<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


櫻ノ嘘、愉快ナ夢

ACT.0■PROLOGUE――キャラバン、『嘘つき桜』に遭遇――

「ねーねークラウ! あたし、レーヴェさんにプロポーズされちゃった!」
 今日もエルザード城へ押しかけ営業に出ていたとおぼしきフランが、工房に帰ってくるなり爆弾発言をした。
 作業場で護符製作にいそしんでいたクラウは、不意打ちをくらって、手にした素材(虹色蝙蝠の羽)をぽろっと落とす。
「……空耳かな? 何か今、とんでもないことが聞こえたような」
「『一生涯、私のためにだけ武器を作ってほしい』なぁんて言ってくれたのよぉ。レーヴェさんてさ、お兄様やエル・ヴァイセの騎士たちみたく洗練された男前じゃないけど、朴訥で真面目ないいひとよね。どーしよ、受けちゃおっかなぁ?」
 フランは陽気に快調に飛ばし続ける。ようやくクラウは、今日が4月1日であることに気がついた。
「……フラン。いくらエイプリルフールだからって、そんな大嘘、レーヴェさんに訴えられるよ?」
「なんだ。もうばれちゃった? つまんないの」
 悪びれもせず肩をすくめ、フランは本題に入った。
「お茶目なジョークは置いといて、ね、お花見、行きましょ? エルザード城門前の」
「いいけど、唐突だね……ってあれ? 城門前に桜なんてあったっけ」
「うん。ついさっき、異世界を彷徨っている『嘘つき桜』が出現したの。それでね、城門近辺にいたひとたちは、面白空間に巻き込まれちゃってて、楽しそうなのよ」
「嘘つき桜……? 面白空間……? それって、危ないんじゃ?」
 なにやら嫌ぁな語感だ。クラウの額に、じんわりと汗が滲む。
 しかし、フランはにこにこと上機嫌である。
「聖獣王にお伺いした限りでは、特に害はないみたい。ただ、4月1日に現れて、みんなに1日だけ愉快な夢を見せて消えていく、気前のいい桜なんですって。さ、早く行きましょ」
「い、いや、ぼくは遠慮す……」
 青ざめて首を横に振るクラウだったが、哀れ、その手はフランにがっつり掴まれてしまった。
「そうそう、あのね、キャダン・トステキ団長率いるキャラバン一行も、一足先に面白空間の住人になってるの。ここを訪ねてくれる前に、聖獣王にご挨拶しに行ったらしいのね。そしたら、帰り際に巻き込まれたみたい」
「……お気の毒に……」

 ――そう。
「桜」という植物は特殊である。
 満開の時期ともなれば、その場にいたものの心をさらい、我が内なる世界へと誘(いざな)うという点において。
 それは、4月1日の昼下がり。
 その日そのとき、不運にもその場に居合わせたひとびとは、否応なく、桜の見せる大いなる夢に付き合わされる羽目になったのである。

