<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


チョコ祭り『チョコ入おべんと採点祭り』

●2月祭開始
 その日のラングルの町は、どこからこれだけやって来たのかと思うほどの人で溢れかえっていた。
 様々な種族、職業、事情のある者達が、あらゆる場所から祭りを楽しむ為、或いは商売をする為、もしくは興味本位で、集まって来ているのだ。その中に、一際大柄な体躯を持つ、銀髪の獣人の姿もあった。ディークである。
「おにーさんっ。うちの羊肉の串焼き、美味しいよ〜」
「ちょっとちょっと。この鶏肉のサンド! 蜂蜜で煮詰めた果物と、トマトたっぷり!」
「温かいパイはいかが〜。採れたて林檎も入ってるよ」
「挽きたての豆を煮込んだスープ! 熱いよ、美味しいよ!」
「こっちは生きのいい小魚だ! かぶにクレソン、塩のよく効いたスープだ!」
「あつあつのガレットにタルトはどうだい!」
「ミルク〜、搾り立てのミルクだよ〜」
 広場から4方向に伸びている通りの両脇は、びっしりと隙間なく屋台のテントや台で埋まっていた。道行く人々は、各地から集まった食材を使った料理や果物、飲物に舌を打ち、時には陽気に踊り始める。座って食べられるような椅子や机は無いから、食べ歩きも人とぶつからないよう注意が必要だ。うっかり他人の着飾った服にソースをつけようものなら、そこから喧嘩が始めるのは目に見えている。
 ディークも喧騒の中、片手にチーズと鶏肉、野菜を詰め込んだクレープ。もう片方に搾り立て林檎ジュースを持って歩いていた。これは別に、彼が自ら選んで買った物ではなく、商売上手な屋台の売り子に買わされたものである。とは言え、『評判のクレープ屋』と自ら言うだけあって、なかなかの美味だ。
「お、おべんと〜。おべんといりませんか〜っ」
 物売り達の声に混ざって、子供の声も飛んできた。見ると、木作りの箱の中に色とりどりの料理を入れた物を売っている。だが、如何せん・・・。
「箱が大きいな。立ち食いには向いていない」
 ディークは、その子供に声を掛けた。
「屋台の食事は、片手で食せる物にする事が基本だ」
「え・・・あ、はい。ししょ・・・店長と同じ事をおっしゃるんですね」
 少年は、小首を傾げながらディークを見上げる。そして左右に持っている食べ物に目をやり、慌てて台の裏から一枚の紙を出してきた。
「もしかして、お料理とか結構なさるほうです?」
「あぁ・・・それなりには」
「じゃあ、これ。今、東区で『どきどき。チョコ入りおべんと採点祭り』をしてるんです。チョコを入れたお弁当を作って貰って、それを皆さんにお披露目して・・・。味や見た目、心意気なんかを採点するんですよ。やっぱり女性の参加が多いみたいですから、是非貴方に参加していただければ、盛り上がると思うんです」
「チョコ入り弁当か・・・」
 少し考えるディークのサッシュベルトに紙を捻じ込み、少年は笑顔を向けた。
「この道を真っ直ぐ行った、東区の広場が会場です。僕はラ=ギィと言います。うちの店長のアザレが審査員もやってますので、宜しければご参加ください」
 言われてディークは歩き始める。他にも地区ごとに祭りをやっていると聞いてはいたが、とりあえず彼の興味を引いたのは、東区の祭りだった。

●チョコ入りおべんと作成開始
「はい、ディークさんですね。ではこちらにお名前とお年、ご職業と紹介者の有無をお書きください〜」
 明るい声の受付嬢に言われ、ディークはテーブルに置いてある台帳に書き始める。紹介者というのは、先ほどチラシをくれた少年の事らしい。チラシにはしっかり『おべんと屋 ラ=ギィ』と書かれていた。
「ではご説明いたします〜。おべんと祭りは、2月中、4回に分けて行われております。それぞれの回での優秀賞。そして4回終わった時点で全ての中から最優秀賞を決め、優秀賞の方にはそれぞれ賞金と、そのおべんとレシピに名前をつけて売る権利が授与されます。ラングル唯一のおべんと屋さんで売り出される際、優秀者さんの望むお名前をつけることが出来るのですよ」
「なるほど」
「最優秀賞のおべんとは、今年行われる幾つかの祭りの中で、東区として大売出し致します。その売り上げの一部は最優秀者さんに返還されますから、がんばってくださいね」
 待機用の椅子に案内されると、東区専用広場の中央に設置された幾つかのテーブルと、それに向かって熱心に何かを作っている参加者の姿が見えた。失敗して全身チョコまみれになっている人もおり、見物客の笑いを誘っている。
「観衆が多いな」
「多いですねぇ。緊張しません?」
「客が多い事には緊張しないが、調理姿を人前に晒した事はほとんど無いからな・・・」
 旅芸人であるディークにとって、観衆が多い事は喜ばしい事だ。だが、それは仕事である芸を見せる時だけで、調理と言う、自分の生活の一部を見せるのは・・・。
「まぁ、お互いがんばりましょう」
 隣の男が穏やかに笑い、立ち上がった。片眼鏡が印象的な細身の男だが、どうやら同じ参加者であるらしい。
「では次のグループさん〜。どうぞ、前へ〜」
 呼ばれて、ディークも腰を上げた。

