<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


FLY AWAY!

■リリーナのおねがい
 アルマ通り。いつもと変わらぬ、晴れた日の朝。
 朋華《ともか》は休日のゆったりと流れる空気の中を、ふわふわと飛んでいる。光子である彼は、ぼんやりと光を帯びて見えた。

 彼―――と言ったけれど、朋華の外見を見れば、普通なら5歳程度の可愛い少女だと思うに違いない。けれど、彼は10歳の男の子。
 真っ白な絹の繊細なドレス。
 編み込まれたレースがひらひらとして美しく朝日にひらめく。
 銀色の髪、銀色の目が美しく、彼のたたずまいを幻想的なものにしている。

 せっかく早起きした朝、見上げた空は青くて透き通っていて、空気もしんと澄んで気持ちがよくて。外に出かけてみたくなった。
 いつもは素通りしていたパン屋から、できたてのパンの香ばしい匂いがあふれていた。急にドアが開き、店員と目が合った。
 朋華は浮かんだまま、ぼんやりと店員を見つめる。
「おっはよ!」
 店員―――リリーナ・ファルスが、銀色に光るユニコーンみたいにキラキラした笑顔で言った。セミロングの髪の毛は、真っ白なレースリボンのカチューシャでまとめられている。
「おはよーございます」
 リリーナの視線が朋華の浮いている足元から、頭のてっぺんまでを追う。やがて満面の笑みを浮かべた。
「あのっ!」
 突然、リリーナが声を上げた。
 驚いて、きょとんとしてリリーナを見やる。
「今日、朝起きたらすごく気持ちいいお天気だったでしょ?」
「うん。だから朋、お散歩にきたんだぁ」
「そうでしょ、そうでしょ!」
「うんー」
 リリーナは目をキラキラと輝かせながら、小さな朋華を見つめる。
「すごくすごく、ドキドキしたの。今日はきっと、真っ赤な白雪姫のリンゴも、食いしん坊のクマが大好きなハチミツも、女の子がティアラを作るためのシロツメクサも、とても色鮮やかで、キラキラして見えるだろうなって。世界が全部、うまれかわったみたいな気がするんだろうなって……たとえば、たとえばなんだけどっ」
 朋華はぎゅうと白い龍のぬいぐるみを抱きしめた。
 世界が全部、うまれかわったみたいな。
 そんな気持ちは、すごくすごく素敵。
 話を聞いているだけでなんだかドキドキしてきた。
「ねぇねぇ、あたし、リリーナ・ファルス!」
「朋は、朋華っていうの。このコはリュウロっていうの」
 ぬいぐるみをぐいと胸の前につきだした。龍の背中には小さな天使の翼がついている。
 しばらくうずうずとしていたけれど、たまらなくなったようにリリーナは顔を上げた。
「あのねっ、空を飛びたいの。あなたと一緒に!」
 笑顔がキラキラしていて、眩しいくらいだったので、朋華はなんだかドキドキが止まらなくなってきた。
 どこか悪戯っぽい気持ちになってくる。
 ワクワクするような何かが、待っていてくれているような不思議なキモチ。
「いいよー。一緒に冒険してみよ〜!」
 こくりと頷いて微笑んだ。
「ホント!? やったぁ!」
 朋華はぎゅうと抱きしめられる。なんだかイイ匂いがする。パンの香り、そしてかすかにレンゲの蜜の匂い。

■天使と空とその理由
 午後からオフになっていたリリーナとの待ち合わせ場所は、アルマ通りから少し離れたところにある空き地だった。
 リュウロを片手に抱いて、もう片方の手で首からかけた銀の月のペンダントをいじっている。
 お気に入りのペンダント。いじるのはいつの間にやらついたクセだった。
 リリーナが手を振りながら、朋華の名前を呼んで駆けてくる。
「ゴッメン! 待たせちゃった?」
「ううん、だいじょうぶ〜。そういえば、朋は飛べるけど、お姉ちゃんは?」
 尋ねられて、リリーナは小さく舌を出した。
「えへへ、ゴメン。飛べないんだ」
「そっかぁ、飛べないんだぁ」
「うん。『飛べない』から『飛びたい』って思ったのww」
 照れくさそうにリリーナが頭をかいた。
 飛びたいってキモチはよくわからないけど。だって、当たり前みたいに飛べたから。でも、お姉ちゃんと一緒に飛んだら気持ちいいだろうなぁと思った。
 朋華は、意識を集中させる。

