<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


迷子☆パニック

にこにこと手を引かれて歩く幼女に思わず目を細めたくなる世渡。
が、その背後でこの世の破滅にでも遭遇したような重苦しくかつどんよりとした空気を背負い込んで歩いてくるリーディスの姿に呆れを通り越して哀れみさえ覚えてしまう。
「これは何かの陰謀よぉぉぉぉぉっ・・・間違いよ、何が哀しくてこの私が子守しなきゃいけないのよぉぉぉぉぉぉぉっ〜」
いい加減認めて諦めろと思う反面、まぁ、当然だろうなとも思う。
しかし―
「何考えて子守させるんだ?あの子の親は。」
思わず世渡の口から零れたのは呆れとも思える疑問だった。


『ぱぱとままがくるまであしょんで〜』
満面の笑顔と純真無垢な瞳で訴えてくる幼女にまさか『ふざけるんじゃありません!』などというむごい台詞が吐けるわけもなく、さらに冷めた客達の視線を浴び、凍り付いてしまったリーディス。
見も知らぬ人間にいきなり自分の子を預ける親がどこにいるのか?という疑問符が飛びまくる。
だが、現実逃避したところで現状が変わるわけでもない。
見かねたルディアがどうしようかと考えていたところに世渡・正和が声を掛けた。
「どうかしたのか?」
「・・・・・子守のお手伝いをお願いできませんか?」
思いっきり同情がこもった視線で涙をダクダク流しながらいじけるリーディスを見ながらルディアは助けを求めるように頼み込む。
「こんな小さな子、リーディスさん一人じゃ面倒見切れませんから。」
どこか投げやりなのは気のせいではない。
現実逃避しかけてるリーディスがまともに子守ができるわけがないと考えるのは妥当だろう。
しかし、なんだって子守をするんだ?という思いがもたげるが、あえて問うのは止めた。誰の企みかは知らないが黙って見過ごすわけにいかない。
「子守りの依頼か、引き受けるぜ。」
しばし考えた後、事情を理解した世渡が快く引き受けた。
瞬間、リーディスは無間地獄で仏にあった表情を浮かべたが、それをきれいに無視して世渡は幼女の前にしゃがみこむと人懐っこい笑みを浮かべる。
「俺は世渡・正和。よろしくな。」
いきなり見知らぬ人間に声を掛けられ、困惑するかと思いきや幼女はしばし目を瞬かせ、じっと世渡の顔を穴が開くほど見つめる。
意外と用心深いわね、と内心リーディスは感心しながらも、これは手強いかもしれないと思う。
いや待てよ、この隙に逃げれば、などと不届きな考えまで至るが世の中そうは甘くはない。
「よろしゅくね、おにーしゃん。」
放たれた言葉はあっさりしているが、そこに込められた意味は絶大。
名前を聞かれて答え、それを褒められ、頭を撫でられるに至ってはもはや逃げ出す余地はない。
茫然自失に追い込まれるリーディスに世渡の言葉が止めを刺した。
「よっし、何して遊びたい?」
「え〜っと・・・りーでぃも一緒に公園であしょぶ〜」
「おっし、分かった。じゃあ行くか!・・・って、あんたも行くぞ。」
張り切って歩き出す幼女の後を追いながら、世渡はリーディスを引きずって店を後にする。
私は無関係よ〜と言う無常な叫びが店内に響いたが、これまた綺麗に無視されたのは言うまでもない。
結果、世渡に引きずられる形でリーディスは泣く泣く幼女とともに白山羊亭を後にするハメになった。