 自前エプロンを装着し、指定された場所につくと、進行役の女性が近付いてきた。
「はい、こちらは随分大きな方です。お名前は?」
「ディークだ」
「ではディークさん。今回作ろうと思っているチョコ入りおべんとの名前と、種類を教えてください」
 観衆達の視線を感じながら、ディークは用意されているチョコを見やる。
「そうだな・・・。名前は『ちょっぴりほろ苦・チョコグラタン』はどうだろうか。種類はグラタンだ。案外、チョコレートは色んな食材と相性が良いからな。作り方もそう難しくない」
「なるほど! お手軽に作れるとあっては、主婦にも人気が出そうですね。では、作成前の心意気。食べさせたいお相手がいらっしゃいましたら、お願い致します!」
 問われて、ディークは僅かにその表情を緩めた。その脳裏に、愛する者の姿が広がる。
「そうだな・・・。俺には義理の娘がいるんだが、やはり彼女だろう。娘の笑顔を見ることが俺にとって何よりの幸いだから、な」
「うわぁ〜。素敵ですね! では、その娘さんの為にも、がんばってください!」
「あぁ。宜しく頼む」
 好奇に満ちた視線に多少緊張していたディークだったが、娘の笑顔を思い出し、その強張りも解けた。
「では、初めてください!」
 そして進行役の合図と共に、鍋を手に取った。

 ディークはまず、マカロニを茹で、その間に鍋にバターと薄力粉を入れ、弱火にかける。続いて牛乳を鍋に加えて、へらでとろみがつくまで混ぜた。その手早い動きに、観衆から「お〜」と声が漏れる。
 その後、火を止めたディークは、鍋に生クリームとビターチョコを入れた。その間に茹で上がったマカロニをざるにあげ、グラタン皿を用意。鍋の中身を入れ、上にチーズ、パン粉、粉チーズ、ホワイトチョコをぱらぱら振りかけた。そして。
「オーブンは・・・どこだ?」
「あ、かまど! かまどはどうですか?!」
「だいじょーぶです〜。すぐ使えます〜」
 広場の隅に用意された大型のかまどに、ディークは皿を盆に載せて運んだ。審査員は5名いる為、5皿作らなくてはならない。オーブンならば時間もかからないかもしれないが、生憎この町には無かった。
 それでも。
「よし。出来たな」
 元々ある程度の高温を保っておいたかまどから皿を取り出し、ディークは再びそれを自分のテーブルへと運んだ。
「はい、ディークさん、完成です〜」
 進行役が素早く寄って来て、チョコグラタンを見つめる。
「お〜・・・美味しそうですねぇ。では、作り終えた感想を一言お願いします!」
「そうだな・・・。比較的時間もかからず手早く作れる。忙しい朝にも向いているし、これに主食。これを主食として副食という組み合わせも良いと思う。冷めても熱くても食べられるグラタンだ」
「はい。ありがとうございました〜」

●審査
 その日、審査員達は様々なチョコ入り料理を食べさせられて辟易したようだ。
 何せ、チョコ料理である。とびきり美味しい物は僅かで、とびきり不味い物が列を作るほどだった。そんな中。
「ほぅ。グラタンとチョコですか。これはなかなか・・・いけますな」
「私はもっと苦いほうがいいと思いますが・・・これは意外と」
「でも、弁当ですかねぇ・・・?」
 ディークの作成した『ちょっぴりほろ苦・ちょこぐらたん』を試食しつつ、審査員達は顔を見合わせた。
「まぁこれは皿に合わせているから大きいですけどね。少しずつ入れる分には、悪くないと思いますよ」
「ほぅほぅ」
「後もう少し食べたい。と思う量にしておくのがベストです。私はこういうの、結構好きですよ」
 そう言いながら、審査員唯一の女性はもぐもぐとグラタンを食べ続けた。

 結果。
「今週の準優秀賞はディークさんです!」
 優秀賞は逃したものの、ディークは準優秀賞を貰った。手作りらしいペンダントに、『準優秀賞』と書かれ、裏面には、後から急いで彫ったらしく少々曲がった字で『ディーク』と書かれている。他にも賞金と余ったチョコを貰い、ディークは礼を言いつつ広場を立ち去った。
「おめでとうございます!」
 突然声をかけられたのは、やはり通りの途中。
「・・・あぁ、ありがとう」
 見ると、まだ売れ残っているおべんとを手にした少年だった。
「聞きましたよ、店長から。とってもお手軽だから、お前でも作れるだろうって言われてしまいました。うちのレシピに加えてもいいですか?」
「それは構わないが」
「ありがとうございます。じゃ、これ」
 少年は笑いながら、売れ残りのおべんとを差し出す。
「良かったら食べて下さい。僕の手作りだから、あまり美味しくないかもしれませんけど」
「いや、いただこう。味は重要だが、それよりも大切な物は真心だからな」
 何かを思い出して笑うディークに、少年も笑顔を向ける。

 そうして数日後。『おべんと屋さん』に新しいメニューが誕生した。
 そのメニューには、愛らしい女性名がつけられていたと言う。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
   3466/ディーク/男/38歳/異界職(旅芸人)

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ディーク様。今回は、祭りに参加していただき、ありがとうございました。また、遅くなりまして申し訳ございませんでした。

渋いけど料理の上手なディークさん。渋いけど旅芸人なディークさん。いろいろツボでございました。
きちんと書くことが出来たでしょうか。
また機会がございましたら、宜しくお願い致します。