<エイプリルフール・愉快な物語2007>
不思議の国のレニアラ
暖かくなりだした心地良い初春のある日――激務の合間をぬって街へ出かけていたレニアラは、ふと、小柄と言うにも小さすぎる人影が道の向こうからやってくるのに気がついた――否、よくよく見るとそれは人ではない。
白いふさふさとした毛皮に、ぴんと立った長い耳、その出で立ちはまさしくウサギであった。ただ、普通のウサギと大きく異なる点は、前足を地面から離して後ろの二本足でぶらぶらと歩き、黒いサングラスと黒いスーツを身に着けていたことである。
いかにもガラの悪そうなウサギを視界にとらえ、レニアラは柳眉を上げた。額にかかる豊かな銀髪を無意識に手で払い、よく晴れた春の空のごとき青い瞳をわずかに細める。
戦乙女の旅団にいた頃はいろんな種族を目にしてきたが、こんな珍妙な生物を見るのは初めてだ、と彼女は思った。次いで、かかわりあいにならない方が良さそうだ、と素早く判断を下す。
レニアラは自分の勘――あるいは人を見る目に全幅の信頼を寄せていた。腰に佩いた愛用のレイピアと鋭い洞察力、そしてその類まれなる容姿にふさわしい知性こそ、彼女の武器であり力である。それらに幾度、危機的状況において助けられたか知れない。
レニアラは自然な足取りで、こちらへやってくるウサギと距離を置いた。幸い道幅は広い、このまま何事もなく、すれ違うことは充分可能な間合いだ。
しかし、件のウサギは何を思ったのか急に足を速め、つかつかとレニアラの傍までやってくると、
「今何時だ?」
と偉そうに口をきいた。
その不遜な態度に当然反感を覚えたものの、竜騎士としての立場と礼儀を重んじ、レニアラは無言で懐から時計を取り出した――その次の瞬間、ウサギは目ざとくも素早くそれに飛びつき、あっと言う間もなく彼女から時計を力ずくで奪い取った。
そして、芝居がかった口調で大げさにこう叫ぶ。
「何てこった、もうこんな時間だ! こうしちゃおれん、行かなくちゃ!」
言うが早いか、あろうことかレニアラの時計を持ったまま、ウサギは一目散に駆け出した。その足の凄まじい速さといったら、飛竜に勝るとも劣らぬほどである。さすがのレニアラも、時計を奪われた瞬間にレイピアに手をかけていたが、相手のあまりの潔い逃亡ぶりに後手に回ってしまった。
急速に遠ざかるウサギの後ろ姿を見ながら、レニアラはふいに街の様子がおかしいことに気づいた。まだ日は高く、気候も良いというのに周囲に人影がない。
――ここは、どこだ?
見慣れた風景であるようにも思えるし、まったく知らない街であるようにも感じられる。彼女の鍛え研ぎ澄まされた感覚が、ここは何かがおかしい、と囁いていた。
レニアラは、フ、と口元に薄く笑みを浮かべると、
「いいだろう、この世界が私に挑むというなら、受けてたとう。」
と毅然とした口調で呟く。
「始めようか――ウサギ狩りを。」
†††††
一人であの逃げ足の速いこそ泥を追うのは愚の骨頂と判断し、騎士団本拠地へ迅速に帰還を果たしたレニアラは、早急に『ウサギ狩り』本部を設立、重鎮の協力を得て国家総動員態勢発令した。
泉に落とした小石の作る波紋のごとく、広く撒かれた召集令状に応え集ったトランプの猛者たちは、『欲しがりません食うまでは』というスローガンを口々に叫び、ひょろ長い腕を突き上げる。その気迫に満足げに頷いたレニアラの下へ、一人の若い騎士が息を切らせて駆け寄った。
「レニアラ卿、沖に出た戦艦『怒り帽子』の待機が完了しました! ご命令を!」
「よし、戦艦『怒り帽子』より巡航ニンジンに、第一波攻撃を要請しろ。ニンジンは生ものだ、船底が腐る前に早急に。」
「はっ!」
騎士が喉も裂けよとばかりに威勢良く返事をすると、レニアラは無言のままあごをひいて応え、さっとマントを翻した。
「レニアラ卿、どちらへ?」
「ウサギの追跡だ。飛竜を緊急発進させる。」
「卿自らですか!?」
素っ頓狂な声で若い騎士が問うと、レニアラは口の端をわずかに上げて答えた。
「そうだ――ボウヤも来るか? ルドラから落ちない自信があるなら、な。」
「……いってらっしゃいませ!!」
気概のある見送りの言葉を背に、レニアラはパートナーたる飛竜、ルドラの下へと向かった。
ルドラは足早にやってきたレニアラに頭を垂れ、頬を寄せた。その首を軽く叩き、レニアラは軽々と飛竜に飛び乗る。
その彼女に、近くにいた騎士の一人が、
「トランプ兵団も準備が整いました。」
と告げた。
「そうか。ウサギの巣穴を発見次第、ドミノ倒しの陣を展開させる。連絡を待て。」
「は!」
「行くぞ、ルドラ。」
かけ声を合図に竜の力強い翼がはばたき、空へと舞い上がる。美しい竜の姿は騎士の見守る中、その背にある美しい騎手と共に春の澄んだ空へと溶けるように消えていった。
