<東京怪談ノベル(シングル)>
それはまるで嵐のように。
エルザード城正門。
そこにはいつも、まるでそびえ立つようにして、レーヴェ・ヴォルラスが立っている。
その様子はもはや日常の一部と化しており、レーヴェの顔がどれだけ怖かろうとも、誰もが気にしなくなる程度にはなっている。
「暇なら、わたくしと勝負よ!」
――そしてまた、そんなことを言いながら、彼に殴りかかっていく者がいることも、日常だった。
「試練か」
ふ、とレーヴェが笑む。子供も震え上がって逃げ出すような不敵な笑みだ。
そんなレーヴェに蹴りかかっていくのは、ひらひらとした、フリルやレースがたっぷりの黒い服を着た、栗毛の少女だ。ふんわりとした短いスカートから伸びた足は、ほっそりとしてはいるものの、実はしっかりと実用的に筋肉がついている。
「名はなんと言う?」
少女の蹴りを流しつつ、レーヴェが言った。
「天井麻里よ」
攻撃の手をゆるめず、少女が答える。
繰り出す蹴りはかなりの速さで、レーヴェが受け流すたびにパシ! といい音がする。
「アマイマリ、か……変わった名だ」
発音しづらそうに、レーヴェが言った。
自分の名前だというのに、なんだかまったく別のものみたいだ。
麻里はそんなことを思いながら、地を蹴って、一瞬身をひいた。
「おしゃべりをしている余裕があるなんて、随分と余裕ね!」
麻里は高く手を掲げ、レーヴェに向かって振り下ろした。
ざしゅっ、と音がし、レーヴェの髪がひとふさ、地に落ちる。
「風の力か」
「ふふっ、その通りよ! 覚悟なさいな!」
麻里は笑う。
笑いながらも、麻里はレーヴェに気づかれないようにひそやかに、彼の周りに風を集めていた。
その風を徐々に、密度を高め、圧縮させていく。
「むっ!?」
レーヴェが顔をしかめた。
それもそうだろう、気づけば動けなくなっているのだから。
麻里がレーヴェの周囲に集めた風は、台風と同じくらいの力で、レーヴェをいましめているはずだ。
それを突破できるはずもない。通常の人間の力では、ムリなはずだ。
「ほーっほっほっほ、わたくしの勝ちのようね!」
麻里は勝利を確信し、高らかに笑った。
だがレーヴェは余裕の表情のままだ。
それがなんとなく面白くなくて、麻里はむぅ、とくちびるを尖らせる。
「何か言ったらどうなの? それともわたくしに負けるのが、そんなに悔しいのかしら!?」
「くっ……」
レーヴェがうめく。
「ほほ、やはりあなたといえども、この風の力には勝てないようね!」
「くく……まだまだ甘いな!」
だが、うめき声と聞こえたものは、笑い声であったらしい。
レーヴェが獣のような声で吼えた。
麻里の放った、風の力が四散される。
力づくでそのまま、麻里のほうへと向かってくる。
「えっ……!?」
予想外のできごとに、防御が遅れた。
麻里は気づけば、地面に仰向けに倒れていた。
「なんですって……!」
空を見ながら、麻里はくちびるを噛む。
まさかこんなに、あっさりと逆転されてしまうとは!
「油断が敗因だったな」
レーヴェが麻里を見下ろしながら言う。
「ふん……っ、何よ、次は負けませんわよ!」
麻里はぴょこんと身を起こし、レーヴェに指を突きつけた。
背中や腰がじんじん痛い。けれどもそれを悟らせないように、あえて余裕の表情をつくった。
「いつでも待っているぞ」
レーヴェはどこか楽しげだ。
「だがそれにしても、なかなか強いな。騎士になる気はないか? なかなか見所がある」
「ヤよ」
麻里は即答した。
規律に縛られる騎士など、まっぴらごめんだ。
不自由なことは好きではないのだ。
麻里はすっくと立ち上がり、ひらりを身をひるがえした。
引き止める声はない。
今日も、エルザード城の正門は、いつもと同じように騒がしい。
|
|