<バレンタイン・恋人達の物語2007>
恐怖! 呪いのチョコレートおばけ
両手に幾つもの紙バッグを抱え、レナ・スォンプは機嫌が良かった。
バッグの中にはたくさんのアクセサリーと服とチョコレート。
今時自分チョコは当たり前。
もちろん本命チョコは別に用意するとして。
気前良くお金を使い切ってしまった結果がこれだ。
バレンタインデーというイベントの浮かれた雰囲気に半ば飲まれてしまったのだが、いつもの事、といえばそうかもしれない。
お洒落魔女は毎日楽しく暮らす事をモットーとしていた。
遊んでられなきゃ死んじゃう、とまで思っているふしがレナにはある。
ともすれば刹那的に見えるのだが、他人の幸福も自分のものと思える素直さで不思議と友人は多い。
と、レナはその歩みを雑踏の中止めた。
「……何アレ」
人ごみの中、褐色の巨大な熊が歩いて来る。
チョコレートが熊の形をしている、というのはレナにもわかった。
問題はその大きさが規格外だった事だ。
その高さは家の二階の窓辺りまである。
「モテモテで調子に乗ってる奴はいねが〜」
きょろきょろと辺りを見回すチョコレート・ベアは、どこか和ませる秋田弁でそう言いながら足音を響かせている。
何となくなまはげっぽい、といレナは思った。
秋田弁を使う相手がなまはげしか思いつかなかったのもあるが。
「乙女の純情を踏みにじってる奴はいねが〜」
幸いにも見物人の中に該当者は居なかったらしく、チョコレート・ベアは更に歩みを進めて行った。
「何アレ何アレ!?
あれだけ大きかったら、すっごくたくさんチョコ作れるじゃない!」
チョコ作り放題、売り放題……。
めくるめく甘さの桃源郷にレナの意識は飛んだ。
本命の彼に練習っていうのもアリだし、ほれ薬入りって触れ込みで売っちゃうのも良いわよね!
チョコもお金も入っちゃうなんて……!
「やっだ、あたしってばラッキー!」
ばしんばしんと傍に居た見知らぬ人間の背を強打し、レナはチョコレート・ベア捕獲計画に笑った。
「あ、追いかけなきゃ」
気付けば意外と速いスピードでチョコレート・ベアは遠ざかっていた。
こうしてレナはチョコレートに群がるアリの列最後尾に付いたのだった。
マラソンランナーたちが距離を走って行く程に、先頭グループとその他に振り分けられていく様子がここでも見られた。
群がるアリ宜しくチョコレート・ベアを追う者たちだったが、意外と早いその移動スピードに付いていけなくなったのだ。
現代人の脆弱さを思わぬ形で露呈した結果だ。
それでも三人の女性がぴたりとチョコレート・ベアをマークしていた。
いずれも妙齢の女性、という点が共通している。
おりしもバレンタインデー。
彼女たちのチョコレートとバレンタインにかける情熱は三者三様だが、それぞれひけを取らない熱さを持っていた。
その三人とはラン・ファー、レナ・スウォンプ、シュライン・エマ。
ラン・ファーは自分の持つビルの四階でチョコレート・ベアを見かけると、何とそこから飛び降りてクマの肩に張り付いた。
掟破りにも程がある。
すでに味見されたクマの肩の一部分がランの胃に収まっている。
「ねぇっ、そのチョコ美味しいー?」
途中まで走って追いかけていたレナ・スウォンプが箒に跨ってランに話しかけた。
お洒落魔女必携、空飛ぶ箒だ。
正直ズルイ手だと後続の人間は思った事だろう。
「うむ、美味いぞ!
甘美にして甘露、なにより食い切れぬ程あるのが良いわ!」
クマの後頭部をがつがつ扇子で削り取りながらランは答えた。
クマは大らかなのか、中身もチョコレートで出来ているせいで何も考えていないのか、自分の身が削られていても一向に歩みを止めない。
「ちょっと、あたしの分も残しておいてよーっ」
レナはすでに山分け思考が出来上がっている。
「私の分も忘れないでね!」
レナとランが振り返ると、クマに踏み潰されない斜め後ろを一定距離を保ちながら走るシュラインがいた。
「いいけど、このクマちっとも止まらないのよねっ。
ああもう、なるべくキレイなまま食べたいのに〜」
後々チョコの販売を計画しているレナにとって混入物は絶対に許せなかった。
ダメ、絶対。
食品の衛生基準が厳しい昨今なのだし。
「私は食えれば構わん」
その細い体のどこに? と疑問を持ちたくなる量がクマから削られランの口に運ばれていた。
シュラインはその様子を見上げ、クマよりもまずランを止めるべきかと迷った。
最大のライバルはすぐ近くに存在していたのだ。
「クマが止まったら山分けでどうー?」
ランの尽きぬ食欲に不安を覚えたレナも続けて言った。
「そうそう!
