな」
入り込んだそこで思わずといった様子で言った羽月の声に、同感だとそれぞれに思ったのは一転して細く、エルザードの裏道の更に裏もかくやという印象の暗い水路だったからだ。
どうしたって不安にはなる薄暗さにリラがきゅと手を握る。その肩にすぐに葵がぽんと手を一度乗せて緊張を解き、表情を窺っていた羽月と微笑み交わした。
馨と清芳はといえば波打つ水が左右の建物の色を変えているのを暗い中で確かめたり、張られたロープに染めかけかと思わせる布が下がっているのを見たり、周囲の観察をあれこれと話しつつ――というよりは清芳があれこれとチェックしては馨が推測し近付いたところで正解か確かめる、というようなことを仲良く行っている。
まるで違う様子ながら似たような仲良し二組に葵は一人ゆったりとゴンドラの向かう先を見ていた。
じわじわと光は近く大きくなっているが時折そこに混ざる別の色は何だ。
疑問はすぐに解けた。
こん、と壁に櫂を一度打ってからゆるやかにゴンドラは幾分ひらけた水路に出たのである。
船頭:「あとはちょっと外れに回ればすぐですから」
揃って目を細めて陽光を受けているのに船頭だけは動じず櫂を扱う。
装飾が揺れて光に白むのから顔を背けて振り返った細い水路は、頭上に何かそう、藤棚だとかのようなものがあった。成程暗くもなるわけだ。
そして戻した視線の先できらきらと、大層な鮮やかさのそれは硝子細工。
生憎と今いる水路からは橋を潜らないといけないだろう場所である。というのに、宣伝も兼ねてか見晴らしの良い位置を利用しているらしいその店の細工が、幾つもの色硝子を陽光まで利用して見せ付けている。売り物としてではなく出来栄えを誇るような印象の、見せ付け方。
船頭:「戻りに通りましょうか」
葵:「ここからだと遠いか?」
船頭:「遠いというより、今橋を一つ直してるんですよ」
葵:「?……ああ、そこしか近くないんだな」
船頭:「です」
馨と並んで表情が大きく動かない、つまり傍目には興味の有無が解り辛い葵までもがその仰々しい見せびらかしの(しかし確かに出来は良い)硝子細工に意識を向けたからと提案した話。可能なら少し覗いてみようか程度には気が向いていた葵に申し訳なさそうに、しかし水路を変えて戻りには、と船頭が言う。
船頭:「作っている奴等の工房はもっと迂回しますし、どちらでも」
葵:「じゃあ工房に、戻りにでも頼む。そういうことで」
船頭の了承の声に合わせて葵は他の四人の頷きを確かめた。
別段却下されるとは思っていなかったが、やはり許可を取っておくのは別である。
リラ:「葵だったら硝子細工、作れちゃうかもね」
清芳:「さっきの土産物のような?」
リラ:「あ、そうですね。うん……そうかも」
羽月:「そういえばどのような土産物をリラさん達は見ていたんだ?」
馨:「盛り上がっているようでしたけど」
ああ気になっていたんだなと男二人を見てから葵は船頭を見た。
にこにことこの船頭も愛想が良く、散々に仲良く盛り上がる彼らを常に微笑ましいと見守るのは性格か。葵はといえば内の一人に至っては被保護者であった過去が父的な感慨をうっかり抱かせそうになる。
そんな風に考えながらであったからか、もう一度見た硝子細工の陽光展示もどきから色だ形だと良さそうなものを遠目にも選り分けつつある自分を葵はきちんと自覚していた。
** *** *
目をこらして見れば硝子なのか石なのか、小奇麗な小粒の球がいくつもいくつも敷物のように溜まっている。思わずと手を伸ばして水の冷たさに身体を揺らす。
船頭の話した花が咲くのはそんな場所。
船頭:「この底にある石っころの中に花が愛を誓った相手」
