<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『義賊を名乗る者達』

 ソーンで最も有名な歓楽街ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
 この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。

「なんだこの広告は? 読めねぇんだが」
 酒に酔った冒険者が目を留めたのは、一際派手なペンで書かれたポスターであった。
 独特な文字は所謂少年文字だ。大人には非常に読み難い。

―黒薔薇団 団員募集―

 我々は義賊を目指す集団である
 虐げられし者
 職の無い者
 我々と共に、立ち上がろうではないか!

「って書いてあるんだって。まずはこの文字を読めることが入団条件らしいわよ」
 今の時間、客は彼1人であり、エスメラルダは隣に腰掛けて相手をしていた。
「ガキが義賊かよ。一体何をしようってのかね」
「元々タチの悪い不良集団だったんだけれどね、金蔓を見つけてからしばらく大人しくしていたのよ。でも最近その金蔓が団と距離を置き始めたらしくてね。どうやらその子の家を襲う計画を立ててるみたい。落とし前だとか、仁義とか義賊だとか言ってはいるけれど、所詮チンピラの真似事よね」
 所定の代金を受け取ったため、しばらく掲示しておくが、こちらから推奨するようなことはしないとエスメラルダは続けたのだった。
「いらっしゃいませ。あら、また来てくれたのね。今日はサービスさせていただくわ」
 エスメラルダは本日2人目の客を迎え入れる。
 黒山羊亭の一日は始まったばかりだった。

**********

「懐かしいねぇ」
 ワグネルは高台から、雄大な敷地を持つ屋敷を見下ろす。
 数ヶ月前にも、こうして同じ屋敷を見下ろしたことがある。
 当時は、潜入するためだったのだが、今回は逆の目的で見下ろしているのだ。
「さてと、挨拶にでも行くか」
 一通り周囲の現状を確認した後、ワグネルは高台から駆け下り、その屋敷へと向ったのだった。

 エスメラルダの説明によると、黒山羊亭に貼られていた黒薔薇団のターゲットは、ベルファ通りから少し離れたところにある富豪の屋敷だ。
 富豪には息子が1人おり、その息子は地元ではトラブルメーカーとして大変有名であった。しかし、最近は特に問題を起していないようであり、それがかえって気味が悪いとの噂まで立っている。
 世渡・正和はエスメラルダの説明を聞くなり、酒場を出、富豪の屋敷へと向った。
 タイミング良く屋敷の前で、仕事から戻った主人、ローデスと遭遇する。
「世渡正和と申しますが……俺に黒薔薇団を撃退するのを手伝わせてください、報酬は成功報酬で」
 話は早かった。ローデスは二つ返事で、正和を受け入れた。「屋敷の主は気前のいい男性なので、撃退したら報酬沢山貰えるかも?」というエスメラルダの言葉に惹かれたのか、他にも富豪側につく人物がいるそうだ。
 丁重に敷地に招き入れられた正和が最初に目にしたのは、獰猛そうな番犬であった。警備員もいたるところに配置されている。
 しかし、相手は息子の元仲間である。どのような手段で入り込むか分かったものではない。
 事実、正和はローデスとは面識がないのだが、何の疑いもかけられず屋敷に通された。この男、気前がいいそうだが、かなりのお人好しにも思える。
 応接室に通された正和は、そこで銀髪の少女と出会う。
「ボク、ウィノナ・ライプニッツ。キミは?」
 先に声を掛けたのは銀髪の少女、ウィノナの方だった。 
「俺は、世渡・正和。あんたもこちら側につくのか?」
「うん。黒薔薇団のやり方が気に入らなくてね」
 不敵な微笑みを見せるウィノナ。まだあどけなさの残る少女だが、骨のありそうな娘だと正和は感じたのだった。
「あんた職業は?」
「郵便屋〜♪ この辺の地理なら任せてよ」
 土地勘はありそうだが、年端も行かない少女を実戦に参加させるのはどうかと正和は考える。そんな矢先、応接室のドアが開き、青年が姿を現す。酒場で見かける男性……冒険者のワグネルだ。
「協力いただける方は、これで全員かね」
 続いて一旦外していたローデスが姿を現す。
「十分だろ」
 言ってワグネルがテーブルに地図を広げた。
 それは屋敷の見取図であった。
「一番のウィークポイントは裏門だな。ここは俺が担当する」
 ワグネルは警備体制の甘さを指摘する。ローデスはいつそんなことを調べ上げたのかと首を傾げるが「以前この家に忍び込む際に調べましたー!」と言えるわけがなく、ワグネルは無視して話を先に進めるのであった。
「番犬だが、魔法を使われ操られると厄介なんじゃねぇか? まあ警備員だって同じようなもんだが」
「そうだな……」
 ローデスが考え込む。
 その後のワグネルの発案で、警備員や番犬よりも罠を増やすことに決定する。
 正和は正門を担当することにする。
 ウィノナはまずダランとの面会を求めた。
 そう。元はといえば彼が悪いのだ。

