<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>
【春の花が散るモノに】
『夢を、見に行きませんか?』
何処から聞こえる声だろう。
霞のかかる様な声、見えざる存在。知ろうと思って瞳を開けばそこは桜色の世界。
ふんわりと身体の浮く感覚。足元に目を落せば敷き詰められた桜の絨毯。
温かな声。まるで春の声。
ざざっ…。
春の声は風を巻く。敷き詰まった桜の花弁を天へと昇らせ、足元には道が出来た。
『大丈夫、此処は夢の世界――何も、恐れる事はありません』
+ + +
――ザザン、ザザン…
不思議な声と、不思議な音に千獣は瞼を持ち上げる。
なんだか頭がボンヤリとしている。そんな千獣は小さな部屋にいた。
「もうすぐ次の港に着くってな。そろそろ入港の準備に入るンじゃないか」
「陸はもう春だってさ。丘が春の花で染まってる」
何処からかそんな会話が聞こえてきていて、千獣は極自然にもうすぐ船が港に着くのだな。と理解した。
眠っていたベッドから身を起こして、小さな丸窓から外を見る。窓の外は上も下も関係なく澄み渡る青色で、少し遠くで銀色の魚が跳ねた。視線を少しずらすと、次の港と呼ばれる港町が見えた。
丘の斜面に白い家が階段の様に並んで、斜面のずっとずっと上の方が桜色に染まっている。春の花色だった。
千獣は一隻の船に乗っている。世界各地を巡って、色々な荷物を積み込んでは下ろし積み込んでは下ろす。それがこの大きな船の仕事だった。
部屋を出て甲板に出る。強い日差しに出迎えられたと思った瞬間に、海の香りを抱いた風に千獣の長い黒髪が攫われた。それと一緒に揺れるはずの呪符の帯が今はない。
「千獣、いい所に来た。ちょっと舵、任されてといてくれ。向こうで錨が動かないだなんだ問題が起こってるみたいでね。見てくるよ」
いい天気だなあ…と、真っ青な空と輝く太陽を見上げていると、手前からやってきていた人影がボスっと千獣の頭に何かを被せて船室へと入ってゆく。
乗せられた何かがズルっと下がってきて千獣の視界を邪魔する。ずりさがったそれのお陰で、千獣の視界は半分ほどになってしまう。その半分の視界先で無人の舵がゆっくりと好き勝手な動きを見せているのを千獣は見つけ、反射的に舵へと走った。
「舵。……舵、ちゃんと取らなきゃ、危ない」
何がどうと言うわけではない。今の千獣には、これがごくごく普通の反応なのだ。舵の取り方だって知っているし、海の風の読み方だって知っている。海の危ない場所や、危険な生き物も自然の様にわかっていた。
ほんの少し、ほんの少しだけ日に焼けた千獣の細い手がしっかりと舵を握った。
ずるっと下がっていた海賊帽(コルセア)に似せた船長帽子をかぶりなおすと、千獣は目的地である港へとその舵をきりはじめていた。
着港を果たした船は、今度は忙しく荷物の積み下ろし作業に入っていた。
この船はなんだって運ぶ。工芸品や衣類は勿論、食材や薬だって運ぶ。乗せてくれと頼まれれば、人だって乗せて次の港街に向かう。いうなれば水上の何でも運搬屋だった。
到着した港街は賑やかで華やかな街だった。聞けばちょうど春祭の最中らしい。港を中心に発達した街だから、春の祭りも港を中心に行われていた。
遠くから見たときの街並みは白ばかりかと思っていたが、こうやって港につくとやはり街の色は白ばかりではなかった。中でも千獣の瞳に飛び込んだのは、港の至る場所を彩るたくさんの桜色の花をつけた木。
そんな桜の下で、陽気な音楽に合わせて若い娘達が輪を描いて楽しげに踊っていた。
「春祭りか…賑やかだねえ。少し時間があるから、遊びにいっておいでよ。千獣」
船の上から荷物の積み下ろしと賑やかな春祭りを見ていた千獣の頭上から、かぶりっぱなしであった船長帽が声と共に取り上げられた。
取り上げられた帽子を追いかけるように視線を上げると、先ほど船室に消えて行った人がいる。“船長”と千獣や船の乗組員が呼ぶ女性であった。
「…いい、の…?」
船長は背の高い千獣のその上をゆく背の高さ。笑う女船長を見上げて、千獣は首をかしげて聞いてしまう。
「いいに決まってるじゃないか。次にいつこんな祭りに出会えるかわから無いよ? なあに、置いてきゃあしないから。安心しといで」
そうして船長は笑うと、千獣の背を軽く二度ほど叩いて千獣を船から送り出していた。
船を降りた千獣が向かったのは、船の上から見ていた桜の木の下だった。
この土地に伝わる音楽なのか、千獣がはじめて耳にするような曲が弦楽器と管楽器で奏でられている。
その曲に合わせて綺麗に着飾った少女達が舞い散る桜の下で楽しげに踊る。
聞いて、見て、そうしているだけで心がわくわくと弾んできてしまいそうに楽しい音楽と、軽やかな少女達の足取り。ひらひらと揺れる色とりどりの衣装に目移りばかりしてしまう。
楽しげな音に思わず身体がリズムに乗りはじめそうだった。そんな頃を見計らうように、千獣にすっと手が伸ばされていた。
「…?」
「一緒に踊りません? 見ているだけより、きっと楽しいですよ」