リラ:「閉じ込められてるんですか?」
船頭:「という話ですねえ。花は傍に行こうと身を伸ばす」
伸ばしても伸ばしても届かない。
でも花は諦めない。
咲くのを遅く、咲いたら長く。茎を長く根を深く。水際では根を張れないから強い土から身体を伸ばして蕾を水辺に底を覗いて。
節さえつけて話す船頭の言葉を聞きながら、リラはゴンドラが寄せる水路の脇に手を伸ばした。
落ちないようにと注意する夫と保護者の前で、水路に届かない、蔦と言ってもいい伸びようの茎を晒す房咲きに触れる。そろりと触れる。
清芳と馨も同様に見守っていたが、ふと清芳が問うた。
清芳:「本当に水の底を目指しているのだろうか」
馨:「ひどく水を求めているようではありますね」
清芳:「……届くかな」
馨:「いつか届くでしょう」
清芳:「そうか」
似たような会話をリラと羽月も小声でしているように感じつつ、さて、と馨は船頭を振り返った。
馨:「ときにここで横になるのは?」
船頭:「掛け布もお出しできますよ」
それは結構と断って、構わないならばと馨はさっそく姿勢を変える。
疲れたのかと気遣う清芳にごく僅かに笑みを動かしてから、変化に彼女が気付くより早くぱたりと――
清芳:「な……っ、か、馨さん」
馨:「疲れました」
清芳:「嘘をつけ!あれこれ見ていたくせに!」
馨:「ですから疲れました」
どけどきません、と押し問答の仲良しになりそうな二人である。
ぱたりと馨の頭はいまや清芳の膝の上にあった。良い具合に柔らかい、なんてことはまあ言わないがやはり快い愛しい人の膝枕。普段通りの穏やかな表情が更にゆるゆるとほぐれていくのを上から見下ろして、何事かもう少し言い募ろうと口を開いた清芳は結局取りやめて代わりにそろりと黒髪を撫でてやることに。
清芳:「仕方ないな」
馨:「ありがとうございます。では暫くお言葉に甘えますね」
清芳:「……しばら、く」
ぎし、と身体を軋ませる気分で清芳は周囲を見る。
無論大きくとも所詮は手漕ぎの舟であるからして他の三人も船頭も彼女と彼を視界に収める訳であるからして。
リラ:「……」
羽月:「……」
ちらちらと瞬間互いを見て、それぞれにぎこちなく笑ったもう一組。
羽月:「流石にもう一人が寝ると狭いだろう」
リラ:「そうですね……え、そうかな」
羽月:「いや狭い」
違いが出ているとふと思いつつ残る一人を清芳が見ると、まさに絶妙なタイミング。
意味ありげに葵は眉を上げて薄く、ごくごく薄く笑う。
それはとても素晴らしい表情のみでのひやかしであった。
しかしそういったことで誰かが照れたり誰かがひやかしたり誰かが平然と寝転がっていたり、そんな風にしていようともゴンドラはひとしきり花の咲く辺りを続けて回ってちょこちょこと物語を話す。
身を潜めて葉の色だけになった花。最後の瞬間だけ色付いてみせる。
花の中に花が咲く母の胎のような花。外が散ったら中が咲く。
水中に咲く美しい、凛と立つ花。これは船頭は場所を知らないという話。これについては羽月が考えるように目線を上げ、何か思い付いたようにリラが羽月を見たので二人には心当たりがあるのかもしれない。
ゆったり、ゆったり、櫂が水に潜る音。
ゴンドラが動いてまた知らない水路に入る。振り返った水路の向こうに水底が彩りの玉で溢れる場所もあって。
リラ:「……、……」
小さな声がほろりと皆の耳を、気付かぬ内にくすぐっていた。
話の合間に混ざっていた船頭の歌は止まり代わって控えめに響く繊細な声。
ようやく膝枕を手放した馨と手放された清芳、無言で水面を見ていた葵。彼らが見る先でリラが水面近くに落ちてきた(狙い済ましたようなタイミングだった)小さな花房を手に持って、幸せそうに笑っている。その唇から小さな歌声が軽やかに紡ぎ出されているのだ。
