<PCクエストノベル(1人)>


祝福の欠片 〜揺らぎの風〜

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【1805 / スラッシュ / 探索士】

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Overture.


『揺らぎの風』と誰が呼んだかはわからない。
 だが、誰かがそう呼んだその魔法は、確かに世界に息づいている。

 例えば花咲く時を待ちながら土の下で眠る種のように。
 例えば春を待ちながら雪の下で眠る獣のように。

 己の力だけで飛び立つことの出来ない『風』の欠片は、ただそこで、時が来るのを待っている。
 海を渡る『風』の欠片が待ち続けるのは、世界に散らばる己の欠片。

『揺らぎの風』を求める者よ、『風』の欠片を探し出せ。
 それは即ち『風』へと繋がる唯一つの道。

『風』の祝福を、輝ける光を、その手に掴むことが出来たなら。


 ──お前は風と一つになれる。


A certain story, "Wind of fluctuation"──


 世界という名の地図の上に、星のように散りばめられた数多の夢。
 人から人へ、時を繋いで託される願いや祈り──決して果てることのない、まだ見ぬ未来へと踏み出す為の道標。
 思いを心に、希望を胸に。
 ひとかけらの勇気を握り締め、人はいつだって夢を追う。追い続ける。


 馴染みある聖都のそれとは違う、風の匂い。潮騒の音色。鳥の鳴く声。
 どこか聖都のそれに似ている、人々の間に満ちる喜びや、活気。
 聖都エルザードから遠く離れた、とある港町。自らの経営する工房に先日持ち込まれた『依頼の品』に必要な材料を揃えるべく、スラッシュが到着したのはつい先程のことだ。
 今夜の宿を探し歩く内に通り掛かった広場で、舞うように歩きながら色鮮やかな花達を売り歩く花売り娘と、噴水の縁に腰を下ろし、彼女の舞いに合わせるように歌を紡ぐ吟遊詩人の姿があった。
 どこにでもあるような風景だった。しかし、青年の穏やかな歌声に、スラッシュは思わず聞き入っていた。
 リュートの調べに混ざり合う言の葉。足を止めるに至った切っ掛けはとてもささやかなもの。
 それは、遠く近い古の伝承を伝える歌。

『揺らぎの風』とは何とも不思議なものだなというのが、率直な印象だった。
 どのようなものなのだろうか、風の欠片を繋ぎ合わせることによって得られる、魔法の類だろうか──
 考えている間に、吟遊詩人の青年の柔らかな眼差しが向けられていることに気づいた。
 疎らな拍手と旋律の余韻を潮風が攫っていく。

吟遊詩人:「こんにちは、旅のお方。……ご清聴、感謝致します」
スラッシュ:「──ああ……こちらこそ。……少し、尋ねたいことがあるんだが……」

 青年は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。どうぞ、と、その眼差しが言っている。スラッシュはどう尋ねようか少し迷いながらも、結局、浮かんだ疑問をありのままの形で口にした。

スラッシュ:「……『揺らぎの風』とは……本当に、存在しているものなのだろうか」

 口にしてから率直過ぎただろうかと思っても既に遅い。
 きょとんと目を瞬かせた青年は、案の定、答えるべき言葉を探しているようだった。

スラッシュ:「いや、その……今の歌を、悪く言うつもりはないんだが」

 言い訳のように呟いたスラッシュに、青年は笑って頷いた。

吟遊詩人:「ええ、それはわかっております。ありがとうございます。……僕も、詳しく存じ上げているわけではありませんが……」

 そうして、再び、言葉を探すように遠くの空に視線を彷徨わせる青年を、スラッシュは安堵の息と共にただ見守った。

吟遊詩人:「……ここは──ソーンは夢と幻想の世界ですから」

 長いようで短い、間。青年は緩く息を吐き出した。

吟遊詩人:「人が抱いた夢の数だけ、いえ、それ以上の物語が眠る世界ですから。僕は……僕の個人的な意見として、申し上げさせて頂くならば、本当にあるのではないかと思います。現に、この魔法が世界のどこにも存在していないと……証明した人はまだ、いないのです」

 まるで歯車がかちりと小気味良い音を立てて合わさるような、この世界における疑問に対する、すべての答えの源にあるような──そんな言葉だった。
 人が抱いた夢の数、それよりも多くの物語が眠る世界。
 何よりも、現にこうやって歌となり、人から人へ語られているというその事実は、紛れもなく『揺らぎの風』がこの世界のどこかに存在しているということに他ならないのだろう。

 海を渡る風の魔法。吟遊詩人は語った。

 日中の海面に時折現れる『揺らぎの風』の文様。
 その上で祈りを捧げ、それに風と太陽が答えると、一つの魔法を授かることが出来るのだという。
 その『魔法』とは、陽炎となり風となり、僅かな隙間さえあればどのような場所へ行くことも出来る、一種の転移魔法だ。
 元より魔法を使えないスラッシュにとっては、『揺らぎの風』は自らの力にするために手に入れたいと思うような存在ではない。
 だが、青年の話を聞きながら己の探究心や好奇心を紐解いてみると、そこには確かに『揺らぎの風』がどのようなものであるのかを知りたいと願う気持ちが芽吹きつつあった。

 それに、もしも──スラッシュは胸中で問いかけるように呟く。
 この不可思議な風こそが、亡き友の追い求めた夢ならば。
 あるいは、友の求めた夢と何らかの関わりがあるならば。
『揺らぎの風』を探したいと思う気持ちを、スラッシュは心の中に閉じ込めておくことが出来ない。

吟遊詩人:「ただしこの魔法は──太陽の祝福の届かない所では効果を発揮しないのだそうです。太陽の祝福がなければ、魔法を解くことが出来なくなってしまうのだと……」
スラッシュ:「室内……洞窟や、地下などでは……使えない、ということか」

 そういうことだと思います──と、青年は頷いた。確かにどこでも使えたら、便利なものだろう。風になって世界を渡ることが出来るのだから。
 だが、そんな魔法だからこそ、手に入れるために──手に入れてからも、多大な危険を伴うのは不自然なことではない。

吟遊詩人:「……そして、海面に文様が現れるのは、『よく晴れた雨の日』だという、話を聞いたことがあります。他にもいくつかの説があるらしいのですけれども、僕が存じ上げているのはこれくらいです。少しでも、お役に立てればよいのですが」

 よく晴れた雨の日。スラッシュは口の中で呟くと、懐から取り出した幾許かの硬貨を青年に差し出した。青年は丁重な礼と共に、それを受け取った。

スラッシュ:「……ありがとう。探してみるさ」
吟遊詩人:「ええ、ご武運を──旅のお方、貴方にどうぞ、聖獣のご加護がありますように」


Finale.


 こうしてまた一つ増えた『探し物』に冒険心をくすぐらせつつ、スラッシュはようやく最初の目的を思い出して、広場を後にした。
 時の移ろいと共に賑やかさを増してきた通りを歩きながら、『よく晴れた雨の日』の意味を考える。空を見上げると、大小さまざまな雲の隙間から、太陽が顔を覗かせていた。
 その瞬間はとても唐突に訪れる。
 光差し込む雲の隙間から、零れ落ちてくる涙。

 ぽつ──と、頬に当たった小さな雫に、スラッシュは晴れた空の向こうから雨が降ってきたことを知った。