「今度はあれ〜」
「元気だな。じゃ、思いっきりこぐからな!」
元気一杯にブランコを指差す幼女に笑顔で応える世渡。
遊び始めて1時間。
いいように引きずり回す幼女をものともせず、遊びに付き合う世渡の体力はさすがと言うべきだ。
だが、いい加減飽きないか?という疑問符を飛び交わせながら思うリーディス。
無邪気に楽しむ二人の姿が微笑ましいので眺めていたが、突如上がった甲高い幼女の声にハッとなる。
しばし考えを巡らせ―絶対悪党にしか見えない笑みを口元に浮かべるとリーディスは気付かれないよう、そっとその場を離れた。
早い話が逃亡。
いい年した大人がやることじゃないが、私は人間じゃなくってよ!とか訳の分からん理屈を心の内で並べて駆け出すリーディス。
向かう先はこの事態を引き起こした忌々しい黒幕の屋敷。
―ただじゃすまさなくってよ!
慰謝料ふんだくってやる、と思うまでは良かったが、世の中そう簡単にいかないのが常である。
「あれ?リーディスはどこだ?」
遊んでいたとはいえ周囲の状況に気を配っていた世渡は異常に気付き、辺りを見回す。
すると、先ほどまでベンチで脱力放心していた魔道彫金師の姿が消えていた。
一瞬、固まる世渡。
しかしすぐそばで挙がった無邪気な声が正気にさせた。
「り〜でぃ〜いたぁ〜」
とことん楽しそうな幼女に世渡は視線をぐるりと巡らせると、噴水の影から公園の入り口に向かってこそこそと逃げ出していくリーディスを見つける。
頭の隅で何かが切れ、幼女を怯えさせないよう世渡は無理やり引き攣った笑みを作る。
―つまりは、要するに、あの彫金師は子守を押し付けて逃げだしたということか?いくら引き受けたとはいえ、仮にも、どういういきさつであろうとも本来依頼を受けたのはりーディスであって自分じゃない。あくまでも手伝いじゃないのか?
どうしてくれよう、と思う世渡に幼女の楽しげな言葉が行動を決定付けた。
「り〜でぃ、鬼ごっこぉっ?」
無邪気な一言。
だが、充分な理由だった。
「おう、そうだよ。鬼ごっこ・・・鬼ごっこだ。言い換えるなら追いかけっこだな。」
「おいきゃけっこ〜?」
「そう、リーディが鬼で俺達は捕まえる役だ。早くしないとリーディに逃げられるからな。二人で追いかけて捕まえよう。」
不思議そうに目を丸くする幼女の前にかがみこみ、世渡がにっこりと笑って言い聞かせる。
その笑みがどこか怖いな〜とも思うが、『追いかけっこ』の楽しそうな単語で幼女は気付かず、思い切り頷いた。
「よーし、じゃぁ追いかけるか!」
言うが早いか世渡は幼女を背負うと、全速力でリーディスの後を追いかける。

公園を駆け抜け、アルマ通りに入りかけたところで目的の人物を見つけた世渡は猛然と追いかける。
追いかけられる方―リーディスは幼女を背負って笑顔で追いかけてきた世渡の姿に血相を変え、人ごみの中を大慌てで逃げ出す。
普段のリーディスならば『それがどうしたのよ』と開き直っているところだが笑顔の世渡に恐怖を覚え、気付けばこれまた全速力で走り出していた。
世渡も世渡で負けてはいなかった。
正義の味方は伊達ではない。
人でごった返している通りを幼女を背負って器用に間をすり抜けて走っていく。
「よわたりのおにいしゃん、はひゃ〜い!」
「楽しいか?も〜少しでリーディを掴まえるからな〜俺もリーディに負けないぞ〜」
きゃっきゃっと笑う幼女に和やかに応じながらも世渡の目は真剣そのもの。
このまま一方的に押し付けられてたまるか、の一念。
凄まじいことこの上ない。
一方、追われるリーディスは必死である。
別に悪いことは・・・している。思いっきりしているから弁明の余地がなかった。
本来なら一人でやらなくてはいけない子守を押し付けて逃げ出したのだから、世渡が怒るのも無理はない。
どうしたものかと頭を抱えた瞬間、リーディスは石畳のレンガにつまずき、顔面から転ぶ。
「い・・・・・・った〜」
「り〜でぃ〜」
「掴まえたぜ、リーディス。」
紅くなった鼻を押さえるリーディスに嬉しそうな幼女を背負った世渡が仁王立ちでさえぎった。
「逃げ出した理由はなんだ?」
「悪かったわよ。けど、私には覚えのない事なのよ?この子の子守なんて〜」
冷たい眼差しで睨む世渡にリーディスは小さくなる。
頭を抱えて唸るリーディスを横目に世渡は大きくため息をこぼす。
鍛錬の賜物で案外あっさりと掴まえることができ、軽く問い詰めるとこれまたあっさりと白状した。
―身に覚えがないからそっちに押し付けて逃げ出した。
冗談にしては笑えないが、ここまであっさりと認められるとむしろ清々しい。
呆れて何も言えなくなり、どうしたものかと考える世渡だったが、弱く袖を引っ張られ我に返る。
「どうした?」
「お腹すいた〜あいしゅ食べたい〜」
可愛らしく頬を膨らませて訴える幼女の目はしっかりとアイス屋に釘付けになっていた。
「あ〜ら、大変ね。早く買って来たら?」
「ああ、金渡すから買ってきてくれ。」
ポンっと世渡から財布を手渡され、酸欠の金魚のように口を開閉させたリーディスは仕方なくアイス屋へと足を向け―店で一番人気の特大アイスを買い、歓声を上げる幼女に差し出した。