 普段の2倍の警備体制が3日ほど続いたある日。4人の少年少女がダランを訪ねてきたのだった。
「ダラン君と遊びに来ましたー」
 にっこりそう言ったのは、ダランと同じ年頃の少女だった。
「みんな久っさしぶり〜。最近親父が家から出してくれなくってさー」
 ダランの知り合いのようである。意気揚々とダランは出かける準備を始める。
「また俺を狙ってる奴等がいるみたいでさ。ホントもてるって困るぜ。でも、お前等が一緒なら平気だよな!」
 そんなことを言いながら少年達の中に入っていくダラン。
「待って! ボクも行く〜」
 庭園でお茶を飲んでいたウィノナが、即座に駆けつけた。
 美しい庭園でのティータイムは格別だったが、慣れていないウィノナはどこか落ち着かなかった。
 そんな矢先に現れた少年少女達は……見かけたことのある顔立ちだ。純情なそぶりをしているが、染み付いた柄の悪さは隠せない。
 ダランが言うには、自分はそんな集団に入っても抜けてもいないとのことだ。評判のよくない少年達と交流はあるそうだが、互いに用事のある時に呼び出して付き合っていた“仲間”であり、彼等のターゲットが自分のわけがないと笑い飛ばしていた。
 更に詳しく話を聞くと、ダランには彼等を利用したという自覚はないようなのだが、ダランの話した内容によるとダランとその“仲間”達の関係は、ダランが悪戯をする時に彼等を金で雇ったり、金で小間使いにしたりといったものだったらしい。逆に随分といいように金をせびられていたようでもあったが。
 正に自分で蒔いた種なので、庇う理由はないのだが……しかし、彼等のやり口は気に食わない。
「ボク、ダランの友達のウィノナ。ボクも仲間に入れてよ」
「おう、一緒に行こうぜウィノナ」
 無邪気に答えたのはダランだった。4人は訝しげな顔を見せたが、ウィノナ1人の同行は拒みはしなかった。ウィノナはそっと、正和に視線を送って少年少女達と共に、ローデス邸の門の外へと出た。

