<PCクエストノベル(1人)>


風を呼ぶ声 〜揺らぎの風〜

------------------------------------------------------------

【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1805 / スラッシュ / 探索士】

------------------------------------------------------------

Overture.


『風』を呼ぶ声は聴こえますか。

 目を凝らして。耳を澄まして。手を伸ばして。
 あなたという止り木を見つけた時、『風』はあなたに囁くでしょう。
「この手を取って、歩き出して。そうすればあなたも『風』になれる」と。


『風』を呼ぶ声が聴こえますか。


 では、あなたが『風』を呼ぶ声は──?


A certain story, "Wind of fluctuation"──


 世界という名の地図の上に、星のように散りばめられた数多の夢。
 人から人へ、時を繋いで託される願いや祈り──決して果てることのない、まだ見ぬ未来へと踏み出す為の道標。
 思いを心に、希望を胸に。
 ひとかけらの勇気を握り締め、人はいつだって夢を追う。追い続ける。


 聖都エルザード、賢者の館。数多の知識の結晶が随所に散りばめられた空間。知識を追い求める者達にとっては、まさに宝の山である。
 だが、あまりに多くの知識の中から、己が本当に必要としているものを拾い上げるのは決して容易なことではない。
 知識を得るために必要なものは、地道な努力と、あくなき探究心と、そして一握りの幸運といった所だろうか。

 膨大な資料に埋め尽くされた館の一角で、まるで海面に投げ込まれた小石のように落とされた溜め息があった。
 机の上には何冊もの本が積み上げられ散らばっているものの、そのどれもがほぼ手付かずのまま。
 否、手をつけるにつけられないまま、スラッシュは半ば途方に暮れていた。

スラッシュ:「しかし、こうも手掛かりがない魔法とは……」

 本当にあるのだろうかとさえ、疑いたくなる。
 魔法──とは、『揺らぎの風』と呼ばれるそれである。
 先日仕事で訪れた港町で耳にした伝承にあった──揺らぐ陽炎のように、太陽の加護の下で風になれるという魔法だ。
 伝承として残っている以上は実在するだろうと、スラッシュは『揺らぎの風』の探索に乗り出し、ここ数日賢者の館と工房とを往復していたわけであるが──
 手掛かりと呼べそうなものは、全くないと言っても過言ではなかった。

スラッシュ:「大体、『風』の欠片というのが……目に見えるものであるかどうかも」

 言いかけて、スラッシュは緩く首を左右に振った。
『風』の欠片と言うくらいだ。確かに目に見えないものかもしれないが、目に見えないものだという証拠はどこにもない。そもそも目に見えるものなのかもしれない。様々な考えが忙しなく頭の中で交錯する。
 夢と幻想の世界と銘打ったのは、果たして誰だったのだろう。どこかの誰かが思い描いた『夢』が時を経てなお世界に息づいているというのなら、例えば、『風』の欠片を『夢』として思い描いたら、目の前に現れたりは──
 小さく息をつき、ふっと浮かんだそれを追い払う。小さく息をついて、スラッシュは口の端に笑みを浮かべた。そんなことが出来たとしても、それは探している『風』の欠片ではない。
 これ以上の調査は今日は無理だろうと、引っ張り出してきた書物を元の場所に戻すことに思考が至るまで、さほど時間はかからなかった。





 それから、数日後。以前にも訪れた港町に、スラッシュは再び足を踏み入れていた。
 今回は仕事ではなく、調査。時間はたっぷりある。後は幸運の女神の示すまま、手掛かりのありそうな場所を探し足を向ける、それだけだ。
 天気はあの時と変わらず良く晴れていて、潮の香りも通りの喧騒も相変わらず心地良いものだった。
 先日出逢った詩人の青年と花売り娘の姿はなかったが、雲一つない青空という舞台の上で踊るように飛びながら歌う、カモメ達の声が聴こえた。

 港では何隻もの船が足を休めていて、共に休憩をしながら談笑を交わす漁師達の姿もあった。
 船に乗り海を駆ける彼らなら、何か知っているかもしれない。スラッシュは漁師達の元へと歩いて行く。
 すると、漁師の一人がすぐにスラッシュの姿に気づいて、笑いながら声をかけてきた。

