<エイプリルフール・愉快な物語2007>
闇夜にとどろく声を追え!
ぼんやりと灯った街灯が闇夜をほの明るく照らす頃、通りがかる人々が普段よりも足早に公園を駆け抜けていく。
いつもなら仕事帰りの者達で賑わう露店も店じまいの支度に追われている。
その光景に鬼眼・幻路とアレスディアは嘆息をこぼした。
―深夜の公園に化け物が出現し、騒ぐ若者たちを蹴散らした!!
―突如不気味な高笑いが響いたと思ったら、巨大で真っ白な物体が駆け抜けて、はた迷惑な若者達を吹っ飛ばした!!
―爛々と輝く蒼い火のような目が闇の中に蠢いていたと思ったら、あとには傍若無人な若い衆が潰されていたんじゃぁぁぁっ!!
数日前から街で流れ出した噂。
当初はその真偽も分からなかった話だが、本当に深夜の公園で御近所の迷惑など顧みず大騒ぎしていた若者達が蹴散らされ、病院に担ぎ込まれた。
騒ぐ若者達を渋い顔で睨んでいた露店の店主が目撃し、通報した。
噂は一気に真実味を帯びて広がった。
―深夜の公園で騒ぐと正体不明の化け物に成敗される。と
だが、この2〜3日の間にその噂に微妙な変質が生まれた。
―騒いでもいない仕事帰りで通りがかった者たちが襲われて、金品を奪われそうになった。
なった、というのも微妙なことだ。ただ実際に金品を奪われるが、数分も立つとちゃんと無傷で戻ってくる。
しかもよく効く薬草つきで。
実質的な被害がないので放っておいても、と思う者もいたそうだが、ただ通りがかっただけで襲われるなどという状況を受け入れられるわけがない。
そういうことで、公園近辺の露店及び食堂の売り上げが激減。
困り果てた店主達が事態の解決を願い出たという訳である。
「なるほど、被害は最小限というわけか。」
「ふむ……確かに、深夜屯し騒ぐ若者は感心せぬでござるが、通行人にも被害が出たとなると放っておくわけにはいかぬでござるな。」
白山羊亭で話を聞いたアレスディアがうなずくと、鬼眼・幻路も同意する。
「深夜に騒ぐ若いもん達も大問題ですが、あれは自業自得ってもんですよ?だたの通行人にまで被害が出たら商売上がったりだ。」
「実際、みやげ物とかにも影響でてるみたいなのよね。観光客も怖がって、敬遠してる状態。お陰で私も彫金の仕事が減ってるのよね。」
「そうそう、うちも客は激減するわで最悪よ。」
ここぞとばかりに半泣きで訴える白山羊亭の店主に少しばかり怒りを滲ませたレディ・レムの笑みが引き攣る。
黒山羊亭のエスメラルダも冗談ではないとテーブルにつっぷす。
―これはなんとかしなくては!
話を聞いている内にアレスディアも鬼眼・幻路もただ事ではない事をひしひしと感じる。
「承知いたした。拙者も協力いたそう。」
「うむ、私も協力しよう。このままにはしておけぬ。」
憤然とうなづく二人の姿に店主は救いの光を見出したかのように仰ぎ見る。
レディ・レムとエスメラルダも信頼の眼差しを向けて頭をさげた。
―被害が出るのは辺りがすっかり闇に包まれてから深夜にかけて。
―背後からいきなり突き飛ばされて倒れると、押さえつけられて財布などの金品が強奪される。
そんな噂が一気に広がった影響は予想以上に大きく、普段ならそれなりに繁盛している露店もこうなると閑古鳥が鳴いている。
幸い被害報告が少ないことと以前から親の金で遊び回っている苦労知らずの若者たちが主な被害者だということで、今のところは赤字経営に至るまでにはなっていない。
だが、この状態が続けば死活問題になるのは目に見えている。
白山羊亭の店主やエスメラルダらが騒ぐのも無理はない。
早い内に解決しなくては、それこそ大問題だ。
話だけでなく、こうして現場に来るとその切迫感がひしひしと伝わってくる。
状況を痛切に感じ、アレスディアはぐっと表情を引き締め、鬼眼は鋭く辺りを見回した。
「被害が今のところ多いのは入り口から噴水の周辺にかけてか・・・」
彫金師の意地よ!と妙な力説したレムからの情報メモを確認したアレスディアに鬼眼はふむと考え込んだ後、口火を切った。
「ここは二手に分かれて見張ることにいたそう。被害者らの話からして同一犯の可能性が高い。」
エスメラルダが聞いた被害者の証言から襲っている犯人は背後からいきなり突き飛ばして押さえつけるという同じ手段。
公園の入り口から噴水にかけて被害があるというのは、しばらくつけてから襲っているということだ。