「どこに行くのー?」
「秘密の場所」
 少年少女達は路地裏へと進んで行く。
 ウィノナは以前、こういう場所で暮していたことがあるため、特に恐怖心などは感じない。かえって落ち着くくらいだ。
「アジトってやつか? 俺まだ行ったことないんだよな〜」
 ダランが頭の裏で腕を組みながら、能天気な声を発した。
「着いたよ」
 先を歩いていた少女が振り返った。
 路地裏の行き止まりは少しだけ開けていた。夕日が射し込んでいて、眩しい。
 辺りはブロック塀に囲まれており、木箱やドラム管などが無造作に放置されている。
 少年達が、ダランとウィノナの背後に回る。ウィノナは視線を動かさず、彼等の動きに合わせドラム缶を背に体制を整える。
「ここで何すんだ? 集会ってやつ?」
「まあね」
 少女がにこっと笑った。更に2……いや、3人、建物の影から少年が現れる。
「ねぇ、ダラン。私達お金が欲しいの。でも、最近仕事くれないよね? 家にいってもいつもいないし」
「悪ぃ。俺、最近魔術の勉強しててさ〜。怪盗ごっことかしてねぇんだ」
「そんなことに金使ってんなら、恵まれない俺達に使ってくれよ」
「だからさー、私達ね、義賊をやろうと思ってんの。金持ちから金奪って貧しい人にばら撒くんだよ。いいことでしょ? あんたも賛成してくれるよね?」
「義賊って……」
 ダランが後退りをする。ようやく自分の状況がわかってきたようだ。ウィノナを見たダランの青い瞳には戸惑いと怯えが浮かんでいた。
「黒薔薇団、だよね」
 ウィノナの言葉に、少年達が薄い笑みを見せた。
「知ってんなら、話は早い」
 木刀を片手に二人の前に出てきたのは、20前後の柄の悪い青年だった。恐らくこの男がリーダーだ。
「そーゆーわけで、てめぇん家を襲わせてもらったぜ。けどよ、ついでにてめぇを甚振ったんじゃ、“義賊”黒薔薇団の名に傷がつくだろ? てなわけで」
 青年が木刀を振り上げる。
「ここでやっちまおうってわけだ」
「な、なんでっ!」
 ウィノナが構え、ダランが叫んだその瞬間、空を切り裂く音と共に、将棋倒しのように通路側の団員達が倒れた。
「貴様等に正義を名乗る資格なし!」
 夕日を背に現れたのは、正和だ。
 ウィノナの目配せを受け、一定の距離を保ちつつ、後をつけていたのだ。
「何だてめぇ!」
 少年少女達が鈍器を手に、正和に殴りかかる。
「義賊を騙る強盗が、地獄で悔い改めろ」
 低く言葉を放ち、正和は魔神鑓・ソウルスティールを一閃した。
 団員の武器が弾け飛ぶ。更に飛び掛ってくる者には容赦はしない。鑓を払い、彼等の生気を奪い去る。
「ハァッ!」
 気をとられたリーダーめがけ、ウィノナは上段蹴りを放つ。リーダーの手から木刀が弾け飛んだ。
「武器はなしで、サシで勝負しよう」
 残ったのは、先を歩いていた少女が二人と、リーダーの青年だけだった。正和が少女二人に鑓を向けると、おびえながら二人は互いの手を握った。
「そ、そそそいつが悪いんだよ! あたしらを利用するだけしといて、用がなくなったら、金をよこさない。使用人だってそんな扱い許されないだろ!? 金持ちから金奪って何が悪い! そいつんちでは、毎日のようにパーティ開いてるんだぞ? 金がなくて食うもんにも困ってるやつは沢山いるってのに! あたしらはそいつが遊びに使う金を貧しい奴等に配ってやろうと思っただけだ!」
「ならば、あんた等が働いて施せばいい。協力を申し出る前にローデス家について調べたが、彼の家は決して汚い商売などやっていない。チャリティーパーティの催しや、福祉施設への寄付も積極的に行なっている。息子が愚かなのは認めるが……」
 正和が鑓を閃かせる。 
「働きもせず、強奪を正当化する貴様等は更に愚かだ」
「うわぁぁーっ!」
 飛び掛ってきた少女達に、ソウルスティールの重い一撃を繰り出す。
 彼女達は正和に触れることなく、地に倒れこんだ。
「っ……」
 蹴られた右手を押さえながら、リーダー格の男が後退る。
「ウィノナ頑張って!」
 ダランはドラム缶の裏の狭いスペースに隠れていた。ウィノナは近付いて襟首を掴んで引っ張り出す。
「ダラン、キミがやるんだ」
「えっ!?」
「ボク達がやっつけたって、何も変わらない。コイツ等はまたキミとキミの家を狙うだろ。元はといえばダラン、キミの行動がこういう事態を招いたんだ。キミがコイツ等を更に腐らせたと言ってもいい。話で解決するのもいいし、通らないなら、キミ自身が力を示して納得させてもいい。一対一で勝負してきっちりケジメをつけな」
「示すもなにも、示すだけの力がないんですがーーーーっ」
 半泣き状態で、ダランがウィノナにしがみつく。ホント情けない男である。
「自分は大魔術師になる男だって、散々自慢してたじゃないか」
 ここ数日、ダランはそう言っては皆の前で踏ん反り返って威張っていたのだが。
「とりあえず、そいつを殴ることに、異議はないってことだな」
 青年の手が、ダランに伸びた。
「ギャーギャー」
 叫ぶダランの頬に、青年の拳が炸裂した。ダランは派手に吹っ飛んで、木箱にぶち当たる。
「あちゃ……」
 ウィノナは頭を抱える。どうやら一方的な勝負になりそうだ。