ACT.1■恐るべき『まぬけ空間』の罠

「はっはっはー! 俺は悪の大幹部だ! 大幹部といえばマッドでクールでドライな科学者! そんなわけで『まぬけ時空発生装置』を開発してみたぞ。これを使ってヒーローたちを脱力させ、その隙にどーんと世界征服してやる!」
 桜は四方八方に、太く頑丈そうな枝を伸ばしている。どうやってよじ登ったのやら、饒剛虎はその上にすっくと立っていた。
「クール」と「まぬけ」は相容れぬ概念だが、それはさておき、剛虎は、大幹部っぽさを強調するために黒いマントを羽織っていた。どうやら改装中の図書室のカーテンを拝借してきたようで、ばさりばさりと格好良く(注:本人的には)翻すたび、もわわわ〜んと埃が漂う。うっかり見上げてしまった翠嵐とシェアラウィーセ・オーキッドは、げほごほと咳き込んでしまった。
 剛虎が持っているのは、なにやら頬に両手を当てて驚愕しているハニワのような物体である。あまり察したくはないが無理矢理察するに、それが『まぬけ時空発生装置』のリモコンスイッチであるらしい。
 自称悪の大幹部な科学者が「ぽちっとな☆」とスイッチを押した途端、巨大な怪獣が出現した。
「まいったか! 聖獣界ソーン広しといえど、どの文献にも見いだされたことのない伝説の怪獣『まぬけ獣』だ!」
(こんなものの存在を記した古文書がもしあったとしたら、ディアナ・ガルガンドは焚書するかもな……)
 翠嵐はぼんやりそう思う。
『まぬけ獣』の外観は、もし『東京』出身者がこの場にいればああ! と思い至るであろう、水爆実験から生まれた超有名怪獣にクリソツだった。このままでは著作権的にどうよだが、凶悪極まりない頭部に、某リボンつき白い子猫を連想させる帽子をすぽっとかぶることによって、各方面からの追求を姑息にかわす構えだ。
 あい〜ん! のほほ〜ん! という雄叫びが、これまたまぬけ感倍増である。
 まだ桜の効力が及んでいない翠嵐は、リボンつき猫耳巨大怪獣を静観し、大きくため息をつく。その目に、逃げまどうキャダン・トステキ及びキャラバン一行と、フランとクラウの姿が映る。
(工房のふたりはたぶん、好きこのんで来たんだろうからいいとして……。キャラバンのひとたちは災難だね)
 シェアラウィーセはといえば、嘘つき桜の話を聞いた上で、巻き込まれるかも知れない、でもまあ大丈夫だろうと思いながら城門前を通ったという微妙な経緯があったため、心の準備(?)はできていた。
「ふーむ。この状況を見物するのは悪くないが……。一種の芝居といったところかな?」
 呟いたとたん、桜の木が枝を揺らした。花吹雪とともにひょいひょいと、『聖獣戦隊ソーン5(ファイブ) 〜エルザード城門前の決戦〜』という、派手な筆文字タイトルの台本を落としてくる。これを読んで役作りをしろということらしい。
「うわ? 剛虎のキャラ違ってる? へーえノリノリじゃん。よし、負けないぞ!」
 芦川光は冒険者である。燃えさかる勇気と大いなる夢と、持つのがちょっと大変な剣を友とし、前人未踏の荒野へ、断崖に建つ謎の城へ、はてはおどろおどろしい魔の洞窟へ挑戦し、いつか魔王とかラスボスとかをえいやっと退治して俺は勇者になるんだ――な15歳。彼にとっては、いつものソーン世界もこの空間も、ある意味変わらないやも知れなかった。
「ヒーローといえば勇者! 勇者といえば俺しかないよな!」
 変・身! と、ドラゴンが阿波踊りをするようなポージングをしてみたものの、何の変化もない。
 桜の木の上で、はーっはっはっはと、剛虎が高笑いをした。
「パワースーツ化などできるものか! 『まぬけ時空』に普通の人間が足を踏み入れると、本人比25倍もまぬけになるんだぞ」
「や、でも考えてみれば、俺もともとそーゆー変身ってできないし、あんまり脱力した感じしないな。わりといつもと同じっていうか」
 光はさわやかに笑い、剛虎は背に『がぁ〜ん』という描き文字を背負ってのけぞる。
「しまったぁぁあ〜〜! 普段からまぬけなやつには効かないというか意味がないのか!」
「それはともかく、変身できないけど、俺は聖獣戦隊ドラゴンブルーだ! 行くぞ! ってああ! 武器がないっ!」

