<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


笑顔の似合う人

「パティシア人形工房へようこそ! チラシを見て、来てくれたのかな?」
 奥から出てきたその女性は、ピンク色のロングツインテールを揺らして、元気に首を傾げた。この女性が工房長であるエルザであるらしい。
「ええ。こころ、という点が面白いと思いまして」
「そっかそっか。じゃあこれ、書いてくれる? 名前と、ちょっとしたアンケートなんだけど。ちまままー、お客さんにお茶お願いしまーす♪」
「ちままま‥‥という事は、あれがちまですか」
 自分にペンを手渡した後、エルザが出てきた部屋とはまた別の部屋へ、笑顔のお人形はとてとてと入っていく。その姿を山本健一はしげしげと興味深げに眺め、それからアンケート用紙への記入を開始した。
 ――開始したものの、エルザがじーっと見つめてくるので、いささか落ち着かない。
 健一の似姿をとる人形を作ってもらうのだから、彼の顔かたちを入念に確認するのは作業の一環とも言える。我慢するしかない。落ち着かないながらも羽ペンを握り、質問文を黙読する。
(ええと‥‥氏名、性別、年齢‥‥これはまあ、必要でしょうね。それから、自分の長所及び短所‥‥趣味‥‥好きなもの嫌いなもの‥‥ふむふむ)
 思いついた文面を回答欄へ記していく。記入にはばかられるような設問もなく、ちまままが銀のトレイにティーカップを乗せて運んでくる頃には、アンケートの回答は終了していた。
 エルザと健一はテーブルを間に挟んで向かい合っているのだが、そのテーブルの側面にはちま用の階段が取り付けられている。ちまままは階段をゆっくり上り、テーブルの上に辿り着くと、中身をこぼす事なく器用にカップを健一の前へ置いた。
 ちまの手には指がない。なのに茶を淹れられるのだから、感心を通り越して不思議ですらある。健一はカップを手に持ち、香りをかいでみた。ふわりと甘い。一口飲んでみる。さらりとした喉越しで、何より温かい。色からしてミルクが少量入っているだろうか。素朴な味と広がるぬくもりに、つい微笑む。するとちまままも、にっこりと笑顔を返した。
「うん、大体わかったかな」
 健一の回答を読んでいたエルザは、そう言うと顔を上げた。
「キミの外見。身のこなし。流れるような柔らかい字。回答内容。あたしに見られてると気づいた時の反応。ちまままへの興味関心の表し方。その他諸々。――おっけーぃ、キミのちま、作らせてもらうよ」
「あ、はい‥‥よろしくお願いします」
 カップをソーサーに戻して頭を下げた健一。内心では、少々驚いていた。エルザはさらりと述べたが、この短時間で彼女は彼を試し、自身が納得するだけのものを彼の中に見たというのだ。人の内面を推し量る為には、かなりの技量と経験が必要となる。彼女にはそれらが備わっているというのだろうか。

 人形師というものも奥が深い。そんな風に考えているうちに、健一は庭へ出ないかと誘われた。折りしもこの日の天気は雲ひとつない晴天。断るのも野暮というものだ。エルザに先導されて、工房の裏手に位置する庭へ出たその時、ふわりと気持ちのいいそよ風が彼の頬を撫でていった。そして柔らかい日差しに目を細めた自分が、またも微笑んでいる事に健一は気づいた。
「こっちどうぞー♪」
「今行きます」
 一本の背の高い広葉樹の下に、丸太を加工して作ったテーブルと椅子が置いてある。白いクロスがかけられたテーブルの上には、風で飛ばないようにするための重石のつもりなのか、髭が立派なちまが立っていた。
「はじめまして。山本健一です」
「うむ、お初にお目にかかる。ちまぱぱだ」
「立派なお髭ですね。毎日手入れを?」
「勿論。毎朝毎晩欠かしておらんよ」
 礼儀正しく挨拶を交わした後、健一はちまぱぱの髭を撫でさせてもらった。つやつやとしてハリがあり、素人目にもいい材料が使われているとわかった。
(‥‥あのチラシに書かれていた値段で、採算が取れるのでしょうか)
 余計なお世話かもしれないと思いながらもつい心配してしまうのは、彼が心優しいからだろう。
「ね、健一。キミのちまを作るためにアンケートに答えてもらったわけだけど、もうひとつ、教えてもらいたい事があるんだ。それは――」
「僕のこころ、ですね」
「ご名答♪」
 にっこり笑顔を見たのは、今日になって何度目になるのか。
 こころを伝えるという事は、少なからず己の内側を見せるという事。自覚はなくとも、どこかで抵抗を感じてしまう可能性が高い。そうして緊張するこころを、エルザとちままま、ちまぱぱのあったかさが、和らげてくれている。
「キミはどうやってキミのこころをあたしに伝えてくれるのかな?」
 身を乗り出すエルザの前へ、健一は竪琴を置いた。

