<東京怪談ノベル(シングル)>


くもり、のち、晴れ


「はぁ……」
 溜息をついて、机に突っ伏して、そしてまた溜息が……。
一体何回これを繰り返しただろう?今日はまだ半日も経ってないのに……。
 溜息をつき続ける金髪の少女、リースの隣では蝶羽の生えた小さな親友が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
 自分の横で親友が小さく鳴いたのを聞いたリースは、顔をあげると苦笑をうかべた。
「ごめんね…心配かけさせちゃって…」
 頭を撫で撫でしてくれる手に、小さな親友はすりすりと自分の頭をこすりつけると、また一声小さく鳴いた。
 リースは小さな親友が何を言いたいか察すると、小さく笑った。
「いつまでもこんな調子じゃ駄目だよね」

 リースが溜息をつき始めたのは昨日、ある事実を知ってからのこと……。
 いつものように小さな親友と一緒に夕飯の買出しに行き、通りを歩いていたときのことだ。おしゃべりな小動物を連れた黒髪の、幼馴染の青年をみつけ、いつものように声をかけようとしたそのとき。隣に誰かがいるのが見えた。そのときは知り合いかな?程度にしか思わなかったのだが……次の瞬間、それは覆った。
青年の隣にいた人が青年の腕へと腕をまわし、楽しそうに歩いていく姿が、リースの目に映ったからである。
その光景を信じることが出来なくて、リースは結局声をかけられず……。青年は隣人の行動を特に気にする様子も無く、引かれるままに雑踏に消えていった。

 好きな人が幸せになってくれるのはすっごく嬉しいはずなのに……それを素直に受け入れられない自分がここにいて。頭がグルグルしちゃうっていうか、心に穴が開いてスースーするような……もやもやした気分になって……これってなんだか……。

 そこまで考えてはっと我に返ったリースは、ぶぶぶんっと頭を振ると、それを吹っ切るようによしっと立ち上がった。
「決めた!おでかけしよう!!家の中にいるから悪いんだよね!外へ出て、美味しいものいっぱい食べよう!」
 ね?とちょっとだけ微笑んでくれた親友を見て、嬉しそうに蝶の羽をはばたかせた小さな親友は、早速、とばかりにちょこんとリースの肩に乗ると、準備万端!と言いたげに元気に一声鳴いた。
「張り切ってるね!じゃあわたしも早速準備しなくちゃ!」
 リースは嬉しそうにしている小さな親友を肩に乗せたまま、手近にあった鞄にお財布やハンカチなどささっと必要なものを詰めると、善は急げ!とばかりに家を飛び出した。