 ヒカリを、集める。
 ヒカリを錬る。
 プリズム、粒子、その、弾けるような微細なヒカリの子供たちの舞踏。
 やがてヒカリは形を作る。

 銀白色の翼竜。
 竜は蝙蝠のような翼を広げ、くぅと鳴いた。

 リリーナは思わず声を上げた。
「うわぁ!」
「翼竜に乗ってね〜」
「うっわぁ、ありがとう!」
「光はね、小さいものでも無限の力があるんだよ」
「すっごい……!」
 リリーナが翼竜の背中に乗った。スカートで跨れないから、横に乗ってしっかりと竜の突き出した後頭部を抱きしめる。
 竜はふわりと飛び上がった。
 砂埃が舞う。リリーナは固く目を閉じた。下向きの重力が急に強くなる。まるで空から見えない手に押されているみたい。
 やがて、圧迫感が急になくなった。
 目を、開いてみる。
 そこには、雲海が広がっていた。
「ここ、雲の上ね!」
「うん。ああ、そうだぁ。おねーちゃん、雲の上で遊んでみる?」
「え、そんなことできるの!?」
 朋華はちょっとだけ威張ってみた。
「遊べるよ〜。お姉ちゃん、やったことないの?」
「やったことないよ! 遊びたい!」
 じゃあと言って、朋香は雲の上に光のお城を造った。
 銀色の、どこかの国のお姫さまが住んでいるような、けれども雲に乗るくらいの小さめのお城。

 ふたりは鬼ごっこをして遊ぶことにした。
 そんなに広いわけではないけれど、三階まである城は鬼ごっこには少々キツイくらいの広さだ。ふたりしかいないし。
 朋華が鬼、リリーナは逃げていた。ピカピカに光る廊下を走り抜ける。白いチェストが置かれていたので、その脇に逃げ込む。息を整える。
 困ったことに、この城にはほとんど物が置かれていないので隠れる場所がない。
「だ、だいぶ……疲れてきたわ……」
 荒い息の下、リリーナはぼやく。
 だって朋華は飛んでるし。どうやらそんなに苦しくなさそうだし。二本足で走って逃げてるなんて、ちょっと不利な気がする。
 カツンカツンと、朋華の靴の音が聞こえる。
 このままじゃ確実に見つかる。
 ゴクリと生唾を呑み込む。―――と、傍らの窓を視界の端にとらえた。
 リリーナは思い切って窓の外に飛び降りてみることにした。
 窓枠に手をかけ、反動をつけて飛んだ!

 と。


 足元に、何もなかった。
 雲がない。
 そこは雲の途切れた場所。
「おね」
「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 リリーナが真っ逆さまに落ちていく。
 たまたま窓の外に降りたところを見かけた朋華は、窓の外をのぞき込んだ。
 そして、ぽつりと言った。
「たぁいへん」
 のんびりとした口調だった。
 やがて、翼竜がリリーナをくわえて戻ってきた。
「えらぁい〜」
 朋華は翼竜の頭をなでてやった。
 翼竜は、照れくさそうに頬を赤らめた(ような気がする)。
 そう。ご主人がちょっと頼りない時は翼竜もしっかり者になるのだ。

「ゴメン……はしゃぎすぎました」
 気を取り戻してから、がっくりと、リリーナはその場に膝をついて頭を抱えた。
 あんまり落ち込んでいる様子なので、朋華は少しだけ小首をかしげた。
「あ、お姉ちゃん」
 リリーナが顔を上げる。
 朋華は、にっこりと笑った。
「朋、いいもの見せてあげる!」 

 朋華は太陽の沈む方向へと向かった。その後を、リリーナを乗せた翼竜がついていく。夕暮れ時、橙色の光が辺り一面に染まっている。
「ねぇ、なんでお姉ちゃんは空飛びたいって思ったの?」
 朋華はなんとなく、不思議だなぁと思っていたことを聞いてみた。
 だって、他にもたくさんワクワクドキドキすることはあるのに。なんで『飛ぶ』ことだったんだろうってすこし不思議だったから。
「……だってね、最近仕事ばっかで冒険してなかったんだもん。あのね、朋華は『飛ぶ』ことが当たり前かもしれないけど。あたしにとってみたら、ホントにすっごくレアですっごく楽しそうでうらやましいコトなんだよ。鳥や天使みたいに飛べたら、気持ちよさそうwwって。ずーっと思ってたの! しかも、気持ちを共有できるヒトと一緒に飛べたらサイコーじゃない!」
 彼女の横顔は、夕日が作り出した陰影で少しだけ大人びて見える。
「冒険するっていいじゃない。あたしはスキ! 狭い世界から飛び出していくたび、もっと世界は広くって、宝箱みたいだって思うの」
 紫とピンクに染まる雲、オレンジ色の夕焼け。
 一面に広がる海。船がぽっかりと浮かんでいる。世界にある、大きいもの。けれど、それが世界の全てではなく。けれど、水平線しか見えないくらい大きいもの。
 水面は輝き、波打って跳ねると銀色の鳥のようで。
 ふたりは、何も言わず太陽が沈むまでその光景を眺めていた。
 いつか、また元気がなくなったときに取り出す思い出として、大切に持っておこう。リリーナは瞬きをする。それは、心に目の前に広がるパノラマを刻み込むための、おまじないのようだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3533 / 朋華 (ともか) / 男性 / 10歳(実年齢5歳) / 異界職・光姫】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、タカノカオルです。
 遊覧飛行、お楽しみいただけましたでしょうか……?
 また機会がございましたら、あなたの物語を紡がせていただければ幸いに存じます。
 ありがとうございました!