<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


桜色謳歌

「もう一度逢いたいと願う人は居ませんか?」
 初音と名乗った少女は、夢の中でそう問うた。
 ざぁっ、と視界を遮らんばかりに、桜の花弁が無数に宙を舞う。澄み切った蒼穹に吸い込まれていくように。
「春は出逢いと別れの季節……。わたしの力で、今宵の夢に限り、あなたがどうしても逢いたい人とご一緒に過ごすことができます。この桜咲く新たな世界で」
 ただし、と申し訳なさそうに目を伏せ、初音は告げた。
「この世界で月が沈む頃には、その人とお別れしなければなりません。それでもよろしければ――」
 ――どうぞ、わたしの手をお取りください。
 季節が過ぎれば散りゆく桜。それに似た儚げな笑みで、夢の少女は手を差し伸べた。
 羽耳族の少女・ミルカは、ううん、と徐に明後日の方向を見やった。
「どうしても逢いたい人、かあ。そうねえ、あたしは特に……」
 言いかけて、あ、と気付く。
「ううん、いるわ。あたしの、ほんとうのお父様とお母様」
「ご両親、ですか……」
「遠い遠い昔にね、お別れしたの。あたしはおとんについていきたかったから。あの人たちは小さなあたしを顧みてはくれなかったけれど、それでも、実の娘が急にいなくなっちゃうのって、どんな気分かしら。少しは……あたしのこと、心配してくれたかしら」
 徐々に淋しさで沈んでいく声音をどうにか浮き上がらせようと、出来る限り微笑んだ。
「だからね、逢えるならあたし、あの人たちのところへ行きたい。行って、あたしは元気でやってるのよ、今とても幸せなのよ、って。そう、伝えたいの」
「わかりました。それでは、どうぞわたしの手をお取りください」
 ――素敵な夢をお過ごしください。
 柔和な囁きに、ミルカはゆっくりと頷き返した。



 桜吹雪を抜けると、目の前にはただ広大な草原が横たわっていた。遠くに佇むふたつの影。ハッと息を呑み、ミルカは駆け出した。その拍子に、さらりと揺れた長い白銀の髪、そこに一枚だけ付いていた薄紅色の花弁がはらりと舞い落ちる。
「お父様、お母様!」
 弾む心で呼びかければ、一組の男女の背中が徐に振り向く。豪商らしく大きな手荷物を抱えた姿は、昔と変わっていなかった。
 突然失踪した自分を疎むだろうか。それとも、喜んでくれるだろうか。
 走る速度を緩めて少しずつふたりに近付く。一歩進むたびに、さくさくと足下で緑の草が鳴いた。
 両親の顔は、驚愕で若干強張っているようだった。先に口を開いたのは父。
「セレスティア……なのか?」
「!」
 どきり、と。胸の鐘が響いた。
 本名を呼ばれたのは何年振りだろう。義父と出会ってからは『ミルカ』として生きてきたから。もう誰もその名を呼んではくれないだろうとどこかで諦めていた。
 ミルカと同じ金色の瞳を潤ませた母は、ぎゅう、と衝動的に娘を抱きしめた。
「セレスティア……! 良かった、もう逢えないと思っていたわ!」
「お母様……」
 幼い頃に抱擁された記憶があまり無い。もしあったのだとしても思い出せない。あたたかなぬくもりに包まれ、嬉しさよりも戸惑いの方が心を占めた。
 自分は親から愛情を与えられないものだと思っていた。朝目覚める時も、夜眠る時も、ふたりの姿はそばになかったから。自分は邪魔者なのだと決めつけていた。
 ――疎んでたのは、あたしのほう?
 歩み寄ってきた父の大きな手が、ミルカの頭を優しく撫でた。
「すまない……おまえには散々つらい思いをさせたな」
「ごめんね、セレスティア、ごめんね……! あなたが嫌いだったわけじゃないのよ」
 ううん、と緩やかにかぶりを振り、ミルカは言葉を紡いだ。
「あたし、お父様とお母様に逢いたかったの。一目だけでも逢って、伝えたいことがあったの」
 けれど、こうして再会してみると『一目だけ』では勿体無いような気がした。互いの触れ合いが少なかった分、もっと一緒に過ごしたい。色々なことを話したい。
 せめて、夢の中だけでも。
 両親の顔を見比べつつねだった。
「あたし、今とっても嬉しいのよ。お父様とお母様にまた逢えて。いろんなこと話したいわ。ねえ、ふたりもいろんな話を聴かせてよ」
 穏やかな視線を交わした夫婦は、精一杯の笑顔でミルカに頷いた。



 陽が沈み月が昇ってからも、親子の対話が絶えることは無かった。微風にさらさらと揺れる草、黄色の光を纏ってふわふわと舞う夜光虫。両親と居るその景色は、ミルカにとって優しい絵画のように思えた。
 本当に沢山のことを話し、時間を忘れる程に戯れた。柔らかな母の手も、低く甘い父の声も、頬を透明な滴が伝うくらいに嬉しかった。
 両親の仕事は、幼かったミルカが思っていた以上に苦労が多かったらしい。商品の仕入れや品出し、在庫管理、客とのやり取り。日頃蓄積された疲労を娘にぶつけまいと、彼らなりに距離を置いていたという。
 母の膝枕に頭を預けて星空を眺めながら、ふたりの語りに耳を傾けていた。
「セレスティア、おまえは今幸せなのか?」
「うん、とっても幸せだし毎日楽しいわ。元気すぎるくらい元気よ」
「じゃあ、また私たちと暮らしたら不幸になってしまうかしら……」
「!」
 苦笑交じりの母の声に、バッと身を起こして向き合う。
「そんなことないわっ。あたしだってお父様やお母様と一緒に暮らしたい。――でもね」
「でも?」
「今はまだ、おとんと一緒に旅したいの」
 もっと世界を知りたい。世界に散らばるかけらに触れたい。だから、それまでは。
 顔を見合わせた夫婦は、どこか淋しげに微笑みながらも娘に頷いた。
「旅をしていれば、またどこかで逢えるかもしれないわね」
「そうだな。信じていれば、きっと」
 そうして、ミルカは祈りの歌を歌った。いつか両親と再び巡り逢えるように。その日まで、お互い元気に生きられるように。

 桜の花弁が緩やかに空へ舞い上がるのにも似て。
 歌声も伸びやかに透明な旋律を奏でた。



−完−





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━

┃登場人物一覧┃
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
3457/ミルカ/女性/17歳/歌姫、吟遊詩人

┃ライター通信┃
ミルカさま
初めまして、蒼樹 里緒と申します。このたびはご発注有難うございました。
納品が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした…!
ご両親の性格づけに苦労したのですが、仕事一筋で厳しい姿勢でありながらも、ミルカさまへの最低限の優しさや思いやりをお持ちになっていたのではないかと思い、それを表現してみました。
よろしければ、愛と思いやりのあるご感想・ご批評をお聞かせ下さいませ。