夕暮れが空を染める頃、大満足な幼女を連れて白山羊亭に戻ってきた世渡とふらふらになったリーディスを待っていたのは出迎えたの気立てのよさそうな紳士と婦人と待ちくたびれてあくびをかみ殺すレディ・レムだった。
「遅かったわね、リーディス。」
「レ・・・・・レム!!やっぱりあんたがっ。」
激怒するリーディスを無視してレディ・レムは温和な笑みを世渡に向ける。
「お久しぶりね、世渡。今回はご苦労様。」
「ああ・・・って、アンタが黒幕か?!」
つい応じながら、唖然として問い詰める世渡をレディ・レムは受け流し、紳士と婦人に抱きつく幼女を見る。
「楽しかったみたいね?世渡のお兄さんの方が良く遊んでくれたみたいだけど。」
「あのね〜追いかけっこしたの〜」
胸を張って報告する幼女に婦人は良かったわね〜とのんびりと応じながら笑う。
「レムさんからお聞きしたとおり、本当に良い方安心しましたわ。すっかり『ご好意』に甘えてしまって申し訳ありませんわ。」
「ご……って、どういうこと……」
「商談は小さい娘にはつまらないものですからね。すっかり飽きてしまって……どうしたものか、と思っていたところ、レムさんが『貴女』を紹介してくださって……いや〜本当に助かりました。」
しっかりと手を握って上下に降る紳士にリーディスがもはや返すべき言葉も見つからず呆然自失となる。
それを横目で見ながら、世渡は大きく肩を竦める。
が、あえて口にはしなかった。
言ったところでどうにかなるわけでもない。
何よりも、紳士が言うとおり幼女が楽しかったのだからそれでいいとしよう。
自分の中で納得して頷くと、世渡は幼女の前にかがみ込む。
「じゃ、お別れだな。パパとママの言うこと聞いて良い子でいろよ。」
満面の笑みにつられて幼女が元気良く頷くと、世渡はその頭を撫でてやる。
くすぐったそうに首をすくめる幼女の手をひくと紳士と婦人は何度も頭を下げて白山羊亭を後にした。
その姿を見送りながら、親子っていいな〜と思う世渡とは逆に完全に利用されまくった事実にリーディスはただただ立ち尽くすしかなかった。
FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3022:世渡・正和:男性:25歳:異界職】

【NPC:レディ・レム】
【NPC:リーディス】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
お待たせして申し訳ありません。
迷子☆パニックいかがでしたでしょうか?
全くといっていいほど役に立たない彼女に代わってのお世話ご苦労様です。
これで少しは懲りるといいんですが。
楽しんでいただければ幸いです。
またご機会あればよろしくお願いします。