 ◇◆ ◇◆

「おや……? この幻想空間では素敵なストーリーが進行しているようだ。ふむふむ」
 桜吹雪をかき分けて『聖獣戦隊(以下略)』の台本をキャッチしたスフィンクス伯爵は、優雅な仕草でページをめくる。
「……なるほど。つまりこれは、ちいさいおともだちと、おおきいおともだちのための、アレなのだね?」
 金色の瞳が意味深に光る。桜は、んーまあそんなとこっスよ、とでも言いたげに、はらりと花びらをこぼした。
「きゃー! 踏んじゃ嫌ぁー! まぬけ獣に踏まれるなんて、そんな最期は嫌。あ、スフィンクス伯爵だ。やっほーこんにちはー!」
「こんにちは、フラン嬢。君はいつも元気で気持ちがいいね。楽しんでるかね?」
「うん! ゆるいんだかハードなんだかわかんない展開だけどね」
 怪獣の足もとをちょろちょろと逃げ回りながら、フランはスフィンクス伯爵に大きく手を振った。
「伯爵も何か役やってよー!」
「そうだねぇ」
 桜の木の根元に腰をおろし、伯爵はふぅむ、と考える。その前を、やはり逃げまどっているクラウとキャダン、そしてレーヴェが横切っていった。
 キャラバンの団長もレーヴェも、体力に自信はあるはずだが脱力空間には馴染めないようで、その顔は青ざめ、足もとはふらついている。
「大丈夫ですか、キャダンさん、レーヴェさん。とんだ災難ですね」
「……俺のことはいいんだが、キャラバンのみんなが……」
 クラウに支えられながら、キャダンは桜を見上げる。
 その途端! 突然! いきなり!
 一天にわかにかき曇り、空を稲妻が走った。
 いつのまにか、キャラバンメンバーの女の子たちが、まぬけ獣に捕らえられている!?
「見たか! 悪の組織は非道なんだ、非戦闘員なか弱い女の子を人質に取ったりしちゃうんだ! これぞ醍醐味!」
 黒いカーテン、もといマントをなびかせて、剛虎は腰に手を当てて高笑いする。が、好奇心旺盛で冒険心に溢れたキャラバンガールズは、まぬけ獣の肩によじ登ったり、猫耳を引っ張ったりして、囚われのヒロイン状態を満喫しているようだった。
「……すまない、みんな。俺にもっと力があれば……!」
 唇を噛み、きつく拳を握りしめるキャダンは、すでにこの空間に適応してしまっている。
「キャダンさんの責任じゃありませんよ……」
「まったくだ。なんでこんな羽目に。そろそろ帰りたいものだが」
 ぼやくレーヴェと同様に、脱出方法を模索しはじめていたクラウだったが、キャラバンガールズが人質(……たぶん)に取られていてはそれもままならない。
「きゃー! やーん! 助けてー! か弱い深窓の令嬢にひどいことしないでー」
 フランはといえば、元気いっぱい土煙を上げて、もんのすごい勢いで鋭意逃走中だ。
(……ここぞとばかりに張り切ってるなぁ。最近、運動不足だから身体動かしたいって言ってたもんなぁ)
 なんだか自分も「まぬけ」の魔の手に捉えられた気がして、クラウがふぅと肩を落としたとき。
 目の前に、小山のような影ができた。すわ、新たなる怪獣かと思われたがさにあらず。
 レーヴェが華奢に見えるほどの、鎧のような筋肉に覆われた巨漢が現れたのだ。
 新緑の葉で構成されている髪は、深い森の中にいるような清々しい香りを放っている。たとえば樹齢何千年もの神木が、神聖な龍の力を得て人型をとったなら、こんな姿になるのかも知れない。
「やあ、初めまして。クラウにキャダンにレーヴェ。もしかしてピンチか?」
「はぁ……。見てのとおりで……。あなたは?」
「よく聞いてくれた! ガルーダレッド!」
 クラウの肩は、いやんな予感のする呼びかけとともに、ごつい手でがしっと抱きかかえられる。
「城門の近くで寝てて、気づいたときにはここにいたんだ。でも、私が来たからにはもう安心だ! 私は、例えるならば野良ドラゴンをボディーブロー一発で意識をさくっと刈り取れるほどの癒し系パワーを持つ男! 本名は龍樹だが、今は聖獣戦隊ユニコーングリーンだ。さあ、某同僚からちょろまかしてき、いやなに、ともかくこの指輪をはめて」
「えっ?」
 謎めいた赤い光を放つ指輪は、よりによって左手の薬指にねじ込まれた。

ACT.2■なし崩しに戦いは始まる?

