<PCクエストノベル(1人)>


【ミニミニデート】

------------------------------------------------------------

【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【0929 / 山本建一 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

【助力探求者】
 カレン・ヴイオルド

------------------------------------------------------------

 ――彼女が子供の頃は、いったいどんな風だったのだろう? 山本建一はふいにそんなことを考えた。
 彼女とは、以前から親しくしているカレン・ヴイオルドのことである。天使の広場の美形吟遊詩人として有名なカレン。可愛かっただろうというのは想像せずともわかるが、やはり実際に見てみたい。
 しかしそんなことが可能だろうか? 建一はまた考えて……あるひとつの場所に行き当たった。

建一:「さ、着きましたよ」
カレン:「ええ……これが、ミニ変化の洞窟ですか」

 ふたりは今、ミニ変化の洞窟と呼ばれる場所の入口に立っている。
 この洞窟を潜ると……その名称どおり、体が三頭身に変化するのだという。いかなる魔術効果なのかは定かではないが、とにかくミニになる。衣服や荷物など、身につけている物まで一緒に。
 ここならば、限りなく子供に近い容貌になれる。目標を叶えるために、これ以上なく最適なデート場所だった。それに建一もカレンも、一度はここに観光に来たいと思っていたので都合がよかった。洞窟を抜けた先は湖で、元よりレジャースポットとしても人気が高いのである。

建一:「では、行きますか」
カレン:「楽しみですね。……ちょっとドキドキしてきました」

 いよいよ内部に入った。
 日光の影響下にない空気はひんやりと冷たい。壁には様々な模様の壁画が施されており、人工の風味が醸し出されている。この壁画を解読しようという研究者も大勢いるらしいが、今は姿は見えなかった。
 現状、何も変化は現れない。こうして歩いているとただの人工洞窟でしかなく、噂の効果もにわかには信じがたいものがあった。
 だが、効果は本物である。ふたりはすぐに驚愕することになった。

建一:「あ」
カレン:「わ」

 洞窟を出た途端、ふたりは一緒に声を上げた。
 しゃがんでもいないのに目線が低くなった。次にお互いを見た。両目に映るのは小さな頭部。その頭部と同じ大きさの胴体、そして足。
 そこに立っているのは、まぎれもなく――三頭身に変化した建一とカレンだ。ふたりはしばしの間ぱちぱちと瞬きを繰り返し、同時に微笑んだ。

建一:「やはりというか、とても可愛いので驚きました。どこの妖精かと思いましたよ」
カレン:「ふふ、建一さんもです。普段は凛々しい青年ですが、すっかりキュートになってしまって。……自分はどうなってるんでしょう? 見てみたいですけど、鏡を忘れてしまいました」
建一:「大丈夫ですよ。湖面に映してみましょう」

 ふたりはてくてくと、妖精の棲み処のような綺麗な緑色のレジャースポットを歩き出した。歩幅もずいぶんと小さくなってしまい、スピードが遅い。
 だがそれがいいではないか。子供に戻ったつもりで、あるいは本当に妖精になったつもりで、今日はのんびりと過ごそう。他所では体験できない楽しさが、ここにはきっとあるのだから。
 湖のほとりに到着した小さなふたりは、さっそく澄んだ湖面を覗き込んだ。少々デフォルメされて丸っこくなってはいるが、間違いなく自分の顔があった。

カレン:「あら、こんなになってしまったんですか」
建一:「楽器も体に合うようにリサイズされていますね。苦もなく弾けそうです」

 建一は荷物から竪琴を取り出し、ポロポロ爪弾いてみる。馴染みの楽器はしっかりと両腕に収まり、普段と変わりない音色を奏でた。
 ミニサイズの体を存分に動かしたところで昼食にしようということになった。その場にレジャーシートを敷いた。
 サンドイッチなどの軽食と、香り高いハーブティー。水は目の前の湖から汲む。惚れ惚れするほどの透明度を誇る水は、そのまま飲用に使えるのだった。口当たりはどこまでも柔らかく、文句のつけようがない。

建一:「……いい気持ちですね。健やかで清潔で」
カレン:「ええ、人の多く集まるエルザードと比べれば、空気がとても澄んでいて。すっかり気に入りましたよ」

 喉越し爽やかなお茶を飲み、一息つくふたり。
 辺りを見回してみる。
 いくらか他の観光客もいて、老若男女問わず三頭身である。元はいかつい大男だろう者が、豊かな口髭と筋肉をそのままに小型化している様は、実に微笑ましかった。
 軽食が済み、しばし健やかな自然の中で深呼吸をしてみる。
 小鳥の鳴き声と風のささやきが交じり、胸に染み入るような音が作り出されている。目だけでなく、耳にも気持ちいい。
 ここに音楽が加わったら、もっと素晴らしくなるだろう。建一とカレンは、おもむろに竪琴を抱えた。
 建一が弦の上にすうっと指を滑らせれば、カレンはそれに追いつくように和音となる音を奏でる。音はやがて風に溶け込み、妖精世界のような可憐なメロディラインとなる。熟練したふたりの間に、打ち合わせなどは一切必要ない。即興で必要な音世界を構築できるのだ。
 と、軽やかな音色に惹かれたのか、他の観光客がちらほら集まってきた。まるで蝶が花の蜜に集まるように。

