<PCクエストノベル(2人)>


かえるばしょ〜ルクエンドの地下水脈〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1552 / パフティ・リーフ / メカニック兼ボディガード】
【1921 / クインタ・ニート / 護衛部隊員】
------------------------------------------------------------

 帰りたい場所。
 帰らないといけない場所。

 そんなもの等、存在するのかは分からない。
 所詮定義の問題だろうし、理解や認識の程度なのだろう。

クインタ:「それにしても、噂ってどの程度アテになるんだろうな?」
 仕事柄、洞窟に来るのには慣れている。それらのカテゴリが幾パタンあるのか、そしてどのような洞窟に、どのような環境化においてどのように異なったモンスターが発生するのか、長年の――と言ってもそれ程には長くはないのだが――知識と感で大別することが出来るようになってきていた。それを今更『誰でも出来る』と言われるようなシステムで括られるのもまた、酷く誇りを傷付けられていると思う。
 或いは、『噂』と呼ばれるもの。
 これもある程度信用ならないものがある。
 経験則にならったものであれば別であるが、この場合はどこからともなく出てきた怪談に近い。興味本位ならば暇潰し程度にはなるだろうが、人生一個二個掛けるにはあまりにも確証がない。
クインタ:「噂、噂、噂、か。それ以上でもそれ以下でもないのに動くのは、俺はあまり納得行かないな。いや、だったら実際にこうして足を向けてみるのもどうかという話なんだけれども――」
 頭を掻きながら、クインタ・ニートはビーム銃斧を支えに体重を預けて、一度言葉を打ち切る。あまり整備されていない洞窟内は暗く、気配と腐臭のようなにおいから、事態を察知出来ているようなカタチになる。目を凝らせば全てを視認することも可能ではあるのだろうが、視覚に全てを頼るのもまたあまり良くはない。
クインタ:「まあ結局は徒労でも悪くない、かな」
パフティ:「……一人だけ、楽をしていて言える台詞かしら?」
 同じ型のビーム銃斧を一丁肩に置いた状態で、パフティ・リーフは呆れたように口を開いた。
パフティ:「そんなことを言うと意地悪を言いたくなるのだけども、データ収集をあなたに任せたいと思ってる私は、一方的に楽をしてると思う?」
クインタ:「いーえ、楽してるとはこれっぽっちも。俺がこうして楽しているのも、パフティサマサマですよ」
パフティ:「ん、よろしい」
 にいっとどこか妖艶に微笑んで、パフティは得物を構えなおす。
 その背後に控えるようにしていたクインタは、右手をあげ、人差し指を額の右斜め前部に当てる。
クインタ「では、『しばしの間の離別に哀しみを』」
パフティ:「『いつかの後に再び巡り会えることへの喜びを』」
 船上で船員がやり取りしていた言葉を交わして、パフティはモンスターの方へと駆け出していく。対して、クインタは《目標物》のデータの収集を再開するために、口を動かしながらも同時に準備していた機材の設置を終え、軽く指を鳴らす。ぱきぽきと鳴る音に軽く表情を歪ませて、
クインタ:「始めるとするか」
 クインタは機材へと指を躍らせた。

 洞窟から出て、一度船に帰艦するというのも一つの手ではあったのだが、パフティとクインタはそのまま洞窟内の奥を探索することにした。理由と言えば《目標物》の更なる調査という題目を上げることも可能だが、それはいわゆる建前というものに近い。素直に言えばまた違うのだろうが、どうにも今更な気がしてならない。
パフティ:「クインタが、百面相」
 先行するパフティが後方をちらりと見て、口元に手を当てて微笑んだ。
パフティ:「何か不安ごとでもあるの? それとも――」
クインタ:「いや、別に何でもない」
 言葉を遮られたことにパフティは少しだけ表情を強張らせるも、「まあ、いいわ」と自分自身に言い聞かせるようにして再び前方へと顔を戻した。
 正直な話、二人きりになるというのは久しいことであった。パフティの二人の子どもはもちろんのこと、人望か人徳か、それらの言葉を並べ立てたとしても彼らの周りには人が多い。仕事柄、という言葉もこの場にそぐうものではあるが、いずれにしても現状には変わりはない。クインタは手を握ったり放したりを繰り返して一人で意識を集中させる。
 今更、だ。
 何を今更緊張する必要があると言うのだろう。
 出会ってからの年数を問う訳でも、関係の親密さ、深さを問う訳でもない。
 それなのに。
クインタ:「ガキじゃあるまいし、何緊張してるんだか、俺は……」
 呟きを、楽しそうに歩いているパフティに聞こえないように意識して、吐き出す。そうすれば少しは楽になれそうなものが、全くもって一向に楽にならない。若気の至りという言葉もそろそろ通用しなくなっている近年、どうしたものだろうか。
 そこまで考えたところで、視界が急に開ける。いや、実際には暗い場所に入ったので、この表現も正しくはない。しかし、目の前に広がっている風景は、全く掴めないものだった。

