<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『幼子の生きる道』

 開店準備中の白山羊亭に、可愛らしい女の子がやってきた。しかし、その姿はどことなく薄汚れている。
「お店はまだ準備中です。もう少ししてから、お父さんかお母さんと来てね」
 ウェイトレスのルディア・カナーズは、そう言って少女の頭を撫でた。
 幼い少女はにこにこ笑いながら、ルディアに手を差し出した。
「お金ちょうだい!」
「!?」
「お金ちょうだい! ここにくればお金もらえるってお父さん言ってた」
「お金はあげられないの。ええっと、お父さんになら仕事を紹介してあげられるから、お父さんと一緒に来てね」
 幼い少女は首を横に振った。
「お父さん、死んじゃったの。だからミリアがお金もらいにきたの」
 女の子は頑として帰る様子はない。
 仕方なくルディアは彼女を店に入れ、話を聞くことにした。
「えっとね、ミリアはお父さんと一緒にいろんなところに行ったの。でも、お父さん、ミリアをおいてでかけたお仕事で死んじゃったの。だから、ミリアがお金もらわないと、いけないの」
 更に詳しく聞くと、どうやらこういうことらしい。
 このミリアという少女の父親は冒険者であり、斡旋所の依頼をこなすことで生計を立てていたようだ。
 しかし、先日引き受けた依頼の際に、事故で帰らぬ人となってしまった。
 残されたミリアには行くあてがなく、こうしてお金を求めて歩き回っているようだ。
 国籍はなく、孤児院に入るのは難しいようだ。
「うーん、事情はわかったけれど、ミリアちゃんに紹介出来る仕事なんてないですし……」
「ミリア、仕事するー。そしたらお金もらえるんだよね、ねっ!」
「そう言われても……」
 年を訊ねると、ミリアは片手を広げた。5歳のようだ。
「国営施設の入居費を恵んでくれる“足長おじさん”いないかしら」
「おなか……すいた。これで、ごはんちょうだい」
 ミリアは最後の銅貨をテーブルに置いた。
「銅貨一枚だと、大したものは……」
「リディアも、リディアもー!」
 突如、ぱたぱたともう一人小さな女の子が駆け込んでくる。
「リディアもお腹すきましたです。背中とお腹がきゅうきゅう泣いていますです」
 両手を組んで、涙目でルディアを見上げているのは、ミリアと同じ年頃のカーバンクルの可愛らしい女の子だった。
「ふ、二人に増えた……」
 ルディアもつられて涙目になる。
 こんなに可愛らしい少女達を見捨てることなんてできない。だけれど、タダで食事をあげる権限もなければ、この子達の面倒をずっと看てあげられるわけでもない。
「んと、リディアお仕事するです。だから、ご飯食べさせてくださいです」
「んー……」
 考え込むルディアだが、二人の幼子の愛らしい瞳に負け、吐息と共に微笑んで了承したのだった。
「じゃ、2人共、私の仕事手伝って。そしたら足りない分はお姉さんのお給料から払ってあげる」
「はーい」
「はいです」
 幼い少女達は片手を上げて、笑い合った。

 特製のオムライスを食べた後、二人の幼子は約束通りルディアの仕事を手伝うことになった。
「きゃははは」
「楽しいです」
 仕事をしているのだが、特にミリアの方は大はしゃぎであった。
 久しぶりに美味しい食事を食べ、新しい友達と一緒でとても楽しそうである。
「はい、お水、お客様のところに持って行ってね。2つもてるかなぁ」
 見守るルディアはとても心配そうだ。
 慎重に持って行くミリアだが、途中で声を掛けられると、すぐに気が散り、水を零してしまう。
 結局ルディアが拭く葉目になる。
「ミリア、自分で拭くよ、ごめんね」
 きちんと謝り、自分で対処しようとするあたり、年の割りにはしっかりした子のようだ。
 小さな二人は酒場の客に大人気であった。
 仕事をさせるより、客の相手をさせた方が店の繁盛に繋がるかもしれない……などと考えてしまうルディアだが、ここは酒場である。こんなに小さな女の子達をいつまでも働かせておくわけにはいかないのだ。
「お掃除して、客寄せするです」
 リディアがミリアの手を引いて、外に出て行く。
 掃除箱から取り出したホウキに支えられるように、酒場の前の道を掃く。
「美味しいお料理いかがですかー」
「美味しいよ、ホント美味しいよー」
 普段より足を止める客が多い。
 日も暮れていない時間だというのに、たちまち白山羊亭は満席になった。

「……どうしたの? あんなに小さな子雇って」
 夕方、郵便物を持って現れたのは、ウィノナ・ライプニッツという14歳の少女だった。
「お腹空かしてたんだけれど、二人ともお金もってないみたいで……」
 ルディアは仕事をしながら、ウィノナに事情を話す。
「ウィノナさんはあの子達のいい下宿先のあて……あるわけないよねぇ。まだ5歳くらいだし」
「うーん、ボクもこの仕事に就くまでは、あてがなかったからね。なんとかしてあげたいとは思うんだけれど……」
 店先で笑い合う2人を見ながら、ウィノナは昔のことを思い出す。
 そう、あの子達くらいの年齢だった。ウィノナが一人になったのも。
 どう生きればいいのかわからず、他人を脅したり、物を奪ったりして生きていた。
 だけれど、ウィノナは郵便屋の師匠と出会い、職に就くことができた。
 今はとても充実している。
 だけれど……。
「あの子達にはまだちょっと無理かなぁ。とりあえず明日、色々やらせてみようか……。ルディアも付き合ってよ」
「うん」
 その日はウィノナが二人を連れ帰り、師匠の許しを得、二人を職場の宿舎に泊めてあげたのだった。