建一:「どうぞ、遠慮なさらず聞いていってください」
カレン:「では、ちょっとした演奏会と洒落こみますか」

 来る者は拒まず。ただ人々を楽しませるためにある。それがふたりの音楽だ。
 弦が滑らかに爪弾かれる。竪琴の麗しき調べは、聞く者を穏やかにさせ、赤ん坊のようにリラックスさせる。その場の全員が空中に溶け、自然と一体になる感覚を味わった。
 やがて演奏が終わり、惜しみない拍手が吟遊詩人たちに贈られる。人々の微笑む顔。これさえあれば、建一もカレンも何も望まない。
 数曲の演奏と1回のアンコールを経て、ミニ演奏会は終わった。聴衆は笑顔を残して去ってゆく。
 さて次は何をしましょうかとカレンは言った。

建一:「じゃあ、そろそろあれをやりましょうか――」

 そう言って建一は、湖の側にある釣竿置き場に向かった。
 来た時から気になっていたのだが、ここでは様々な釣竿で気軽にフィッシングを満喫できるらしいのだ。『ご自由にお使いください』と看板が立てかけてある。餌らしい小さな肉団子も、丁寧に油紙に包まれて木箱に収められている。
 誰がそれら釣り道具を置いて自由に使えるようにしたのかは定かではない。しかし、湖に来て魚釣りをしないくらい損なことはないだろう。そういう思いが設置人にはあったのではないか。

カレン:「私、釣りなんて数えるくらいしかやったことありませんから、いろいろ教えてくださいね」
建一:「僕も人に教えられるほど上手くはありませんよ。でも、釣りも音楽に繋がるものがありますから。こう、時には静かに時には激しく……ね」

 餌を針につけて釣り糸を垂らす。静かな時間が訪れる。
 ふたりとも、言葉少なになった。全身の筋肉から力を抜くが、指先の神経だけは研ぎ澄ませる。
 ――そのままじいっと待つこと五分。激しい時間がふいに訪れる。

建一:「? き、来たみたいです!」

 建一の糸がぐいぐいと縦横に引っ張られる。手ごたえからして、いきなりの大物らしかった。
 精神集中、気合注入。今こそ、数多の戦いを潜り抜けてきた男の力の見せ所。
 守護聖獣ドラゴンよ、我に力を! 建一はそんなことを心中で叫びながら立ち上がる。小さくなってもほとんど衰えていないパワーを最大限に振り絞った。
 しかし――ふっと抵抗がなくなり、針が水から飛び出た。何もかかっていない。
 逃げられてしまった。しょぼんとする建一。

カレン:「あ、こっちも!」

 カレンが慌て出す。
 竿が反り返るほどの魚の抵抗。こちらもなかなかの大物のようだ!
 彼女の細腕では辛いだろうと察した建一が、咄嗟に手を添えた。
 ふたりは腰を踏ん張り、せーので一気に引き上げた。

建一:「そ……れ!」
カレン:「……! あ!」

 バッシャアンと水音を立てて、力強いフォルムの魚がカレンの胸に飛び込んできた。ぴちぴち跳ねて、顔中に飛沫をかける。
 魚は両腕でやっと抱えられるほど大きい。まさしく大漁といってよかった。

建一:「やりましたね!」
カレン:「はあ、はあ……すごい、感動してしまいました」

 建一とは違って、大自然との格闘の経験がないカレン。その一端を味わった彼女に、熱い感慨が生まれた。
 大魚はひとしきり眺めたあと、湖に帰した。キャッチアンドリリースの精神だ。
 それからもカレンは小さな体を躍らせて次々と魚を釣り、笑顔を振りまいた。釣りの醍醐味をカレンに知ってもらえて、建一はこれ以上なく満足だった。欲を言うなら、自分も釣果を上げて男としての意地を見せたかったけれど。なぜだか彼は1匹も釣れなかったのだった。



 やがて、夕暮れも近づいてきた。西の空がじわりと橙に色づき始める。
 デートもこれで終了。めいっぱいミニの世界を楽しめたふたりは湖に背を向け、再びミニ変化の洞窟を潜った。
 入口に戻った瞬間に、目線が高くなった。元の頭身に変化したのだ。
 見慣れた姿を互いに認め合い、吟遊詩人ふたりは微笑した。

カレン:「……何だか夢のような時間でしたね」
建一:「夢といえば、この世界そのものが夢のような気もしますが。本当に不思議な世界ですよ」

 ええ、と頷くカレン。
 この聖獣界は、いつも自分たちを楽しませ、幻惑させ、刺激してくれる。
 ……真実夢だとしても、どうか醒めないように。強くそう願うのだった。

【了】