<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


販売者フイ


 天使の広場に露店をかまえる、たこやき屋【ユカリ】は新しいバイト君フイをむかえ、気合を新たに100箱×10個のたこやきを作り上げた。
 それが事のはじまりであった。
「売れないねえ」
 いつもなら買っていく鎧集団の姿は見えなく、どうやら通りすがりの学生によると遠征しているのだという。
「商売あがったりやわあ。ちょっとフイ。それ売ってきて」
 よく路上販売などでありませんか? 肩にベルトみたいに幅のあるヒモをかけて、四角い箱の中にお弁当とかのせて売る、あの。名称はワカリマセンが。
「え?」
「聞こえんかった? 適当に売ってきて。100箱」
 店長ユカリは、だらりと座って露店の隅を指差し、「そーれ」と言った。
「は、はい……」
 フイはその箱を肩にかけ、箱のそこに特殊なシート(これを敷くと冷めない)を敷いて、歩き出した。
「たこやきー。たこやきはいりませんか〜?」
 そうやってフイはエルザード内を歩き始めた。


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 歩き始めて数十分後。最初に買ってくれたお客様は知り合いの女性だった。
「やぁ、元気そうだねフイ。ってなにやってるの?」
 フイに話しかけたのはディーザ・カプリオーレだった。さらさらとした髪をなびかせながら話しかけたディーザに、フイは涙を心に隠しながら振り向いた。
「久しぶりだな、ディーザ。折り入って頼みたいことが……」
 そう言ってフイは箱を今一度持ち上げた。
 あつあつのたこ焼きから香る腹を鳴らす匂いとそれをまとめた箱がディーザの目の前に現れる。
「……かくかくしかじかの事情で、これを売らないといけないんだ。ボスが、いや……あの魔王が……目の色変えて俺に『売って来い』と――」
 涙ながらに話すフイとそれを聞くディーザはベンチに座ってたこ焼きを食べている。一口食べると中から熱い半熟の生地と大きめに切られた蛸が現れ、ソースと絡んで味は口いっぱいに広がった。
「ってことは……。このたこ焼きもそれ?」
 フイは頷いた。
「ちょっと高めに売ればそれで元は取れる。だけど……一人であと九十八個も売る自信がないんだ……」
 それを聞いたディーザは手をポンと叩いて立ち上がった。
「そんなこと言ってないで。これはこれで美味しいんだから腐るまえに売ろう。ソースだってさ、普通のじゃなくて、もっとカレーとかチリソースとか、そんなのも用意したら色んな味がしていいじゃないの?」
 フイはたこ焼きを一刺しした爪楊枝を持ったまま、呆然とディーザを見た。
 ぽとり、と手から、爪楊枝から何かが落ちた。
「あ……」
 ぐちゃっ、と誰かが踏む音がした。
「が、頑張れ……フイッ!」
 頭をぺこぺこ下げて謝るフイの後ろでディーザは応援しながら詫びのたこ焼きを渡した。


 聖都エルザード内にて、一際人目を惹く姿をした少女がいた。大きな狐の耳としっぽを持つその少女の名はティナ。さきほどから漂う美味しそうな匂いに釘付けになっている。
 だが、それを持っている人はなにやらペコペコと頭を下げて忙しそうである。その後ろにいるディーザが美味しそうなものを渡した。ティナはその様子を物陰からじっと見詰めていた。
 やがて、ディーザはさっと髪をかきあげてため息をついた。ふと、物陰からの視線に気づく。
「……ティナ、なにやっているの?」
 人狐のティナは四足で歩み寄り、フイが抱える箱の中身、たこ焼きを見詰めた。
「それ、食べたい」
「お、お客さん?! ありがとうございます!!」
 渡された箱を受け取り、さっそく熱そうに食べるティナの様子をにこにこと見ていたフイとディーザは……とてもとっても販売者側にとって大切なことを思い出した。
 ちょうど、ティナが食べ終わった頃に。
「あの……ティナさん? お勘定が、あの、まだなのですが……」
 ティナは首を傾げた。
「え! えっと、あのお金を」
「お金、を……? もってない」
「ええ?!」
 フイの肩をディーザが叩いた。さきほどから頭上を照らしつける日差しのせいよりも顔を真っ赤にさせて汗をかくフイにディーザはそっと言った。
「ティナはただ、このたこ焼きの匂いに誘われただけ。大丈夫だって、さっき言ってたじゃないの。『ちょっと高めに売れば元は取れる』ってね」
 ニッと笑ったディーザにフイは戸惑い、苦笑し……あきらめた。
「ティナ、たこ焼きのお金はいらないってさ。その代わり、私たちと一緒にたこ焼きを売りましょう」
 コクッとティナは頷いた。
「……何か策はあるのか?」
 項垂れ、店長に怒られる様子を想像して涙が出てきたフイはディーザに問う。ディーザは自信満々に答えた。
「もちろん」


