<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ライダーズ・ハイ

 次々と小気味良く的へと命中するナイフに、広場に集まった人々が歓声を上げた。
「おおっ! すげぇー!!」
「あんな遠くから……!」
 人々の中心に立った男は芝居がかった動作で優雅に一礼すると、再び手にしたナイフを構える。
 動きを止めた男のまわりを風が吹き、彼の銀色の尾を揺らした。
 そして力強く男の腕が振り下ろされ、ナイフは的をめがけて飛び――。
 パキン、と的が中心から割れた。
「……全部当たったぞ!!」
 人々が喝采を浴びせ、男の元にコインを投げる。 
 ループタウンの見物客は気前の良い客が多いのか、いつもよりコインも多く皮袋に収まりそうだ。
 的が割れてしまったので自然と見物していた人々も去り始め、広場にはまた子供たちの遊ぶ姿が戻って来た。
 コインを一つ一つ丁寧に拾う男に、見物客の一人が声をかける。
「そんだけナイフ使えるんなら、芸人なんかじゃなく戦士にでもなりゃいーんじゃねぇか?
この辺なら用心棒の口も多いぜ」
 何なら口利くよ、と見物客は言った。
 男――ディークはふっと金色の瞳を細め、束の間過去に思いをはせた。
 生きる糧を戦いに求めた事もある。
 しかし今は。
 ディークの傍らを子供たちが笑いながら走って行く。
 その姿に自分を変えてくれた少女の面影を重ね合わせ、ディークは答えた。
「……いや、今の俺はこれで満足している」
「そうか。
あんたのナイフ見事だったんで、つい余計な事言っちまったなぁ」
 またナイフ投げ見せてくれよ、と言いながら見物客はディークから離れて行った。
 ディークがいる街はループタウンと言った。
 街の入り口に設けられた木製のゲートには「LOOP TOWN」の文字が刻まれている。
 この名前はかつて頻繁に吊るし首の行われた名残らしい。
 それも今は昔、という話だが。
 的からナイフを回収したディークは遅めの昼食を取る事にした。
 手近な食堂に入って注文すると、すぐに給仕のおばさんが皿を運んでくる。
 二人前は確実にあった。
 一瞬その量の多さにディークはひるんだが、何もこれはディーク一人だけに限った事ではないようだ。
 地元の人間らしい客は平気で平らげているが、自分も含め他所から来た者にこの量は厳しいらしく、半分以上残った皿を目の前にしてフォークを彷徨わせている。
 が、覚悟を決めて一口食べると料理の味は上々で、すぐにほとんどがディークの身体に収められていった。
 満腹の心地良さを食後のお茶と一緒に味わっていると、扉の前に立つ女性の傍らをすり抜けて食堂に少女が駆け込み、声を張り上げた。
「あのっ!
どなたか郵便ライダーのお手伝いをして頂けませんか!?」

