<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


なかよし妖精

ソーンの都に伝わる「なかよし妖精」の噂。

なかよし妖精はある朝突然やってくる。
妖精は二人一組だが一人しか現れない、片割れは都に住む別の人のところにいる。
片割れの妖精を連れた人を見つけ、その人と昼寝をすると願いごとが叶う。
ただし二人とも同じ願いごとをして、願いごとを書いた紙を枕の下に挟まなければ効果がない。
なかよし妖精は放っておくと数日でいなくなるが、いなくなるときに幸運を一緒に連れて行ってしまうらしい。

 オレンジ色の妖精が自分の肩に乗っていた。どうやら他の人には見えないらしい、多分、片割れを連れた「なかよし」同士しか見えないのだろう。
 妖精が現れてからもう二日、天使の広場を歩き回っていた。だが片割れを連れた人は見つからない。噂を頭から信じるわけではないが、このままでは願いごとが叶わないばかりか幸運まで逃げていってしまう。
「あ」
しかし辛抱した甲斐あって、ようやく妖精を連れた人が見つかった。それは・・・。

 今日もレーヴェ・ヴォルラスはエルザード城の門を守っていた。がっしりとした、巌のような体格は変わらない。が、よく見れば肩の上にちょこんと妖精が座っている。妖精はただでさえ小さいのに、レーヴェと比べるとさらにも儚く、少しでも目を離してしまうとそのまま消えてしまいそうであった。
「よりにもよって、あの人とは・・・」
門の見える丘の上で左の肩に一羽の鷹を、そして右の肩にレーヴェとお揃いの妖精を乗せた青年が頭を抱えていた。青年はテイト・グァルヒメイ、ソーンの都を拠点にあちこちで用心棒を引き受けては食い扶持を稼ぐ日々を過ごしていた。
 今の生活にさほど不満があるわけではない。が、なかよし妖精が願いごとを叶えてくれるならば叶えてほしい。誰だって今より少しは幸せになりたいと、いつもそう考えているのではないだろうか。
それになかよし妖精がいなくなると、幸運まで逃げていくとも聞いたことがある。不幸にだって、なりたくはない。
「・・・けど、今だって充分運が逃げている気がする」
落ち込んでいるその背中からテイトを見ればわかるのだが、癖のある蜂蜜色の髪の毛が一本、つむじの辺りからぴんとはねていた。どうやら心底落ち込むと、そこの髪の毛がはねるらしい。鷹のラギは嘴で引っ張ってみたい衝動にでも駆られているのか、しきりに瞬きをしていた。
「・・・はあ」
ついつい、ため息だって出てしまう。しかしテイトはここで怖気づき後ずさりするような性格ではない。そんな性格なら、実家のベッドで引きこもっている。
「仕方ない、やるか」
折っていた膝を叩き、顔を上げて立ち上がる。落ち込むのをやめたからだろうか、はねていた髪の毛も元に戻った。興味を削がれたラギは首をねじって左の羽をつくろいにかかる。暖かくなると羽も生え変わりが激しい、特に今日はぽかぽかと暖かいので、付け根のところがむずむずとするようだった。
この気候をテイトは昼寝日和だと、前向きに捉えることにする。大丈夫だと自分に言い聞かせながら、レーヴェに歩み寄っていった。
「レーヴェさん」
名前を呼ぶと四角い顔がこっちを向く、一瞬テイトの肩へ視線が逸れたが、すぐに三白眼はテイトの顔へ据えられた。すさまじい眼光に多少気圧されつつも、テイトは
「すいません、俺と昼寝をしてください!」
真正面からぶつかっていった。

「断る」
しかしレーヴェは間髪を入れずテイトを拒否した。どうしてですか、と聞いても愚問とばかりにじろりと睨むだけだった。
「あ、あの、なかよし妖精の噂って聞いたことないですか?」
「知っている」
味も素っ気もない返事である。が、そういえばレーヴェはさっきテイトの肩の妖精を見ていた。自分の肩にいる妖精にもちゃんと気づいているのだろう。
「噂を知ってるなら、なおさらです!妖精がいなくなったら幸運も逃げていくんですよ?」
「こんな妖精に取りつかれたこと自体が不運だ」
にべもない言い草である。自分がなかよし妖精のために動くことなどあり得ない、と頑なに決めている風であった。ところがテイトは、レーヴェのそれを思い込みだと訴える。
「どんなことだってそうやって、レーヴェさんみたいに放っておいたら不運ですよ。俺は幸運を掴みたい。だから動く。幸運の種が妖精であろうとなかろうと、同じです」
たとえば、テイトは言葉を継いだ。
「都に魔物が攻めてくる、そんな噂があったらどうします。俺は動きますよ。噂が本当でも嘘でも。動かなくて、それで噂が本当だったときの悔しさったらないでしょう。そうでしょう?」
「・・・うむ」
これはさすがにレーヴェを納得させた。レーヴェという男は、都の話になると耳を取り換えたかとばかりに話を聞き漏らさない。エルザード城と、都とを、己の命を投げ打ってでも守るべき対象と捕らえているのだ。
「ね?レーヴェさん、都のために昼寝をしましょう」
「お前の言いたいことはわかった。しかしこの妖精と都が、どうつながるのだ?」
「あれ?」
説得に夢中になるあまり、途中で実際問題とたとえ話が混ざってしまっていた。なんとかつじつまが合うようにテイトは頭を捻る、隣でラギも反対の羽をつくろうために首を捻っている。
「そうです、都の人たちの幸せを願うために昼寝をしましょう!」
素晴らしく名案だとテイトの顔は輝いた。これならレーヴェも嫌とは言わないはず。
「さあ、昼寝をしてください」
今度はレーヴェは、即座に断ったりせず、しばらく考えた後に小さく顎を縦に動かしたのだった。正直不承不承、という風ではあったが。

