<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


FLY AWAY!

■リリーナのおねがい
 アルマ通り。いつもと変わらぬ、晴れた日の朝。
 ネル・クリフエッド・シルフィは休日のゆったりと流れる空気の中を、スキップするように歩いていた。背中の6枚の羽根は、今は肩胛骨のあたりに彼女の手のひらサイズの大きさでこぢんまりと揺れている。
 せっかく早起きした朝、見上げた空は青くて透き通っていて、空気もしんと澄んで気持ちがよくて。外に出かけてみたくなった。
 いつもは素通りしていたパン屋から、できたてのパンの香ばしい匂いがあふれていた。ネルは元気よく、パン屋のドアを開けた。
「おっはようございまーすww」
 リリーナ・ファルスが振り向いた。セミロングの髪の毛は、真っ白なレースリボンのカチューシャでまとめられている。
「おはようございます!」
 リリーナは朗らかに答え、ネルの背中にはえている羽根を見つけて満面の笑みを浮かべた。
「あのっ!」
 突然、リリーナが声を上げた。
 ネルは驚いて、リリーナを見やる。
「今日、朝起きたらすごく気持ちいいお天気だったでしょう?」
「そだよね! すっごく気持ちよかったから、ネルも朝のおさんぽに出てみたんだぁ」
「うっわ、うれしい。わかってくれるんだ!」
「うん、わかるわかるー」
 リリーナはレジから出てきて、ネルの手を取った。リリーナは小さなネルを、目を輝かせて見つめる。
「すごくすごく、ドキドキしたの。今日はきっと、真っ赤な白雪姫のリンゴも、食いしん坊のクマが大好きなハチミツも、女の子がティアラを作るためのシロツメクサも、とても色鮮やかで、キラキラして見えるだろうなって。世界が全部、うまれかわったみたいな気がするんだろうなって……たとえば、たとえばなんですけどっ」
「いいよね、乙女ッポイねww」
「ねww」
 二人できゃーとか叫んで、目を合わせて笑った。くすくすと笑い合う、くすぐったいような気持ち。不思議と初めて会ったような気がしなくて、なんだかずっと友達だったみたい。ネルは微笑んで、160センチのリリーナを見上げる。 
「ねぇねぇ、あたし、リリーナ・ファルス!」
「ネルは、ネル・クリフエッド・シルフィっていうの」
「あのねっ、空を飛びたいの。あなたと一緒に!」
 笑顔がキラキラしていて、眩しいくらいだったので、ネルはなんだか自分まで楽しくなってきた。
「いいよぅ☆ 一緒に飛びに行こっ」
 こくりと頷いて微笑んだ。
「ホント!? やったぁ!」
 ネルはぎゅうと抱きしめられる。初めて会った女のコと一緒に空のおさんぽなんて、なんだかうれしくなってきた。

■天使と空とその理由
 午後からオフになっていたリリーナとの待ち合わせ場所は、アルマ通りから少し離れたところにある空き地だった。
 ネルの長い色素の薄い髪の毛が、陽の光に透けて華奢な絹の糸のようにやわらかく光っている。肩胛骨のあたりからはえている羽根は、くるぶしのあたりまでの長さに拡がっている。白い羽根の一枚、一枚が、天鵞絨《ビロード》のようにやさしい艶を帯びていた。
 リリーナが手を振りながら、ネルの名前を呼んで駆けてくる。
「ネルの羽根って、大きくなったり小さくなったりするの?」
「うん。小さいままでも飛べるけどww」
「いいなぁ。飛べるって、いいよね。うらやましい」
 頬を赤らめて、恋をした少女のようにため息を漏らす。
 ネルは小首をかしげた。
「リリーナちゃんって、飛べるんだよね?」
 尋ねられて、リリーナは小さく舌を出した。
「えへへ、ゴメン。飛べないんだ」
「あれ、飛べないのに飛びたいって言ったの?」
「違うよぉ、『飛べない』から『飛びたい』って思ったのww」
 物心がついたときには、飛べるのが当たり前だったから、そういう感覚はよくわからないけれど。彼女の『飛びたい』っていう気持ちは、すごく伝わってきた。
 ネルはふっと息をつくと、イーグルを召還した。
「イーグルちゃんの背中に乗って、飛んでねww」
「うっわぁ、ありがとう!」
「ねぇ、どこに行こうか」
「あのねぇ、キレイな花畑があるの! 知ってる? 『フォルテスの花畑』」
「行ったことあるよ。南南東のほうだよねぇ?」
「そうそう!」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「「行ってみよ!」」
 フォルテスの花畑には、白壁の家が一軒建っている。誰が住んでいるわけでもない、今は廃墟としてひっそりとしている所だった。
 まわりに咲いている赤い花も黄色い花も、すべての色とりどりの鮮やかな花が、その家をやさしく取り囲むようにしているのだった。
 花畑に下りると、花の香りが鼻孔をくすぐった。
 気持ちのいい昼下がり。花畑は街からかなり離れている場所にあるので、今日も先客はいなかった。二人だけ、時間が止まっているような気がしてネルは目を閉じる。
「ネル、あそこに行ってみたくない?」
 リリーナが指さした方を見ると、白壁の家があった。
「一度ね、聞いたことがあるの。ここに、妖精の集会所があるんだって」
「妖精の集会所?」
「おとぎ話だと思うんだけど、なんだか『ろまんす』じゃないww」
 家に近づき、ドアを開けると、湿気とカビの匂いが霧散した。
 中に入ると、暗がりの中で何かが光っているのに気がついた。二つの光。
「……ん?」
「……あ、あれ?」
 二人は顔を強張らせて、その光を見つめた。光。いや、よくみればそれは目だった。
 ばさ、と音を立ててソレは羽根を動かした。
 暗がりに目が慣れてくると、小さな窓からこぼれている光でようやくソレが何であるか、輪郭が浮き彫りになって見える。