「レッド……って、ぼくが……?」
 聖獣戦隊ガルーダレッドの役回りが我が身に降りかかってしまったクラウは、反応に困ってとりあえずがっくりポーズを取ってみた。それにかまわず、つぎつぎに、キャダンにもレーヴェにも、龍樹、いやユニコーングリーンは指輪を贈る。
「さあ、キャダン! お前は今からライオンイエローだ!」
「……そうか。ありがとう。これでキャラバンの皆を助けることができる!」
「お前にはこれがぴったりだ、レーヴェ。聖獣戦隊タロスピンクとなって、ともに怪獣と戦おう!」
「ピンクは……。ピンクだけは……。頼む。何でもするから、それだけは……」
 蒼白になって首を横に振ったレーヴェだが、哀れその薬指にもサーモンピンクに輝く指輪が、もうほとんど力ずくで嵌められている。
「そんなに心配しなくても、女の子になったりしないから平気だぞ?」
「そういう問題じゃない……」
「きゃあかっこいいー! 待ってたわ、あたしたちを助けに来てくれたのね。ドラゴンブルー! ユニコーングリーン! ガルーダレッド! ライオンイエロー! タロスピンク! 聖獣王の名のもとに世界を守る正義の戦士。聖獣戦隊ソーン5(ファイブ)!」
 まぬけ獣の肩とか頭とか耳とかに乗っかって、キャラバンガールズが口々に叫ぶ。
「役者はだいぶ揃ったようだ」
 スフィンクス伯爵は、ぱたん、と台本を閉じる。
「悪の大幹部たる科学者。世界征服のために生み出された世にも怖ろしい怪獣。囚われの可憐なヒロインたち。逃げまどう令嬢。満を持して現れた5人の戦士と、敵か味方かわからない謎の女」
 謎の女、というところでスフィンクス伯爵に見つめられたシェアラウィーセだったが、それが自分のことを指しているとわかるまでにたっぷり3分かかった。
「謎の女……?」
「そう。24時間ストーカーしてなければ無理なほどの絶妙のタイミングで登場して、作戦遂行中の大幹部にミステリアスな助言をしたり、かと思えば、技の開発に行き詰まったヒーローたちが新しい力を得るための特訓を行ったり、ピエロの扮装で遊園地で風船を配ったり、不意に現れた得体の知れない黒い映像に向かって『……かしこまりました、テラさま(仮名)のお望みのままに』と笑みを浮かべて頭を下げたりする、そういう役だよ」
「……やってもいいけど、面倒くさそうだな」
「台本の注意書きに、『ヒーローの扱い方』や『大幹部のからかい方』、『怪獣との遊び方』の項目があるだろう? それを参考にすると良い」
「……なるほどね」
「そして、やっぱり外せないのが6人目のヒーローだね」
 欠伸をしながら成り行きを見ていた翠嵐は、スフィンクス伯爵の指先が他ならぬ我が身をさしているのに気づいて咳き込んだ。
「ごほっ。……6人目?」
「そうとも! 最強の敵に追いつめられ、絶体絶命のピンチに陥った5人の聖獣戦隊を救うため、颯爽と現れるんだ。色はやっぱりブラックかな。聖獣戦隊イーグルブラック。どうだね?」
「どうだねと言われても」
「性格は萌えを狙ってクール+ツンデレで」
「萌えか……。萌えは大事だな」
 頷いた時点で、翠嵐もすっかり、まぬけ時空の住人と化していた。
「ねー! 逃げながら話は聞いたけど(どうやって?)伯爵の役はぁー?」
 なおも走りながら、フランが叫ぶ。
 スフィンクス伯爵は、ふふっと含み笑いをした。
「私の配役はとうに決まっているのだよ。親切っぽくヒーローたちの相談に乗る悠々自適な貴族とは仮の姿。その正体は!」
 伯爵はばさりとマントを翻す。こちらは剛虎と違って自前である。
「……敵陣の中堅どころな幹部、スフィンクス伯爵なのだ!」
「まんまじゃん」
 光がツッコミを入れた時点で、なんとなく戦いは始まった。

 ◇◆ ◇◆

「我が構成猫たちよ! エルザード城下に散らばるがいい。そして随所の情報を余すことなく伝えるのだ!」
 ふたたびみたび、伯爵はマントを翻す。桜の木の幹に、『作戦本部:スフィンクス伯爵専用』と書かれた札が下げられ、巨大モニタが出現した。街に放った猫たちはリアルタイムで情報を送信し、このモニタに映し出される仕組みであるらしい。
「……なんで、中堅どころなのに、大幹部より立派なマントと装置持ってるんだ」
「強いて言えば、基礎財力の関係かな」
「まあいい、聖獣戦隊をやっつけるぞ。人質を奪い返されないように注意しろ」
「大幹部様は、ご自分の作戦を遂行したまえ。私は私で、地道な市街征服作戦を行うことにする」
 大幹部の剛虎よりも中堅どころな伯爵のほうが偉そうなのは、人生経験の差というか総帥経験の差であろうか。構成員の猫たちを自在に使えるスフィンクス伯爵は、人(猫)海戦術にて、多くのひとびとをまぬけ空間に引きずり込もうとしていた。
 市街に散った猫たちは、花見客を相手に桜餅や団子の販売を行う。それを食べた人間は、片っ端から本人比25倍のまぬけと化す。そんな戦略だ。
「……そもそも、花見を邪魔するのも野暮な話だし、あまりスマートな作戦とも言えないが、私とて組織の一員。決まったものは仕方がない。それに、計画が失敗したとしても責任を取るのは大幹部様だしね」
 モニタを前に、伯爵は軽く髪を掻き上げる。
「その作戦立てたのおまえだろ! 俺が責任取るのかよ!」
 地団駄踏んだ大幹部様は、思わず桜の枝を揺するのだった。