 翌朝、ウィノナは二人を連れ、配達に出かけた。
「リディアもミリアのお仕事探しのお手伝いするです」
 旅をして暮しているリディアは、定職を求めていない。
「リディアちゃんは、どうやってお金もらってるの?」
「行く先々で色々なことをして、生きていますです。お金が無くても生きていけますです!」
「それじゃ、二人とも。このあたりの家に郵便物配ってみて」
「はいです」
「はーい」
 郵便物を受け取ったリディアは、きょろきょろあたりを見回しながら、目的の集合住宅へとたどり着く。
 住民に手渡すと、住民はキャンディーをリディアにプレゼントした。嬉しそうにリディアは受け取っている。
 一方、ミリアの方は……文字がなかなか読めなかった。一文字ずつ、ゆっくり声に出して読んでいる。
 犬を飼っている家には入れない。
 大型犬が出てきた時には、突如魔法を使って撃退しようとしたくらい常識もない。
 家の場所を教えて連れて行けば、手渡しくらいはできるのだろうがそれでは、つれて行かない方がマシである。
 役立てるようになるまでは、相当な年月が必要そうだ。
「でも、魔法が使えるのかー。親父さん、冒険者だったんだよね?」
「うん、ミリアも冒険してたー」
 ウィノナの問いに、ミリアは笑顔で答えた。
「それじゃ、簡単な探索とかやってみようか」
「うん!」
 ミリアは元気に返事をする。
「リディアもミリアはお父さんの跡を継いだ方がいいと思うです」
「でも、お父さん、ミリア一人で冒険したらダメだって言ってた」
「危険のないところにするです。危険なところには絶対行かないことにすれば、大丈夫です。今日はリディアもウィノナも一緒だから、ちょっと奥まで行っても大丈夫ですー」
 リディアはミリアの手を繋いで、ぶんぶん手を振った。

 ルディアと合流し、一向は近くの野原に探索に出た。
「このあたりの花は自由に摘んでいいのよ」
「じゃ、このあたりで……」
 ウィノナが二人に指示を出す前に、二人は野原に飛び出し駆け回っていた。
 生活のことなど考えず、こうしてずっと笑い合っていられたら幸せだろう。この年頃の少女なら、当然のことなのに。
 ミリアもリディアも、昔のウィノナも、無邪気に笑っているだけでは生きてはいけない。
「こーら! 今日は遊びに来たんじゃないんだよ。お花を摘んで、街で売らないとごはん食べられないんだからね!」
 大声で言い放つウィノナ。
「はあーい」
「はいです」
 ミリアとリディアは素直に言う事を聞き、花を摘み始めた。
「薬草なんかは、まだちょっと選別できないかなー」
 ウィノナはルディアが持ってきた植物図鑑を捲る。
「だけど、食べれる草なんかは覚えておいた方がいいよね」
 食料となる草花が載っているページに、ルディアの承諾を得て、ウィノナはペンで印をつけた。
「ミリアは炎の魔法が使えるですか? なら魚が焼けますです」
「うん! お父さんがお魚とった時は、ミリアの魔法で焼いてたの〜」
「家のこともできるなら、メイドさん見習いができますです」
「メイドさんかあ……。お掃除とかならできるかな、かな♪」
 子供達は子供達なりに、考えているようだ。
 ルディアとウィノナは、花々に囲まれた2人の幼子の様子に、顔を合わせて微笑んだ。
「そうね、調理場は危なし、接客もまだ無理だけれど、開店前の掃除なら手伝ってもらえるかな」
「うちも、配達は無理でも、事務所の掃除なら短時間でも雇ってもらえるかも」
「おねーちゃーん! もう持ちきれないよー!」
 両手にいっぱい花を抱えたミリアが大声を上げた。
「おお、沢山摘んだね! えらいえらい」
 ウィノナはバスケットを持って、二人の幼子の元へと向った。

「お花いりませんか〜」
「綺麗です。お部屋に飾るです」
 天使の広場で、ミリアとリディアがしきりに呼びかけている。
 可愛らしい花売りの少女達の姿に、多くの通行人が足を止める。
 珍しい花ではなかったが、売行きは上々だ。
 しかし、最初の数日だけだろう。
 相手が子供となれば、妨害する者や、金を払わない不届き者もそのうち現れるかもしれない。
「全部売れたー」
「売れましたです」
 幼子達は空になったバスケットを持って、遠くで見守っていたウィノナの元に駆けてきた。
「じゃ、稼いだお金でご飯にしよっか」
「うん。お腹ぺこぺこ」
「リディアのお腹もまた鳴ってるです」
 ウィノナは二人の手を引こうとしたが、一瞬躊躇した。
 この子達は、誰かの手を頼ることなく、生きなければならない。
 だけれど……。
 ウィノナは二人の手をそれぞれ左右の手で握った。
 人は、誰かに頼らなければ生きてはいけない。
 それは、決して依存するということではない。
 誰かを頼ることで、道が見えてくる。
 誰かに頼られることで、道が開けてくる。
 花を買ってくれた人々がいるから、今日、彼女達は食事ができる。
 自分に道を見せてくれた師匠。依存したわけではない。だけれど、師匠を知り、その腕を自ら掴んで離さなかったから、今の自分がある。
 二人を激励しながら、ウィノナは二つの小さな手を強く握り締めた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3339 / リディア / 女性 / 6歳 / 風喚師】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ルディア・カナーズ / 女性 / 18歳 / ウェイトレス】
【NPC / ミリア / 女性 / 5歳 / 焔法師(見習い掃除婦)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの川岸です。
ミリアは植物を摘んで、販売することや、掃除を請け負うことで生計を立てることになりました。
しばらくの間は、リディアちゃんと一緒に行動していそうです。可愛らしい二人の姿が浮かんできます〜。
親身な助言ありがとうございました。