漁師A:「どうした、兄ちゃん。黄昏れるにはまだ早いぞー?」

 日に焼けた肌に鍛えられた身体。そして屈託のない笑顔。その気さくな雰囲気につられて、スラッシュもまた、緩く笑みを浮かべた。

スラッシュ:「……黄昏れるのも悪くないかもしれないが、少し、尋ねたいことがある」
漁師B:「美人の口説き方ってんなら、俺らより兄さんのほうが詳しそうだがなあ」

 わははは、と、賑やかな笑い声が潮騒を飲み込んでいく。

漁師C:「で、聞きたいことっていうのは、なんだい? 俺達でわかることかな」
スラッシュ:「揺らぎの風、という魔法を探しているんだが……この辺りの海で、海面に、変な文様が浮かんでいたりは……しないだろうか」

漁師A:「揺らぎの風? ……海に文様? そりゃまた、不思議な話だな。知ってるか?」

 漁師達は互いに顔を見合わせながら、曖昧に首を傾げる。スラッシュは更に言葉を続けた。

スラッシュ:「よく晴れた雨の日に現れるらしい……という、話を、聞いたことがある」
漁師B:「ふむ、よく晴れた雨の日……そいつは兄さん、天気雨のことじゃねえかな」
スラッシュ:「天気雨?」
漁師B:「そう、天気雨だ。捻りがなさすぎっていやあ、そうなんだけどよ。晴れた日に降る雨っつったら、それしか思い浮かばねえ。……どういう条件で降るかってのは、お天道様の気紛れってやつで、俺達で決められることじゃあねえんで、何とも言えないが」
漁師C:「そう言えば、天気雨の後にはよく虹が出る。先に出てくれれば、天気雨が降るってわかるのにね」
漁師A:「そりゃお前、虹に見蕩れて雨に打たれっちまうからだろうよ。女神さんはその辺、ちゃあんと気を遣って下さってるっつうことだ」
漁師B:「船の上なら先に出ようが後に出ようが濡れるのは一緒じゃねえか」
漁師C:「……ああ、でも、これはどうかな」

 漁師の一人がそう言って、何かを思い出したらしくぽんと手を打つ。スラッシュは目を瞬かせながら、続く言葉を待ち受けた。

漁師C:「俺が子どもの頃に祖母さんから聞いた──風を呼ぶ歌っていうのがあるんだ。雨を呼ぶ、雨乞いの儀式みたいに」
スラッシュ:「風を呼ぶ歌……?」
漁師C:「そう、俺も昔聞いただけで中身はすっかり忘れてしまったんだけど……揺らぎの風っていうくらいだから、何か繋がりはあったりしないかなって、思って。……余計に混乱させちゃったら、ごめんね?」
スラッシュ:「……いや、そんなことはない。どれが正しくて、どれが正しくないのかを選び取る力も、必要なものだと、知っている。──風を呼ぶ歌、か。ありがとう」
漁師C:「礼を言うのは俺達のほうさ。こちらこそ、話の種をありがとう。兄さんの探している物が、見つかることを願ってる。あと、海面の文様っていうのも、気をつけてみることにするよ。この近くだったら、儲け物だろう?」

 願ってもない申し出に、スラッシュは目を丸くした。深く頭を下げる。

スラッシュ:「……ありがとう。宜しく、頼む」

 言って踵を返したスラッシュの背中に、漁師の一人がのんびりと声をかけた。

漁師B:「兄さん。いったい、お前さんは何を追いかけているんだい?」

 スラッシュは踏み出しかけた足を止めて、肩越しに振り返る。口元に淡い微笑。

スラッシュ:「──夢を」

 ひゅう、と、口笛が鳴った。

漁師A:「詩人だねえ、兄ちゃん」
スラッシュ:「歌は得意というわけではないが、な」


Finale.


 夕日を背に受けながら、スラッシュはふと足を止めた。

スラッシュ:「……風を呼ぶ歌、か」

 はたしてそれは、『揺らぎの風』を、あるいは『風』の欠片を呼ぶ歌なのだろうか。

 晴れた空の向こうに、今は虹は見えない。
 海を渡ってきた潮風が、挨拶のつもりか、頬に触れるように過ぎ去っていく。風を追いかけるように、脇を駆け抜けて行く子ども達の姿があった。
 スラッシュは再び足を踏み出すと、いつか聞いた歌と穏やかな笑みとを、そっと口の端に乗せた。