ACT.3■なし崩しに戦いは終……(ため息)

「いいことを教えてあげよう。大幹部と中堅どころ幹部の仲が、険悪な状態になっている。今がチャンスじゃないか?」
 いきなりだが(まったくだ)、最終決戦である。激しい戦い(いつ?)を勝ち抜いてきた聖獣戦隊ソーン5(ファイブ)は、ひとりも欠けることなく並び立っていた。
 敵とも味方とも知れぬ謎の女、シェアラウィーセが、黒髪をなびかせて5人を振り返る。端正な顔に、ミステリアスな笑みが浮かぶ。
 要所要所で現れて、聖獣戦隊の道筋をしめした彼女を、常に信用していたわけではなかったけれど、その言葉にはいつも不思議な重みがあった。
 ドラゴンブルー・光が、力強く頷く。
「よし、いこうぜみんな! 武器はないから言霊をぶつけてやれ! 心理戦なら負けないぞ。絶妙なボケと突っ込みで、奴らを翻弄するんだ!」
 ……誰かがぼそっと、「天然ボケにツッコミができるのか……?」と呟いたが、幸い本人の耳には届かなかったようだ。
「武器はなくとも、力はあるぞ。ガルーダレッドも、小手調べで小型まぬけ怪獣を倒して自信をつけたろうしな。っていうか、もう行間の合間に私がまぬけ怪獣を倒してしまったしな! あとは幹部連中だけだ」
 ユニコーングリーン・龍樹が、かっこよく白い歯を見せる。
 隣では、ガルーダレッド・クラウが、大幹部がどさくさ紛れに放ったよちよち歩きのミニ怪獣を、倒すつもりもなかったのにうっかり突き飛ばして気絶させてしまい、自己嫌悪に陥っていた。
 ちなみに巨大まぬけ怪獣については、グリーンがさらっと言ったとおり、ひとり勝ちである。

 ディーブローで九の字に曲げ、
 下がった顎を回し蹴りで打ち抜き、
 頭部に踵落しを決めて再起不能状態。

 30分番組ならブーイングが出るほど、戦闘はあっさり終了していた。
「みんな、無事で良かった」
「団長〜。いえ、ライオンイエロー。助けてくださってありがとうございます」
「怖かったー」
「一時はどうなるかと思った」
 嘘つけ、と突っ込みたくなるほどに目をうるうるさせて、解放された人質、キャラバンガールズはライオンイエローを取り囲む。ライオンイエローも目頭を押さえ、うんうんと頷くのみだ。
 ……怪獣を倒したのはグリーンなのだが。
「……これだけ人材が揃っていれば私はいらないだろう? じゃあそろそろ帰」
 そっと踵を返そうとしたタロスピンク・レーヴェの腕を、ドラゴンブルーがしっかとホールドする。
「おまえ、面白いな! いいよ、そのボケ、最高!」
「私は生まれてこのかた、ボケたことなど一度も」
「いいねいいね。その間、そのタイミング。おまえとならいいコンビが組めそうだ。さあ、言葉に魂込めて、鋭いツッコミで敵幹部連中をぐったりさせるぜ! ……ん? みんな、どうした?」
 ドラゴンブルー以外の全員がぐったりしていた。言霊の力は偉大である。

 ◇◆ ◇◆

「べ、別にあんたらを助けに来たわけじゃないからね!」
 最強の萌え口調を引っさげて登場した6人目のヒーロー、イーグルブラック・翠嵐は、倒れ伏した5人をひとりひとり助け起こすと、先陣を切って走り出した。
「悪の大幹部スフィンクス伯爵! 覚悟しなさい!」
「ああ、思ったとおり、露出度高めの戦闘服がよく似合う」
「こらイーグル。大幹部は俺だ俺」
「問答無用! イーグル・アルティメット・ハリケーン!」
 イーグルブラックの背に、大きな翼が現れた。
 羽ばたく度に、凄まじい竜巻が起こる。文字通り巻き込まれて、敵も味方も人質も謎の女も通行人も、桜の花びらとともにくるくると舞った。
「ふ、さすがは我が宿命のライバルと認めた、聖獣戦隊だけのことはある」
 飛ばされそうになりながらも桜の枝にしがみつき、スフィンクス伯爵は片手を上げる。
「しかし、まだ終わりではない。我が猫たちよ!」

 にゃ。にゃん。
 にゃーんん。にゃ。にゃにゃん。
 にゃーぁん。にゃーん。にゃにゃにゃん。にゃん。

 ――合体!

