<東京怪談ノベル(シングル)>


『終わりし過去と選ばれた未来』

「ここがこの剣となったお姫様が亡くなった場所なの?」
「………うん。そ、う」
 この場所で彼女は亡くなった。
「話は、前、話した………通り」
「うん。覚えているよ。全部。前話してくれたから。千獣は隣国との平和維持交渉のために国境を渡ろうとしていた姫を救い出した。それが最初のこの剣の姫と彼との出会いだったんだよね?」
 ホビットはそう言いながら腰の剣を握り締めた。



 ―――これは後で知る事になるのだけど、彼はその後、『うるさい人』という物語を執筆して、私が話したこと一字一句間違わずに端折る事も無く全部書き綴ってくれていた。
 隣国へと平和維持交渉のために出向いた姫を助けた。それが私と彼女との最初の出会い。
 そのシーンを読み返して私はその時の事を振り返った。
 そう。ただ不愉快なだけだった。魔物が一方的な暴力で姫を護る兵士たちを殺していくだけなのが。
 私は多くの命を殺した。
 だけど殺すという行動の意味は私にとっては生きるという事だった。
 殺して生きる。
 生きるために殺す。
 私は生き続ける為に相手を殺して、それを喰らった。
 ただシンプルな世界のルール。法則。弱肉強食。
 殺して喰らうため以外には、
 私を殺そうとした相手を殺す以外は、
 私は他の命を殺した覚えは無い。
 けどそこにはそういうモノは見えなかった。
 だから、私は魔物を殺した。



 そうして姫を保護した私。
 ホビットが書いた物語はすぐに彼が登場するけれど、それは私が彼にその間の事を話してはいなかったから。
 私はしばらく姫と暮らした。
 姫は気丈だった。
 私にとってはネズミを生で喰らう事は当たり前で、
 人間と出会い、その食べ物を食すようになった最初の頃は人間の火を通した肉や魚、野菜、味を付けた料理の方こそが胃が受け付けなくって、吐いていた。
 その経験があったし、その時はもう火を通した物を食べる様にはなってはいたけど、私は捕まえた野鼠や野兎、野鳥を皮を剥ぎ、羽根を抜いて、おろして、いつもよりも念入りに焼いて、姫に食べさせていた。
 その料理の過程を見ていた姫は、作っている間中、吐いていたけど、味の無い、ただ焼いただけのそれを食べる時も、食べてすぐに吐いていた。
 吐きながら食べるその姫の事を気に入ったのはその時だった。
 それは生きる意志に溢れているという事だから。
 姫は馬車に乗っていて、その時、彼女は裸足だったらしく、靴を履いてはいなかった。
 けれども国に戻るなら足場の悪い道を歩かなければならない。彼女が選択したのは兵士の死体から靴を脱がし、それを履くという事だった。
 血でぐしょりと濡れた靴の中から溜まった血を捨てて、それを吐いた彼女は私に頷いた。
 そして私たちは国に向かって歩き出した。
 もしも彼女に生きる意志が無かったのなら、私は彼女をその場に置き去りにしていた。
 そして、彼が現れたのだ。
 その時の事はホビットに話してあったので、それは『うるさい人』、その通り。ホビットは私が話した通りに書いていた。てっきり私がこの本を見つけた時、この箇所はホビットの彼への尊敬の念で端折られていると想っていたのに。しかしそれはされてはいなかった。
 それが少し、笑えてしまった。
「痒すぎる恥ずかしい発言の数々、皆に知られてしまったね」
 きっとあの世で彼は穴を掘っている。



