<PCクエストノベル(1人)>


輝きの眠る処 〜森の番人ラグラーチェ〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1805 / スラッシュ / 探索士】

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Overture.


 森の番人ラグラーチェ。
 真白の翼と深紅の瞳を持つ梟。
 大人から子どもへ、時を越えて受け継がれてきた御伽噺。

 彼が護るのは小さな泉。
“世界でもっとも気高い”鉱物の眠る場所。
 けれどその姿を確かめた者はない。

 ──何故なら、彼は森の番人だから。

 彼を敵に回すのは、彼の住む森の全てが敵になるのと同じ。
 木々は道を塞ぐために互いに手を取り合い、鳥や花は惑わすために共に声を揃えて歌うだろう。
 彼の瞳は、侵入者を決して逃がさない。

 白い梟。泉の護り人。紅の瞳のラグラーチェ。

 その姿を見つけても、決して追いかけてはいけない。
 そこは迷いの森だから。

 ──そこは一度迷い込んだら、決して生きては帰れない森だから。


Chapter 1.


 世界という名の地図の上に、星のように散りばめられた数多の夢。
 人から人へ、時を繋いで託される願いや祈り──決して果てることのない、まだ見ぬ未来へと踏み出す為の道標。
 思いを心に、希望を胸に。
 ひとかけらの勇気を握り締め、人はいつだって夢を追う。追い続ける。


スラッシュ:「……ふむ、どうやらここに違いないようだな」

 広げた地図と方位磁石と、そして眼前の景色とを照らし合わせる。
 そこはまるで迷宮の入り口のようだった。その『入り口』の前に、スラッシュは一人、佇んでいた。
 曰く、“世界でもっとも気高い”鉱物の眠る泉があるという、森。
 曰く、その泉を護る白い梟が支配するという、聖なる場所。
 穏やかな空気の流れる場所だと、思う。森はただそこにあって、訪れる者を等しく迎え入れようとしているようにしか見えない。
 空も晴れているし、風も心地よい。差し込む木漏れ日のやわらかさも容易に想像がつく。これで弁当でも携えていたら、絶好の──
 しかし、それこそが既にラグラーチェの仕掛けた罠なのだという。

スラッシュ:「さて……どれほどのものだろうな」

 誰にともなく話しかけるように呟いて、スラッシュは一歩、踏み出した。

 ついには人が近づくことさえ恐れるようになったこの森に、足を踏み入れようと思った理由は至極明快だ。
 ラグラーチェが護るという泉と鉱物の存在を確かめ、更に叶うならばラグラーチェとの邂逅を。
 これまでにも多くの冒険者達が抱いたそれと、さほど変わりはない。
 泉と鉱物とそして白い梟にまつわる物語はどこまでが噂でどこからが真実なのか。あるいはすべてが真実なのか、それとも嘘なのか。
 胸の内に灯るのはごく純粋な探求心、あるいは好奇心とも呼べるもの。
 そして、もう一つ、今だ果たされぬ一つの約束。

 ──ここに、友が探した夢は眠っているだろうか。


Chapter 2.


 森に立ち入ってからどれほどの時間が流れただろう。
 歩いていく内に、生き物の気配が微塵も感じられないことにスラッシュは気づいた。
『罠』の群れにいつ遭遇するかとそればかりを考えていたのに、拍子抜けするほどの静かで穏やかな空気。言い換えれば、不気味なほどに静か過ぎる空気。
 こういった場所ならば小動物の足音や鳥の鳴き声が聞こえてもおかしくないのに、それすら全くない。
 獣達もまた、白い梟の存在を恐れていると言うのだろうか。
 ──それとも。

スラッシュ:「……っ!?」

 不意に周囲の風が鋭さを増し、ざわりと背中を撫で上げた。揺れる木々の梢が警告を発している。
 そうと告げられたわけではない。だが、そのように感じた。
 そして、道が途切れる。無数にも思える草木が絡み合い、『壁』となってスラッシュの行く手を塞いでいた。

 引き返すか、あるいは目の前の草木をどうにかするしか道はない。スラッシュは短剣を抜こうとして、すぐに思い留まる。
 彼ら──彼らと呼んでいいのかどうかもわからないが──彼らは、侵入者である己を退けようとしているだけではないだろうか。
 花や草、森に命が宿るならば──そんな考えは馬鹿げたものかもしれないと、思いながらもそんな気がして、スラッシュは立ち止まった。
 一瞬、辺りの空気が息を潜める。思わず、口が開いていた。

スラッシュ:「この森の守護者、ラグラーチェに……逢うことは出来るだろうか」

 答えなどあるはずはない。わかっていたが、それでもそう、声を発さずにはいられなかった。答えがあるような期待もどこかにあったからだ。
 辺りは静まり返っている。風の音すら聞こえなくなる。時間にして数秒、答えがあった。
 木々の梢が激しく揺れ、大きな白い翼が羽ばたいたのだ。

???:「──ホゥ、ホゥ、ワシを名指しで呼ぶとは、勇気のある小僧じゃのう」

 不意に耳に届く、老人のような、けれど厳かな声の主を、スラッシュは無意識の内に探していた。巡らせた視線の先、大樹の上で白い翼がばさりと広がる。

スラッシュ:「……貴方が、ラグラーチェか」

 白い梟は紅い瞳を光らせながら「ホゥ」と鳴いた。

ラグラーチェ:「いかにも。ワシの名を知るヌシは何者じゃ、小僧」
スラッシュ:「スラッシュ、と。……ラグラーチェ……貴方を、探していた」
ラグラーチェ:「ワシの姿を見た輩は皆、口を揃えてそう言うのじゃ。して、小僧、この老いぼれに何の用じゃ?」

