<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
なかよし妖精
ソーンの都に伝わる「なかよし妖精」の噂。
なかよし妖精はある朝突然やってくる。
妖精は二人一組だが一人しか現れない、片割れは都に住む別の人のところにいる。
片割れの妖精を連れた人を見つけ、その人と昼寝をすると願いごとが叶う。
ただし二人とも同じ願いごとをして、願いごとを書いた紙を枕の下に挟まなければ効果がない。
なかよし妖精は放っておくと数日でいなくなるが、いなくなるときに幸運を一緒に連れて行ってしまうらしい。
緑色の妖精が自分の肩に乗っていた。どうやら他の人には見えないらしい、多分、片割れを連れた「なかよし」同士しか見えないのだろう。
妖精が現れてからもう二日、天使の広場を歩き回っていた。だが片割れを連れた人は見つからない。噂を頭から信じるわけではないが、このままでは願いごとが叶わないばかりか幸運まで逃げていってしまう。
「あ」
しかし辛抱した甲斐あって、ようやく妖精を連れた人が見つかった。それは・・・。
男の背丈は山のように高く、おまけに縦横を合わせるとファン・ゾーモンセンが十人集まっても足りないような気がした。レーヴェ・ヴォルラスの体は鍛え上げられており、そこにいるだけで一枚の壁のようである。
「うう」
まったく小柄なファンによく、レーヴェの頭の上にいるなかよし妖精が見つかったものだ。近づけば近づくほどレーヴェの顔は見上げなければならなくなり、さらに近寄ると今度は見えなくなってしまう。
「どうしよう・・・」
ファンはレーヴェが苦手だった。前に一度、通りの角を曲がったところで鉢合わせをし、驚いて泣いてしまったことがある。いかつい顔が怖いのである。とても、真正面から話しかけることなんてできなかった。
とりあえずファンは腰かけていたベンチから飛び降り、レーヴェの後を追うことにした。レーヴェは今から警護へつくらしく、エルザード城へ向かっている。歩いているのだが歩幅が非常に大きいため、ファンは走らなければついていくことができなかった。
広場から城はいつだって臨める。雨の日でも、かすむ風景の向こうに城の輪郭がぼんやりと浮かんでいるものだ。けれどもそこまで走っていくことが、これだけ大変だとは思わなかった。何度も止まってしまいたかったが
「諦めたら、幸せになれないんだ」
なぜかそんな決まりごとが頭に浮かんで、ファンは息を喘がせながらレーヴェを追いかけ続けた。実は、走って追いかけなくても、レーヴェの行き先は決まっているのだから見失うはずはないのだが。
エルザード城の城門はいつだって大きく開かれている。だが、その前にレーヴェが立っているときはなんとなく閉まっているような印象を与える。ファンの目にはレーヴェ自体が門のように映るのだ。
城のそばの茂みにしゃがみこんだファンは、何度も立ち上がりかけては膝を抱えるという動作を繰り返していた。勇気を出してレーヴェに近づいてみようとは試みるのだが、覚悟が決まらない。
「ねえ、どうしよう」
思わず肩の妖精に話しかけるが、妖精もわからないという風に首を振るばかり。初対面の相手にもレーヴェは威圧感を与える。ファンよりも小さい妖精なら、なおさらだろう。
「一緒に、お昼寝しないとだめなんだよね」
妖精が頷く。
「お昼寝じゃないと、だめなんだよね」
さらに頷く。
一つ、考えたのだ。夜になってレーヴェが眠ったら、そこへ枕を持っていって一緒に眠ればいいのではないかと。しかし幼いファンはレーヴェが眠る時間まで自分が起きていられる自信がなかった。それにレーヴェのことだから、家に侵入者があれば眠ったままでも大剣を抜き払い襲ってくるのではないか。それは、昼間出くわすよりもっと恐ろしかった。想像するだけで、ウサギのように体が震えた。
「お願いごとだって、一緒じゃなきゃいけないし・・・」
なかよし妖精の噂はちゃんと覚えている。自分のところへ来てくれたらすてきだろうなといつも思っていたからだ。今、実際に願いは叶ったのだけれど、どうして相手がレーヴェなのだろうか。
「レーヴェさんとボク、なかよしになる運命なのかなあ」
自分一人の勇気では動けないが、運命というよくわからない言葉を使うと背中を押してもらっている気になった。
しかしそれでも怖いものは怖く、どうすればいいのかファンは考え・・・。
「そうだ!」
いいものがあったのだと思い出し、斜めにかけていた鞄の中を探し始める。この間の依頼で少し遠くの村まで行った、そこに住んでいた魔女にもらったあれがあったはずだ。
「えっと、これじゃないし、これも違うし・・・」
あまり大きくない鞄なのだが、いろんなものが出てくる。都の中では知り合いに会うたびなにかしらお菓子をもらっては詰めこみ、外を歩けば目についたきれいな石や面白い形の木の実など、拾ったそばからやっぱり鞄の中。お菓子以外は取り出すことをちっともやらないものだから、探し物を始めると見つからないのである。
草むらの上に、たちまち店が広がる。入れたまま忘れていたようなおもちゃも出てくる、放り投げた木の実は抜け目のないリスが掠めていったけれど、ファンは自分の探し物で頭がいっぱいだった。