 暗い世界。
 どこまで広がっているのか、分からない。
 一歩踏み出した足は、地に付いていないかもしれない。
 このまま、どこかまで落ちていってしまうかもしれない。
 そんな錯覚に陥る。

 嫌な思考だと一蹴して、クインタは手元の明かりを消した。
パフティ:「…………なるほどね」
 すぐには真意を測り損ねたのか、それでも少しの間を置いてパフティは彼の思惑を読み取る。流石は長年の付き合いだと思いながら、彼女も自身の明かりに対して同じような行為を取った。
 明かりが消え、完全な闇に包まれる寸前、パフティの横顔がとても綺麗に見えた。

 そうして、闇に包まれる。
 ――そう、予感していた。

パフティ:「クインタ、ここに来るのって、初めてなの?」
クインタ:「初めても初めて。例の噂のついでに仕入れた噂だったから、あまり信用はしていなかったんだけどな」
パフティ:「だったら普通、あなたが先行して歩かない?」
 見知らぬ道を歩くならば、道について聞いたことのある者が先に進むのが普通ではないか。噂程度のことではあっても、パフティにしてみればそれを些細なことだとは一蹴出来ない。聞いていない、の一言で片付けられるだけの関係でもないし、背中を預けるにはその些末な情報の伝達ミスでさえ命取りになる。
パフティ:「ひょっとして初めから、これを目論んでいたんでしょう? 言ってくれれば私もあまり警戒しながら進まずに済んだのに」
クインタ:「言ったら、つまらないだろ? こういうのは、内緒にしておくからいいんだよ」
パフティ:「でも、足元があまり見えないのは難儀だわ」
 パフティは自身の右手を軽く持ち上げる。
 無言のまま、軽く微笑んでクインタはパフティの手を取った。
クインタ:「ご満足いただけましたら、幸い」
 軽口のような口振りに、手を繋いだ状態でパフティはクインタに体を寄せた。
 温かい。
 人と人とが密着する感触に軽く目を伏せて、ややもして再び開ける。
 目蓋の裏には、仄かな明かりが広がっている。

 洞窟内は、その一画だけ異様な光を放っていた。
 洞窟自体を構成している鉱物が光っている。
 全ての洞窟にその鉱物が含まれているだとしたらそれ程に有名であっただろうに、噂程度で留まっている理由を思えば、この一帯だけを構成しているのだろう。
 淡い光が、開いた目の前に広がる。
 綺麗だと思う前に、凄いとの思いが脳裏に広がっていく。

 蛍のようだった。
 蒼い光り。
 白い光り。
 どちらだろう。
 どちらにせよ、変わりはない。

パフティ:「……綺麗、ね」
 パフティが、漏れるように言葉を落とした。
 その横顔に軽く触れるようにして、視線と視線を合わせた。
 無言で見つめ合う。
クインタ:「結構いい場所、だろ?」
パフティ:「そうね。いい場所だわ」
 そのまま繋いだ手を引き寄せ、体を抱き寄せる。クインタの腕の中、胸にパフティの顔が埋まる。息をし辛くなって悶えたパフティが「ふあ」と声にならない息を漏らして顔をあげて、じっとクインタの顔を見つめる。
パフティ:「…………」
クインタ:「…………」
 無言で視線を合わせ続け、唇が触れ合う。すぐに離れた後もじっと見続ける。下から見られることにくすぐったさを憶え、クインタは視線を思わず彼方にやってしまう。だがそれも、無言の圧力によって自然修正されてしまう。
パフティ:「また、時間があるときに二人で来ましょうね」
 軽く小首を傾げて提案するパフティをもう一度強く抱きしめて、力を弱める。

 そうして、再びキスを交わした。





【END】