<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


華やかな舞台の裏で

□Opening
 その一行は、緊張した面持ちで白山羊亭にやってきた。一目見て、酒が目的では無いと、ルディアは判断する。
「いらっしゃいませ、何か、お伺いしましょうか?」
 一行をテーブルに案内しながら、ルディアはそう声をかけた。数人の男性の集団、ただ、武装しているわけではなく、普段は商いを生業としているような身なりだった。
 テーブルにつくなり、そのうちの一人……代表者だろうか、が真剣な顔つきで話し始めた。
「実は、そう、冒険者を紹介して欲しいんだ」
 やはり、そう言う事か。ルディアは、皆に水を差し出しながら、納得した。
「詳しい話を、聞かせてくれる?」
「ああ、実は……」
 ごくり、と、水を流し込み、男は話をはじめた。
「俺達の村に、興行団が来たんだ。その団から、ある日求人の依頼を受けた」
 テーブルについた男達は、代表の言葉にひどく顔を曇らせ、俯いて行く。
 ルディアは、その重苦しい話を、一言一句聞き逃さぬよう真剣に耳を傾けた。
「芸をする者の募集じゃねえ、芸をする『動物』の世話係さ。簡単なエサ運びや檻の掃除なんかだと説明された。俺達の村は、貧困にあえいでいると言うわけじゃねえ、ただ、若いモン達は華やかな舞台と珍しい動物に夢中になってな」
 あんな華やかな娯楽なんか、無かったからなと、誰かが付け足す。
「ああ、その求人に飛びついたのさ。そして、一月が過ぎて、……、連絡が途絶えた」
 連絡が途絶えた、それだけで、こんな所まで冒険者を求めてくるはずも無い。ルディアは、更に続きを促した。
「これはおかしいって話になって、村の代表が一人、遠くの村へ行ってしまったその団へわざわざ様子を見に行ったんだ……、すると、よう、は、はは、あいつら余所の村でも同じように求人募集をしていたんだ。だったら、俺達の村の者はどうなった? 村の代表……サシっちゅう奴だがな、サシは次の村もその次の村もこっそり団の後をつけたのさ」
 言いながら、男の顔が泣き笑いのようになってくる。どんな表情をすれば良いのか、正常な判断ができないのかもしれない。
「すると、奴等、どの村でも同じように求人を出す、そして、一つの村で五人ほど雇って次の村へ進む、なぁ、変だろう? なのに、団の荷車はいつも同じ位で増えないんだよ。雇われた者は、どこに行っちまうんだ? はは、なぁ、それでよ、サシの連絡もそこで途絶えた、二日前さ、毎日定時で連絡してきていたサシの連絡が無かったんだ……連絡に使っていた鳥だけが、帰ってきて」
「芸をする動物って、どう言う事?」
 重苦しい空気の中、ルディアは疑問を口にする。
「ああ、見た事も無い、動物だった……、団の奴等はキメラだと言っていたか……、羽のはえたライオンや龍のような生き物、後は、二首の蛇も居た、そいつ等が煌びやかな舞台で火の輪をくぐったり飛んだりして見せるのさ」
「その、村の人、それからサシって人の安否の確認の依頼ね?」
 できる事なら無事に連れ戻してくれ、と、男は弱々しく付け足した。
 その団の不自然な求人の果てに何が待っているのか、正面からけしかけてはしらを切りとおされるかもしれない。できれば、内部に潜入する方が良いかも……? いや、最悪、戦闘を覚悟した方が良いのか? ルディアは、急ぎ冒険者を探した。

■01
 白山羊亭に立ち寄った千獣は、慌てるルディアにそっと近づいた。
「サシ……ていう、人の、持ち物……貸して……?」
 くい、と、ルディアの服の裾をつかむ。その仕草は、どこまでも純粋だけれど、瞳だけはまっすぐで真剣な光を湛えていた。
「持ち物……? ねぇ、何かある?」
 千獣の問いに、ルディアは首傾げながら、依頼人達を見た。
 依頼人達は、お互い顔を見合わせたが、そのうちの一人が懐から紙のようなものを取り出した。
「これは、サシからの最後の連絡書さ、これで良いか?」
 千獣は、その紙を受け取りそっと匂いをかいだ。
 知っているような、鳥の匂い。ああ、鳥が運んでいたと言っていたからか。それ以上に、人間の匂いもする。ルディアの匂い、紙を取り出した人物の匂い、それらを確認して千獣は言う。
「……持って……求人、に……行こう、と、思う……」
「依頼、受けてくれるの?」
 ルディアの言葉に、千獣はこくりと頷いた。
 この匂いを元に、調査をすれば良いだろう。きっと追える。依頼人達の思いを受け、千獣は件の団へ向かった。