 コーティ・バックが食堂でスカウトした郵便ライダーは三人で、騎士然とした佇まいの女性・アレスディア・ヴォルフリート、巨大な飛竜を駆る戦乙女・セフィス、旅芸人以上の武技を持ち合わせた男性・ディークだった。
 それにこの街を訪れていた運び屋の少女・アデーラ・ローゼンクロイツが加わり、四人で郵便を運ぶ事になった。
 郵便局で局長が四人を前に、最初に言った。
「もう聞いたとは思いますが……クログラ三兄弟が途中君達に危害を加えるかもしれない。
女性には少し困難な仕事になるかもしれませんよ?」
 郵便ライダーを襲ったのは無法者のクログラ三兄弟。
 ライダーが運んでいるのは金品ではないのだが、何を勘違いしたものか強奪を目論んでいるらしい。
 アレスディアが毅然とそれに答えた。
「心配には及ばぬ。
騎士としての修練は、それなりに積んでいるつもりだ」
 そして更に一言付け加える。
「……他者の物を力ずくで奪うなどという輩、目の前にしては放っておけぬからな」
 セフィスもランスに手を掛けて言い添える。
「襲われても大丈夫よ。
いざとなったら三人まとめてランスで串刺しにしてあげるわ」
 竜の戦闘力だけを頼みとしない戦乙女たちは常日頃から鍛錬を怠らないという。
 自信を持って答える二人に郵便局長は頷いた。 
 アデーラも手を上げて発言する。
「あたしも大丈夫っ!
だって今回は盗賊と戦うんじゃなくて、早く郵便を届けるのが目的でしょ?
あたし、馬を走らせるスピードには自信があるの。
普通の馬なんか振り切っちゃうから」
 アデーラの確実な仕事ぶりは郵便局長も聞き及んでいる。
 郵便局長はディークの方を向いた。
「あなたは先程広場でナイフ投げをしていた……」
「ああ、そうだ。
俺も多少の戦闘なら切り抜けられる。
旅の生活が長いからな……馬も乗り慣れている」
 郵便局長はディークの言葉に少し表情を和らげた。
「そうですか。
結局女の人ばかりに頼んでしまって、男の身としては少し気まずく感じてたんですよ」
 郵便局長も他の業務が無ければ自ら馬を走らせたいと思っていたのだ。
「俺にどこまで出来るかは分からん……が、頼まれた以上は出来る限りの事をするつもりだ」
 そこにコーティが馬の準備を終えて現れた。
「馬の用意、できたわよ!」
 長い髪がほつれるのも気にせずコーティは奔走していた。
 その姿を見ながら、ディークは『女性を守るのは男の役目』と言った義娘の言葉を思い出していた。 
 表に用意された馬は黒馬で、足元と眉間だけに白い毛が混じった牡馬だった。
 一見普通の馬に見えるが、その首筋、左のたてがみの下に淡く光る刻印が押されている。
 馬を見ながらセフィスが郵便局長に言った。
「私の飛竜で届けても良いけれど、それじゃ反則になるのよね?」
「郵便はこの刻印のある馬しか運べない決まりです。
人間と違って、動物は物事を偽りませんから」
「それはそうかもね」
 セフィスは肩をすくめる。
 するとそれまで黙って一同のやり取りを聞いていた黒馬が言葉を発した。
 ループタウンでは意思を持つ者全てが言葉を発するのだ。
「で、俺と一緒に一番手になる奴は誰なんだ?」
「私にやらせて貰えまいか」
 アレスディアが前に進み出、こうして郵便ライダーたちのリレーは始まった。

「おー、走ってる走ってる」
 ループタウン近くの荒野を見下ろす山の頂、ルルー・バロックが街道を走るアレスディアの姿を認めて一人呟いた。
 先に巨大な飛竜が三人の人影を乗せて飛び立っている。
 それはセフィスの飛竜で、馬の用意された次の中継点まで乗り手を運んでくれているようだ。
「竜使えるんなら、一気に郵便届けてやりゃいーのに。
郵便局長もカタイからな〜」
 ルルーのように適当な人間ばかりでは困るのだが。
「ま、俺がでしゃばんなくても大丈夫みたいだな。
コーティが集めたんなら、真面目な奴ばっかだろうし」
 一人言が多いのはこう見えて寂しがり屋なのかもしれない。
「大丈夫、だよな?」
 語尾が疑問系に上がったのは、ルルーの視界に馬に乗った三人の男が映ったからだ。
 話に聞くクログラ三兄弟。
「……何とかなるだろ」
 ルルーは自分を納得させるように頷いた。