空から見る光景はいつも、竜騎士の心を少しばかりの興奮で揺さぶる。重力から離れ、何者からも自由であること――それは規律の多い騎士団において唯一得ることを許された解放感かもしれない。
だが、彼女は知っている。その自由は、任務のために使われるべきであることを。決して仕事の虫ではなかったが、義務と責任、何より誇りが彼女にはあった。その誇りにかけて、けちなウサギを捕らえるつもりである。
――そんな彼女の想いが通じたのだろうか、ルドラの背に乗り、空から探索を続けていたレニアラの目に白と黒の小さな生物の姿が映った。高度を下げてみると、確かに、それは間違いなくあのガラの悪いサングラスのウサギである。恐るべき速さで二本の足を繰り出しており、それが本当に二本なのか四本なのかもよく判らない。
レニアラは飛竜に積んだ小さな荷の中から細長い筒を取り出し、空へと向けた。
ひゅるる、と何かが空を切る音がする。次いで小さな破裂音が響き、青空に色とりどりのトランプが広がった。
騎士団本拠地の周辺で空を巡回していた他の竜騎士の一人がそれを見つけ、
「レニアラ卿の合図だ!」
と声高に叫ぶ。
「巡航ニンジンに伝えよ、砲撃用意! トランプ兵団前進、レニアラ卿に続け!」
――かくして、巣穴に飛び込みかけたウサギは巡航ニンジンの栄養満点ニンジン砲撃を受けて顔面から転倒、見事にその恐るべき速さを誇る足は止まった。
したたかに鼻先を地面にぶつけ、白い毛皮に赤い花を咲かせたウサギがよろよろと起き上がると、そのすぐ傍らに黒い影が舞い降りた――ルドラと、乗り手のレニアラである。
レニアラは軽やかに飛竜から降りると、本来赤い目を白黒させているウサギに歩み寄り、冬を閉じ込めたかのような凍てついた青い瞳で小さな強盗を見た。
ウサギはその視線に震え上がりながらも、
「な、何というひどいことをするやつだ!」
と、自分の行いは棚の遥か高みに放り上げて叫ぶ。これにレニアラは冷笑で答えた。
「ひどい? それは心外だ。壊れた時計を直してやろうと思ったのだがな……嫌か?」
「へ……これ、壊れてるの?」
手に持った時計を見やり、ウサギが呆然と呟いた。
「そうだ。壊れていては時計の役目は果たせまい。今すぐ直すべきだと思うが?」
「あ、それじゃお願いします。」
そう言ってウサギが差し出した時計を受け取り、レニアラは嫣然と微笑んだ。
「全軍、突撃!」
その一声で、ウサギの巣穴前にずらりと並んだトランプ兵団が順序良く倒れ始めた。それは瞬く間に津波のようになり、レニアラとルドラを綺麗によけて、ウサギへと殺到する。小憎らしいちんぴらウサギの姿は白いトランプの山にかき消され、見えなくなった。
「……卿、レニアラ卿!」
名を呼ばれ、レニアラは青い目を瞬いた。
ゆっくりと首を巡らせ見ると、そこは騎士団の所有する部屋の一室だった。
「……夢、か?」
ぽつりと呟き、レニアラは声をかけてきた者の方を見る。まだ若い騎士だ。
「疲れてらっしゃるのでは? それとも、この春の陽気で白昼夢を?」
そう言われ、彼女はただ黙然と肩をすくめてみせる。若い騎士はそこで「あ、」と声をあげた。
「白昼夢といえば……私の故郷にそんな物語がありました。私は読んだことはありませんが、確か題が、不思議の国の……。」
了
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 2403 / レニアラ / 女性 / 20歳(実年齢20歳) / 竜騎士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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レニアラ様、はじめまして。
この度は嘘と虚構の世界に勇敢にも足を踏み入れ、ご参加いただきましてありがとうございます。
クールビューティーのお人柄が素晴らしく、プレイングも大変愉快で、楽しませていただきました。
楽しみすぎて勢いがつき、若干駆け足になってしまったかもしれません。
力量不足で申し訳ありません。
一部、こちらのイメージ全開で書かせていただいたところもあります。
レニアラ様ご自身のイメージを崩していなければ良いのですが。
少しでもお気に召す部分があれば幸いです。
またお会いできることを、図々しくもひそかに願っております。
それでは最後に、制作秘話を一つ。
――騎士が喉も裂けよとばかりに威勢良く返事をし……次のせりふを言えず、苦しみ始めた。
――どうした、と訊くと、どうやら声が嗄れたらしい。のど飴を探している。
――素っ頓狂な声を出しすぎだ、と、竜騎士は思ったとか、思わなかったとか。
ありがとうございました。
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