伸ばされた手に赤い瞳を何度か瞬きさせた千獣。その赤い瞳には先ほどまで踊っていた少女が千獣に向けてニコリと微笑んでいた。
そう千獣と見目の歳は変わらないだろう。その少女はきょとりと考え始めた千獣が返事をする前に、千獣の手をとって踊りの輪へと入っていってしまう。
「わ…」
急な事に驚く千獣だったが、すんなりと踊りの輪へと混ざっていた。
こんな風にして踊るのははじめての様な気がするが、テンポに合わせてくるりくるりと踊れば楽しくて、周りの少女たちからも「上手上手」と拍手と声が上がっていた。
千獣は長い黒髪を春風に揺らしながら、しばし少女たちと桜の下で楽しげに踊っていた。
それから少し。
積荷を全て下ろし、そして積み終わった船が慌しく出港に取り掛かる。
船に戻った千獣の耳には、まだ先ほど踊った陽気な音楽が聞こえていて、もう少し踊っていたかったかもしれない。と桜の下で未だ踊る少女たちを眺めて千獣は思っていた。
「また今度くるから、そんな顔してるんじゃあないよ」
そんな顔とは、どんな顔だろう。かけられた言葉に千獣は再び首をかしげて船長を見上げたが、笑った女船長は答えをくれなかった。
「さあて、それじゃあ出港するか」
暫くは春と一緒に北に進むんだ。と船長が言う。
青空に大きな音と共に開かれた真っ白なマストが、街から吹く桜色の風に綺麗に染まる。そうして船がゆっくりと動き出した。
千獣の髪も桜の風に靡き、千獣はその髪を押さえて桜の花を舞わす青空を見上げた。
―――次の街は、どんな街、かな…
小さくも期待を膨らませ、千獣は小さく呟く。
そんな千獣を、桜色の風が優しく優しく包み込んでいた。
+ + +
―――ザザザッ……
とっても聞き馴染みのある音に千獣は目を開いた。
頭がまだボンヤリ。すこしだけフワフワする感覚は、まるで“船”に乗っている様だと。何故か千獣は思った。
目をごしごしと擦る。どうやら暖かい陽射しの中で、木の幹を背に眠っていた様だ。
「……船、…?」
フワリフワリ。身体が落ち着かなくて、浮かんでいる様な感覚を船の様だと思った事に千獣は首をかしげた。
辺りは見慣れた緑色の森で、風が木々を揺らして聞きなれた風の音が絶えず聞こえてくる。
「夢…見てた……、の、かな…」
不思議な夢だった。
船に乗っている夢だ。自分は海の事を良く知っていて、大きな船も操縦できた。
思い出せば呪符もくるくると巻いていなかったし、内側の獣達もとても大人しかった。
大人しかった、と言うのが果たして正しかっただろうか。夢の中の自分は、こうやって森の中で過ごしている自分とは違っていた様な気がする。
呪符もなくて、獣も出ない。それはまるで「人」と同じだったと、今になって千獣は思っていた。
「人、の私が…いたら。…あんな風、なのかな…」
千獣は言ってゆっくり首をかしげた。
ほんの少しだけ考えるように傾けられた千獣の表情だったが、その顔には憂いや悲しみなどは何処にも無い。
ただ純粋に、獣ではなく人としての自分が居たならば。あんな風に海を渡っていたのかな、と不思議に思っていたのだ。
そんな風に思っていた千獣に、ハラリと淡い色の花びらが落ちてきた。
ゆっくりと上を見上げると、千獣が身を預けていた木が夢の中で見た港の桜と同じ色の花を咲かせて辺りをハラハラと桜の色に染めていた。
「……花…」
こんな花を咲かす木だっただろうか。思わず千獣は瞬きをしたが、咲いているのだから考えても仕方が無い。
ゆっくりと立ち上がると、夢の中で踊ったあの曲が思い返される。千獣は桜の花びらの中、ゆっくりゆっくりとあの時のステップを踏む。
夢の中で舞うのは千獣の綺麗な黒髪だけだったが、今は呪符も一緒に桜の中をふわりと舞っている。千獣の中にいる獣達も今は一緒だった。
一頻り踊り終わると、千獣は桜の花を見上げて思っていた。
この踊りとあの不思議な夢。見せて話しをしたら…喜んでくれるかな…と。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 3087 / 千獣 / 女性 / 17歳(実年齢999歳)/ 異界職(獣使い)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣さま
おはつにお目にかかります。ライター神楽月です。
この度は櫻ノ夢にご参加ありがとう御座いました。
”人として生きていたらの自分”で内容はお任せとの事でしたので、普段緑豊かな場所にて暮す千獣さまには、いつもとまったく違う形で”人として”を夢みて頂こうと思っての海や船を選択させて頂きました。
随分と自由に書かせていただいてしまいましたが、お気に召して頂けましたら幸いです。
リテイク等、何か御座いましたらばご遠慮なくお申し付け下さい。
それでは、またご縁がありましたら宜しくお願いいたします。
今回はご依頼有難う御座いました。
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