<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


来訪者フイ


 明朝、天使の広場に人影あり。
 通行者の影はなく、ただ呆然と立ち尽くす影のみ。
「……」
 もう一度、あたりを見回す。門みたいなところにいて、歩いて、歩いて……。考えたけど埒が明かない。
 とにかく迷子になってしまった。
 町まで来たみたいだけど、だれもいない。
「誰かー!」
 空しく響くだけだった。何回繰り返しても。
「チクショー……」
 地面にしゃがみこみ、何時間経っただろう。頭上に気配がした。
「あ、あのぉ」
 フイは声の主にしがみついた。そしてワケを話した。
 取り乱した様子のフイをなだめ、落ち着かせて――ルディアは白山羊亭にフイを呼んだ。
「…と言う事で、昨日ソーンに来たばかりのフイさんにエルザードを案内してほしいの」
 ルディアは店内でフイを紹介すると、明るい声で声をかけていった。
 Tシャツとジーンズだけの地味な格好で、かなり浮いているフイに財布も装飾品もない。
 ただ、白山羊亭内にいる冒険者達の格好や仕草に目を奪われていた。


□■■


「見知らぬ場所へ突然一人で放り込まれたんだ。面食らうのも仕方あるまい、案内しよう」
 そう話しかけられてフイの目は点になった。ビースターのジェイドック・ハーヴェイが何かを話しかけても、ルディアが話しかけても口をパクパクして言葉になっていない。やっと正気に戻ってジェイドックを見上げるが、鋭く、まるで獲物を狙うかのような虎の目におのずと顔がひきつる。
「よ、よろしく」
 差し出された手を握り、握手する。人間と変わらない温かさを感じたフイは少し、ほんの少しだけれどもほっとした。
 そう感じたのもつかの間、
「あ、キミだね。昨日ここに来たっていう少年は」
「拙者も来訪者という点では似たような身の上。ここで巡り合わせたのも何かの縁でござる。拙者でよければお供いたす」
 突然隣で声がして驚いた。気づかない間にルディアが人を集めてくれていたようだ。振り返ると煙草を銜えたディーザ・カプリオーレと左目に傷跡がある鬼眼・幻路が立っていた。
「まず、あそこに行くか」
 ジェイドックが提案すると2人も頷いた。
「そうだね。あそこは生活していくためには必要不可欠だし」
「そうと決まれば、フイ殿、さっそく行くでござる」
 フイには何を指しているのかわからなかったが、3人に腕をひかれ背中を押されて白山羊亭を出た。ずっと白山羊亭の小さな窓からしか外を見ていなくて気づかなかったが外は昼時で、人々が昼食を買い求めてアルマ通りはどうやって進めばいいかわからないほど人だらけであった。いや、人以外の種族もいるようだ。
「どうだ、なかなかの活気だろう?」
 呆気にとらわれながら頷いた。
「ここはアルマ通り。聖都エルザードの昼の顔っていうところかな。とにかく一番活気がある場所。あっ、でもお酒が飲みたかったらベルファ通りかな。ま、今のところ遊べる余裕なんてなさそうだけど、一応ね」
 通りには露店が並び、思わず腹が鳴ってしまうほどの匂いと音が漂っていた。肉が焼けていく音。脂が滴れ落ちていく匂い。甘く熟した果実の赤に人々の歓談と笑い声。
「これ美味しいよ。フイも食べてみたら?」
 いつの間にかディーザはそれらを集めたかのような肉汁滴る肉を挟んだパンを差し出していた。思わずごくりと生唾を飲み、「ありがとう」と返事をする前にぐぅと大きく腹が鳴った。
「あ……」
 途端にまとわりつくような緊張感が吹き飛んだ。笑うディーゼから受け取り、すぐさまかぶりついた。口の中いっぱいに濃厚な肉汁が染み渡り、パンがボリュームと味を丁度良くしていて絶品だ。
 包み紙をゴミ箱に捨てて、はっと気づいた。
「……すまん」
 1人で楽しんでしまった……。
「何か言ったでござるか?」
「なんでもない……ぉ!」
 ディーザはタバコを持っていたが、ジェイドックと幻路はフイが持っていたものと同じものを持っていた。
「拙者はいらぬと申したのでござるが、買わされてしまったでござる…」
「俺もだ…ここの商人はあなどれん……。どうした、フイ?」
 フイは噴き出していた。咽て咳までするほど。
「だって、2人ともゲホゲホ! 騙されたり買わされたりしなさそうだと思ってたらゴホゴホ……。世界は違っても見た目に騙されたらダメだな」
 涙を拭ったが、まだヒィヒィ言いながら笑って深呼吸する。
「3人ともー! なにぼさっとしてるの、他のところ行くよ」
「あ、ディーザ! ちょっと待って!」
 落ち着いて、フイはなんだか恥ずかしくなってきた。小さく「すまん」と言って、ディーザのところへ走り出した。
 このまま何事もなく仲良くできたらいいな――。