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 宙に飛び上がると、まるで鳥のように宙を自由に舞い、風を切って着地して尚も機敏に動くティナに、広場にいた人々の歩みが止まった。人間離れのアクロバティックとフイのギター演奏によって人の動きを止めるというディーザの作戦が実行されているのだ。
 もちろん、前にギターケースをおいてあるが、フイより断トツにティナのほうが、客が集まっていたのは、演奏に熱中して周りが見えていないフイには内緒の事実である。
 ティナが人々の群れを回転しながら飛び越えた、まさにそのとき、ディーザはたこ焼きの湯気を人ごみに向けた。
 大勢の動きが止まった。
 ティナの動きも少し鈍くなる。
 フイは必死に弦を弾いた。ものすんごく必死に。


 誰かの腹が鳴った。
「………・・・たこ焼き一つください……」
「普通のソースにチリソースにカレーもあるよ、どれにする?」
「おぉ、なんとカレーもあるのか」
 一人を合図にわらわらと人々がたこ焼き販売担当のディーザのところへ集まってきた。
「蛸じゃなくて、もちが入っているのもあるよ」
「なんと! それは冒険心をくすぐられるでござる」
 ディーザとフイは内心で高笑いしながらティナのアクロバティックのように飛ぶように売れていくたこ焼きを渡していった。
「うまいッ!」
「うわッ! なんだこれぇぇぇええええ!!」
「あ、誰か唐辛子に当たった」
「そんなんで、へこたれてんじゃねえ!」
「ひいいぃぃ!! 追加で五つください!」
「まいど、ありがとうございまーす」
 残り20箱。
 辺りの人々はたこ焼きが入れてあった白い箱を持つ者ばかりである。
 3回転1/2捻りをうまく着地したティナは歓声の中で困った顔のディーザを見つけた。
 チリソースとカレーとレッドペッパーの香りが鼻を貫いたが、ティナの視線に気づいたディーザはティナの耳元で最後の手段の策を唱えた。
 そして、見事完売できたのである。


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 ディーザの最後の手段というのはとてもシンプルなものであった。
 比較的若くて身なりのよい男性の集団の前にティナを立たせて、こう言うのだ。
「おねがい……たこやき、買って、ほしいの。売り切らないと、怒られちゃうの……」
「もちろん買うとも!」
「おまえは売る側だろうが、フイッ!」
 ディーザの激しいツッコミが炸裂した。
「あぁ、いいとも。いつも買っているものだしな」
 常連客の、遠征に出かけていたうちの一人であった。彼は微笑みながら20箱のたこ焼きと見て、
「改めて見ると多いねえ」
 と言いながらも嬉しそうに帰って行った。
 その後姿を見送り、
「やったね、ティナ! ティナのおかげだよ」
「ディーザの、ソースのおかげ」
「お、俺は!? 俺、は……?」
「フイも、がんばった」
「ティナ〜!」
「ハイハイ、どさくさに紛れて抱きつこうとしないの」
 ディーザに頭を持たれたフイは必死に言い訳した。その姿があまりに面白かったのでティナはくすりと笑った。
 結局、9:1でティナの圧勝で終わったパフォーマンスでの収入はたこ焼きの代金をひいただけで、ほとんどティナに渡った。フイがティナに無理やり渡したという方が正しい表現ではあるが、天使の広場、たこ焼きや【ユカリ】では、店長のユカリが2人に礼と言って袋を渡した。
「この役立たずだけじゃあ売り切ることができなかったよ、ありがとう。これ、持ってって」
「え、でもそんなつもりじゃ」
「いいからいいから、早く帰らないと暗くなっちゃうし、ね。このエルザードは平和そうに見えて闇が隠れているから」
 ディーザとティナは袋いっぱいに入れられた黒飴を手に、家路についた。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3482/ディーザ・カプリオーレ/女性/20歳/銃士】
【2447/ティナ/女性/16歳/無職】

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         ライター通信          
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 こんにちは、田村鈴楼です。
 この度、踏んだり蹴ったりなフイのシナリオにご参加いただきありがとうございました!
 いかがでしたでしょうか?
 ティナ様のアクロバットを見ながら、ディーザ様のソースを全部混ぜてつくったソースをかけたたこ焼きを食べてみたいものです(笑)

 それでは、皆様にはしかをも吹っ飛ばす幸運が訪れますように。