 第一区間、比較的なだらかな平野が続く草原を、アレスディアを乗せた黒馬が疾走していた。
 アレスディアは重量の大きな鎧では馬に負担がかかると考え、漆黒の『黒装』で臨んでいる。
 携えた武器は同じく闇をその形に塗り込めたような突撃槍、『失墜』。
「あんた真面目だってよく言われるだろ?」
「……黙って走れないのか」
 街を出てからずっとこの馬はアレスディアに話し掛けてくる。
「だって気になるんだよ、何でこんな仕事引き受けたんだろうなってさ」
 アレスディアに話し掛け続けながらも、その速さが衰える事は無い。
 郵便ライダーが使う馬として選ばれただけはあるのだ。
「困っている者を見逃しは出来ぬ。
それに……」
 手綱を取りながらアレスディアは真剣な表情で答える。
「許せぬのだ。
私欲で動く不逞の輩など……私の前に現れたが最後、成敗してくれる 」
「あのさ、俺たち強盗退治に走ってる訳じゃないんだぜ?」
 感心しつつも呆れたように黒馬が言った。
「わかってはいる。
しかし」
 その時、言いよどむアレスディアの耳に銃声が届いた。
 銃に込められた弾は水霊魔法が施されているらしく、着弾した足元の土がぬかるむ。
 足場の悪さに黒馬は速度を落とさずにはいられなかった。
「荷物を渡しな!」
 振り返った先に、こちらと同じく馬に乗った男が銃を向けて笑っていた。
 クログラ三兄弟次男。
「郵便ライダー使ってまで運ぼうってお宝、こっちに渡してくれりゃ見逃してやるよ」
 アレスディアは頭に血が上るのを感じていた。
 しかし、今は先を急がなければ。
「……貴様などに関わっている暇はない!」 
「待ちな!」
 一旦は手綱を握り直し、クログラ次男に背を向けて走り出したアレスディアだったが、追撃は止まない。
 馬を掠めて飛ぶ銃弾にアレスディアは苛立ちを感じていた。
 荷物を無事次のライダーに渡すのが役目、とはいえ。
 不意に黒馬が話し掛けてきた。
「俺、これでも足には自信があるんだ。
少しくらい道草食っても、絶対間に合わせてやる。
だから、遠慮しないでやっちまいな」
 アレスディアはふっと微笑を頬に乗せた。
「それならば……参る!」
 黒馬を反転させ、アレスディアは失墜を構えた。
 そして間合いを詰め、失墜の長さを利用して次男に牽制をかける。
「何だ、やろうってのか!?」
 思わぬ反撃にひるみ、隙が出来た所にアレスディアは失墜を向けた。
「我が信条に懸けて、命までは奪わぬ!
しかし貴様らの目論見、ここで砕いてくれる!」
 左手に握られた銃をアレスディアは失墜で叩き落し、そのままの勢いを利用して次男の身体をなぎ払う。
「うわぁ!」
 槍の腹が次男の身体に当たり、その痛みに手綱を放した彼は草地にもんどりうった。
 驚いた馬がいなないて離れて行く。
 失墜の打撃に痺れた左手を押さえながら、次男が悔しそうに馬上アレスディアを見上げた。
 銃も使えず馬も離れてしまった以上、無力に等しい。
「……畜生っ」
「いつも追われる側の人間が、大人しいままとは思わない事だ」
 失墜を次男の顔先に向けてそう言い放つと、アレスディアは馬首を返し、再び街道を走り出した。
 
 第二区間を引き受けたのはアデーラだった。
 主に山岳地帯を走るという事で、
「こういう場所は、乗り手が軽い方が負担少なくてスピード出せるもの。
振り切るなら、あたしが適任よ!」
 と主張した結果だ。
 アデーラは普段のワンピース姿ではなく、動きやすい服装に着替えている。
 日差しを避けるカウボーイハットとウェスタンシャツにベスト、チャップスを重ねたジーンズ。
 長い髪も今はアップにしていて、少年カウボーイといった雰囲気だ。
 アデーラは白い毛並みの馬に跨り、街道の先を見つめていた。
 白馬もやはり郵便ライダー専属の証、首筋に刻印を持つ馬だ。
「う〜ん、ちょっと遅れてる……かな?」
「まだ時間はあるよ。
大丈夫」
 パートナーになった白馬が心配そうなアデーラを励ます。
「僕が責任持って走りきるからね。
心配しないで」
「えへへ、ありがと」
 白馬はまだ幼いアデーラが運送業を営み自立している姿にいたく感動していた。
 きっと人知れず苦労もしてきたに違いない。
 それなのに君は明るく振舞って……気丈な子だ、アデーラ。
 涙ぐんだ瞳をそっと伏せて、白馬は話題を変えた。
「ところでそれ……聖獣装具?」
「そう、ウェーブランナーっていうの」
 守護聖獣・ドルフィンの加護によりもたらされる聖獣装具・ウェーブランナー。
 イルカの姿を模した物でサーフボードのような使い方もできるが、陸上では主に盾として使っている。
「あたし戦闘って全くダメだから、これであなたごと守ろうと思って」
「なるほどね」
 と、黒馬に乗ったアレスディアが街道に姿を見せた。
「頼んだぞ!」
「任せておいて!」
 馬上で軽やかに郵便鞄を受け取ったアデーラが、すぐに勾配のきつい山道を駆け上って行く。
 馬にも色々なタイプがあり、アデーラの乗った白馬はスタミナタイプだった。
 速度は抜きん出て速い訳ではないのだが、長距離にもかかわらずバテずに走り続けた。
 他の区間の半分の距離とはいえ、アップダウンの激しい山道を同じ速さで駆け続けるのは馬も乗り手も大変なのだ。
 幸いウェーブランナーはまだ使わずに済んでいる。
「今、どのくらいまで来たのかしら!?」
「半分だよ!
あとは下り坂だから、しっかり掴まってて!」
 勢い余って狭い道から崖へと転がりそうになりながらも、アデーラの手綱捌きも相まって、白馬は巧みにバランスを取りながら走り抜けて行く。
 アデーラと白馬はほぼ無人の街道を急いだ。
 山道が開け、砂礫の大地がアデーラの前に姿を現す。
「ねえ!」 
 馬上のアデーラが明るく叫ぶ。
「この郵便、届いたらお客さんきっと喜ぶわよね!?」
 アデーラは荷物を手渡した時の、客の顔を見るのが好きだった。
 不意に届けられる誰かからの――もしくは、自分への贈り物。
 届け物を手にした彼らの笑顔を見られるのならば、それまでの困難な道のり全て帳消しにしたっていい。
 そう思えるから、運び屋をしているのだった。
「もちろん僕もそう思ってる!
それが郵便ライダーの誇りの源だもの!」
 そう答える白馬のたてがみに身体を寄せ、アデーラは次の乗り手に渡す郵便を手に取った。

