<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


なかよし妖精

ソーンの都に伝わる「なかよし妖精」の噂。

なかよし妖精はある朝突然やってくる。
妖精は二人一組だが一人しか現れない、片割れは都に住む別の人のところにいる。
片割れの妖精を連れた人を見つけ、その人と昼寝をすると願いごとが叶う。
ただし二人とも同じ願いごとをして、願いごとを書いた紙を枕の下に挟まなければ効果がない。
なかよし妖精は放っておくと数日でいなくなるが、いなくなるときに幸運を一緒に連れて行ってしまうらしい。

 緑色の妖精が自分の肩に乗っていた。どうやら他の人には見えないらしい、多分、片割れを連れた「なかよし」同士しか見えないのだろう。
 妖精が現れてからもう二日、天使の広場を歩き回っていた。だが片割れを連れた人は見つからない。噂を頭から信じるわけではないが、このままでは願いごとが叶わないばかりか幸運まで逃げていってしまう。
「あ」
しかし辛抱した甲斐あって、ようやく妖精を連れた人が見つかった。それは・・・。

「エ・・・エヴァ・・・よりによってお前か」
ジュドー・リュヴァインの語尾は小さくなっていたのだけれど、エヴァーリーンにはしっかりと届いていた。銀の瞳を半目に据えて
「聞こえてるわよ」
すると一旦出たものはもう戻らないのに、ジュドーは慌てて自分の発言を飲み込むような仕草をする。それぞれの肩には、妖精がいる。
「なあ、お前が連れているのって・・・」
「噂のあれみたいね」
なかよし妖精、という言葉を使わないところがエヴァーリーンらしかった。彼女は、自分にふさわしくない言葉は決して使わない。それどころか、妖精はエヴァーリーンにとって見えないものであるかのように存在している。肩にいることさえ、申し訳なさそうに居心地悪そうなのであった。
「そりゃ居心地悪いよなあ」
これは本当に聞こえないように、ジュドーは心の中で呟いた。それなのにエヴァーリーンが聞こえたような顔をするものだから、背筋が凍る。
「まったく、下らないことになるとすぐあなたが絡んでくるのね」
「・・・・・・」
返す言葉がなかった。下らなくなんかない、と言いたかったが反撃が百も帰ってきそうだった。
「ジュドー。あなた、こういうのなんていうか知ってる?」
「・・・赤い糸?」
「馬鹿」
真面目に答えたのだが、罵倒が帰ってきた。
「腐れ縁、って言うのよ」
自分たちの関係に何度この言葉を使われただろうか、とジュドーはぼんやり思った。しょっちゅう繰り返される割に、なかなか覚えられない。

 噂では、なかよし妖精は自分の元を離れるとき幸運を連れて行ってしまうという。妖精はまだジュドーのそばにいた。それなのに既に幸運が逃げてしまった気がするのはなぜだろう。問いかけるような顔つきで妖精を横目に見るが、妖精は首を傾げてごまかすばかり。
「なに?」
一方のエヴァーリーンは曖昧という言葉に容赦はしない。なんでもありませんこっちのことデス、と話題を逸らそうとしても許してはくれないのだ。そのくせ、
「なあエヴァ、噂はどうやら本当らしいぞ。私と昼寝をしよう」
「嫌よ」
自分に関わることとなるときっぱり話の腰を折る。
「今から仕事なの。そんな暇ないわ」
でも幸運が逃げてしまうんだぞ、とジュドーが言ったらそんなことで逃げてしまうような幸運は運ではないとさらに切り捨てられる。実力第一のエヴァーリーンにとっては、運は二も三も次の話であった。
 一方のジュドーも仕事に関しては己の腕のみを信じているのだが、しかし、一方で運命というものも存在すると考えていた。言葉ではうまく説明できないが、今まで生きて経験したことの中に、自分の力だけではないなにかが手伝ってくれたために乗り越えられた艱難がいくつもあった。あれを運、と呼ぶのではないかと思う。
 運ばかりに頼ってはいけない、けれど、逃してもならない。そんな気がした。
「昼寝はするぞ、絶対」
「だから仕事があるって」
「私が手伝う」
「ただで?」
「ただで」
最後のほうはもう、弾みだった。言ってしまったあとでジュドー本人もしまった、という顔をしたくらいだ。しかしもう遅い。さっきも言ったように、一旦出たものはもう戻らないのだ。
「・・・やっぱり、幸運が逃げている気がする」