 それは竜の姿を模した青い竪琴――レンディオン、と名づけられている。健一が弦を弾けば、ぽろん、と澄んだ音色を発した。エルザの顔がぱっと輝き、健一もそれを合図とするように、今度は曲を、それも明るい曲調のものを奏で始める。
 この世界とは異なる世界からやってきた健一の奏でる曲は、この世界で生まれ育ったエルザ達にとってはまさに未知の曲。次にどんなメロディが流れるのか、体を左右に揺らしながら想像するだけでもわくわくする。
 すると、そんなわくわく感を察したのか、健一が曲に合わせて歌を口ずさみ出した。曲と同じ、楽しさと幸せが同居する歌詞だ。後片付けを終えてやってきたちまままが、ちんまいおててをぺしぺし打ち合わせて、リズムをとる。手拍子はちまぱぱにも伝染していき、エルザは立ち上がって思うがままに踊り始めた。
 健一の体も揺れる。歌声と手拍子が風に乗る。
 まるで、風もこの宴に参加しているようだった。

「そういえば‥‥先程のお茶、それにこのお茶も‥‥一体どんなブレンドを?」
 宴がひと段落したら、今度はお茶会の開始である。ひと汗かいた後だからというのもあるが、本日2杯目となるお茶には、喉がとても喜んでいる。湯気が立ち、心まで温めてくれた1杯目と違って、水出しなのも理由のひとつかもしれない。
 紅茶を好む健一にとって、ちままま特製のお茶はかなり興味を惹かれる存在だった。飲み方に適した茶葉を選んでいるのは勿論、茶葉の配合や、どんな茶葉をどれだけ使うかというところから、細心の注意が払われているように感じられたからだ。
 そして健一がそんな心配りをわかってくれる人だと知ったちまままは、井戸端モードに移行した。
「あまりたくさんの種類を混ぜないのがポイントよね。そうしないと、味が濁るというか」
「わかります。単品で美味しいからといって、無秩序に合わせてもダメなんですよね」
 うんうんと頷き合う、一人と一体。時折カップに口をつけては「ああ、やっぱりおいしい」と笑う健一を、エルザはしっかりと観察していた。

 夜になって、エルザの作業室に鍵がかけられた。
 参考にするからと言われ、彼女にレンディオンを預けた健一は、やや心配そうな様子で作業室の前を行ったり来たりするばかり。

 ◆

 小鳥のさえずりで目が覚めた。昨日アンケート用紙を書いたテーブルに、健一は突っ伏していた。肩には誰がかけてくれたのか毛布が――ただし、今にもずり落ちそうだ。
 床に落として汚してはいけないと、毛布を引っ張ろうとした。けれど彼がそうするよりも早く、別の誰かが引っ張ってくれた。
「あ、すみませ――」
「いえいえ、どういたしまして」
 まだまだ寝ぼけ眼だった健一だが、その瞬間にはっきりと目が覚めた。小さな自分が、すぐ目の前、テーブルの上に立ち、ちんまいおててで毛布を引っ張り上げていた。
 その小さな自分は、状態を起こした健一に毛布を手渡すと、丁寧にお辞儀をした。
「はじめまして。けんいちです。お茶を飲んだり、楽器を演奏したりする事が好きです」
 これまた丁寧な自己紹介である。中身までしっかり自分と同じそのちまを、健一はそっと抱き上げ、見つめてみる。ちまは健一と同じ顔で、柔らかく微笑んだ。
「おはよう、健一。どう? 気に入ってもらえたかな?」
 眠そうに目をこすりながら、エルザが作業室から出てきた。小脇にレンディオンと、小さなレンディオンを抱えて。
 レンディオンは健一に返却され、小さなレンディオンはけんいちの手に渡った。
「その竪琴、すごくいい物みたいだね。形は何とか再現できたんだけど、同じ音を出せるかどうかは、ちょっと難しいかも」
 ごめんね、とエルザは苦笑い。
 その言葉を受けてか、けんいちは自分に合わせて小さいサイズのレンディオン‥‥いや、れんでぃおんの弦を、ぽろんと鳴らした。小さい故に音量も小さく、本物のレンディオンの音質には程遠いが、それでも楽しんで奏で、聞く分には申し分ない。
 健一もレンディオンを構えた。昨日も奏でたあの曲を奏でる。
 パンの焼けるいい匂いが漂ってきた。朝食には、焼きたてのパンによく合うお茶も出されるだろう。こんどはけんいちも加わって、お茶談義に花が咲くに違いない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0929/山本健一/男性/19歳(実年齢25歳)/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【NPC/エルザ・パティシア/女性/26歳/人形師】
【NPC/ちままま&ちまぱぱ/ちま】

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■         ライター通信          ■
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言の羽です、発注いただき、どうもありがとうございました!
ちま、気に入っていただけたでしょうか‥‥?

今後もちま関連のお話を出していくつもりです。
機会があればぜひ、けんいちくんとご一緒に参加くださいませ!