 第三区間で待っているのはランスを携えたセフィスだった。
 見上げた青空には飛竜が舞う。
 遠くから見守る竜の瞳に安らぎを感じながら、セフィスは今回の相棒である馬に話し掛けた。
「よろしくね。
結構スピード出しても大丈夫だから、あなたは走りに集中していいのよ」
 鹿毛の馬はセフィスの言葉にも答えず、ふるふると震えている。
「どうしたの?」
「……あたしっ!
竜って初めて見ましたー!
それにそれに、竜騎士のお姉さんも!」
 覗き込んだ鹿毛の瞳がキラキラ光っている。
「感動ですっ!
唯一無二のパートナー、二人は種族の壁も超えて信頼の絆で結ばれてるんですよねっ!?」
「そ、それはそうだけど」
 軽く鹿毛の発言に引きながら、セフィスはずり落ちた身体を鞍の上に戻した。
「あたしにもそんなパートナー現れないかな〜」
 カッコ良くて背が高くて優しくて、お金持ちで背景に光と花をあしらったパートナーを夢見る鹿毛だった。
 そもそもお金持ちなら、郵便ライダーなどしなくても良いのだが。
「来たわよ!」
 白馬に乗ったアデーラがセフィスの視線の先に現れる。
「お願いしますっ」
 セフィスは郵便を渡すアデーラに頷き、手綱を取った。
「わかったわ!」
 砂礫をものともせず駆け出した鹿毛は、初めから飛ばし気味で街道を進んだ。
 無謀さを若さ故の体力でカバーしながら、鹿毛はセフィスを乗せて走り続ける。
 と、その走りを邪魔するように、街道に立ち塞がる馬に乗った男が現れた。
 銃声に続き、火炎弾が掠めた鹿毛のたてがみに火の粉が落ちる。
 鹿毛が悲鳴を上げた。
「ちょ、消して消して!
ハゲになっちゃう〜!!」
 慌てて火をもみ消したセフィスに男は不遜な言葉をかけた。
「止まりな、ライダー!
その郵便、渡してもらお……ん?」
 大きく迂回するように男――クログラ三兄弟長男と距離を取るセフィスの顔を、彼はまじまじと見つめている。
 意味がわからずセフィスが首を傾げた仕草を目にし、長男は。
 ぼっと擬音の出そうな勢いで赤面した。
「……いい」
「は?」
 ぼーっとなった長男がセフィスを見つめている。
「何ていい女なんだ、あんた……理想が形になってるぜ」
「はぁ!?」
 困惑するセフィスを全く無視し、長男は一人うっとりとしている。
「……ああ、何て凛々しい姿なんだ……荒野に舞い降りた乙女とはこの事か。
馬にまたがる姿も良いが……」
 ぶつぶつと妄想に耽る長男にこめかみを痙攣させたセフィスだったが、気を取り直して再び鹿毛を走らせる。
「待て!」
「気付いてたのね」
 背後から駆け寄った長男が馬を寄せて無理やりセフィスの両手を取る。
「あんた、これからすぐに俺と結婚式を挙げないか?」
「何でそうなるのよ!
や、やめてってば!」
 ぞぞぞ、と鳥肌がセフィスの腕に生じる。
「いい加減に……っ!!」
 セフィスがランスを振りかぶり、長男めがけて薙ぎ払おうとした時。
「う、わぁぁ!!」
 空から急降下した飛竜が長男の肩をがっしりと掴み、そのまま空へと連れ去った。
 数呼吸、セフィスと鹿毛は空に小さくなっていく飛竜の姿を見送ってしまった。
「……行っちゃったぁ」
「って、私たちも出発しないと!」
 セフィスは鹿毛にそう言うと、表情を引き締めて走り出した。


