<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
エルファリアのクッキーバトル☆
■エルファリア・アングリークッキー
「おや? 王女様にペティさん、どうかしたんですか?」
そこにいたのは、たった今白山羊亭に入ってきたばかりのフィリオ・ラフスハウシェだった。今日は男性の姿をしている。背が高い彼を、ベティは見上げる。
「―――ほう、聖獣王様に美味いと言わせるためにクッキー作りの特訓をするんですか」
「クッキーの味見役、お願いしてもいいですか?」
「わかりました。味見役なら……そうだ、おいしい紅茶を最近見つけてきましたから、それを持って王女様の別荘へ向かいますので、先に行っていただいて貰ってもよろしいでしょうか?」
「もっちろん! ―――さぁ、他にいないかしら?」
彼女たちから少し離れたテーブル。
鬼眼・幻路(おにめ・げんじ)は、今日も飄々とした表情で酒をぐいと流し込む。左目の傷跡が笑うと小さく揺れた。隆々とした筋肉の張りから、訓練されたもののそれであることがわかる。
ゆらりと立ち上がると、
「ふむ……わざわざ王女直々に城下の町へ繰り出して修行とは。よほど悔しかったのでござるなぁ。拙者でよければお手伝いいたそう。生憎と、拙者自身はこちらの菓子の作り方は詳しくないゆえ、味見役でよろしいか」
「もちろん! って、指南役が誰もいないじゃないですかww」
「ああ、それでしたら」
近くのテーブルに座っていた山本・建一(やまもと・けんいち)が言った。右手には水竜の琴・レンディオンを、左手にはSFESの水の精霊杖を持っている。男性だけれど、幻路とは対照的に笑顔を絶やさない可愛らしい男性のようだった。
「オーソドックスなものでよろしかったら、お教えできますよ」
「よーっし、これで完璧ですよ、王女!」
鼻息荒くガッツポーズを決める。泣いていたはずのエルファリアは、にこりと笑みを浮かべた。
■キッチンは戦場っていうでしょ?
エルファリアの別荘は、150年前に建てられた聖堂を改装した、尖塔が特徴的な建物だった。外見は荘厳な雰囲気を残しているが、中に入ると玄関の脇には大きなクマのぬいぐるみが置かれている。
そして、キッチンでは今。
「エルファリア様」
建一は少しだけ笑顔を強ばらせて、エルファリアの手首を握っている。
「はい」
おっとりと、エルファリアは答える。
「お菓子というのは、実に繊細なものなんですよ。ですから、……目分量はちょっと……」
掴んだ手首の先には、砂糖の入った袋。
砂糖をボールの中に直接入れようとしていたところを、建一が止めたのだった。
「やっぱり私には無理なんでしょうか……」
「いえ、そんなことはありませんよ。基本を守って、シンプルな奇をてらわないものが一番です。目分量は慣れた方がするものですから」
首を少しだけ傾けて、見ているだけでほっとするようなあたたかい微笑を浮かべた。不安そうにしていたエルファリアが、つられて微笑む。
一連の経緯を見ていた幻路は、隣にいたベティと目を合わせる。指で耳を近づけるように示して、耳打ちをした。
「あの王女一途な王が『……ちょっと美味しくないかもしれない』などという味。誠のことは近しい者にほど言い難いもの。変な言い方ではござるが、おそらく、誠に美味しくなかったのでござろう」
「まぁ……そうかもしれませんねぇ。王女は今までクッキーなんて作ったことありませんもの」
「味見の際は、どのような味がしても良いよう、腹を括って臨むでござる」
コクリと大きく深く、ひとつ頷いて黙り込んだ。
「紅茶持って参りましたよ。お待たせしてしまってすみません」
フィリオが戻ってきたと思ったら、『彼』は女性の姿になっていた。長い水色の髪、小柄な彼女の背中には羽根がはえている。
「かっ……! かわいいですわ……!!」
かわいいもの好きなエルファリアが、たまらずフィリオを抱きしめた。
「えっ、えっ!?」
動揺したフィリオは、紅茶の入った缶をぼとりとその場に落とした。
「あ、私ったらごめんなさい、つい可愛かったものですから」
体を離して、エルファリアは顔を赤らめた。
「い、いえっ、私は今女なので大丈夫ですけれど」
フィリオは真っ赤になって、俯いたまま弁明していた。
だって、エルファリアの目を見て話すなんて、こんなタイミングじゃ恥ずかしくてできない。
***
出来上がったクッキーは、とても美味しそうに見えた。
