<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ピカレスク  −路地裏の紅−


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■序章


薄く雲が張った空には、嵩を被った月がある。

それは、とても紅く、陰惨な光を放っていた。

そんな中、婦人は一人立つ。

両手には血に塗れた短剣を持ち

足元には数人の死体。

短剣は、ぬめった液体を被ったままに、鈍く月光を反射する。

婦人の影は薄く延び、それは何処までも、延々と続いているようにも見えた。






街灯の周りをちらちらと、白い蛾が舞う。翅を硝子へぶつけるたびに、火花のように鱗粉が散った。
今宵の月光は蒼く、冷え冷えとした顔で眠りにつこうとする町を見下ろしている。春にしては寒く、人々は風に追いやられるように退散してしまっていた。月光と影のハイコントラストの街並みに、蒼色を持った影が通り過ぎる。風に揺らぐチャードルを、時折ほっそりとした腕で正していた。
ふと、気まぐれに足が細い路地へと向かう。真黒の影に吸い込まれるように、風に裾を靡かせ、蒼い影…ルーネ・ルナは裏路地へと足を踏み入れた。

蒼糸の睫が揺れる、睫と同じく、藤色混じる双眸が揺らいだ。チャードルのフードから零れた一房の髪が、ルーネの首に纏わりつく。軽やかだった足取りはぴたりと止まり、何かを注視するように空を見上げていたが

ぴしゃん

視線が辿っていた物は、水音を立てて壁に叩きつけられ弾いた。水分を多く含んだ音、水滴…雨だろうか?

「…櫻の色でも、移ったのかしら」

ぼんやりと、ルーネは呟いた。しかし、その呟きが霧散してしまう前に、コツと、一つ、ヒールの鳴る音が路地に響く。…雲の幕が開く、月の灯りはスポットライトが移動するのを真似て、一人の影を現した。

「この様な夜更けに…お散歩ですの」

穏やかな声音に、月の冷えた感覚を覚える。ルーネは蒼の双眸を影の人物へと向けた。女性のようだ、ルーネと同じく、風に裾を翻す、ドレスを纏った女性。ただ、色使いはまるで正反対で、ルーネの透明、純粋さに比べ、影の女性は存在を主張するかのような赤、髪は漆黒、ハイコントラストな白い肌。青白い月のライトのお陰で、其の存在は昼よりも更に強調されていた。

「ッ…あなた、」

突然の問いかけに、ルーネが戸惑いながらも唇を開いた時だ、蒼の双眸の端に移る、奇妙な造形は何だろう?

「此処は物騒ですわ、早々に引き上げられたら如何」

「…彼れは」

ルーネは指で示さず、視線を移ろわせ婦人に問うた。少しほど遠くに見える、奇妙な物は。…ルーネには少し、見覚えがあった。

「……つい先程の事です、この通りで殺人事件が起きましたのよ。自警団はまだ、お片づけが終わっていないようですわ」

それで、と婦人の『早々に』と言う発言にルーネは納得する相槌を打った。しかし、それならば、まだ自警団の者が残っていても良い筈。周りには人の影すら通らない、どういう事だろう。見渡せど、人と確認できるのは、婦人だけ。婦人は、歩いてきた事を考えれば、あの『人であったもの』を見たのだろう。何故未だ此処にいるのか、何故この通りを歩いているのか。

「…石榴が爆ぜた様ね、石榴を狩ったのはあなた?」

「いいえ」

婦人はゆっくりと、ルーネの問いかけに応える、赤い紅をなぞった唇が弧を書いた。ルーネはもう一度、蒼い視線を死体へと向ける。頭部と思わしき箇所から、とろりと溶け出すように造形が不自然に崩れている。本当に、石榴のように。
足をゆっくりと踏み出すのは、ルーネ。婦人の隣をすり抜けて、死体の傍らへとすっと膝を曲げて屈んだ。手を死体の顔へと差出し、そっと、見開いた眸を閉じさせてやった。

「お優しい事」

「石榴狩りも程ほどに…、あなた、頬に石榴の種が付いているわ」

婦人はきょとんとしていた、背を向けていたルーネには見えなかっただろうが、一瞬の沈黙で感じ取れる不思議な雰囲気だった。

「…失礼。ハンカチは石榴にくれてやってしまった物ですから、あなたのハンカチ、貸していただけますか」


ガツッ


石畳の隙間に短剣の切っ先が食い込む、刃こぼれはしない、ただ、石畳の煉瓦が少々削れてしまった。

「ハンカチならば、すぐにでも…その様に、粗雑な頼まれ方をされたのは初めてだけれど」

ルーネの足元、直ぐそばに、短剣は突き刺さっていた。vivivi…と音叉のような音を立てて、小刻みに短剣は未だ揺れている。

「それは失礼」

婦人は首を振って、目に掛かる前髪を手を使わずに払った。ルーネは足元へと刺さった短剣の柄に触れる、婦人は先ほどまで触っていたと思われるが…まだ冷え込んでいる時期だからか?…とても冷たい。