それらから考えてみると同一犯の可能性が高いということだ。
「そうだな・・・私は噴水近辺を見張ろう。」
「拙者は入り口を見張ろう。念のために浄天丸を鳥に変えて公園全体を見張らせるとしよう。」
話がまとまり頷きあうと、二人は素早く行動を開始した。
静まり返った夜の公園にさやさやと噴水の音だけが響く。
人目につかぬ木陰に隠れ、辺りを窺うアレスディアはふっと息をついた。
こうしていると騒ぎがあるとは嘘のようである。
だが、この騒ぎに乗じて悪事を働いている者がいるは確かなのだ。稚拙極まりない手段で通りがかった善良な者を襲うなど言語道断。
ここは一つ犯人を突き止めて、自覚を促す必要があると感じた。
しかし、とアレスディアはふと思う。
最初に深夜に騒いでいた若者達が蹴散らされたということはともかくとして、その後に起こった強盗未遂は同一の複数犯によるものだろう。だが、不思議なのは奪われた金品が無事に戻ってくることだ。
金品欲しさに強奪しているのに、何も使わずわずか数分で返してくるなど考え難い。
しかも怪我によく効く薬草をつけてくるといった礼儀正しさというか律儀さがどうしても結びつかなかった。
「強盗犯とは別に何かがいるのか?」
疑問が口をついて出た瞬間、遠くから悲鳴が聞こえた。
アレスディアは弾かれたように顔を上げ、ぐっと表情を引き締める。
しばし時間が流れた後、ばたばたと嬌声を上げて遊びほうけているとしか思えない姿の若者達が駆けてくるが見えた。
今度こそ上手く言ったぜ、などと口々叫んでいるのが聞こえ、アレスディアは怒りを覚える。
間違いなさそうだと思った瞬間、何か白いものがさっとよぎった。
ぐるりと辺りを見回すがそれらしいものものはなく、気のせいだったかと首をかしげると同時に若者達が騒ぎ出す。
「おい、金はどうしたんだ?」
「ねえんだよ!さっきまであったのに・・・」
「またかよ?!」
なにやら騒ぎたてる若者達にアレスディアはうんざりしたとばかり眉をしかめるが、濃紺のショールを羽織った老婆が取り囲まれたのを見た瞬間、青くなって飛び出した。
闇夜に響く悲痛な老婆の叫び。
それを面白そうに取り囲む若者達数人を叩きのめすと、老婆と彼らの間に立つアレスディア。
その瞳は怒りに燃え上がっている。
「貴様ら、か弱い老人に何をしている?」
怒気を孕んだ問いかけに思わず身をひく者もいるが、中には馬鹿にしきった表情を浮かべる者が声を荒げた。
「別にいいだろ?俺らが有効活用した方が世のためってもんだろうが!!」
それに便乗して、他の若者達も騒ぎ立てる。
―こいつら!
怒りで頭がどうにかなりそうになるのを必死で押さえると剣を構え、多少加減を加えて叩きのめす。
力の差は歴然としているので大して苦にもならない。
―こういう世間知らずは徹底的に自覚させねばならん。
恐ろしいまでに冴えるアレスディアの剣に若者達は次々と気絶させられていく。
流れるような動きで相手を翻弄するアレスディアの耳に空を切り裂く羽音が届くとともに翼を広げた浄天丸が爪を立てて若者たちに攻撃する。
同時に闇の中から鬼眼がかけてくる姿を見つけ、アレスディアはわずかばかり安堵の笑みを浮かべた。
噴水の前で老婆を背に庇い、怒りに燃えたアレスディアを明らかに遊びまくっているといった風情の若者達が取り囲んでいた。
良く見ると何人か地面に倒れ伏している。
状況を見て、鬼眼は何があったかすぐに察した。
不運にも通りがかった老婆を襲おうとした若者達にアレスディアが怒って軽くおしおきしたのだろう。
良く見ると鳥の爪か何かに引っかかれたらしい傷もある。
どうやらもなにも浄天丸も加勢してやったという辺りだ。
―当然の報いでござるな。
心の内で鬼眼はあっさりと断じると、懐から道理の分からん若者達に教育的指導をするための小道具を取り出した。
こちらの姿に気付いたアレスディアは察しがついたのか、身を翻し老婆を庇う。
小さな火花を散らせたそれが若者達の間に放り込まれる。
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
深夜に迷惑な若者達の悲鳴と派手な炸裂音が響き渡る。
突如はじけた爆竹に驚いて、慌てふためく若者達の無防備な後頭部を素晴らしい速さでアレスディアと鬼眼が撫で付けていく。