 レーヴェが昼寝はするけれども城から離れるのは「断る」と、いつだって主張の前に相手の否定があるのだ、そう言うものだからテイトは門がよく見える丘の上はどうかと指さした。さっき、自分がつむじから髪の毛をぴんと立てて落ち込んでいた場所だ。
「日当たりもいいし草も柔らかだし、気持ちいいですよ」
「心地よさで昼寝をするのではない」
四角い岩のごとき愛想のなさ。門番というのはこれくらい頑固でなければできない仕事なのだろうか、レーヴェならば不審者に対するその、勘の鋭さだけでも充分なのに。
 半年ほど前、テイトはたまたま都の中でレーヴェとすれ違ったことがあった。そのときは自分のほうが城方面へ向かっていて、レーヴェは都の外を目指していたように思うのだが、突然レーヴェが身を翻し城へ走り出したのだ。あの巨体が全力疾走だから、大通りは地震かとばかりに揺れた。
「あのときは確か、子供が忍び込もうとしていたんだっけ」
罰ゲームだったらしいが、恐らくその子は自分に向かって迫ってくるレーヴェの形相を何度となく夢に見、一生忘れることはないだろう。許可のない者が門を通ることに関しては、レーヴェは下手な結界魔法よりも役に立つ。
 現にレーヴェは、昼寝のため草の上へ身を投げ出しても、なかなか寝つくことがなかった。城を守るということに関して神経が過敏になっていて、鳥の影が差すだけでも身を起こしかけるのだ。
「レーヴェさん、いい加減にしてくださいよ」
外套を枕にしたテイト、自分が眠りかけたところを起こされ目を擦っている。
「五分でもいいから眠ってください。というか、俺の昼寝も邪魔しないでください」
大体、そうやって気にしているときほど待っているものは来ないのだ。都の人たちは用がなければ城まで来ないし、城を襲う魔物がいたとしても都の外でまず騒ぎが起こるだろう。
「心配することなんてないんですよ」
「しかし、夜でなければ眠れん」
眠るな、と言われれば何日だって目を開けていられるレーヴェだった。しかし慣れていることの逆をやらされるのは、なかなか難しい。

「いい方法がありますよ、レーヴェさん」
テイトは眠れないとき、世間でよく言われているとおりに羊を数えるようにしているのだがレーヴェならばもっと早い方法があった。
「まず、頭の中に聖獣王のお姿を思い浮かべるんです」
「・・・・・・」
返事がない。ちらりと横目でレーヴェを盗み見ると両目を閉じているので、言われたとおりのことをしているらしい。
「そして聖獣王がこう仰っているって考えるんです。眠れ、眠れって」
王の声は年老いているせいかしわがれている、けれど不思議に耳さわりがよくどこまでも響いていく。王の声ならばどこにいたって聞き逃さないと信じるのはなにも、王に心酔するレーヴェだけではないはずだ。
 ただ本当のところ、テイトはまったくの本気でレーヴェにこの方法を薦めたわけではなかった。王に絶対の忠誠を誓い、王には決して逆らわないレーヴェを多少からかったとも言える。真面目にテイトの言うことを守ったものの、
「駄目だ、眠れん」
とさじを投げるレーヴェを期待していたのだ。
 ところが想像に反してレーヴェは本当に眠ってしまった。いびきこそかかないものの、分厚い胸が規則正しく上下している。嘘だろうとテイトは口だけ動かした。
「暗示って、すげえ」
笑いが出そうになるが笑ってしまうとレーヴェが起きる、テイトは身を折りたたみ唇を手の平で覆う。肩が震えるのだけは、抑えられない。
「すげえ、すげえ」
何度も繰り返しながら、自分も眠りにつくためテイトは目を閉じた。レーヴェを眠らせるため苦労した分、さっさと眠れそうな気がした。
 やがてテイトの寝息も聞こえはじめた頃、二人にくっついていたなかよし妖精たちは手を取り合ってどこかへと消えていった。見送ったのは、目をまん丸に見開いていたラギだけだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0358/ テイト・グァルヒメイ/男性/20歳(実年齢23歳)/戦士

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
初めての発注、ありがとうございました。
話の流れとしてはのんびりしたものになったのですが、
動物描写が好きなものでところどころにラギさまを
書くことができたのがとても楽しかったです。
落ち込むと髪の毛が立つ、という設定は自分自身
癖毛で髪がはねるのであるかなあ、と思いつつ
書いてみたのですが・・・。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。