□06
「確認でござるが」
 興行団のキャンプを前に、五人は集まった。切り出したのは鬼眼・幻路。その肩に、小さな鳥を従えている。
「拙者は、この浄天丸を潜入させるでござる」
 なるほど、小鳥がキャンプに紛れ込むのは、きわめて自然。
 アレスディア・ヴォルフリートは、その提案に頷き自身の装備を確かめた。
「私は、求人の募集をしているようなら、応募しようと思う」
「うん、私も応募しようかな、そう、村から離れた辺りで捜索してみるのが良いかもね」
 ディーザ・カプリオーレが、それに続く。その隣で、千獣も頷いた。
「私、も……求人、に……行こう、と、思う……」
 その手にはサシが提示報告に使用した紙。
「中、入れ、たら……匂い、探して、歩き、回る……よ」
「俺も、求人に応じよう」
 丁度、仕事もなかったし、おかしくはないだろうと、ジェイドック・ハーヴェイも続いた。
「それでは、皆、また後ほど」
 求人応募の際に怪しまれてはいけない。一同を見渡して、アレスディアは静かに歩き出した。
 ばさり、と。小鳥の飛ぶ音が聞こえた。その場所に、幻路の姿はもはやない。
 ディーザと千獣は、それぞれ違う道を歩き出した。その先には、興行団のキャンプがある事だけは確か。
 ジェイドックも、その後を追った。

□07
『来たれ! 若者!! 楽しい興行を支えるのは君だっ』
 そんな謳い文句のビラが、村に張り出されている。小さな村で興行を行った団が、人員を募集しているのだ。そのビラを握り締め、募集に応募してきた者が数名居る。
 団は、村はずれに簡易キャンプを張り面接を行った。
 時は夕暮れ。
 まず、面接会場に集められた者達に、団長から挨拶と仕事の内容が告げられた。この団は、”キメラ”を中心とした、見世物興行団である事。仕事の内容は、そのキメラたちの世話、餌やりや小屋の掃除などである事。今夜出立し、すぐに次の村を目指すことなどである。
 それから、簡単な個人面談が行われた。
 一人ずつ、名前の確認と、ちょっとした質問などだ。
「では、千獣ちゃん、と言ったか、この団に入って色んな村に行くんだよ? 分かってる?」
「うん、大丈夫……、動物の、世話も、……する」
 たどたどしい言葉を聴きながら、団員が二人でなにやら相談している。
「世話も、してくれるそうだぞ?」
「まぁ、良いさ、若い奴は生きが良いだろう?」
 ひそひそ話は、千獣の耳にしっかりと届いていたのだが、千獣は何も言わなかった。ただ、その会話から、不自然な感触を受け取る。動物の世話をするという求人なのに、なぜかそれが不自然。
 ともあれ、そのうちの一人の団員に連れられ、千獣は団のキャンプの中へ案内された。
「次は、ディーザさん、っと、あんたこの村の人じゃないよな?」
「ええ、路銀が尽きちゃってね、興行団なら旅しながら稼げるじゃない?」
 軽く肩をすくめ、ディーザは笑う。その様子に、団員は特に疑問を抱くことなく、彼女を団のキャンプへ招き入れた。
「えっと、アレスディアさんは……、うん? 凄い装備だねぇ」
 面接に入ったアレスディアの槍に、団員は目を留めた。
「ええ、一人旅は、そう、何かと物騒だからな、このような興行団と共に旅する方が安全だろう」
 あらかじめ、考えていた言い訳をすらすらと述べる。もっとも、誠、安全かは、甚だ疑問ではあるが。
「ん、ああ、まぁそうだな、それにしても良い武器だ……、良い値がつくんだろうなぁ」
「……、それが、何か?」
 団員の物言いが、少しだけ不愉快だった。が、潜入するため、ふっと笑顔でかわす。
「いやいや、なんでもないさ、ほらお前連れて行ってやれ」
 面接を行っていた団員が、ほかの団員を呼ぶ。その団員が、こちらだとアレスディアを団のキャンプへと案内した。
「次は、ジェイドックさん、と」
「ああ、よろしく頼む、丁度、仕事にあぶれていてな」
 ジェイドックのがっしりとした体つきを見て、団員がごくりとつばを飲み込んだ。
「えっと、動物の世話やらの地味な仕事になるけど、良いかな?」
「構わない」
 団員は、少し考えたようだが、結局ジェイドックを団のキャンプへ案内した。