「待てー!」
「へへーん、この家のことなら知り尽くしてるんだよ!!」
 警備兵に追われた少年がひらりと手すりに飛び乗り、滑り落ちる。
「ふぎゃっ」
 しかし、少年は優雅な着地を決めることが出来なかった。手すりの終点がキラリと光り、突如激しい衝撃を受けて目を回してしまったのだ。
「やれやれ」
 目を回している少年を摘み上げたのはワグネルだった。手すりに大判の硝子を立てておいたのだ。
 少年を軽く縛り上げたあと、引き摺りながら持ち場へと戻ることにする。
「おー、かかったかかった」
 二階の窓から見下ろすと、裏門に近い木に少女が吊り下がっている。
「おーろーせー!」
 庭に仕掛けておいたネズミ捕り……もとい、人間捕りに掛かったのだ。
「何だ山猿じゃねぇか」
「あ? ワグネルじゃん。ちょうどよかった、変な罠に捕まっちゃったんだ。外してくれよ」
「なんでだ? いい格好じゃねぇか」
 笑いながら少女を見下ろす。黒髪の顔立ちの良い少女である。彼女のことは、街中で何度か見かけたことがある。大人の男性にも絡んでくる困ったガキだ。名前は……確かキャトル。苗字は覚えてはいない。その程度の仲だ。
 山猿と呼んでいるのは、彼女の外見が猿に似ているからではなく、彼女の家が山奥にあることから彼女は冒険者達にそう呼ばれている。
「げっ、もしかしてあんたがこの罠仕掛けたのかよ!」
「まあな。なかなかの出来だろ?」
「くっそー! 卑怯者! あたしらは、強欲商人から金を拝借し、弱者を救済するという崇高な理念のもと動いてるんだぞー!」
「そうかいそうかい。それはご立派なことで。さしずめ俺は、義賊を叩き潰す極悪人ってところだな」
 軽口をたたきながら、ワグネルは窓から先ほど捕まえた少年を落とした。
「ほらよ、あんたの連れだ。持って帰れ」
 言って短剣を投げ、キャトルを釣り上げている綱を切った。鈍い音を立てて、彼女は尻から地に着地する。
「いったーっ。てめぇ、覚えてろよー!!」
 声の限りに叫んで、キャトルは門を飛び越え夕焼けの街に消えていった。
 ワグネルが落とした少年は置き去りである。
「アイツは基本的に一匹狼だから、しかたねぇか。……いや、狼じゃなく子猿か」
 元々黒薔薇団メンバーの仲間だったわけではなく、団員に上手く乗せられたのだろう。
 裏庭に下り、伸びている少年を門の外に引きずり出し『ボクは盗賊でーす』とシャツにでかでかと書き込んで道路脇に放置する。そういえば、この少年も街中で見たことがある。
 屋敷内の警備は至って順調であり、潜入したガキ共はこれで全て追い出したと思われる。
 子供だけあって、すばしこかったが、浅はかな連中であり、ワグネルの敵ではなかった。
「こっちは全部片付いたか」
 少年達についていったダランが少し気がかりだが、まあ、正和とウィノナが一緒だから大丈夫だろう。
「さて、報酬貰って帰るかー」
 大きく伸びをする。
 黒山羊亭の極上の酒がワグネルを呼んでいた。

 一方、ダランの方は……。
 日もすっかり落ちた頃、正和とウィノナは診療所にいた。
 結局、ダランは一矢報いることもなく、ボコボコにやられてしまったのだ。
 だけれど、最初の一発をくらった後のダランの動きはなかなかのものだった。とてもすばしっこいのだ。
 筋力と体力がないのは残念だが、持ち前のすばしっこさで間合いとり魔法を使ったのなら、そこそこの強さを発揮できるだろう。
 しかし、今は相手にダメージを与えるだけの魔法が瞬時に使えないらしい。
 黒薔薇団の方は、正和のソウルスティールの激しい攻撃により、団長以外は当分動ける状態にない。
 連るんでなきゃ、何もできない奴等だ。
「その間に強くなれ」
 ウィノナの言葉に、うなづいたダランは、二人に顔を見せなかった。
 傷ついた顔を見られたくなかったからではなく……。
 ウィノナも正和もその理由はわかっていた。
 泣いていたからだ。
 それは自分の弱さに泣いていたのか。
 仲間と思っていた者達に裏切られたからなのか――。
 もうすぐ、ダランが治療を終えて、二人の元に顔を出す。
 どう迎えるかは、相談して決めてある。
 カタン
 ドアが開いて、絆創膏を顔中に貼られたダランが現れる。
 ダランは二人に強がって笑顔を見せた。
 ウィノナと正和は同時にこう言葉をかけた。
「いい男になったじゃないか」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3022 / 世渡・正和 / 男性 / 25歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師の卵】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
その他黒薔薇団団員
ローデスの旦那
警備員の皆さん!

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
『義賊を名乗る者達』にご参加ありがとうございました!
お陰様で、黒薔薇団を撃退することができました。
機会がありましたら、まだとうぞよろしくお願いいたします。