焼き加減も上々。甘いバターの匂いが、キッチンに立ちこめている。
「美味しそうじゃないですか!」
ペティが感激して声を上げる。
エルファリアは小さくコクリと唾を呑んで、一枚クッキーを手に取る。半分に割ると、その片方を口にした。
一同はエルファリアの反応を伺う。
エルファリアはもぐもぐと口を動かしたまま、何も言わない。
「王女……?」
満面の笑みでにっこりと笑った。
「とっても美味しいですわ!」
味見役の幻路は恐る恐る、それを口にする。
ピンと雷でも落ちたような目をして、一言、漏らす。
「……美味い」
フィリオもクッキーをつまんでみる。
「あ、美味しいですね!」
フィリオが持ってきた紅茶をティーポットで蒸らしながら、建一はどこか澄ました笑顔で味見役の二人を眺めている。
「すごいですね、建一さん」
エルファリアが建一の口にクッキーを放り込んだ。
建一は口を動かしながら、小さく呟く。
「あぁ、もう少しバターを少なくしてもよかったかもしれないなぁ」
「……ダメですか?」
不安そうに眉をひそめるエルファリアに、建一は言った。
「いいえ、とても美味しいですよ」
「ああ、よかったですわ! ありがとうございます。建一さんのお蔭ですね」
「よくここまで成長しましたね」
エルファリアはどこか遠い目をして、ため息をついた。
「分量が違っていたのですね。私」
「「「分量?」」」
三人は同時に尋ねた。
「薄力粉の分量を2倍、お塩を100ティエント(つまり100グラム。あり得ない数字)使っていたものですから。どうりで甘くないなとは思ったのですけれど」
一同は固まった。
それは、つまり。
聖獣王はかなり、かなり―――無理をして食べてくれたことだろう。
■聖獣王、試食をする
聖獣王は白い豊かな髭をなびかせながら、彼の愛娘―――エルファリアの部屋へと歩いていた。
今日は別荘に来るようにとペティからエルファリアの伝言を聞き、いそいでやって来たのだった。昨夜エルファリアがせっかく作ってくれたクッキーを、おいしくないと言ってしまったのが悪かったのだ。怒ってしまったエルファリアは、その後口を聞いてくれなかった。何とか彼女をなだめてやらねば。今日こそは仲直りを、と考えていると、ふわりとバターの香り、そして甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
エルファリアの部屋のドアをノックすると、中からはい、とエルファリアの声がした。
中にはいると、エルファリアとベティ、建一、幻路、フィリオがいた。淹れ立ての紅茶とエルファリアの作ったクッキーが、美しい装飾がほどこされた皿の上にのっている。
聖獣王はきょとんとして、娘の顔を見やる。
「お父様、どうぞお座りになってくださいませ」
椅子に座るよう勧めると、聖獣王は腰をかけた。
「これを、食べてみてくださいな」
「作ってくれたのか?」
エルファリアは頷く。
聖獣王はじんとした。
ひとつ、クッキーをつまんで口に運ぶ。口に広がっていくバターの濃厚な味。シンプルな、どこかなつかしいような味。
「美味しいよ、エルファリア。ありがとう」
エルファリアはその言葉を聞いて、涙を浮かべた。踵を返して振り返ると、ドレスの端をつまんで優雅にお辞儀をした。
「……ありがとうございます……」
今日手伝ってくれた建一、味見をしてくれた幻路、紅茶を持ってきてくれたフィリオ、そしてベティ。
感謝の気持ち。
それはクッキーの甘さと同じで。
極上の笑顔は、朝日を浴びてとても美しく見えた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0929 / 山本・建一 (やまもと・けんいち) / 男性性 / 19歳(実年齢25歳) / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3492 / 鬼眼・幻路 (おにめ・げんじ) / 男性性 / 24歳(実年齢24歳) / 忍者】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性性 / 22歳(実年齢22歳) / 警備団体所属】
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■ ライター通信 ■
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