<エイプリルフール・愉快な物語2007>


ターンドロップ〜ときのしずく〜

 三月某日、某研究所会議室。
「今回の新薬投与目的は、外見変化における意識差異、および周囲の反応を調査するものです」
 と、壇上に立った博士は真面目に言った。
 でも長年助手として博士の顔を見ていた僕にはわかる。
 唇の右端が上がってるのは何か企んでる証拠。
 僕が被験者じゃなくて良かった。
「ターンドロップは服用により、外見年齢を変化させる事ができます。
大人は子供に、子供は大人に。
体内での作用原理は……」
 当然のように湧き上がるどよめき。
 作用原理が全っ然理解できなくても、とにかくすごい新薬だって事はわかる。
『クラスの皆に差をつけちゃえ☆ 一足先にO・TO・NA体験v』
『もう一度叶えたいあの夢――有名店お子様ランチ独り占め――』
『失われたあの時を再び……蘇る青春のひととき』
 これは博士が考えたターンドロップの売り出しコピー。
 どんだけ暇なんだあの人。
「今回募集する被験者は四名、実験開始は四月一日を予定しています」
 エイプリル・フールね。
 どうせ実験が一般人にばれても、
「いや〜、だってホラ、エイプリルフールだから!」
でごまかし通すつもりなんだ。
「被験者の選出は……」
 博士の説明は続いてる。
 こんな実験に、参加する物好きっているのかな?


 白衣姿の研究員と差し出されたターンドロップを千獣は交互に見比べながら首を傾けた。
 外見年齢を変化させるというドロップが、手のひらの上で若葉色の光を放っている。
「……これ……舐めたら、いい、の……?」
「ええ、効果は二十四時間だから、それだけは気を付けてね」
 女性研究員は千獣の反応がその年齢よりも幼いのに合わせ、優しく言い含めた。
 実験に本人の同意確認は取っているはずだが、千獣の様子を見る限りあまり状況をわかっているようには思えない。
「……私、大きく……なる、の?」
 実際長い年月を生きてきた千獣だったが、今まであまり『成長』を意識した事は無い。
 ――……大人に、なるって……どうなる、の……?
 思い浮かべた自分の未来図はぼんやりとはっきりしない。
「今までの実験結果から言えば、そうなるわね」
 ようやくドロップを自分の手に取り、千獣はじっとそれを見つめた。
  ――……美味しそう、な……色……。
「青りんご味にしてあるから食べやすいと思うんだけど」
「……りんご、好き……」
 そう呟くと、千獣は口の中にターンドロップを放り込んだ。
 初夏の森で道すがら摘み取った青いりんごの甘酸っぱさが口に広がる。
 舌の上にあったドロップが全て溶け切った時、千獣は心持視点が高くなるような感覚を覚えた。
 足元を見下ろすと、服の裾がやや短くなっている。
「大きな変化は見られないけど、実験は成功ね」
 傍にいた研究員がそう言って千獣に鏡を見せた。
 鏡の中から千獣を見ているのは、少し大人びて穏やかな雰囲気を纏った女性だった。
 一瞬それが自分だとわからず、千獣は鏡に釘付けになる。
 ――……これ、私……?
 指で鏡の表面をなぞれば、向こう側の女性も同じように千獣に指を滑らす。
「これから一日、どう過ごしても良いのよ。
楽しい報告を待ってるわ」
 研究員の言葉にこくんと一つ頷いて、千獣は街へと出かけて行った。