■09
「じゃあ、ここで待ってて、他の応募者もすぐ来るからね」
 案内した団員は、そう言って千獣をその場に一人残し、テントを出て行った。
 その背中に、こくりと頷き、千獣はテントを出た。持ってきた紙を取り出して、もう一度匂いを確認する。この匂いを元に、探さなければならない。サシという人を。
 案内されたテントは、小さく、取り敢えず人の集合用にあつらえられた物のようだった。
 知った匂いは無い。近くのテントを歩きまわる。
 資材が詰まれている場所、機材が詰め込まれている場所。大小多数のテントが建てられていた。小さなテントをいくつか回っているうちに、そのテントに行き着いた。
 それは、他のどのテントよりも豪華で、立派なつくりだった。一目で、違うことがわかる。
「ん? 嬢ちゃん、どうした? ここは立ち入り禁止だ」
「……、獣、見た、かった、から」
 そのテントの入り口で、二人の団員に千獣は呼び止められた。
 匂いで、理解した。この先に、獣が居る。だから、自分を覗き込む団員に、そう、話した。獣を見たかった、それは、嘘ではないし。
「おい、こいつ、今日の求人で来た奴じゃないのか?」
 テントの入り口で、棒切れを持っていた団員が、それに気がつき呟いた。
「ああ、そう言えば……、お嬢ちゃん、そうなのかい?」
 千獣は、一つ頷く。その様子に、団員たちは頷きあった。
「ま、まぁ、見たいって言うならいいさ、見てみろよ」
「何て言っても、ウチの目玉だからな」
 そう言いながら、道を開いてくれる。その態度の変わりようがおかしい。しかし、千獣は、それでもテントの中へ足を踏み入れた。ふわり、と、匂う……。
「血の、匂い……」
「ニンゲンか」
 目の前で、優雅に、それは振り向いた。
 背には、鷲のような羽根。しかし、大きい。身体の基本は、獅子のようだが、それが言葉を発した。
 この獣は……。
「……、……自然の、獣……? ……違う、よね……?」
「ふふふ、新しい餌の……、しかし、我は餌を欲しておらぬ、出直して来い」
 獣は、なぜか笑っていた。まるで、自嘲の笑み。そして、その獣は、尾を振り千獣を優しくなぎ払った。その流れに、ふわりと身を後退させ、千獣はテントの外へと押し返される。
「おい、戻ってきたぜ?」
「ふふふ、キメラ様は、まだ食事時じゃないんだろうさ」
 千獣の姿を見て、団員は笑う。しかし、千獣は、自身の中で暴れる感情を、抑えるだけで精一杯だった。何も言えず、ただ、震えるだけの肩。その意味を理解できる者など、この場には居なかった。