 ―――大鷲だった。

 二人は、何も言わずそっとドアを開けて出て行こうとした。
 しかし、思いっきり鷲が二人に向かってきた。
「「っきゃーーーー!!」」
 叫ばずにいられるはずがなかった。
 ネルは叫んでから逆に冷静になった。窓の外にこの鷲の大きさだと出ることも出来ないし、自分でドアを開けて外に出るなんてこともできるはずがない。
 リリーナと手をつないで、ドアを開けて外へ出た。
 ドアを開けたままにしておくと、大鷲が二人の頭上を飛んだ。
 大きな影が二人の体をさらうようにすり抜ける。大鷲が一度、羽根をはためかせると、大きな風が吹いて二人の髪の毛をさらった。
「―――あの鷲、出られなくなってたんだね」
「どうやって入ったんだろ?」
「って……やっぱ妖精の集会所って、ウソなんだぁww」
 がっくりと、リリーナはその場に膝をついて頭を抱えた。
 あんまり落ち込んでいる様子なので、ネルはリリーナの頭をかるくなでた。
 リリーナが顔を上げる。
 ネルは、にっこりと笑った。
「いいもの見せてあげる!」 

 ネルは太陽の沈む方向へと向かった。その後を、リリーナを乗せたイーグルがついていく。夕暮れ時、橙色の光が辺り一面に染まっている。
「こわかった?」
「ちょっと。でも、キレイだった! あの花畑☆」
 太陽が沈んでいく。空を飛んでいると、自然がいつもより大きな存在に思える。太陽、雲、空気、大地、水。すべてが、尊ぶべきものなんだなと実感できる。
「ねぇ、なんで空飛びたいって思ったの?」
 ネルはなんとなく、不思議だなぁと思っていたことを聞いてみた。
 だって、他にもたくさん面白そうなことはあるのに。なんで『飛ぶ』ことだったんだろうってすこし不思議だったから。
「……だってね、最近仕事ばっかで冒険してなかったんだもん。あのね、ネルは『飛ぶ』ことが当たり前かもしれないけど。あたしにとってみたら、ホントにすっごくレアですっごく楽しそうでうらやましいコトなんだよ。鳥や天使みたいに飛べたら、気持ちよさそうwwって。ずーっと思ってたの! しかも、自分が一緒にいて楽しいヒトと一緒に飛べたらサイコーじゃない!」
 彼女の横顔は、夕日が作り出した陰影で少しだけ大人びて見える。
「冒険するっていいじゃない。あたしはスキ! 狭い世界から飛び出していくたび、もっと世界は広くって、宝箱みたいだって思うの」
 言われてみると、目の前に広がる光景が愛おしく思えた。
 空の下に広がるいくつもの民家や立ち並ぶ商店。学園―――
 ひとつひとつに、自分たちの知らない誰かが関わっている。
 何気ない日々ももちろん愛おしいけれど。その日々のあたたかさを思い出すのに必要なのは、非日常の冒険だったりするのかもしれない。
 ネルは長い髪をなびかせ、その場所に着くとゆっくり静止した。
 リリーナは目を奪われる。
 紫とピンクに染まる雲、オレンジ色の夕焼け。
 一面に広がる海。船がぽっかりと浮かんでいる。世界にある、大きいもの。けれど、それが世界の全てではなく。けれど、水平線しか見えないくらい大きいもの。
 水面は輝き、波打って跳ねると銀色の鳥のようで。
 二人は、何も言わず太陽が沈むまでその光景を眺めていた。
 いつか、また元気がなくなったときに取り出す思い出として、大切に持っておこう。リリーナは瞬きをする。それは、心に目の前に広がるパノラマを刻み込むための、おまじないのようだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2176 / ネル・クリフエッド・シルフィ / 女性 / 14歳(実年齢351歳) / 母なる魔導師】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、タカノカオルです。
 遊覧飛行、お楽しみいただけましたでしょうか……?
 また機会がございましたら、あなたの物語を紡がせていただければ幸いに存じます。
 ありがとうございました!