「わぁ……良い天気!おでかけ日和だね!」
 家を出たリースたちはエルザードの街を歩きながら空を眺めた。綿菓子みたいな白い雲と晴れ渡った真っ青な空の組み合わせは、見ているとなぜか元気が出てくるから不思議である。
 空と雲に元気をもらったリースは、不意に立ち止まると、ぐるっと辺りを見回した。
「あっちからもこっちからも良い匂いがするね。何か食べよっか?」
 日が真上ぐらいに見える時間帯のせいだろう。通りは人の賑やかさと共に、焼きたてパンの匂いや野菜と肉を煮込んでいるスープの匂いがしたり、包丁がまな板を叩く音や何かをリズム良く炒めている音が聞こえてきたりしている。
「どれも美味しそうで迷っちゃうね?」
 通りには露店も多く並び、そこでも美味しそうな食べ物を売っているため、一歩進んでいく毎に一つ、また一つと選択肢が増えていく。
「お嬢さん、お一つどうだい?焼きたてだよ!」
 あれもこれも美味しそうだなぁ……と歩いているうちに、すぐ右手の屋台から元気なおじさんの声が聞こえてきた。
 焼きたて、という言葉に惹かれ、リースは思わずそのおじさんの露店へと足を止めた。
「何が焼きたてなの?」
「いらっしゃい!焼きたてなのはこれさ」
「? パンかな?」
 その露店には円形の、真中に穴の空いた白いパンのようなものが鉄板の上に並んでいた。そして、その隣に置かれたフライパンではベーコンがジュージューと良い音を立ててこんがり焼けていた。
「あぁ!そうだよ。これはベーグルと言ってね。生地を茹でてから焼くパンなんだ。半分に切って、野菜を挟んだり肉を挟んだり、何を挟んでも美味い!もっちりとした食感がクセになるパンだよ」
 おじさんの説明を聞いて、リースは肩に乗った親友としばし顔を見合わせると……にこっと笑顔をうかべた。
「じゃあそれ一つ!」
「おう!毎度あり〜!」
 客の元気な返答におじさんは笑顔をうかべると、いろいろ書かれたボードを取り出し、リースに渡した。
「じゃあこの中から具の組み合わせを選んでくれ」
「うん!えーと……」
 リースは渡されたボードの中からどれも美味しそう……と迷いに迷った挙句、香草焼きチキンとグリーンリーフの組み合わせをオーダーした。
 オーダーしてから暇になってしまったリースは、小さな親友と共に、楽しそうに調理するおじさんを見ながら話しかけた。
「いつもここでお店をやってるの?」
「あぁ、大体はこの辺でやってるよ。時々娘と場所を交代するが、この辺りは食べ物目当てで来るお客さんが多いからね。この辺でやった方が売上が良いんだ」
「へぇ……」
 そんなことを話している間にベーグルサンドが出来たようだ。熱いうちに食べな、と渡してくれたおじさんに、リースは代金と引き換えでベーグルサンドを受け取ると、いただきます!と言ってから一口食べてみる。果たして、その味は……。
「あ、美味しい!もちもちした食感のベーグルと香草チキンの組み合わせがすごくあってる!」
「はっはっは!だろ?俺の自慢の一品だからな。喜んでもらえて何よりだよ」
 楽しそうにベーグルサンドを食べるリースを見て、おじさんはとても満足したようである。口ひげを撫でながらうんうんとしきりに頷いている。
 肩に乗ってる小さな親友に時々ベーグルを千切ってあげながら、リースはおじさんに問いかけた。
「そういえばおじさんの娘って何のお店をやってるの?」
「ん?何のお店かって?そうだな……俺の娘はこういうのが得意で、と言えばわかるかな」
「?」
 きょとんとしているリースに、おじさんは近場にあったタオルで手を拭いてから、近くにあった袋をガサゴソやると、ひょいっとあるものを取り出した。それは……何色かの色の糸を編み上げて作られた一本のリボンであった。
「あ、綺麗!それにこの色の組み合わせ可愛い!」
「はっはっは!そうだろ?娘は手先が器用でな。これは持ち帰り用の袋を結ぶために作ってもらってるやつなんだ」
「えぇ!?これ、売り物じゃないの?」
「ははは!よく言われるが違うよ」
 おじさんは笑いながらそのリボンを数本出すと、目をぱちくりさせているリースにポンと手渡した。
「良かったら持っていきな。何かしら使い道があるだろうから」
「え、いいの?ありがとう!!」
 ベーグルを持っていない方の手でそれを受け取ると、リースは元気いっぱいの笑顔をでお礼を述べた。
「どういたしまして。その代わりと言ったら難だが、良かったら娘の店も覗いてやってくれないか?今日はどこに店を出してるのかわからんが……」
「うんっ!わかったよ!」
 おじさんに向かってそう答えたリースは、再度礼を述べると、おじさんに向かって手を振り、ベーグルを齧りながら歩きだした。
「ねぇねぇ、このリボン何に使おうか?」
 ベーグルを千切ってあげながら、リースは肩の小さな親友に問い掛けてみた。綺麗なリボンなので、小さな親友の首にチョーカーとして結んでも可愛いかもしれない、と考えつつ。
親友の問いに、小さな親友はどうしよう?と困ったようにしばし首を傾けていたが……最後には降参、といように一声鳴いてリースを見た。
「やっぱりすぐには思いつかないよね。……家に帰ってからゆっくり考えよっか」
 折角綺麗なリボンなんだから、大事に有効利用しなければもったいない。
 すぐに良い案が浮かばなかったため、リースはそのリボンを服のポケットへ大事にしまうと、最後の一口になったベーグルを片付けてから散策の続きを開始した。