『自由に過ごしても良い』と言われても、特に大きな目的があった訳ではない。
 千獣の足は自然に顔なじみのいそうな場所へと向かっていた。
 ベルファ通り、黒山羊亭。
 まだ早い時間の黒山羊亭に夜の喧騒は無く、踊り子のエスメラルダと数人の女性客が談笑しているだけだった。
「いらっしゃい。
……千獣? 入らないの?」
 戸口に立ったままの千獣にエスメラルダが問い掛けた。
「……千獣、わかる、の?」
「ふふ。
お婆ちゃんになっても、お子様になっても、お得意様の顔は見間違えないのが私の特技よ。
どうしたの?
大人っぽくなっちゃって」
 千獣の特徴的な呪符包帯はまだマントの下に隠されていたから、エスメラルダの言葉は本物らしい。
 しっとりとした年上の女性らしい微笑みをエスメラルダに見ながら、勧められるまま千獣はカウンターの椅子に座った。
 いつもなら少し足先が浮いてしまう背の高いスツールも、今日はしっくり身体に馴染む。
「折角だし、お酒も飲んでみる?」
 ぶんぶんと風を起こす程頭を振って否定する千獣に、エスメラルダはくすくすと笑った。
「冗談よ」
 野いちご入りの炭酸水を飲みながら、千獣はこれまでの経緯を話した。
「で、ちょっと服の丈が短くなっちゃってるのね」
 見苦しい程でないにしろ、一度気になるとずっとそこから視線を外せない。
 裾を気にする千獣にエスメラルダは気付いていた。
「ねぇ、たまにはいつもと違う服っていうのも良いと思わない?」
 エスメラルダの言葉に千獣はきょとんと眼を見開いた。
「……いつも、と……違、う?」
「そうそう。
マスター、二階借りるわよ」
 エスメラルダはそうマスターに言い、さっきまで話していた女性客たちにも声を掛ける。
 大きな荷物を幾つも抱えた彼女らは、街から街へと行商をしている商人らしい。
「そういう事なら喜んで協力するわ」
 リーダーらしい女性が千獣を見て微笑む。
 エスメラルダとその行商人たちの会話が聞こえていない千獣には、何の事かさっぱりわからない。
「折角なんだし即興絵師も呼びましょうよ!」
「そうね、品物と一緒に飾ればもっと売れるわね!」
 盛り上がる彼女たちに腕を取られ、千獣は黒山羊亭の二階へと強引に連れ込まれた。


「ええっと、改めて自己紹介すると、私たちは女物の服と小物専門の商いをしながら旅をしてるの」
 部屋の真ん中で商品である服を広げる行商人たちは四姉妹だという。
 眼鏡をかけた長女が説明する。
「エスメラルダさんはお得意さまだから、いつもこちらに来ると黒山羊亭にも寄らせてもらってるのよ」
 見るとエスメラルダは千獣そっちのけでじっくりドレスを品定めしている。
 今の千獣に見合う服を、というのが目的のはずだったのだが。
「これ、取り置きしてくれないかしら?」
「エスメラルダさん、服はまだいっぱいありますから〜」
 主に訪問着を担当をしている次女が苦笑する。
 四人はそれぞれ扱う担当を決めており、三女が普段着と下着、四女は帽子などの小物類を扱っているという。
「見た感じ、ちょっと服の丈が合ってないみたいね。
いろいろ見て、好きなのがあったら一着プレゼントするわ」
 思いがけない言葉に千獣は戸惑った。
「……いい、の……?」
「そのかわり、モデルになってくれると嬉しいんだけど」
 意味がわからずに首を傾げる千獣へ、長女は眼鏡をきらりと光らせた。
「狭い場所に品物全部を並べるのって、結構大変なのよ。
だから、『こんな服がありますよ』って絵があれば、お客さんも選びやすいんじゃないかと思ってね。
で、あなたが服を着てる所を描かせて貰いたいの」
 長女の言葉にエスメラルダが口をはさむ。
「あら、私じゃダメなの?」
「エスメラルダさんがモデルじゃ、男の人ばっかり集まっちゃうじゃないですか〜。
それに、皆がエスメラルダさんみたいにスリーサイズに自信ある訳じゃないんですよっ」
 早速試着しているエスメラルダに、腕へドレスを何着も掛けた次女が口を尖らせる。 
「あなた可愛いんだから、たまには普段着ないような服着ちゃってもいいんじゃない?
着てみたら案外似合うかもしれないんだしさ」
 さばさばとした口調で三女が言い、千獣の服に手を掛けた。
「さ、そう決まったら脱いで脱いで♪」
「……え?」
 てきぱきと千獣の服を剥くと、三女は手触りの良いグリーンシルクのロングスリップを着せた。
 襟元と裾にはレースで透かし模様が描かれ、滑らかな生地が沿うように千獣の身体を包み込む。
「まずは良い下着から着けないとね」
 ひんやりと心地良い手触りに、千獣は生地の表面を手で撫ぜた。
「普段にも着れる可愛い感じのが良いですか?
いっそ余所行きっぽいドレスにします?」
 次々と服を広げた次女が、千獣の胸に服を当てて考え込む。
「うーん、普段パンツ姿が多いならスカートはどうです?」
 エスメラルダもその様子を見ながら考える。
「そうね……。
この子普段はぽやんとしちゃってるから、服の好みとかあんまり考えてないみたいなのよねぇ」
 再び長女の眼鏡がきらりと光る。
「それじゃ、ある服全部広げるわよ。
絶対に似合う服があるはずだもの」
 何かの使命感に燃え始めてしまった長女だった。
 そこに遅れて四女が帰ってくる。
「ごめんね姉さん!
絵師さん連れてきたよー!」
 四女は紙の束と画材を抱えた女性を連れて部屋に入ってきた。
 モデルも女性、という事で女性の絵師を広場で探してきたらしい。
「まずはこれを着てみて〜」
 ふわりとしたワンピースに千獣は袖を通した。
 薄手の白い生地がゆったりとしたドレープを作り、ウェストの細いリボンと裾の刺繍が黒いアクセントになっている。
 小物担当の四女が千獣の首に白い貝のネックレスをかけ、髪も手早く編みこみにする。
「首筋出すと、また雰囲気変わるよ」
 そう言って四女はネックレスとお揃いの貝でできた髪飾りを千獣に着けた。
 ワンピースは膝丈で、全身を映す鏡と自分自身を見比べながら千獣は顔を赤らめた。
 いつも呪符の織り込まれた包帯で身体を覆っている千獣は、自分の肌を出すような服装をした事がなかったのだ。
「ん、良いじゃない」
 エスメラルダもにこにこ笑いながら千獣のワンピースを見ている。
「……ほんと、に……?」
「千獣はもっと自信持って良いのよ」
 エスメラルダにそう言われると千獣も嬉しくなってくる。
「こっちはどうかしら」
 そう言われて渡されたのは、同じ白いワンピースでも花のプリントされた物だった。
 日差しを浴びたような大きな花柄が描かれているが、控えめな茶色と紺紫の色が品良くまとまっている。
 千獣はワンピースの上に薄手のボレロカーディガンを羽織り、今度は髪の一部を下ろしてまとめてもらった。
「うん、似合うわ〜」
 次女が満足そうに言った。
「次は普段着にも出来そうなのを選んでみたわよ」
 三女が見立てたのは花柄の生地が二重になったシフォンスカートだった。
 淡い灰色と青のグラデーションが繊細な印象を与える。
「上に柄のうるさくない無地のタンクトップと、襟元にストール巻けばアクセントになるわ」
 スカートの色よりも一段濃い青のストールを首に巻けば、印象が引き締まって見えた。
 次々と渡される服に着替える千獣へ、エスメラルダが聞いた。
「どう?
たまにはお洒落するのも良いでしょ?」
 千獣もかすかに微笑んで頷いた。
「……綺麗な、服、見るの……楽し、い。
それに、着るの、も……違った、私、見れる……から、楽しい」
 千獣の言葉に、四姉妹も声を立てて笑った。
「そういう女の子がいてくれるから、この仕事って好きなのよ」