「…私の紅に酔いたいのかしら」

「素敵ですわ」

その問いかけは、婦人と短剣へと、ルーネが一言。そして、またゆっくりと婦人が答えるのだった。ルーネは折った膝を伸ばし、立ち上がる。

「それは、叶えてあげる訳には、行かないの」

子どもに言い聞かせるように、ルーネはゆっくりと言葉を紡ぐ。装飾品らしい、宝石が光ったように見えたのは、月光の悪戯か…見間違いか。その宝石は、今宵の月に良く似た蒼色を持っている。

「…、印象だけならば…」

婦人の答えを待たず、息を吐きながら、ルーネは言葉を挟んだ。少々考えるように、細い顎に指を添えて。…その指はすぐに、肩にふわりと乗っている髪の毛を払う事に使われた。

「貴女に似た人を知っているわ、けれど…」

「けれど」

言葉の続き、催促するように婦人が疑問符を復唱した。

「紅は貴女に、何を魅せるのかしら…」

続いた言葉、婦人は少々期待はずれのような表情を見せる。

「貴女が狂気なら、それは全く似ていないわ…」

「…狂気以外に、何があると言いますの」

謎掛けの様な事を言いながら、ルーネはくすりと、息を小さく吐くように笑った。風にチャドルの裾が遊ぶ、繊細な銀の刺繍が月の光に煌いた。

「貴女は、判っているはず…よ」

ルーネの細い人差し指が、注釈をつけるようにそっと、色付きの良い唇に宛がわれた。婦人は、ルーネの言葉にまるで身動きを取れないでいるような、影を縫い取られたような。…ぎこちない動きをして、まるで戸惑っている様。

「きっと、未だ、気付いていないのかしらね」

「何が、何を言っているの」

…記憶の中の【婦人と似た人物】と、婦人を照らし合わせる。ルーネに戸惑う婦人は、子どものように見えた。カツリと、婦人のヒールが鳴る。前へ進んだのかと思いきや、婦人の左足は不自然に後ろに下がっていた。後ずさり…。

「私の逢瀬はこれからなの…今日はもう、失礼するわ」

するりと、まるで風のようにルーネは婦人の横を通り過ぎる。婦人は未だに動けないのか、動く気も無いのか、ルーネの後を追う事は無い。

「…聞き分けの無い子どもには、お母様も大変ね」

婦人の脇を通り抜ける際に、そう一言、ルーネは言葉を婦人の耳へと残しておいた。婦人はそれでも、動きはしない。ただ、少し睫を伏せた目で、ルーネの姿を追っていた。ルーネは、その視線へにこりと微笑を返すのみ。
足はゆっくりと広場の方へ、ようやく、月の光を満面に得られる場所へと辿り着いた。噴水の水が、細かな光の粒を飛ばしている。先ほどまで、蒼い顔をしていた月だったが、今は純潔をあらわすほどの白さを称えている。

「今宵の月は百面相だわ」

もう、直に夜が明ける、月の下方は橙に縁取られていた。空が白む、雲がたなびき、鳥が鳴く。友を呼ぶように、一羽の小鳥が屋根の間を縫うように、鳴きながら飛び去っていった。
目を覚ましだした街、未だに眠りから覚めずにいる人は起きれただろうか?
また、一日が始まる。それは、誰かの始まりにもなり、終わりにもなる日。

「逢えるのは、いつごろかしら」

ルーネは、暫くして顔を見せた太陽に、目の上に手で庇を作って挨拶をした。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 3520/ ルーネ・ルナ/ 女性/ 年齢 20歳(実年齢16歳)/ 具象心霊】

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■         ライター通信          ■
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■ルーネ・ルナ 様

初めまして、発注有難う御座います。ライターのひだりのです。
遅くなってしまい申し訳御座いません!
いかがだったでしょうか、ルーネさんの神秘的な感じを重点においてみました。言葉遣いにも少々悩みつつ
何もかもお見通し…って、感じも受けたのですが、どうでしょう?
次につながる様なお話の展開にしてみました。

これからも精進していくつもりですので、何卒宜しくお願いします!

ひだりの