□13
「それじゃあよ、新入りは新入り同士、仲良くやってくれ」
 皆が最初に案内されたテントに戻ってくると、団長はそれだけ言ってその場を離れた。見ると、他の団員も、団長に続いて去っていく。夕日がそろそろ落ちる頃、小さなテントの中でささやかな夕食が用意された。しかし、最初のテントに残されたのは、つまり、今回求人に応募した四名のみだ。
 いや。
 正確には……、
「その食事、しばし待たれよ」
 闇に紛れてもう一人。幻路が、いつの間にかテントに姿を現した。
「ああ、飲み物、食料、全て口にしないほうが良い」
 全ての団員が出て行ったのを確認して、ジェイドックは持っていたグラスを手放した。
「……、匂い、が、変……?」
 千獣は、並んだ料理を眺め、首をかしげた。
「匂い……、うーん、そうねぇ、ハイになるような物じゃないわよ、そうどちらかと言えば、良い気持ちで眠っちゃう薬だ、ずぅっとね」
 くすり、と、ディーザが笑う。
 指先で並べられた果物をつつき、皆の顔を見回す。
「なるほど、我々は、この場で眠りにつくというわけか」
 それからどうなるのか。おおよその見当はついてしまうわけなのだが、アレスディアはそこで言葉を区切ってぐっと拳を握り締めた。
 再び顔をあわせた五人は、それぞれの思いを胸に、これまでの事を報告しあった。団員が全て出払ってしまったので、報告もスムーズだ。これは、幸いだったと言えよう。
「やはり、あの二つのテントか」
 アレスディアは、サシを見たと言う幻路と、キメラを見たと言う千獣の話を聞いて頷いた。このキャンプの中心に在る二つのテント。それを、アレスディアも目撃していた。一つは、特別立派なテントで、見張りの団員が二人並んでいる。その隣にあるのは、特別質素なテント。幻路の話では、サシがここに捉えられていると言う。但し、状況は芳しくない。アレスディア自身も、テントの前でかすかな呻き声を聞いていたので、これには素直に頷けた。
「まずは、サシの救助を考えるか、求人に応募したものがどうやって消えたのか、彼ならば何か知っているかもしれん」
 ジェイドックの言葉に、皆が頷く。
 そうだ。例えここで皆眠らされたとして、どうやって求人に応募した人間は消えた? その答えを、今のサシなら持っているのかもしれない。
――どうやって消えたのか
 その言葉に、千獣はどくりと反応する。
 羽根の生えた獅子が振り向いた。
 彼の者が纏っていた、あの匂い。……血の匂い。
 答えは、ここに、在ったのかもしれない。
「その前に、一つ、荷物を確かめたいのよ」
 その時、ディーザがひょこりと片手を挙げた。しかし、笑っているのは口元だけ。その瞳は、静かな冷たい光が宿っていた。

□14
「これは……、いや、たったこれだけ、残されただけだと?」
 その荷を前に、アレスディアは呻いた。
 昼間のうちにディーザが見つけた鍵付の荷物箱。その鍵を、ジェイドックがこじ開けてみたのだ。その中には、素朴なつくりのブレスレットや指輪など、装飾品が詰め込まれていた。明らかに、舞台の煌びやかなフェイクの飾りではない。素朴な村人が付けていたと思われるそれらは、主無き今を静かに鍵付の箱の中で眠っていたのだ。
「後は、サシ殿でござるな」
 それら装飾品を集めながら幻路が呟いた。
 この持ち主達の末路を思うと、それ以上何の言葉があるというのか。
 あらかじめ調べておいた内部の間取りを元に、皆を誘導する。後に続く者達も、皆、無言だった。
 立派なテントの入り口には、変わらず門番が二人たっていた。一同は、その裏手から、質素なつくりのテントにもぐりこんだ。
「サシ、だな?」
 最初に声をかけたのは、ジェイドック。
 テントの真ん中に、ぽつんと、そう、本当に一人ぽつんと、彼は座っていた。頬はこけ、ぼんやりと宙を見ている。瞳に力は無く、全く覇気が感じられなかった。
 それでも、ジェイドックの呼びかけに、ゆっくりと彼は振り向いた。まるで特徴の無い顔つきだが、よく見ると右目が少しはれぼったい。
「……、同じ、匂い」
 千獣は、懐からサシが出したという報告書の紙を取り出し確認した。
 幻路の聞いていた特長とも一致する。
「……、どう、し、て?」
 彼がゆっくりと口を開いた。喉がかれているのか、声もからからと乾いている。
「大丈夫、助けに来た、さぁ、何があった?」
 アレスディアは、優しくサシに問いかけた。
 すると、枯れ果てているはずのサシの瞳に、うっすらと涙がにじむ。
「ここ、は、餌小屋……、逃げ、て、もう、誰も居ない……、次は、俺の、番……俺の……」
 そして、サシは震えだした。
 餌小屋。
 その言葉は、かなり不愉快な響きだ。
「落ち着いて、ねぇ、キミからは薬の匂いはしない、だから、ほら深呼吸して?」
 けれど、ディーザは、それでも明るい声でサシに語りかける。
 その手を、サシが取りかけた。
 その時。
 一同は、小屋へ近づく気配を感じた。