 第四区間で待っていたディークはセフィスの表情に疲れを認め、ねぎらいの言葉をかけた。
「大丈夫か?
これから先は俺が引き受けよう」
「お、お願いします……」
 顔合わせした時には自信がありそうに見えたが、実際は道中大変だったのかもしれない。
 と、ディークは思った。
 まさかセフィスが初対面の男に言い寄られて精神的ダメージを受けていたとは考えもつかない。
 郵便をしっかり握り締めると、ディークは馬を走らせた。
 街道は川沿いの狭い足場に、かろうじて連なっている。
 そこを全力疾走で走り抜けるのは至難の技だ。
 ディークが身体を預けている馬は葦毛の経験豊かな馬だった。
「あなた、ビースターね?」
「ああ、そうだ」
 葦毛は自分の耳を動かして話し掛けてきた。
「私は走りに集中するから、あなたが私の耳と目になってくれると助かるわ」
「わかった」
 ディークにも異存はなかった。
 ビースターの聴覚と視覚ならば、通常の人間以上に回りに気を配れるはずだったからだ。
 かすかな音の違いを聞き分けながら、ディークはより安全な足場を選んで葦毛を走らせた。
 そのディークの耳が今までとは異なる水音を聞きつける。
 川が大きくうねって街道の上まで水で浸していたのだ。
「……ここまで来たっていうのに」
 水浸しになっているために、本来の街道と川との境目がつきにくくなっている。
 下手に足を入れれば、深い水中にはまってしまうだろう。
 考えあぐねているディークに、背後から馬に乗った男が声を掛けた。
 クログラ三兄弟・三男。
「あらら、これ以上は進めないんじゃないのかなぁ、ライダーさん。
だったらその荷物置いて、帰っちまえば?」
 無茶な言葉にディークの眉間に皺が生じる。
「おっと。
下手に動くんなら撃つぜ」
 三男が空に向かって銃を撃った。
 それから銃口はディークの急所を狙って定められた。
 ディークは三男と相手の馬が立てる音に気付けなかった自分を呪った。
 水音が激しかったとはいえ。
 と、その時三男の足元の水が逆巻いて、馬がその場でたたらを踏む。
 この時を逃さずディークはナイフを馬に向かって投げた。
 ナイフに恐怖した馬が三男を振り落とし、駈け去って行く。
「くっ……!」
 銃を構えるも腕にディークのナイフを受け、三男が落とした銃は濁流に飲み込まれてどこかへと流されてしまった。
「逃げるのか!?」
 一度だけ振り返ってディークは淡々と言葉を返した。
「俺の仕事はこの郵便を届ける事だ。
まだ、仕事が残っているので失礼する」
 非力になった三男を残し、ディークは街道を再び進み始めた。
 三男の馬がたたらを踏んだ時に一度だけ聞こえた銃声は、三男が持つ銃と違う響きがしたように思いながら。

 四人の働きで無事届けられた郵便は、遠い街で裁判に掛けられた男の無罪を知らせるものだった。
 長く獄中に繋がれていた男の冤罪が証明されたのだ。
 男の家族が待ち望んでいた知らせ、それは金品とは異なる価値――しかし決して引けをとらない輝きの、財宝だった。
 

(終)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト 】
【 3387 / アデーラ・ローゼンクロイツ / 女性 / 10歳 / 運び屋】
【 1731 / セフィス / 女性 / 18歳 / 竜騎士 】
【 3466 / ディーク / 男性 / 38歳 / 旅芸人 】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、追軌真弓です。
今回はご参加ありがとうございました。
体調を崩してしまい、納品が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
最初のゲーノベですのに!
何でもあり(?)のソーンですが、西部劇風味は果たして受け入れられるのか……とちょっと不安でした。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
また機会がありましたら、宜しくお願いします。