 昼時を過ぎた通りは活気そのままに、どこか落ち着いた様子へと変化していた。
右手にはイチゴのクレープを、左手にはその他にいろいろと買い込んだお菓子の袋を持ちながら、リースたちは腹ごなしがてら、ゆっくりと歩みを進めていく。
 先ほどまで歩いていた辺りは食べ物を取り扱っているお店が多かったが、この辺りは装身具、洋服、図書といった雑貨や生活用品といったものを取り扱っている店が多い。
「あ!この洋服いいなぁ……あ!こっちのバッグお洒落だ!」
 お腹も満たされたことで半ばはしゃぎながら店をまわるリース。かけてある洋服をとって鏡で合わせてみたり、置いてあるバッグの造りを見たり、図書をぱらぱらと開いて読んでみたりするが、すぐにいろんな物に興味が移っていくため、一つにかける時間はそれほど長くはない。
「うわぁ……この石綺麗な色してる!すみれ色っていうのかな?なんだか不思議な色!」
「あらあらお客さん、お目が高いね!」
「え?」
 そんな中、突然横から聞こえてきた声に、リースはきょとんとした顔そのままに左を向く。すると……さっきまで真正面で作業をしながら店番をしていた女性の姿が、そこにあった。
「うんうん、これわたしも良いな〜って思ってたんだ。でもね、やっぱり良い物はお客さんに買ってもらいたいし。お店に並べてたんだけど……」
 きょとんとしたままのリースにはお構いなく、女性はじー……と石を凝視しながら呟いた。
「やっぱりやーめたっと。あ、でもお客さんが買うなら売るよ?」
「え!?え、えーと……」
 独り言かぁ……と事の成行きを見守っていたリースは、突然女性の話が自分に向いた事にびっくりし、慌てて石と女性の顔を見比べてから……ぶんぶんと左右に首を振った。
「これ、見てただけだし!大丈夫だよっ!」
「そう?んじゃわたしがもーらい」
 リースから石を受け取った女性は、にこーっと満足そうな笑みをうかべると、自分の持ち場に帰っていき……今度はじーっとリースたちを眺めた。
「うんうん。お目が高いお嬢さんだったんだね。じゃあ……」
「?」
 しばらくリースを眺めてた女性は、何かを思いついたようにガサゴソと袋を漁ると……リボンで結ばれた三つの小さな麻袋を取り出した。
「お嬢さんにはこれがいいかな〜開けて見て」
「あ、うんっ」
 なんだか突然続きで話が進んでいることに半ば呆けつつ、言われた通りに麻の袋を開けてみる。すると……
「あ!可愛いっ!」
中からころんと出てきたのは細かい装飾のされた、小さな銀の鈴であった。振ってみるとリリンリリンと綺麗な可愛い音色が響いた。
「ふっふっふ……でしょう?なんとなくこれかな〜?って思ったのよ」
「えぇ!?」
にこにこーっとしている女性の発言に、リースは驚いて目を丸くした。直感で人の好みがわかるもんなんだ……と。
「さ、後の二つも開けてみて〜まぁ、色違いの鈴なんだけど」
「う、うんっ」
 促されるままに後の二つも袋を開けてみる。すると……中には金色の鈴と赤銅の鈴がころんと出てきた。
「三つとも自信作なんだ〜。金属扱いだしたら楽しくって。ついつい柄も凝っちゃった」
「え!?お姉さんが作ったの!?すごーい……」
 実はすごいお姉さんだったんだ……と驚きながら、リースは視線を落として鈴の柄に目を向けた。
 鈴には生い茂った蔦葉と、クローバーを咥えた白い鳥が飛んでいる模様が作られていた。葉の葉脈も綺麗に描かれていて、確かに凝っている。