傍らで羽月が取り出して口元に寄せたのは笛。
ふいと息を吹き込んで、たとえば馨には懐かしさを抱かせる深く響く音がそこから溢れ出て、そうすればリラの歌声は促されて広がっていく。
誘われるように清芳が唇を小さく動かして水面を渡る歌を、それぞれが聴いて水上を渡って。
ぎぃこ、と櫂の音がして見かけた硝子細工の色が相変わらず自慢げに溢れているのがそれから見えた。
** *** *
宿の壁面に飾られている硝子細工の中に小さな光がある。
ごく小さな蝋燭を入れたそれをリラ達も貰ってめいめいが、それを窓から水面に映してみたり更に月を透かしてみたり、あるいは傍に置いて隣に居る人を見たり。
一人だけ、硝子細工の工房を覗きに行った葵はまだ戻らないがそろそろではなかろうか。
羽月:「水の中で咲く、花を」
リラ:「以前に羽月さんが見つけてきてくれたお花ですね」
羽月:「ああ。明日、また探してみるのはどうだろう」
リラ:「素敵です。あ、じゃあ五人揃って記念の絵も描いて貰いたいです」
羽月:「それも良いな」
見つかるかは解らないけれど、絵師もでは探そうかと記憶を浚う二人の会話。
リラの綻んだ表情に羽月も常より緩やかな面になる。
同様に、そしてまた異なる穏やかさと距離で清芳と馨も並んでいた。
先の二人程肩を寄せるではないが腕は近い、そんな位置でそれぞれが傍らに硝子細工の光を置いて。
清芳:「もう一度、土産物を見ようか……揃いの何か」
馨:「橋を渡って回ってみますか?ずっと歩くのも気持ち良さそうですよ」
清芳:「ゴンドラなんてここでしか乗れないのに惜しくはないかな」
馨:「どうでしょう。今回だけという訳でもありませんし、どちらも楽しいと思いますから」
清芳:「うん、楽しい。こういうのもいい」
皆で楽しく過ごせているという幸福を晒す表情。
顕著であったのはリラだけれど、自分達も誰もが楽しんでいる。
天候にも恵まれて今も空は宝石のような月。
葵:「……」
多少の予想はしていたが、と硝子細工の工房を二つ三つ覗いた挙句にやはり手を出してみた(リラがやっぱりと手を打ちそうだ)最後の旅仲間、葵は室内の仲良しさん二組を静かに見た。
無言で指を折って時間を考える。
ついでにと煙草を吸ってきた。その間にちらと見えた光はこの部屋だったと思う。人の気配はそうするとこの四人。二人一組で睦まじいのはどれだけの時間であるのやら。
まあ別にそれで迷惑蒙るわけでもなし、とあっさり結論付けて葵は手に持った袋を揺らしつつ踏み入った。
リラ:「おかえりなさい、葵」
葵:「ああ――ほら」
振り返ったリラにぽんとその紙袋を放り投げる。
彼女が開ける間に馨が宿の人間に夕食を運んでくれるようにと声をかけ、それを横目にジャケットを脱いだ葵の耳に歓声。今日だけで何回声を上げているのやらと唇が緩む。
リラ:「凄い!葵ほんとうに上手だね!」
清芳:「……職人になれるぞ」
羽月:「いや、やるとはなんとなく思ったが」
葵:「面白かったぞ」
めいめいが言うのにあっさり簡単に返した葵が紙袋に入れていたもの。
職人が潰した古い硝子で溶かして作ってみたごくごく簡単な、土産物屋で見たものに似たちょっとした飾りもの。ただし店にあったものより小さくデザインも簡素だ。
ただ素人がぽんと作ったにしては確かに見事な出来栄えである。
馨:「勧誘されませんでしたか」
葵:「どうだったかな」
最後に覗いた馨が訊ねるのも軽く流して葵はすとんと腰を下ろした。