□15
「あれ? お前ら……、何で起きてやがる……っ」
 テントに入ってきた団員は、ぽかんと一同を見て呟いた。
 別のテントで寝ているはずの新入り。それが、揃いも揃って、ここに居る。それは、何か、おかしくないのか?
「いや、お前ら、何者だっ」
 その隣で、キメラのテントの見張り番をしていた団員が、はっと身構えた。
『我が命矛として、牙剥く全てを滅する』
 が、一瞬早い、アレスディアのコマンドが響く。瞬間、彼女の手には漆黒の突撃槍が装備される。それが、槍だと、団員が理解する時間は無かった。くるりと漆黒の槍を手元で一度回転させ、柄の部分で素早くテントに入ってきた団員を殴りつけたから。
 団員は、言葉無く崩れ落ちた。
「どうやら、急いだほうが良さそうね〜」
 歌うように手元の銃を躍らせ、ディーザは一歩前に出た。
「ああ、急いで出てきて欲しいものだがね」
 崩れ落ちた団員の外側で、そんな声が響いた。
「……、匂い、獣の……」
 千獣が呟く。
 ばさり、と、風を巻き起こすような、羽根の音が聞こえた。
 暗いテントに、そのシルエットが浮かび上がる。ぼんやりとした影は、獅子のもの。けれど、その背に大きな羽根が見える。その後ろには、大きな管を巻く、そう、大きな蛇のようなシルエット。
「さぁ、出て来い……、丁度、食事の時間なんだ」
 再び、その声。
 それは、集合の時に聞いた、団長の声だ。
「浄天丸」
 テントの外へ目を向ける皆の中で、幻路は静かに浄天丸に命じた。瞬く間に、小さな鳥の姿から、猛禽類へとその姿を変化させる浄天丸。そっとサシの隣へ身を滑り込ませ、隙を無くす。

□16
 最初に歩き出したのは、千獣。まっすぐに、テントの入り口を目指す。その瞳には、闇に乗じて逃げる、と言う選択肢は無い。
 分かっていたのだ。
 その獣から、血の匂いがしたその時に。
「……命を、奪って、腹に、収める……それは、生命の、業……」
 食べた。
 餌係、と、言われる人間を、獣は食べた。
「ははは、このキメラを前に、何ができる? ええ? 所詮、餌として集められたお前達に、何がっ!」
 テントの外に出ると、冷たい風が頬に当たった。団長は、羽根の生えた獅子の前で、笑っている。その手に、光る玉を抱えていた。それを撫で、くくくとまた笑う。
「餌係、では無く、餌だと」
 千獣に続き、テントを出たのはジェイドックだ。
 その後ろに、ディーザ。
 もはや、それは知れた。
 つまり、小さな村で求人を繰り返していたのは、キメラたちの餌を集めていたのだ。ぐるり、と、大きな蛇がうねった。
「さぁ、お前達、多少予定が狂ったが、餌の時間だ、皆食って良いんだぞ」
「ぐ、お、おおおおおおおおおお」
 団長の手の中で、玉が光る。
 それに呼応するように、獅子が咆哮をあげた。ばさばさと、背の羽根がうごめく。そして、飛ぶようにそれは千獣めがけて迫った。最初の一撃は、巨大な爪。勢いに乗って繰り出された前足の攻撃を、千獣は受け止めた。片手で。どしんと振動で大地が揺れる。
「でも……生命を、悪戯に……造り、変える、のは……生命、への、冒涜……」
「ぐ、ぐあ、ああ」
 獅子は、自由にならない前足に力を込め、千獣へさらに加重する。
 けれど、
 許さ、ない。
 千獣の瞳は、団長を捉えて離さない。昼に見た獣は、こんな物ではなかった。人間の言葉を理解し、千獣に語りかけていたではないか。それを、こんな理性のかけらも無い叫びだけの獣にさせているのは、誰? 誰だ?
 獅子の前足を掴んでいた腕に、力を込める。
 そして、それを、大きくなぎ払った。
「団長っ! 何の騒ぎです?」
 どんと、獣はテントへ投げつけられた。騒ぎに気がついたのか、ぞろぞろと団員が集まってくる。
「お前らか、丁度良い、あいつらをやっちまえ、どうせ深夜には獣の腹の中、死んでもかまいやしない」
 その団長の声に、団員達はジェイドックたちを目指し、走り出した。
「許さ、ない……」
 風だ。
 冷たい、風。
 千獣は、ただ、胸のうちに渦巻く怒りを、その短い言葉に乗せた。獣の身体を良いように作り変え、その精神を犯し、理性を狂わせ、人を食わせた。その所業を、どうして許すことができる?
 おん、と。団員達の耳が鳴った。いや、それが、千獣の殺気による物と、正しく理解できた者は居なかっただろう。
「ふふ、却って好都合ね、だって、」
 ディーザは、なぎ払われた獣ではなく、醜い顔で迫ってくる団員達を見ていた。
 口元に笑みを浮かべ、銃を構えた。
「遠慮、する必要が、無くなるもん」
 大丈夫よ、掠めるだけにしてあげるから。と、魅惑的に呟き、ぱんと音が響いた。
 一人、二人と、団員が震えて倒れる。血が流れていないのだから、ディーザの言葉通り、掠めただけなのだろう。けれど、団員達は、あるいは震えて、あるいは首をあらぬ方向へ自ら捻じ曲げ倒れていった。
「ああ、そうね、でも、ちょっと、魂がイっちゃうかもね」
 彼女のその言葉は、闇に響く。
「こちらも、移動力を削らせてもらう」
 その隣で、ジェイドックの銃も火を噴いた。がすん、と、一度音が響く。
 それなのに、向かってきた団員達は、五人六人と倒れこみ、足を抑えて痛みにうめいた。
 そして、その中心で、千獣は走った。
「がっ」
 一瞬の、一撃。
 彼女の怒りに、ただ呑まれ、立ちすくんだ団長に、容赦の無い一撃。
 千獣の足元に、団長は崩れ落ちた。もはや、これはただの、塊。怒りの中で、それでも、千獣は、ようやく最後の一撃を押さえ込んだ。
 団長が掴んでいた玉は、光を失い、ころころと少しだけ転がって、ぱりんと割れた。