がくがくと倒れ伏していく仲間の姿に混乱がさらに増す。
こうなるともう二人の独壇場だった。
主犯格らしき若者を残して全員を倒すと、鋭い視線で睨みつける。
「な・・・・・・なんだんだよ!?アンタら!!」
「それはこちらの台詞だ。」
「人様に迷惑掛け捲った挙句、騒ぎに乗じて善良な人々から金品を強奪しかけるとは言語道断でござる。」
腰を抜かして怯える若者にアレスディアは憤然と怒りを露にし、鬼眼も触れれば切れそうな怒気を叩きつける。
まだ親の庇護に甘えているとしか思えない年齢でこんな事態を引き起こすことなど許されるものではない。
ここはきっちりと世間一般の常識を覚えこませておく必要がある。
にじり寄ってくるアレスディアと鬼眼に腰を抜かしたまま若者は恐怖に怯えて喚き散らす。
「何でこんな目に遭うんだよ!でっけーうさぎもどきに踏み潰されて、今度はこれか?俺達が何したって言うんだ!!」
身勝手極まりない上に自覚のない発言にさすがのアレスディアと鬼眼は怒りを通り越して呆れるしかない。
ついさっき鬼眼が言ったではないか。
深夜に多数で大騒ぎし、かつ、化け物騒ぎをいいことに強盗未遂を起こすなど既に犯罪である。社会的に通用するわけがない。
全くの無自覚ぶりにどうしたものかと思ったその時、ぼよん、という何かが飛び跳ねてる音が闇に響く。
それにしてはやけに大きいな?と鬼眼が首をかしげ―目の前に現れたその姿に絶句した。
隣のアレスディアも驚愕のあまり目を見張る。
唯一音の正体に気付いた主犯格の若者と気がついた仲間たちの顔色がざっと蒼くなった。
「ももけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「みみけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
不釣合いなまでに愉快な鳴き声とともにちょっとした屋敷ほどの大きさの巨大なうさぎもどきが二匹、前足を上げて若者達に飛びかかり―数秒後、闇夜に若者達の絶叫が響き渡った。
「なるほど、化け物の正体というのはこやつらであったか。」
鬼眼に頭を撫でられ、嬉しそうに首をすくませるうさぎもどきの小動物。
くりくりと動く大きな青い瞳がなんとも可愛らしくアレスディアも頬を緩ませる。
その背後では騒ぎを聞きつけ、駆けつけた近所の住人と被害者の商人と老婆に呼ばれてやって来た官憲たちが気絶した不届きな若者達を縛り上げていた。
鬼眼から事情を聞いたアレスディアはがっくりと肩を落とすと、ちょこんと座ってるもう一匹の小動物を撫でた。
ばしばしと不届きな若者達を叩きのめして気が済んだのか、巨大なうさぎもどき二匹はくるりと向き合うと軽い音を立てて子犬ほどの大きさに変わる。
呆気に取られているアレスディアに鬼眼は腑に落ちたとばかりの表情を浮かべていた。
「理由は知らんが、騒ぎまくる若者どもに腹を立てて仕置きしたのだろう。だが、それにかこつけて強盗まがいを始めたものだから完全に怒ってのであろうな。」
巨大な姿から可愛らしい小動物へと伸縮自在の能力を上手く使ったものだ、と感心する鬼眼とは対照的にアレスディアは少々虚しくなる。
こんな愛らしい動物でさえ、常識をわきまえているというのになんと言う真似をするのかと思ってしまう。
しかも奪われた金品を取り返した上に薬草まで置いていくなど感心を通り越して頭が下がる。
―多少なりとも見習ってもらいたいものだ。
くるくると足元で飛び跳ねている小動物二匹の姿にアレスディアと鬼眼はつくづくと考えてしまった。
FIN
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3492:鬼眼・幻路:男:24:異界職】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、緒方智です。
ご依頼ありがとうございます。お待たせして大変申し訳ありません。
今回のお話いかがでしたでしょうか?
不届きな若者に最終的な鉄槌を下したのは可愛らしい動物。
しかしながら街を騒がせていた化け物騒ぎはこれにて終息したようです。
また機会がありましたらよろしくお願いします。
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