「「「「「嘘!!!!!」」」」」
 敵も味方も人質も謎の女も通行人も、一同、口あんぐり状態になった。
 何となれば――
 わらわらと集まってきた大量の猫たちは、ひとかたまりになり、ついには合体して超巨大猫になったからである。
「……強敵だ。まぬけ怪獣を倒すようなわけにはいかない」
 グリーンが青ざめる。
 そう……超巨大猫は、超可愛かったのだ。ふかふかの毛並み、まあるい目。ピンクの肉球。とても戦えない。
 ためらう6人を前に、スフィンクス伯爵は、ささっと巨大猫の背に乗った。
「ふふ、今日の勝ちは桜の美しさに免じて譲ってやろう」
 猫はばびゅーんと空を飛ぶ。
 暗雲の晴れた眩しい青空に呑まれ、すぐに、その愛らしい姿は見えなくなった。
「何だ、逃走用に合体させたのかよ。……て、俺を置いていくなぁー!」

『嘘つき桜』が満足そうに花びらを散らす中、置き去りにされた悪の大幹部の絶叫がこだました。

 ◇◆ ◇◆

「ふうー。楽しかったね。いい汗かいたわ。みんな、お疲れさま!」
 ようやく『まぬけ時空』から解放された桜の木の下で、フランはエル・ヴァイセ風の華やかな料理を並べ、グラスに飲みものを注いでいた。
 まぬけ怪獣が倒された時点で暇になったので、いったん工房に帰り、お花見宴会をするべく、準備を整えてきたのである。
「おや、これはこれは。美味しそうだね。有り難く頂戴するよ」
 すっとグラスを差し出すスフィンクス伯爵の横で、まぬけ効果の切れた剛虎はぼそりと言う。
「……青空の彼方に去ったと思ったら、もう戻ってきたのか。早いな」
「うわぁ、腹減ってたんだ。食べるぞー!」
 光は目を輝かせて取り皿を構える。
「ふうん。呪いつき武器しか作れない娘だと思ってたけど、結構気が利くんだな」
「異世界風の、凝った料理だね。いただきます」
 シェアラウィーセと翠嵐が、手鞠寿司を連想させるひと品を口に運ぶ。
「あ、あのう」
 固まったクラウは、言いにくそうに呟いた。
「フランって、器用だから何でも作れちゃうんですけど、ちょっと味音痴なところがあって、だから」
「ぐはーっ。先に言え〜〜!」
 真っ先に食べてしまった光が、紫色の顔で首筋をかきむしる。
 少ししか食べずに済んだシェアラウィーセは冷や汗を拭い、翠嵐は胸をとんとん叩いた。
 わりと豪快に食べてしまったスフィンクス伯爵は、内なるあれこれはぐぐっと堪えて、そっと口を押さえた。
 ――なにしろ彼は、紳士だったので。

 なお、キャダン&キャラバンガールズは、そこはかとない危険を感じ、一同から離れて独自のサバイバル料理を食していたため、無事だった。
 愛娘からの呼び出しを受け、「すまん、急用だ!」と叫んで、自家製というか我が身の実を滋養強壮剤代わりに口に放り込んで路地裏に飛び出した龍樹もまた、無事と言えば無事……と言えようか。お腹を壊さなかったという意味では。
 その後、ユニコーングリーンではなくなったばかりの龍樹に、新たなる怪獣大決戦の幕が開いたのだが、それはまた別の物話である。