これだけのチョコだもの三人で分けても十分だと思うのよね!
それにホラ、食べすぎはお肌に出ちゃうじゃない」
クマの掘削作業を止めたランが、きょとんと二人を見て言った。
「……山分けとは何だ?」
一瞬シュラインとレナはその場に止まり、クマとランに置いて行かれた。
は、と気を取り直して二人は慌てて追いかける。
「山分けって言うのは、三人で均等に分ける事よ!」
シュラインが声を張り上げる。
「そうなのか」
この世界に生まれてから18年、遠慮といった物とは無縁に生きてきたランは他人と分け合うという概念を持ち合わせていなかったのだ。
今、新たな思考がランの中に芽生えた。
が、それに従うランでもなかった。
「お前たちは私の残りを食べるが良い」
再び食事に戻るラン。
「ど、どうしてこの流れで山分けにしないの!?」
がくりとクマを追うスピードを落としながらシュラインは落胆した。
「もー、ありえないこの人!」
くるくるとクマとランの周りをまわるレナも無視し、ランはもくもくとチョコレートを口に運んでいる。
いっそ作業なのかという程ストイックにチョコを削っては食い、食っては削っている。
箒にまたがったまま、レナはシュラインの傍までふわりと降りてきた。
「ね、お姉さん何か良い案無い?
このクマ動いてるからか、あたしの魔法利きにくいみたいなんだよね〜」
たたた、と走りながらシュラインも言葉を返す。
「うーん、そうね……説得してみましょうか」
すっと息を吸い込み、シュラインはクマに向かって叫んだ。
「クマさま〜!
クマさまは全部私たちが食べますから、迷わず成仏して下さい!」
この場合成仏っておかしかったかしら、とシュラインは自分でも思った。
まるっきりお化け扱いである。
「モテそうな人からそうでない人まで、訳隔てなく配って食べてもらいますから!」
クマの歩みが止まる。
「あっ、説得成功!?」
レナが弾んだ声を上げたのも束の間、今度はクマが泣き出した。
涙ももちろんチョコレート。
「……やっどオレも、人の口に入れるんだなー!!」
毎年用意されながらも人の口に運ばれなかったチョコレートの悲しみが、今溢れ出す。
しかし当然流れ出たチョコレートはもう元には戻らない訳で。
「あ、や、ちょっともう!
それ以上泣かないで!!
減っちゃう!
山分け以前にチョコが減っちゃうー!!」
レナも半泣きで叫んだ。
一方ランはチョコレートドリンクを飲む感覚でクマの涙を味わっていた。
「ちと塩味があるが、これはこれで良いな」
お汁粉における砂糖一つまみ効果だろうか。
あくまでマイペースを崩さない。
「もう泣かないでクマさん……」
そっとクマの正面に立ったシュラインが、慈愛の微笑を浮かべて言った。
「あなたを待ってるたくさんの人が居る事に気付いて、ね?
あなたはこれから、小さなチョコのクマになって新しい人生を送るの」
人生という言葉にも語弊があるが、もうこの際シュラインも気にしていない。
シュラインの手には、いつの間にか用意されたお持ち帰り用のタッパーがあった。
「……いただきます、クマさんv」
クマは最後に大きく震えると、動きを止めてただのチョコレートの塊へと戻った。
その震えが感動なのか恐怖なのか、レナには判断が付かなかったが。
「まあいっか、何とかあたしの分ももらえそうだし」
きっちり三分の一チョコを手にしながらレナは言った。
(終)
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6224 / ラン・ファー / 女性 / 18歳 / 斡旋業 】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 術士】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、こんにちは。
追軌真弓と申します。
今回はかなりすっとんだお笑いで、書いていて私も楽しかったです。
しかしかなりキャラクターをいじってしまったので、やや不安もあるのですが……!
こんなバレンタインデーも、ごくごくたまには良いのではないかと思います。
ご参加の皆様も楽しんで頂ければ嬉しいです。
今回はご参加ありがとうございました!
またどこかでお見かけの際は宜しくお願いします。
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