■□■


 4人はアルマ通りを抜け、天使の広場に来ていた。そこはアルマ通りのように店が軒を連ね、露店が少数なのとは対照的に、食べ物やアクセサリーの露店が並び、人だかりの中心で女性が歌って、硬貨が投げられていた。
 楽器を弾き語る女性のビートにおもわず手が動いたが、それより強く衝撃的なものを露店の中に見つけた。ここは剣と魔法の世界。元のいた世界とは違う世界。それはルディアから聞き、3人からも聞いた事実。なのに、なぜ――
「“たこやき”があるんだ?!」
 感情のままに飛び出し駆け寄っていた。
「おっ、あんたも大阪かい?」
 頷くフイに女性はニッと笑った。
「いやぁ、こんなところで会えるなんて。持っていき、サービスやサービス! お連れさんの分もな」
「ありがとう!」
「また来てや!」
 受け取ってぱたぱたと走って戻るフイとすれ違うように幻路がたこやき屋の女性話し合う姿が見えた。前を見るとディーザは何か企んだように見え、ジェイドックは普段と変わらないが何かあるように見えた。
「フイ、知り合いか?」
 あつあつのたこやきをフイから受け取りながらジェイドックは問うた。
「同じ世界から来たみたいなんだ」
「決まりだね」
 フイ越しに幻路に合図し、ディーザは笑ったがふっと思った。
「……ニホンの人ならフイって名前おかしくない?」
「あ、それか? 実は……はじめてルディアに会ったとき、『ルディア』なんて名前、偽名かと思ってな。それより次はどこに行くんだ? まだまだ色々ありそうだな!」
 突然キョロキョロとあたりを見渡し、配り終わると冷まさないでたこやきを頬張り、通りすがったウインダーに不自然に驚いているフイ。
「……本名」
「俺は元の世界でギター弾いててな、そこでの名前だったんだよ! あはは! たこやきもバイトで作ったし、家にはたこやき機があるし! あはは、はは!」
「フ、フイ殿?! 落ち着くでござる!」
 突然くるくる回りだし、ふらふらと歩いて頭から突っ込んだ。天使の像の噴水。人々の視線が一気にフイに集まった。
「おい、俺の声が聞こえるか?」
 うっすら目を開け頷いた。すぐに引き上げたからか意識もあり、頭と服が揺れた程度であるが、顔が真っ赤でどうも様子がおかしい。
「あ、またウォッカ入れちゃった」
 さも当然であるかのようにたこやき屋は言った。


■■□


「ふふふ、そんなことがあったんですか。ずっとフイさん、動揺したり慌てたりしてて……。でももう大丈夫ですよね、あんな寝方をしていたら」
 笑みを隠しながらルディアは言った。あれから倒れたフイのこともあって、一行は白山羊亭に戻っていた。一室を貸してもらい、そこにフイを寝かしている。
 大口をあけて眠っているフイは大きく寝相をうった。
「びっくりして損した気分です。突然ジェイドックさんがフイさんを担いで来られて」
「厄介事には慣れている。それより」
 ジェイドックはルディアの耳元で言った。
「すまんが、ツケで頼む」
 2人には聞こえなかったがルディアはニコリと笑い、
「今回はフイさんのこともありますし、大丈夫ですよ。もちろん、お礼として夕食を」
「本当か?!」
 誰よりも早く反応したのはフイだった。
「あ、あはは……」
「ふふふ。じゃあ用意ができましたら来てくださいね」


 テーブルにはルディア特製の料理が大皿いっぱいに並び、お酒も入って(もちろんフイには飲ませず)会話がはずんでいった。
「何か知りたいことがあったら、ガルガンドの館に行くでござるよ。あそこはなにから手をつけていったらいいかわからぬくらい本があるでござる」
「へぇー、なら俺が知ってる本もありそうだな」
 幻路と好みの本の話で盛り上がり、
「フイって元の世界ではなにやってたの?」
「まあ、一応学生だな。でもあんま真面目に行かずに……」
 フイの耳に聞きなれた音色が届いた。振り向くと小さな舞台の上で楽器を弾く2人の男女がいた。
「俺、ギター弾いてたんだ。あの楽器」
 ディーザはグラスを口元に持っていきながら吟遊詩人を見つめた。目線に気づいたのか、吟遊詩人の女性が手招きしていた。慌ててフイの背中を押す。
「え、あ、ええ?」
 驚き慌てながらギターを構える。弦を弾いて改めて音を聞く。素材が違うのか、それとも年代か値段か……。深呼吸し、無心になったとき、フイの指は音を奏でていた。


〜〜〜


 翌日。3人と別れたフイはある場所に向かっていた。
「お世話になります」
「いやいや、人手がほしいときに声かけてもろて、こっちとしては嬉しい限りや。こちらこそよろしくな」
 たこやき屋の女性、ユカリはさっそく指示を出し、フイはアルマ通りに駆けていった。
「あ、フイ! 今夜のコンサート忘れるなよ!」
 手を振りながら大声で叫んだ。
「ああ!」
 別れ際、ジェイドックが言っていた事を思い出した。
「まあ、頑張れ」
 肩をぽんと叩かれ振り返ったときには何も言わず、そのときにはわからなかった。
 幻路がすれ違い、たこやき屋と話している意味もわからなかった。ディーザが笑顔で合図をおくった意味も……。
 でも、それは俺のため――。
 フイは目頭を押さえた。



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3482/ディーザ・カプリオーレ/女性/20歳/銃士】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25歳/賞金稼ぎ】
【3492/鬼眼・幻路/男性/24歳/忍者】

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         ライター通信          
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 はじめまして、ライターの田村鈴楼です。
 書きながら、フイには「あーでもない、こーでもない」と書き直し、結果、酒に酔ってふらふらと突っ込んでいく子になりました。ディーザ様、ジェイドック様、幻路様は食べても大丈夫、と思ったのですが、それ以外でも何か設定の取り違いなどございましたら、申し訳ないです。
 どうでしたでしょうか。
 皆様のプレイングのなかに「フイに仕事を見つける」とありましたので、それをメインに書き、最終的にはたこやき屋、吟遊詩人の仲間入りができました。
 きっと天使の広場の店を手伝い、夜には白山羊亭でギターを弾いていることでしょう。

 ご参加ありがとうございました。