□Ending
「我らは、多くのニンゲンを、餌にしてきたのだ」
「ここで果てるのなら、それも運命でしょう」
 獅子と蛇は、静かに語る。
 それらを、抱きしめたのは千獣だった。
「……、でき、ない」
「うーん、ここまでおとなしいキミ達を、どうにかするって後味が悪すぎ」
 千獣の悲しげな言葉に、ディーザがため息をついた。団長の持っていた玉を割ったことで、キメラ達の意識と理性が確立したのだ。逆に言うならば、団長が光の玉を以って獣を使役していたのだろう。
「村人の遺品、割れた玉のかけら、証拠はある、罪と言うのなら団員達にその責を負わすのが筋だ」
 今は黒装を解いたアレスディアは、静かに一堂を見回した。
「そうでござるな、後ろ暗い連中、余罪は有り余るほどあるであろう」
「ああ、村人にこのまま突き出したらどうだ」
 それに同意するように幻路とジェイドックが頷く。
「……、我らを見逃す、と言うのか」
 その獅子の問いに、誰も答えるものは無い。
 彼らが、今まで何を食してきたのか、それは明白だ。しかし、それは、興行団の団長に強要されてきたこともまた明白。こうして、理性を取り戻した彼らを、殺めたからと言って、もはや戻るものなど何も無い。
 だから、誰も、何も、言えなかった。
「私達は、再び人に合間見えることはありますまい」
「ああ、我ら、遠い空へ飛び立とう」
 静まり返ったその場に、一陣風が吹く。
 獅子は蛇を背に乗せ、遠く高く、飛び立った。
「さ、帰りましょう、報酬たっぷり貰わなくっちゃね」
 沈んだ空気を救い上げるようにディーザが明るく皆を励ます。
「ああ、そうだ、サシを無事皆に会わせてやらねばな」
 ジェイドックが真顔で頷く。
 団員達を縄で縛り上げ、村人に引渡し、一同はサシを伴い帰路に着いた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【3492 / 鬼眼・幻路 / 男 / 24 / 異界職】
【3482 / ディーザ・カプリオーレ / 女 / 20 / 異界職】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18 / ルーンアームナイト】
【2948 / ジェイドック・ハーヴェイ / 男 / 25 / 賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          
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 この度は、怪しい興行団の調査にご参加頂きましてありがとうございました。ライターのかぎです。あれも書きたいこれも書きたいと欲張ってしまいまして、若干長めの物語になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
 ■部分は個別描写、□部分は集合描写(2PC様以上登場シーン)になります。

□千獣様
 いつもご参加ありがとうございます。
 今回、出てきたキメラに対して、千獣様が悲しい思いをしたのではないかと思うと心苦しい限りですが、いかがでしたでしょうか。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。