スラッシュ:「じゃあ、これも皆、口をそろえて言うことかもしれない……ラグラーチェ、貴方が護るという、泉の鉱物が──“世界でもっとも気高い”鉱物がどのような物であるのかを、知りたいと思っている。……知ることは、出来るだろうか」
ラグラーチェ:「では問おう、スラッシュよ。ヌシは何故、ヌシが求めるそのことを知りたいと思うのじゃ」

 ラグラーチェの厳かな声に、スラッシュは迷うことなく己が胸の内に宿る言葉を口にした。

スラッシュ:「……己が探究心を満たすため。そして……友との約束のためだ」

 そして、白い梟の答えを待つ。遥かな樹上から、ラグラーチェが目を細めたように見えた。どこか、満足そうに笑っているようにも。

ラグラーチェ:「ふむ、小僧の癖になかなか言いよるわい……もし先程、ヌシがその剣を抜いておったなら、ツタの精がヌシの首を絞めるところじゃった。懸命な判断じゃったのう」

 言われて、スラッシュは足元を見──思わず、息を飲み込んだ。
 どこからか伸びてきていた青緑色の蔦が、踵までほんの数センチの所で白い綺麗な花を咲かせていた。


Chapter 3.


ラグラーチェ:「ホゥ、ここじゃよ」

 ラグラーチェの案内に従って辿りついた森の一角。確かにそこには、溢れんばかりの木漏れ日を浴びてきらきらと輝く、小さな泉があった。
 水は透き通っていたが、目を凝らしても鉱物のような物はどこにも見えない。
 ここが件の泉なのだろうか。スラッシュは敢えてそれを問おうとはせずに、ラグラーチェの背中を見つめた。
 ラグラーチェはここがそうだとは言わない。ここがそうではないとも言わない。いずれにしても、スラッシュの問いかけは声になっていないからだ。

ラグラーチェ:「……“世界でもっとも気高い”鉱物とは、人の子も良く言いよる……さて、どこから話そうかのう」

 やがてゆっくりと、ラグラーチェは語り出す。彼の紡ぐ言葉はどこか、遠く懐かしい何かを思い出しているかのようだった。





 ──それは月と星の巡りを幾度となく巻き戻した先にある、遠い昔の物語。

 かつてこの森には、とある森の民の一族が住んでいた。
 ラグラーチェは、森と空と大地を愛する彼らの守り神のような存在だった。
 彼は森を愛する彼らを愛し、彼らもまた、守り神である彼を愛した。

 その事件が起こったのは、本当にささやかなとある日のこと。
 許婚との婚礼の儀を間近に控えていた一族の末姫が、婚礼用の衣装の飾りに使う紐をこの泉で洗っていた所、泉の底に光る何かを見つけた。
 不思議に思った末姫はその光る何かへと手を伸ばし、誤って泉に落ちて死んでしまった。
 その亡骸は浮かび上がることはなく、まるで光に吸い込まれるかのように消えていき──

 そして、末姫のことを可愛そうに思った神様の手により、彼女の身体はきらきらと輝く石になったのだという。

 その石は今でも泉の底にある。
 何故“世界でもっとも気高い”鉱物と呼ばれるようになったのか、理由は定かではない。
 ただ、誇り高く美しい姫君の魂と亡骸が転じた石であるからではないかと、ラグラーチェはそう考えているらしい。





 ラグラーチェは小さく息を吐き出し、物語の幕を下ろした。
 では、この泉の底には、今でもその末姫が眠っているというのだろうか。スラッシュの疑問を察したのか、ラグラーチェが口を開く。

ラグラーチェ:「……ホゥ、何せ昔のことじゃからのう、ワシにもようわからんのじゃ。のう、スラッシュよ。ヌシは──ヌシの言う“世界でもっとも気高い”鉱物が、本当にこの世界に存在していると思うかな?」

 スラッシュは泉をじっと見つめた。何かが輝いたようにも見えるが、それが石であるかどうかはわからない。
 ただ、ラグラーチェの問いに対する答えのようなものは、漠然とではあるけれども、浮かび上がってきたような気がした。

スラッシュ:「……正直、良くわからない。ただ……存在していると思う者が一人でもいれば、俺は……『在る』のだと、思う」

ラグラーチェ:「ホゥ、ワシもそう思うのじゃ。ヌシとは気が合うかもしれんのう」

 ラグラーチェは立派な髭を蓄えた老人のように、笑った。


Finale.


 結局鉱物そのものを手に入れることこそ叶わなかったものの、スラッシュは今回の探索を失敗だとは思わなかった。

 次に足を踏み入れた時には、どのような話をしてくれるのだろう。そんなことまで考えながら、帰途に着く。
 もっとも、次もまた気紛れを起こしてくれるかどうかまでは、わからないけれど。

 子ども達が歌っていた歌を、何とはなしに思い出し、唇に乗せる。
 それはとても穏やかなメロディーだった。


 ──白い梟。泉の護り人。紅の瞳のラグラーチェ。

 本当のことを言わないが、嘘もつかないラグラーチェ。
 白い梟は泉の辺で、今日も歌い続けるだろう。
 遠い昔に眠ってしまった、気高く美しい姫君のために。