ACT.4■EPILOGUE――冒険という名の旅路――

 そして――白山羊亭。
 苦笑しつつそこまで語り、キャダンは一息ついた。溶けかけの氷が、グラスの中でからりと音を立てる。
 土産話に聞き入りながら、くすくす、と少年は笑う。
 あの日、キャダンは、少年の物語の中で、その場にいた人々とともに架空のキャラバンを結成し、ひとときを過ごした。
 それから――旅に出た。
 樹木医の診療所での出来事。とある情報屋が企画してくれた送迎パーティ。船で別大陸へ渡る際、海の魔物から護衛してもらい、そして訪れた、はじまりの大陸、陰〈イン〉と陽〈ヤン〉。チーズを巡って追い追われた、魔女とネズミの、硝子森でのエピソード。キャラバンごと大鴉に囚われ、地獄に住まう蛇の名を冠したギルドの者に救われたこと。恋に恋する乙女が森の中に蒼い花を探しに行き、意外な結末を迎えたりなどして――
 ようやく、キャラバンはエルザードに戻ってきた。最後の最後に、エルザード城門前で、奇妙なお花見をすることになってしまったけれど、それでも。
「楽しい冒険だったんですね……。どの道行も」
「そうだな」
 懐かしそうに、キャダンはグラスに目を落とす。
 氷に反射する光が虹色に変化して、キャラバンの想い出を、万華鏡のように映し出した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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(メインキャスト)
【0520/スフィンクス伯爵(すふぃんくすはくしゃく)/男性/34歳(実年齢50歳)/敵幹部のスフィンクス伯爵(キャラそのまんま)】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド(しぇあらうぃーせ・おーきっど)/女性/26歳(実年齢184歳)/敵なのか味方なのか謎な存在】
【2516/龍樹(りゅうじゅ)/男性/24歳(実年齢742歳)/聖獣戦隊ユニコーングリーン】
【3326/饒・剛虎(ラオ・ガイフー)/男性/15歳(実年齢15歳)/悪の大幹部な科学者】
【3397/翠嵐(スイラン)/女性/24歳(実年齢500歳)/聖獣戦隊イーグルブラック(6人目のヒーロー)】
【3406/芦川・光(あしかわ・こう)/男性/15歳(実年齢15歳)/聖獣戦隊ドラゴンブルー】

(エキストラ)
【キャダン・トステキ/聖獣戦隊ライオンイエロー】
【キャラバンメンバーの女の子たち/囚われのヒロイン】
【レーヴェ・ヴォルラス/聖獣戦隊タロスピンク】
【クラウディオ・ヴァイセ/聖獣戦隊ガルーダレッド】
【フランチェスカ・アイゼン/通行人A】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月まりばなです。
このたびは、トンデモなお花見に巻き込まれてくださり、まことにありがとうございます。
とほほなことになったキャラバン一行も、皆様と楽しい(?)ひとときを過ごすことができ、ご一緒にお花見宴会の席にもつけて、きっとほっとしたことと思います。
キャラバンの旅はこれで終わりですが、団長や団員が関わったひとびとは、これからもソーンのどこかで新しい物語を綴っていくことでしょう。

ノベル反映後、鷹林太郎丸絵師の【額縁屋-幻燈-】にて、キャラバンが巡った全ての想い出に対応するピンナップが受注される予定です。 
宜しかったら、記憶に残る冒険のワンシーンを、新たなる記念絵にしてみませんか?

□■スフィンクス伯爵さま
構成猫合体! そんないやんもうどうしましょう。ごはん3杯はいけそうな、激萌えシチュエーションをありがとうございます。

□■シェアラウィーセ・オーキッドさま
主要シーンに現れる『謎の女』は、なかなか美味しいポジションかと思われます。戦隊をバックにポーズを決めるシーンは外せませんよね(妄想中)。

□■龍樹さま
かっこいい妻帯者のグリーンさまは、世界がどうなろうと、娘さんからの呼び出しがあれば速攻でお戻りになるのですね。マイホームパパの鑑です。クラウをレッドに誘って下さり、ありがとうございました。

□■翠嵐さま
6番目のヒーロー! しかもクール+ツンデレ。それだけで世界征服(?)できそうですのに、こそっと戦闘服を露出度高め設定にしたのは、完全に私の趣味ですスミマセン。

□■芦川光さま
なんてまっすぐな少年! すがすがしい冒険者ぶりに心が洗われる思いです。これぞ王道。嘘つき桜が去ったあとは、どうか伝説の勇者への道を突き進んでくださいませ。

□■饒剛虎さま
『まぬけ時空発生装置』に『まぬけ獣』。ハイセンスなネーミングにノックダウンです。いつものキャラを変えてまでの悪の大幹部っぷり、素晴らしゅうございました。お疲れ様でした!