 千獣はベッドにうつぶせになり、壁に掛けたワンピースを見ながら今日の出来事を思い返した。
 行商の四姉妹にもらったワンピースはふんだんにカッティングレースが施され、アイボリー色が控えめな上品さで着る者を見せてくれる一着だった。
 ――……会いに……行った、ら……わかって、くれた、かな……?
 エスメラルダに、もらったワンピースを着たまま想う相手を訪ねてみてはと勧められたのだ。
 が、もし自分だとわかってもらえなかったら……。
 そう思うと足はまっすぐ自分の家へと戻ってしまっていた。
 ――……会いた、い……けど……。
 普段とは違った疲れが出たのか、いつのまにか寝入ってしまった千獣が眼を覚ますと、ターンドロップの効果は切れてしまっていた。
 鏡に映る自分も、見慣れた姿の千獣だった。
 すると急に、昨日彼の元を訪ねなかったのが悔やまれてくる。
 昨日なら似合っていたワンピースも、今はどこか借り物のように千獣に合わなくなってしまっているのだから。
 少しだけ残念な気持ちが、千獣の唇からもれた。
「……見せた、かった、かも……」

 
(終)


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 獣使い 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、追軌真弓です。
今回は楽しく着せ替えさせて頂きました!
ワンピース中心のコーディネートは私の趣味でしたが、年上のお姉さん方に構われている千獣さんの図はとても心和みました。
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今回はご参加ありがとうございました。
また機会がありましたら、宜しくお願いします!


【弓曳‐ゆみひき‐】
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