 エヴァーリーンの引き受けた仕事は都を出たすぐにある牧場で、馬を調練することであった。野生を捕らえてきたらしく、鞍もつけさせない手強さなのである。
「任せたわよ」
乗り伏せることならたやすいが力仕事は好きではなく、鞍をつけるのが面倒だろうと踏んできたのだ。ジュドーがいてちょうどよかった。適材適所というやつである。
 柵で囲われた、さほど広いとはいえない放牧場の中にジュドーは馬具だけ持たされ放り込まれた。自分を守るものや、馬を落ち着かせるものはなにもなかった。ニンジンくらいくれてもいいだろう、とエヴァーリーンへ視線を向けると、
「臆病ね」
返ってきた瞳がそう言っており、
「私は臆病などではない」
計算通り、ジュドーに火をつける。実際のところ馬は、暴れているというよりも慣れない環境で怯え走り回っているだけなのだが。
 身体能力には人並みはずれた天分を持ち、俊足でもあるジュドー。しかし当然のことながら、人間の足では馬の逃げる速さには敵わない。放牧場の中を縦横無尽に駆け回る馬、追いかけては振り切られるジュドー。安全な場所からエヴァーリーンは、ただ傍観するのみである。
「もうちょっと頭を使いなさい」
と、ジュドーに向かって呟くだけ。
 不器用な性格のジュドーだった。人に対しても馬に対しても、正々堂々の勝負しか挑めない。恐らく敵も味方もなしにエヴァーリーンと戦えば、計略に敗北することだろう。ただエヴァーリーンがジュドーと出会った頃のエヴァーリーンではなく、今こうして馬と競争するジュドーを眺めているエヴァーリーンであったとすれば、本当の意味で、心が屈するのはどちらか断言することはできない。
 エヴァーリーンは見ようとしない、心の隅でジュドーのことを認めている自分のことを。猪突猛進に馬の後を駆けずり回っているジュドーがいつかきっと、馬に追いつくと信じていることを、信じていない振りをしている。
 そしてジュドーはエヴァーリーンに対して挑戦的だから、彼女ができないと言い放つことほどやってのけようとし、事実やってのける。
「・・・ど・・・どうだ・・・・・・」
一時間か、二時間はかかっただろうか。どうにかジュドーは葦毛の馬に鞍を載せハミを噛ませることに成功し、覚束ない足取りでエヴァーリーンの前に馬を引いてきた。そしてエヴァーリーンが手綱を受け取ると、どうにかこうにか柵を乗り越え二、三歩進んだきり先へ行けず積んであった干し草の山へ顔から突っ込んでいった。
「本当に、馬鹿だわ」
一文の得にもならない体力の消費ほど、エヴァーリーンにとって無駄なことはない。そういう意味では、ジュドーは無駄の固まりである。まあ、逆に言えばエヴァーリーンがやろうともしないことをすべて引き受けてくれる存在であるだけに、ジュドーは貴重なのかもしれない。
 果たしてエヴァーリーンがジュドーと組んでいるのは己のメリットを計算してのことなのか、それとも別の理由があるのだろうか。
「・・・・・・」
報酬を払わない限り、いや払ったとしても、彼女自身は語らないだろう。

 それからジュドーは、馬がエヴァーリーンに従って彼女を乗せ放牧場を三周し戻ってくるまで眠り続けていた。一旦鞍をつけると驚くほど馬は大人しくなり、乗りこなすことはさほど難しくはなかったのだ。
「起きなさい」
厩舎へ馬をつないできて、牧場主から報酬をもらってきたエヴァーリーンはジュドーの頬を叩いた。しかしジュドーは、叩かれたところをまるで虫にでも刺されたかのようにひっかき、右を向いて寝ていたのが左へ寝返りを打った。
 屈託のない寝顔である。黄金色の髪に干し草がからまっている。鼻の頭にもついている。思わず指を伸ばしかけ、
「・・・・・・」
干し草をとってやろうかそれとも鼻の頭を弾いてやろうか二つの誘惑にかられ、結局、どちらも選ばなかった。
 代わりにエヴァーリーンは自分も干し草に寝転び、腰に下げていた荷物袋から筆記用具を取り出す。
「これも枕って言うのかしらね」
もういらなくなった依頼書の裏に走り書きでなにごとかを記し、干し草の中へ埋めた。そして、目を閉じる。
 エヴァーリーンの場合はただ目を閉じているだけのようなのに、眠っているのだった。寝息はほとんど立てない。目覚めるときも、寝ぼけている時間などがなく一瞬で頭が働き出す。ただ眠っているときは起きているときよりもさらに気配が希薄になり、ふと目を逸らすとそのまま消えているような、そんな不安を感じさせた。
 だが、今日はそこに存在することがはっきりとわかる。それは一緒に眠っている相手がいるからかもしれない。
「・・・・・・どうだ、エヴァ・・・」
寝言は、ジュドーだ。一体どんな夢を見ているのだろう。そしてエヴァーリーンも、なにを思い目を閉じているのだろう。
 二人の対照的な寝顔を見つめ微笑み、なかよし妖精は飛び立っていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1149/ ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳(実年齢19歳)/武士(もののふ)
2087/ エヴァーリーン/女性/19歳(実年齢19歳)/鏖(ジェノサイド)

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
何度かノベルを書かせていただいているのですが、
ジュドーさまの性格がどんどん子供っぽくなっている
気がしてなりません。
気づいたときには
「真っ直ぐな性格だから」
と修正しようと思うのですが、少し間の抜けた場面を
書いているのが楽しくてついそのままになっている
部分も多いです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。