 リースはしばしその鈴をじーっと眺めたり比べたりしていたが……突然ばっと顔をあげると、
「これ!鈴全部くださいっ!!」
と、周りの店にも聞こえるような元気な声で女性に言った。
 すると、女性は言われた瞬間きょとん、としていたが……すぐににこーっと笑顔になると、笑いながら答えた。
「あっはっは!元気良いねお嬢さん!よし、売った!」
「ありがとう!」
「いえいえ、こちらこそありがとう」
 交渉成立、ということでリースは女性に鈴の値段を訊くと、その分の代金を渡し、女性に負けないぐらいの笑顔をうかべて小さな親友を見た。
「これでみんなおそろいの物ができたね!」
 肩にいた小さな親友はリースの言葉にこくこくと頷くと、嬉しそうに羽をぱたぱたさせた。
「あ、そうだ!さっきもらったリボンに通そっか!あれ綺麗だったし、ちょうどいいよね!」
 おそろい、という言葉でリボンの存在を思い出したリースは、さっきおじさんにもらったリボンをポケットから取り出した。
「ほら、長さもちょうど……」
「あ、それ」
「?」
 店の前で行われている微笑ましい光景を満足そうに眺めていた女性だったが……突如声をあげた。
 その言葉を聞いてきょとん、としているリースに、女性は言葉を補って言った。
「それさ、わたしが作ったやつ。親父の店に寄ってきたんだ?」
「え?……えぇ!?」
 それを聞いたリースは、女性の顔とリボンとを交互に見て、驚き声をあげた。確かに、娘の店も見てやってくれ、とおじさんが言っていたけど……。
「おじさんが言ってたのってお姉さんのことだったんだ……」
「ははは!やっぱり宣伝してんのか、親父。昔から親ばかなんだよね〜」
 リースの発言を聞いてけらけらと楽しそうに笑った女性は、あ、そうだと呟くと、さっき探っていた袋をまたがさごそと探り、はい、とリースの手に渡した。
「鈴通すならそのリボンよりこっちの方が丈夫だよ。おまけでつけてあげる」
「え、いいの?これも売り物じゃ……」
 女性に渡されたものは、細い革が何本も丁寧に編み混まれて作られた、細めの革紐三本であった。
 リースが手渡された革紐を持ちながら戸惑った表情をうかべているのを見て、女性はにこーっと笑顔をうかべると、手をひらひらさせながら言った。
「大丈夫大丈夫〜それぐらいじゃ生活費に困らないし。それにさ、親父の店でもわたしの店でも買ってくれたんなら特典つけなきゃ」
 遠慮しないでもらっていきな、という女性にリースは再度笑顔をうかべると、ぺこんと頭をさげた。
「ありがとう!大事に使わせてもらうね!」
 リースはもらった革紐をリボンと一緒に大事にしまうと、小さな親友と共に女性に向かって手を振った。
「また来るね!」
「あぁ、待ってるよ」
 リースたちに手を振り返した女性は、笑顔で二人を見送るとまた元の位置に戻り、作業の続きをし始めた。

「おでかけ楽しかったね!でもちょっと買いすぎかな?」
 橙色に染まった道を家に向かって歩きながら、リースは肩の小さな親友に話し掛けてみる。
 すると、小さな親友はしばらく口元に手を当てて考えていたが……可愛く一声鳴くと、左右に首を振った。
「そうかな?じゃあ大丈夫だね!」
リースは親友に笑顔で答えてから、ゆっくりと前を向き、心の中で呟いた。

これだけ忘れて楽しむことが出来れば、もう大丈夫。次に会うときはきっと笑顔でいられるよね。

「また行こうね!」
 そう言って笑ったリースの顔には、いつもと同じ、元気一杯の笑顔が戻っていた。