 彼との腐れ縁と言っても、ずっと彼は私の所へ押しかけてきては私に返り討ちにされていただけで、彼との共有の記憶はそれだけの事しかない。あの国に行くまで。私にしてみれば私にたかる蝿を追い払っていただけ。
 ああ、本当に何も無かったな。ただ彼を追い払っていただけの昔。時間。記憶。思い出。
 でも、その時間が変わる。
 彼が傭兵ギルドを辞めて、フリーランスの傭兵になっていたのは、「うるさい人」にて書かれていた通り。
 この元の話を聞かせた時、ホビットはこの間もずっと彼は私に挑んでいたのか? と訊き、私は頷いたはずだった。
 この頃の彼は、もう痒すぎる事を口にはしなくなっていたけど、考え方は既に勇者としての気概に満ち溢れていた。お金で雇われて戦う傭兵ではなく、心で動く騎士となるべくフリーランスの傭兵となって弱きを助け、心無き力を挫く者となっていた。それができるようになったのは私のおかげだと彼は言っていたけど、その意味はよくわからない。
 そんな彼の下に姫からの依頼が届いたのだ。
 自分の命を狙う何者かを捕まえる手助けをして欲しい、と。
 誰が敵かわからぬ城内の者を頼るよりも、かつて自分を助けてくれた彼に彼女は賭けたのだった。
 自分の警護と、そして私を見つける役目を。
 ―――見つけるも何も、彼は私の後をずっと付回していたのだけど。
「これぞ騎士の道だ」
 彼は至極嬉しそうだった。



 彼は請われるままにそれを承諾した。
 だってそれは彼が常日頃から抱いていた勇者の魂に相応しき道だったから。
 だけど私がそれを承諾したのはその手紙からは姫の変わらない生きる意志が見えたから。私にはそれだけで充分だった。
 国がどうの、彼のように大儀がどうの、そういうのではなく、生きる意志こそが私にとっては全てだったから。
 姫は私の気に入った姫のままだった。



 だけど結局は、『うるさい人』にて書き綴られている通りに国は滅びた。
 姫は亡くなった。
 そして私と彼は本気で殺しあった。
 この『うるさい人』を書き綴ったホビットにこの話を聞かせた時、私は何を想っただろう? 死にきれなかった姫に対して抱いた想い? 勘違いした彼に対して抱いていた想い?
 私の語った事を書き綴ったホビットの『うるさい人』には、私が死にきれない姫にとどめを刺してあげた時に抱いた感情も、
 勘違いして、私を殺しにかかってくる彼に対して抱いた感情も一字一句書き漏らす事無く、私の語った通りに書き綴られていた。
 その時の私の想いを彼はちゃんと大事にしてくれていた。
 だから、私はこの時の事を鮮明に思い出せる。
 私はきっと、語り継ぐ事こそが命を摘んで生きる私にできる事だと想ったから、私は彼に語っていたんだ。ちゃんと彼に知ってもらいたくって。過去を。想いを。生き様を。



 数十年ぶりに姫のお墓に立った。
 そこから見えるかつての彼女の国。
 ホビットとはここで別れて以来、会ってはいない。
 かつて彼は私に訊いた。
「あの国は今は平和なの?」
 と。
 そして私はこう言った、
「うん。平和。平和、だよ。流された、血を無駄にしないように………新たな王は、がんばった。そして国を豊かにして、更なる優秀な王を育て上げた後に、彼は殺した命を慰めるための像を彫り初めて、それを完成させると共に逝ったんだ。皆が皆、正しかった…」
 ―――そう。皆が皆、正しかった。
「そうか。うん。わかった」
 突然そう言い出して、頷いた彼。
 そして彼は、私に手を差し出した。
「ここでお別れだ、千獣。僕はこれからあの国に行く。あの国でフリーランスの騎士となって、あの国やこの世界を護り続けていく。そうやって僕は、彼も千獣も越えてみせる」
 少し驚いて、それから、私は笑った。小さく、口だけで。
 ―――嬉しいと想ったんだ。この子の成長を。
「うん。わかった」
 そして私たちは握手をして、別れた。
 その後、彼と会う事は無かったけど、彼の武勇伝は風の噂として私の耳に届いて、その度に私を嬉しい気持ちにさせてくれた。
 この場所で終わった過去。
 この場所で選ばれた未来。
 私が見てきたそれら。
 そして私はこれからもずっと、この世界で終わっていく過去と、選ばれ続けていく未来を見ていく。
 私はこの世界で、生きていく。


 【END】