「絶対あるのに、あるんだから・・・」
多分、出てこなかったらファンは泣いてしまうだろう。
「あった!」
どうやらファンは泣かずに済んだ。
鞄の奥から出てきたのは細長い形の小瓶。口のところには、開けるなとばかりに厳重な封がいくつも重ねられている。だがファンは迷うことなく栓を抜いた。
「えい」
中から怪しげな匂いの、紫色をした煙が立ち昇る。煙は風に吹かれ、ちょうど風下のほうにいるレーヴェのほうへと流れていった。
「ん?」
不穏な気配には敏感なレーヴェである。紫色の煙にはすぐ気づいた、だが煙というものは手ごたえがない。携えていた剣を振り回してみても、散りはするがなくなりはしない。風に流されるがままレーヴェの体にまとわりつき、呼吸と一緒に口から鼻から体内へと侵入した。
「なんだ、これは・・・・・・」
煙を吸った途端、レーヴェの頭を猛烈な睡魔が支配する。今は警護の途中だ、眠ってはいけないと己に言い聞かせてみても、敵わない。膝を折り、強靭な精神力でなんとか数分は耐えたが、さらに時間が経つともうどうしようもなく瞼が落ち、レーヴェは崩れ落ちるように眠りへ落ちた。
「やったあ!」
レーヴェが門の前で倒れこんだのを確かめて、ファンが茂みから出てきた。どんな魔物でも眠らせるという強力な薬を、確か少々呪いが混じっているといっていた、ねだってもらってきたのが役にたった。
「でもこれ、どれくらい効果が続くんだっけ?」
聞いたような気もするけれど一週間か、一ヶ月か。とりあえずファンが昼寝をしている間一緒に眠ってくれることだけは間違いなかった。
「よし、レーヴェさんとお昼寝しようっと。枕、枕はっと・・・」
枕は、さすがに鞄には入っていなかった。仕方がないのでファンはレーヴェの手の平を枕にした。腹も、腕も、分厚すぎて寝心地がよくなかったのだ。
そして眠る前にファンは、願いごとをするのを忘れなかった。願いごとはレーヴェと同じものにしなければならないのだが、レーヴェが日頃なにを願っているかくらい知っていた。
「都の人たちが、お城の人たちがみんな幸せでありますように」
大きな紙に字を間違えないよう書いて、そしてこれを枕の下に挟まなければならない。今回の場合、枕というのはレーヴェのことだが。
「・・・無理だよう」
薪割りの斧も持てないファンの力では、レーヴェのどこも持ち上げることができない。体の隙間から押し込もうとしてみても、筋肉隆々のレーヴェの体はほとんど四角いのだった。
「仕方ないなあ」
こうするしかないと頷いて、ファンはレーヴェのおでこに願いごとを書いた紙をぺたりと貼った。紙はレーヴェのいかつい顔を半分覆い隠して、いくらか怖くなくなった。だが、遠目には顔へ布をかぶせられているようで、死体のように見えなくもない。
死体に、いや眠っているレーヴェに体を寄せてファンは猫のように丸くなる。今日は陽気がいいので、目を閉じるだけですぐ眠れそうだった。
「おやすみなさい、レーヴェさん」
それからなかよし妖精さんたちもおやすみなさい、と頭上の妖精たちに手を振る。果たしてこれで決まりを守っているのか、妖精たちは相談しているようだった。噂になっている決まりを守っていないのならば、妖精たちはファンとレーヴェの幸運を連れていかなければならない。
「おやすみ・・・」
しかし妖精たちは結局、仕方ないと笑ってそのまま飛び去ることにしたようである。なぜならレーヴェの手の平に頭を預け眠るファンの笑顔があまりに幸せそうだったからだ。これを奪い去るのは、忍びないではないか。
妖精たちがいなくなった後も、二人は眠りつづけた。さっき木の実をもらっていったリスが一匹、梢から降りてきてファンの鞄に近づいた。まだなにか、食べられるものが残っていないか匂いを嗅いでいる。ねだるように、一声鳴いた。
「ふふ」
リスの鳴き声が聞こえたのか、ファンの寝顔がほころんだ。不思議そうに首を傾げたリスだったが、なにか心通じるものがあったのか食べ物を諦めると折り曲げたファンの膝こぞうあたりで体を丸め、自分も眠ってしまった。ふかふかした尻尾のぬくもりに、ファンは夢の中で幸福を感じていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0673/ ファン・ゾーモンセン/男性/9歳(実年齢9歳)/ガキんちょ
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■ ライター通信 ■
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明神公平と申します。
一段と子悪魔ぶりが増したファンさまが書けて、
非常に楽しかったです。
子供ならではの無計画な暴挙、というのが今回のテーマです。
実際はもっと、ファンさまがレーヴェさまに対する恐怖と
戦いつつ健気に頑張る・・・という話になるはずだったのですが。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
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