あれを適当な布につければ良いのではないかと――きっとあれはそれぞれの家で留守番中の小さくて軽やかな毛玉達への土産なのだろうから。だからサイズはあれくらいで首にあっても邪魔にならない程度で、としかし細かい作業が好きなせいもあって予想以上に熱中した。手元の熱で真面目に加工して神経を磨り減らす勢いだった。
だがその甲斐はあったかとそろそろ土産物屋の細工と重ねつつあるリラを見ながら思う。
そんな葵の隣にまたすとんと腰を下ろしたのは羽月。
羽月:「まだ何か持っていそうだが、葵さん?」
葵:「もう土産はないぞ」
羽月:「見える土産ではなさそうだ」
淡々と話すのも短く、そこで羽月に唇だけの笑みで肯定を示せば愉快そうに羽月も笑う。
葵:「工房の職人が変わり者で」
羽月:「ほう」
葵:「その硝子細工みたいな――そう、そんな」
食事が来るからとまとめて寄せた小さな灯火の硝子。
それを指して言う。
葵:「集めて組み上げて全部に火を入れるらしい」
羽月:「……何か祭りのようだが」
葵:「今夜、日の変わる頃にそれをやって水に花を咲かせようという目論みだ」
羽月:「水に、花……ああ」
水面に映すのかと想像するのでおそらく当たりだろう。
さてそれを葵が黙っているのは別に食事してからで間に合うからというだけで、羽月があっさり葵のもう一つの土産(話)を察したから今話すだけで。
葵:「記念に良さそうだろ」
馨:「月夜の散歩も出来ますし、良いですね」
一つだけ火の入っていない硝子細工を葵に差し出しながら、馨も話に頷きをひとつ返した。
目で問う葵にはあなたの分ですと言って細工を渡しつつ。
羽月:「持って帰って良いらしい」
葵:「へぇ」
それで、水に花を灯そうという職人の目論見は見物に行くのか。
確かめようとして葵は必要ないかと硝子細工を他の分と一緒に置いた。
楽しそうだとすでに心を向けるリラと、そこまではっきりではなくとも興味を示した表情の清芳を見れば一同揃って見物は確定だ。これは間違いない。
その辺りで夕食が運ばれて来た。全ては食べてからである。
** *** *
夜の水路にぽつぽつと広がる色。
硝子細工の中に別の色硝子を入れたりして組み上げた花(になるだろうシルエット)は、今順調に火を灯しているところだ。
昼の賑わいが嘘のような通りで同じ工房の職人達と一緒に(硝子が勿体ないと言われながらも)組み上げた花束になるはずの硝子細工の連なり。
広がる光が色鮮やかに水路を満たす。それこそ花を散らすように。
わぁと柔らかい声におやとそこで顔を巡らせて見たのは――
水に灯した花にも勝る可愛い可愛いお嬢さん方と、どうもその良人らしい男達。
それから今日、工房で幾つも小さな細工をシンプルなものとはいえ器用に作っていた男。
彼らが本当に優しげな空気で、嬉しそうに、感心して、そんなものばかりを表情に乗せて水路と硝子細工とを繰り返し見ているのを、妙にくすぐったく見た夜。
明日また来たら地元住人のお勧めスポットを教えてやってもいいやな。
それはアクアーネという村での話。
一日を抜き取って、明日は明日でお楽しみを。
end.
水に灯す花〜アクアーネ村〜
仲良しさんは素敵です。にんまりしつつお届けを。
予定されていた行動は上手く入っておりますでしょうか。意識してはおりますが好き勝手してるなお前、という感じかもしれません。仲良しさんは非常に好きですから!
硝子を通しての色や光、水面に映るそれら、というものが映像として好みですのでタイトルがそんな感じとなりました。
ここで盛り上がる、という部分はないのでゆったりとお読み頂ければと思います。
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